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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

婚約破棄された悪役令嬢は、満面の笑みで旅立ち最強パーティーを結成しました!?

作者: アトハ

悪役令嬢大好きなので書いてみました。

楽しんでいただけたら幸いです。


20/4/25 23:00 誤字修正しました、報告いただいた方ありがとうございます



「リリアンヌ公爵令嬢! 私は貴様の罪をここで明らかにし、婚約を破棄することを宣言する!」



 ビシィっと指を突き付けるのは、このノーリッシュ王国の第一王子であるサフィアス殿下。

 普段はあまり感情を表に現さない王子が、こうして声をあらげることは珍しい。パーティーに集まっていた人々が、何事かとこちらに視線を向けた。


「婚約……破棄ですの?」


 あまりにも突然のこと。

 私、リリアンヌは思わず聞き返すことしかできなかった。


「はっ! 相変わらず猫を被るのが上手いことだ。

 思い当たる節がないとは言わせないぞ!」

「あいにくですが、わたくしには何をおっしゃっているのか分かりません」


 小首をかしげる私に対し、相対する王子はどこまでも自信満々。

 王子は集まった視線をものともせず『大義は我にあり』と言わんばかりに、キッと私をにらみこう続けた。


「卑劣な手段を用いて、私の愛するエミリーを学院から追い出そうとしたではないか!

 おおかた私と仲良くしていたのが気に入らなかったのだろう?

 取り巻きを使って実行した数々の嫌がらせは、さすがに見逃すことはできんぞ!」


 それを聞いて私は……




  ――やったわ、さすが馬鹿王子ね!?

  ――ここまで思い通りに動くものなの????????



 内心で喝采を上げていた! 完璧に計画どおり!

 ここまで思い通りになると、表情を取り繕うのも大変ね!





 さて、突然だが、私は前世の記憶を持つ転生者だ。

 そして、目の前の単細胞……失敬、馬鹿王子は、前世で遊んでいた乙女ゲームの攻略対象である。


 ……そりゃあ、ゲームで遊んでいたときは幸せだったさ。

 特にヒロインと心を通わせてラスボスに挑む決意を語るシーンは、涙無しには語れない名シーンだった。

 それに加えて、そしてクライマックスでささやかれる甘々のボイスの数々。生きてて良かった! と画面の前でニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべたものだ。


 ――でもね、ちょっと考えてほしい

 もし、そんな世界に転生してしまったとして。


 あなたは王妃になれる? 「うん」と即答した人は、ぜひとも私と変わってくれ。

 脳みそが馬鹿王子と同レベルか、さもなくば"陽キャ"なる人種――つまり私の敵だ。


 どれだけ王子が美形でも! 王子ルートが素晴らしい出来だったとしても!!

 こうして転生してしまったら話は別なのよ!!!!


 王子と結ばれるってことは、王妃にならないといけないってことでしょ?


 無理! 絶対に! 無理だから!

 前世ではただの学生だった私がよ? それって、なんの冗談よ!?


 何を隠そう前世の私は、人目を避けて小説やゲームの世界に閉じこもっていた。

 端的に言ってコミュ障なのである。

 それも、ただのコミュ障ではない。人に話しかけられただけでテンパってアワワワするコミュ障OFコミュ障、最強のコミュ障である。

 人前での演説なんて、考えるだけでゾッとするね!


 じゃあ、どうしようか。



 ――シナリオの通りに婚約破棄されればいい

 ね? 簡単でしょ?



 私が転生したのは、幸いにもヒロインと攻略対象を邪魔する悪役令嬢と呼ばれるポジションのキャラクターのようだった。



 ――ヒロインじゃなくて良かった!!!

 もしもヒロインとして生まれていたら……と想像してゾっとする。仮にこの世界に「シナリオの強制力」と呼ばれるものが働くなら。


 どれだけ避けようとしても迫ってくる攻略対象、逃れられぬ王妃の椅子。


 ――うわあ……

 想像するだけで悪夢だ!


 しかも攻略対象は乙女ゲームとは違って生きている人間。良いところだけではない、生の人間なのである。それこそ長い年月を一緒に過ごせば、嫌だって欠点も目に付くものだ。


 ……後は頼んだぞ、ヒロインちゃん!

 私は、目の前で……王子と私の様子をハラハラ見守る愛らしい少女にチラッと目を向ける。

 彼女こそ、乙女ゲームのヒロインことエミリーである。



 その点、悪役令嬢ならば安心だ。シナリオの強制力万歳!

 与えられた配役は、かませ犬といったところだろう。

 何もしないでも婚約破棄され……最終的には断罪。爵位も取り消され、庶民としての第二の人生を約束された身なのだ。



 そうと決まれば……




 ――冒険者ギルドに入るぞ!!


 せっかく異世界に転生したのに王妃? 王子? 婚約破棄?

 そんなみみっちいことは気にしたくもない。

 早く庶民になって、自由に生きたいわ!



 方針さえ決まれば、あっという間だった。

 もともと、両親は仕事が忙しく放任主義。

 使用人たちは放置される私を気の毒に思ったのか、多少のわがままは聞いてくれた。


  ――剣を教えて?

  ――魔法を教えて?

 可愛くおねだりをするだけで「お嬢様はやんちゃですね~」と言いながら、手取り足取り教えてくれたのだ。

 剣も魔法もそつなく教えられる使用人たちは何者なんだろう?



 誕生日のお祝いに、とちゃっかり冒険者ギルドで登録までしてくれた。

 ほんとに、理解のある人たちで感謝だ。

 おかげさまで顔なじみ以上の間柄となった冒険者は少なくない。

 あ、もちろん正体は伏せてだよ? バレたら大問題だ。両親には、いまだに内緒だからね。家に軟禁されかねないし。



 冒険者ギルドには、なるべく時間を作って通いました!

 庶民になったあとに出来るだけ早く溶け込むために。腫れ物のような扱いをされるのは嫌だからね。

 こうして顔を出していれば、コネがガッツリと出来て……そのまま仲間として受け入れてくれるはず! そう信じています! 

 「良い腕だね、お嬢さん! 良ければうちのパーティーに定住しないかい?」て声をかけたリーダーさん、信じていいんだよね? あなたの言葉を信じて、私は今から全力で婚約破棄されてきます!!



 もうひとつの嬉しい誤算は、ここで乙女ゲームのヒロインことエミリーと仲良くなれたこと。

 出稼ぎに出てきていたらしいエミリーとばったりと街で会ったときは、心臓が口から飛び出るかと思ったね! 生ヒロインだよ、生ヒロイン! 何してるの!?


 なんでも貧乏貴族に生まれたエミリーには、まとまったお金が必要だったそうで……短期間でお金を稼ぐためにはクエストが手っ取り早いよ! と言われて冒険者ギルドまで来たらしい。

 そんなことを、ほんわかとした笑みとともに言われたときには「もう少し人を疑って!?」と思いましたよ。でも、会えたのは幸運!


 なんせ乙女ゲームのヒロインであるエミリーは、選ばれし聖女の力を持っている。

 いずれ現れる魔王を倒すための伝説の力。

 ゲームで得た知識、しっかり伝承しておかないとね!


 ――それに……その力をしっかり使いこなせるようになってもらわないと、王子を押し付けられないからね!

 あんなんでも、王子は王子なのだ。

 相応の肩書がないと、結婚なんて出来ない。

 エミリーにはぜひとも、聖女として名を上げていただきたいところだ。





「はっ、俺に図星を言い当てられて言葉もないか!」


 馬鹿王子は、満足気な表情を浮かべている。

  そんなに私を言い負かせるのが嬉しいのだろうか。


 ――きっと嬉しいんだろうなぁ


 ハァとため息。

 単純すぎる王子の脳内が読めるようだ。これぞ以心伝心! 全然嬉しくない。


 話の流れすら予想通り!

 もはや、自分が恐ろしい。ここまで完璧に計画どおりとは。



 王子は、甘やかされて育ったのだろう。

 自分で思考しようともせず、耳に都合の良い言葉だけを入れる……そんなんでこの国は大丈夫か? と思ってしまうような、ダメな子だった。


 ――ただの学生からも資質を疑われるって、本当に王子なのか? 中身、実はダメな転生者だったりしない?

 ――私だって付け焼刃の令嬢だけど、今のところ王子を支えてやってくれなんて頼まれたぞ?


 あれだけコミュ障だった私が、どうにか王妃の真似事ができるようになったのだ。

 人間、やればどうにかなるもの。


 ――そういえば、王子は変わってくれる、と信じていた時もありましたね


 そう懐かしむ。


 私が、王子にしてやったことは単純だ。

 王妃教育で叩き込まれた「上に立つ者の心構え」なるものを、ひたすら王子に叩きつけたのだ。

 正論でぶん殴ったとも、八つ当たりとも言う。でも、たぶん間違ったことは言っていないと思う。


 ……王妃教育で習ったことを、永遠にリピートしただけだからね。


 これは、半ば義務的な対応だったけれど、最初は違った。

 ……この国、本当に大丈夫か?? 途中でそう思って、思わず本気で怒ってしまったこともある。

 何を言っても更生しないから、最終的には諦めたけど。


 自分に意見してくるものが、身の回りに居なかったのだろう。

 次第に王子の心は私から離れていき……私もわざわざそれを修復しようとはしなかった。




「全ての罪を認めるなら、多少の減刑は考えてやらんでもないぞ?

 これでも顔馴染みだしな。庶民として追放するのは、さすがに心苦しいしな」


 圧倒的優位に立ったと思っているのだろう。

 黙っている私を尻目に、王子は尚も言葉を続ける。


 ――庶民として追放!?

 内心でガッツポーズ。

 むしろご褒美だ! そのために生きてきましたからね!


「わたくしは、やってもいないことを認めるつもりはありません」

「まだシラを切るか! エミリーが勇気を出して告白してくれたのだ。ここに証拠もあるのだぞ!」


 ダンッと王子は足を踏み鳴らす。

 地団駄って。その歳にもなってこの場で地団駄って!

 ……王子ともあろう方が、いったい何をしていらっしゃるのやら。


 そして私は、この後出てくる証拠を知っている。

 なぜなら私が作ったものだから! お友達に協力をお願いして!


 馬鹿王子は、馬鹿だ。

 そして、驚くほどに無能だった。

 こうして断罪の場を開く、というのに突きつける証拠を用意していなかったのだ!



 ――何からなにまで世話が焼けますね!?

 いずれは冒険者として庶民に下りたい、と私が望んでいることを知る令嬢は少なくない。

 婚約破棄されるための証拠を作ってください、と頼み込んだら協力してくれる仲間はたくさんいたのだ。


 その後、どこからか流れだした非人道的な黒い噂に戦々恐々とし、「間違っても、処刑されない程度でお願いね!」と慌てて頼み込んだのは良い思い出だ(クギを刺したとも言う)



 あわよくば下克上を狙われていたのでは? 私たち、本当にお友達ですよね?

 情報戦をすることになったら、まるで勝てる気がしない。

 貴族って怖い、早く庶民にならないと……。


 ヒロインのエミリーも、証拠づくりに協力してくれた1人だ。

 リスクを承知で、告発までしてくれたのだ。立役者と言っても良い。


 エミリーとは、何度も何度も一緒にクエストを受けた冒険者同士。

 本当は冒険者になりたい! という私の願いを、誰よりも理解して決断してくれたのだろう。


 こうして舞台は整った。

 エミリーはウソの告発を王子に、私の取り巻きたちとされていた仲間たちは「聖女に味方するためだ」と言って証拠を王子に持っていき。


 私が、私のために仕込んだ、断罪パーティーは開かれることになった。





 ろくに証拠の確認もせず、私との婚約破棄に踏み切った王子の今後を考えると、少し不憫ではある。でも同情はしない。

 この人のためなら、王妃になっても良い。

 少しでもそう思わせてくれたなら、違った未来だってあったかもしれない。



 ――ここ最近はパーティーでのエスコートの一度もなかったし

 ――どれだけ心配して声をかけても、うるさそうに遠ざけるだけで

 ――人の言うことを鵜吞み(うのみ)にしてはいけませんって、何回忠告したことか…… 


 私は身勝手だ。


 今回の告発は事実無根のもの。

 貴族社会は火のない所でも煙が立つ場所ではあるが、そうなるよう誘導したのは私である。



 でも大丈夫。

 罪に問われても、全てが明るみに出るころには私は国外だ。冒険者は自由なのだから。




「あなたは、最後まで自分の目で物事を確かめるということを放棄されたのですね」

「ええい、貴様はいつもそうやって! これだけの証拠を前にして、まだ言い逃れできるとでも思っているのか! 小賢しいわ!」



 ――馬鹿王子は、最後まで馬鹿王子だった。

 すべてが計画どおり。

 嬉しいけど、どこか虚しさも残る。



「リリアンヌ、貴様には失望した!

 貴様のその振る舞い、公爵令嬢として到底受け入れられるものではない。態度次第では減刑も考えてやろうと思っていたが――」


 わくわく!


「庶民へと降格としよう。二度とその顔を俺の前に見せるな」


 キターーー!


「かしこまりました。信じていただけないのは残念ですが……殿下の信用を得られなかったのは、わたくしの罪でございます。おっしゃる通りにいたします」


 表面上は、どこまでもおしとやかな令嬢を演じながら。


 よっしゃ~! ここまで、完全に計画どおり!

 見たか、婚約破棄RTA!!(バグあり、王子の思考ルーチンがあまりに単調)

 このまま立ち去って、冒険者ギルドにゴー!


 ついに成し遂げましたわ!

 あんまり使えるようにならなかったお嬢様言葉も、これから先は一生必要はありませんわね!!

 さようなら貴族社会!!


「……お世話になりました」


 内心ウッキウキだ。

 小躍りしそうになりながら、お世話になった人に会釈し謝意を伝える。

 このままパーティー会場から出ようという場面で、





「――本当に行かれてしまうのですか?」


 とても心細そうな、無視して立ち去ることは到底できない声が聞こえた。

 声の主は乙女ゲームのヒロインことエミリー。

 彼女は捨てられた子犬のような目でこちらを見ていた。


「こんな終わり方、やっぱり納得行きません!」


 かと思えば、何かを決意したのだろう。

 こちらに駆け寄ってくると――



「私も連れていってください!」



 そう言って私の腕にすがりついて来た!?






「エ、エ、エミリー!? お、お、お、落ち着いて!?」


 すがるような目を向けられ、たじろぐ私。

 ここまで全て計算通りにいっていたのに、最後に思わぬ伏兵だった。


「落ち着けませんよ! あなた様が身を引く必要なんてありません!」


 何かを伝えようと必死にエミリーは口を開く。


 ん? 身を引く……?


「あなた様が、私の気持ちに気づいて、円満に私と王子が一緒になれる道を作ってくださったことには感謝しています! でも!

 やっぱり、こんなのは間違っていると思うんです!」


 んん……? なんのことだ?


「だから、冒険者になりたいなどという嘘とともに、全ての泥を被って立ち去る必要なんてないのですよ、リリアンヌ様!」

「そうですわ、リリアンヌ様!」

「庶民に下りるなどととんでもないことですわ!」


 口々に声を上げるのは私の仲間たち。


 ――なにか、とんでもない誤解をそのままにしてしまったようね。

 まったくもって、計画が破綻した瞬間である。


「何度も言うように、庶民として冒険者になるのは、わたくしの夢ですのよ?」

「そうやって自分の幸せを捨ててまで、すべてを丸く収めようとするのはリリアンヌ様の悪い癖ですわ」


 それに! と取り巻きと評される令嬢が続ける。


「本当に! この何も見えていない馬鹿王子に! エミリーを任せるつもりですか!?」


 ガーンと頭を撃ち抜かれるようだった。

 王子も巻き添えでダメージをもらっているが無視する。


 何度もクエストを一緒に受け、共に死線をくぐり抜けた仲。

 はじめ、エミリーは力の使い方を何も知らない素人だった。

 そのくせ報酬の高い危険な依頼を優先的に受けてしまう危なっかしい子で……。


 見ていられなくて、ついつい聖女の力についてアドバイスをすることもしばしば。私はエミリーのことを、いつの間にか妹のように思っていたのだ。


「そ、それは……」


 エミリーと王子が結婚!?

 あの馬鹿王子と一緒になって幸せになれるの!?

 目を背けていた問題は、思いのほか深刻で。


「この馬鹿王子を支えられるのは、リリアンヌ様しか居ませんわ!」


 それは勘弁! まじで勘弁!




 私の心の声はどこにも届かない。


 エミリーの王子への密かな思いに気が付いた私は、無茶な理論を展開してでも王子とエミリーをくっつけようとした、とどうやら本気でそう思い込まれているらしい。



 ――そんなわけあるかーい!?


 呆然(ぼうぜん)とする私をよそに、令嬢たちは続ける。




「馬鹿王子が起こした問題はすべて馬鹿王子が原因です。誰もリリアンヌ様が至らないせいだとは思っていませんわ」

「そうですよ! あんなダメ王子が、今まで大きな問題を起こさず済んだのは、間違いなくリリアンヌ様のおかげですよ。最後にとどめを刺しましたけど……」


「お、おまえたちはそんなことを思っていたのか……」


 ショックを受けた様子の王子。言葉の刃、王子を切り刻む。

 貴族、やっぱりこわい。

 普段はあれほど王子を立て、社交の場では大人しそうな笑みを浮かべていたというのに。

 その裏で何を考えているのか、本当に分からない。


「だから庶民に下るなんて。冒険者になるなんて、どうか考え直してください」


 誤解、でもたしかな親切心からでている言葉。

 でも、エミリーからだけは聞きたくなかった!


「なんでよ、エミリー……。それこそが本当の願いだって。エミリーだけは心の底から賛同してくれてると思ってたのに」


「危険な依頼も一緒に受けて回った。

 クエストの苦楽を共にした――何度も一緒に冒険した仲間じゃない!」


 思わず口を突いて出てきたのは、秘密の暴露。

 でも止められない。


「で、でもそれは……。私がお金を欲しているから、仕方なく……。

 改めて謝罪させてください。

 リリアンヌ様を危険な目に合わせてしまって、申し訳ありませんでした」


「やめてよ……」


 なら楽しんでいたのは私だけ?

 だとしたら、むなしさしか感じない。


 そんな謝罪は、まったくもって望んでいない。



「あんなに楽しそうにしてたじゃない!」


「キャンプをしながら笑っていたじゃない。

 あの時の笑顔は――初めて聖女の魔法を発動したときの感動は、すべてウソだったというの?」


「もちろん楽しかったです!」



 エミリーの口から出たのも素直な言葉。

 それを聞いてホッとする。


 一方のエミリーは、その言葉を恥ずべきものだとでも言うように慌てて口を押える。


 そうして言葉をつづけた。

 失われた幻想を追い求めるような、そんな思い出を懐かしむような口ぶりで。


「楽しかったですけど……だからこそ申し訳なかったです。

 未来の王妃である公爵令嬢を巻き込んで――ひと様の迷惑を考えずに……。

 私はいったい、何をしているんだろうって……」

「エミリー……」


「受けた恩は大きすぎてとても返すことはできません!

 でも――だからこそ、これで終わりなんていうのは嫌なんです!」


 エミリーが本気で言っていることが分かってしまった。

 私に返しきれないほどの恩があると、心の底から思っていることも理解できた。

 たしかに貴族の常識で考えて、王妃という約束された身分を捨ててまで冒険者を志すというのは理解できないのだろう。


「……何度でも言うわ。庶民になって冒険者として生活するのが私の夢だったって」


 ああ、だめだ。

 こんな言い方では、一度発生した思い込みを解くことは到底できない。


 そんな閉塞感を破ったのは、エミリーの思いもよらないひとこと。




「なら! 私も冒険者になります!

 私の聖女の力は助けになるはずです!」


「何馬鹿なこと言ってるのよ、エミリー! そんなこと出来るはずないでしょ!」

「だって……! だって……!」 


 どうにかして私を引き留めようとするエミリーを見て……。



 ハッ、と気付く。

 おんなじなのだ、と。


 きっと私もエミリーも、常識で考えてしまって本音を見失ってしまっている。

 常識を取っ払ったときに残るのは――


 ……なら、もしかすると。エミリーの本当の願いは?



「本気、なのね?」

「本気です。リリアンヌ様が考え直さないのなら」


「……分かったわ」



 そう(うなず)くと、エミリーは我に返ったように「申し訳ございません」と、私から距離を取る。

 安心したような表情。



「何度も言うけれど……わたくし

 ――いいえ私は、本当に冒険者になりたいと思ってるのよ?」


 口調をクエスト中のものに戻す。否、これが素である。


「なに? それともエミリーはあのクエストを一緒に受けた、楽しかった日々を否定するの?」


 だいたい、あんな危険な場所まで。

 好きでもないのに、本当に同情だけでついていくとでも思っているのかしら?

 そう思い、思わずジト目を向けると――



「それでは、本当に?」



 思わず、といった様子でおずおずとこちらの本心を問いかける。

 対する私は――



「はい。もちろん本当です。私は、冒険者になりますよ!

 誰のためでもなく、私自身のために! 私自身がそう望んで!」



 令嬢としてははしたないとさえ言われそうな、感情を表に出した笑顔を浮かべる。



「それで、エミリーも来てくれるのよね?」

「もちろんです! どこまでもお供します、リリアンヌ様!」


 それは今日一の良い笑顔であった。

 置いてきぼりを喰らい、呆然とする王子を完全無視して無邪気に手を取り合い喜ぶ2人。


「頼りにしていますよ、相棒!」


 ――それは、後々まで語り継がれる伝説のパーティー結成の瞬間であった。 

特に、直前に読んだものから多大な影響を受けています。

悪役令嬢物は良いぞ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「見たか、婚約破棄RTA!! (バグあり、王子の思考ルーチンがあまりに単調)」や「王妃? 王子? 婚約破棄? そんなみみっちいことは気にしたくもない」などの表現の仕方が転生者っぽくて好きで…
[良い点] ちょとかわいい。個人的には、もっと冒険的なシーンを見てみたいと思いました。 それでも、ゆりありがとうございます。 (日本語が下手でごめんなさい、私は機械の助けが必要です)
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