いち
キラキラと光る水面。今まさに生きていくことを諦めた魂も昇華しようと泡になれただろうか。少女が彼女の体に入ったのはついさっきだった。けれど、昇華する魂から受け取った感情、経験、歴史。全ての記憶は引き継いだ。
さぁ、心置きなく母君のもとへ行くがいい。少女は彼女を見送った。
(あなたに、こんな運命を押し付けた神とやらの横っ面は私が張り倒す!)
瞬間、何者かに腕を掴まれた。急浮上する体を支えられて水面から頭が、顔がでた。生まれ変わった少女が初めて口にした空気は幾ばくかの水を含んでいたため、大いに噎せた。
柔らかい芝生の上に投げ出された体に付いた水も池の中にいた影響か籠っており、周囲の音を拾わない。
呼吸を落ち着かせ、肺に侵入した水を排出し頭を振る。
ここで、最初の違和感に気付いた。視界遮る前髪を避け、張り付く長い髪を絞る。
(髪はこんなに明るい色だっただろうか。)
姿勢を正したところにふわりとした布が掛けられた。
「大丈夫でごさいますか?」
掛けられた声は地味な色合いの服を着た女性。
よく見れば、キテレツな服だと少女は思った。回りを見渡しても自分の知る服を着ている人間はいない。
そして自分の着ているものも着物ではなかった。
自分に声をかける女性よりは明るい色合いでヒラヒラしたものが付いている。
「大丈夫だ、直ぐに乾かせるから。」
立ち上がり、力を使って自身に纏わりつく水分を蒸発させた。
少女の周りがどよめきで揺れた。
「何?」
驚きで目を見開く女性。
「……、君は魔法が使えなかったのでは……!」
声の方に体を向けるとヤケにキラキラした若者がいた。
その後ろには柔らかそうな布で頭をガシガシと拭いていたであろう大柄の若者とよく似た年頃の若者が二人、そして、きらびやかなドレスを身に纏った娘達。重そうな甲冑を着た兵士が数人、少女を見ていた。
「まほう?まほう、とは何だ?」
ふと少女は自分の掌に握られている布を見た。先程の力で乾かした体を確める、少女は記憶を思い出した。
(そうだ、私は、この少女に生まれ変わったのだ。この脆弱な体へ。)
再度確かめた周囲。目を閉じ気配を探る。
(姫様も虚もいない。虚は……まぁ、いい。放置しておいてもいずれ自分を探してやって来るだろう。……姫様や他の仲間は無事だろうか……。)
そう考えた後、自嘲する。
(私達より強いあの方々の心配など、考えるのも烏滸がましい。)
不意に触れてきた手を振り払う。
「ライラ、」
傷付いた顔をするのはキラキラとした男。記憶を辿り男の正体を知ったライラは短く舌打ちをして、顔にかかる髪を掻き上げた。
「失礼、少々混乱しておりまして。あー、思い出しました。」
少女は、ドレスを纏った令嬢の集団に向かう。
「お、お姉さま、ご、ごめんなさい!ま、まさか、池に落ちるなんて思わなかったの!」
顔を覆い下を向く娘。
その娘の肩を抱く白い手の持ち主がキッと少女を睨む。
「ライラ様が悪いのです!日頃からアイラ様を虐め、両思いの殿下との仲を裂こうとするからです!」
ライラの妹の後ろにいる複数の娘達が同意の声を上げる。
娘達の勢いに男達が一歩下がった。
しかし、このままではいけないと思ったこの国の王子アルバートはライラとアイラのもとへと向かった。
後一歩でとの所でライラが振り向いた。
「殿下、貴方は、アイラを選ぶのですね。」
僅かに揺れる相手の目を見てため息を吐く。
「そう、でも今は、まだ私は殿下の婚約者であり公爵家の娘で、このアイラの姉。」
先程、ライラに喰ってかかった娘の前に立つ。
「貴女、名前は?家名を教えて下さる?」