一話
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多少のネタバレ含みます。
https://www.charasuji.com/users/Kaikonoseityuu1203/book/book_202005302217516360
蚕の成虫 一話
「おい、あそこの屋敷、蚕が住んでるって噂だぞ。」
「そんなデカい声で話すんじゃねーよ。
…あれだろ?白銀の金のなる木、だっけか?そもそも、俺たちみてーな三流が下手に手を出しても、厄介連中に買われるだけだ。」
「まぁ…そうなんだけどさ。夢があるよな。」
「そりゃ…成功すれば一気に金持ちだからな…。」
蚕の成虫
薄暗い灯りに、ブラウン管のテレビが一台。
ある屋敷の一部屋で、婦人の笑い声が静かにこだまする中、廊下では玄関の扉の開く重い音が響いた。
「あら貴方、お帰りなさい。」
「ただ今戻った。ラケルの様子はどうだ、変わりないか。」
「食事は済ませましたよ。大事な商売道具だもの、大切にしてますよ。」
「そうか。」
短い会話をしながら、二人はブラウン管の佇む部屋へと入っていく。
映される陽気な映画は、軽やかな足取りの夫婦を迎え入れるのだった。
妻は旦那の荷物や羽織を片付けながら、今日の儲けを喜び、施設の子供のことを考えるのが大好きだった。
「そうだわ。ラケルの食器をまださげに行ってなかったんだった。ごめんなさいね、すぐ片付けに行くわ。」
キィキィと音のなる階段をしっかりとした足取りで登りきり、目的の扉にコンコン、と音を立てる。中からは若い女の声が静かに漏れた。
「奥様?」
「ラケル、お夕飯をさげに来ましたよ。」
「いつもすみません。私が下に持っていっても構わないのに。」
「貴方を部屋から出すなんてとんでもない!いいのよ、貴方はその分私たちを支えてくれてるんですから。」
テキパキとした動作で食事の済んだ食器類を運び、部屋を出ていく婦人。後に残されたラケルの部屋を、静かにドアが閉まったことで生まれる重たい空気が包んだ。
私は、日課の時間ぴったりに運ばれてくる栄養計算ばっちりな夕飯を食べ終え、静かに机に向かって、日誌を書いていた。ここに来てからもう14年が経とうとしている。ある日を境に部屋から出れなくなった理由を毎日のように考えるが、やはりこの髪の毛のせいだとしか思えない。突然銀色の髪の毛が生え始めた7歳の頃から日誌は続けて書いている。
部屋に閉じ込められているだけで、生活は同じ施設で過ごす子供達とは比べ物にならないほど裕福だ。ひとしきりの勉強道具が揃い、本があり、湯浴みができ、食べるものは毎日決められた時間に食べられる。布団はふかふかで、外の風も窓を通して自由に浴びられた。けれど、何かが間違っている。そんな気がしてたまらなかった。
図鑑の不思議に切り取られたページや、毎月異常に伸びるようになった髪、そしてそれを大切に持ち帰る奥方、私には自分に何が起こっているのか、それを知る術が足りない。窓から飛び降りてみることも考えた。ロープをくくりつけて窓から降りることは?…ここは施設の5階、飛び降りたとして走って逃げられる怪我であるはずがないし、大きなフェンスも登り切らなければ出ることができない。ロープの代わりになるような素材はこの部屋には布団とカーテンぐらいしか無い。そしてそれを加工する術は皆無であった。この部屋には刃物が無い。勿論、手で破けるような脆い素材で出来ている筈もなかった。
こんなことを考えるのは今日で何度目だろうか。不自由のないこのままの暮らしではだめな理由が見つからないのに、外に出ることだけをいつも考えてしまう。
「やめやめ。窓でも開けようっと。」
今夜は満月だ。ガラス窓を大きく開けたその目に入ったのは、大きく青白い月と、ロープをつたって、屋根から降りる人影だった。
「き、きゃ…!」
「おい叫ぶんじゃねーーー…!ここん家のやつにバレちまったらどう済んだよおい!めちゃめちゃ苦労してきたんだぞ!」
ひそひそと、けれど怒鳴るような声で私の口をしっかりと汚れた手袋で覆った彼は、頭と体をマントで隠した長髪の男だった。彼の髪の色は、今夜の空の色とよく似ている。手を離して、抵抗しないから、とジェスチャーで示し、ようやく空気を鼻いっぱいに吸って、こちらもひっそりと尋ねた。
「だいたい、人の家に忍びこむのに、人がいる部屋に入ってどうするんですか!私が大声をあげていたら、貴方今頃どうなっていたか。」
「ちげーよ人攫いだよ!お前攫ってこいってお偉いさんに言われてんの。」
どうせバカな泥棒だと思っていたが、盗みに来たのは宝石でもお金でもなく私であった。なら尚更私に見つかるのは良くないんじゃないかなんて思いながら、どうして私なのか、とても気になった。話しかける勇気が出ないまま、彼をじっとりと見つめると、彼は、ここまで必死になってきたっていうのに、私の前で不思議に思った契約金の話をしてきた。
「…お前を攫って指定された場所まで連れてくだけで、500ラルドも貰えるんだ。怪しいと思ったし、俺の本業は殺しだし、断ろうとも思ったんだが、失敗しても大目に見るっていうんで受けた。…あんた、何やらかした奴なんだ?」
「私に身に覚えはありません。」
「ま、どうでもいいけどよ。攫われてくれるとありがたいんだが。」
彼に攫われたとして、私に自由があるのかはわからない。でもこれはチャンスなんじゃないかと思った。神様が私にくれた、チャンスなんだ。自分のことを知るために、そして、白銀の髪の毛は何に使われているのかわかるかもしれない。この部屋に閉じこもっているよりも、彼とこの部屋を出た方が可能性が広がる。そうなんじゃないの…?
顔を上げると急かすように手を広げる彼がいた。相変わらず汚い手袋のままだけど、大きな希望の種が目の前にある。そっと手を伸ばしてお願いした。
「お願いします。連れていって…!」
「おお。お前、物分かりが良くて楽だな。」
カーテンが揺れる静かな夜の中、二人は闇に飛び込んだ。
一話・完
近いうちに更新したいです。