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11話:隠れ屋敷の殺人犯

「そういえばほとんど治ったんだね、額。相変わらずすごい生命力だよ。俺なら半日はかかる」

 直也の頭を指さして、拓也が言った。その指摘に直也は表情を歪めた。

「そのゴキブリみたいな言い方やめろよ。誉められてる気もしねぇし。つか、それは誉めてるのか?」

「いやいや、誉めてるって。元気が何よりも一番だ。元気がなくちゃ、何もできないだろ?」

「ま、素直にそう受け取っておくよ。そういや、ありがとな」

 それが意外な言葉だったのか、拓也は目を丸くした。普段から二重瞼の大きな目をしている彼がそうすると、まるで顔の半分が目で占められてしまったかのように見える。

「え、なんだよ。いきなり」

「お前のおかげで、咲さんの犯人にもやっと目星がついたわけだしな。これでやっと、ちゃんとした捜査に乗り出せる」

「そう言ってくれると、ちょっとは楽だな。あの毛髪の正体も分からないし、どうやって彼女があのプレートを手に入れたんだかも分からないし。フェンリルも誰が持ってたのか知らないし。正直、なんだかんだ言いつつも俺なにも役にたててないから、なんだか自信喪失してたんだよな」

「そんなこともないよ。お前がいなかったら、装甲服関連は全然わからなかった。あれについて分かっただけでも、かなり状況は進展したと思うぜ?」

 直也が本音を言うと、拓也は表情を和ませた。照れくさそうに頬を掻く。

「なら、嬉しいんだけどな」

 木々から垂れ下がった葉が歩くのに鬱陶しい庭だった。気をつけないと、密集したそれらの葉たちが顔面にぶつかりそうになる。そのため2人は上方に十分な注意を払いながら、玄関を目指した。

「とりあえず、俺は咲さん周りを調べてみる。だからお前は、装甲服周りから調べてみてくれ。そっち方面はさっきも言われたように、俺が下手に動くよりもお前のほうがより的確な情報を入手できると思うし」

「あぁ、分かったよ。いい結果を報告できるように頑張ってみる」

「あぁ、頼む。絶対、無理はするなよ。お前にもし何かあったら、俺が困るんだ」

 額のあたりに立ちふさがる枝を手でよけながら、直也は眉を寄せた。拓也は口元を緩めると、直也を見て首を小さく傾いだ。

「大丈夫だよ。自分の程度は、俺自身が一番分かってるんだ」

玄関の鍵はかかっていたので、1階の窓ガラスを割って中に侵入することにした。それを提案し、ガラス目がけて大きな石を投げつけたのは拓也だった。

「教師がこんなことしていいのかよ?」

 直也が茶化すと、拓也は悪戯小僧のように笑って舌を出した。

「言っただろ? 教師だって人間なんだ。窓ガラスを割りたきゃ割るさ」

 大きな音をたててしまったのが気になり、しばらく立ち止まって周囲を窺ったが、とくに人が来るような様子もなかったので、直也はガラスに生じた穴に手を入れ、内側にある窓のロックを外した。そうして窓を開けると、縁に足を乗せ、室内に飛び込んだ。

外見通り、家の中もまた豪華な造りになっていた。なめらかな光沢を放つフローリングの床や、いかにも高価そうな素材で作られた調度から、嫌でもこの家にかけられている金額の大きさが分かる。ベッドが2台片隅に置かれていることから、ここは夫婦の寝室らしい。

「ずいぶんと、豪勢な家だ。公務員の給料じゃ、一生かかっても無理だろうなぁ」

 部屋を見回しながら、拓也が嘆くように言う。直也もそれには同感だった。

「俺だって無理だよ。明日の仕事だって見込みないのに」

 そこまで言いかけて、直也はまだ黒城から電話がかかってこないことを思い出した。まだ半日しか経っていないのに仕事がそう調子よく入ってくるものか、ということはよく分かっているつもりではあるが、銀行に貯金された額を頭に並べると、焦燥感が急激に押し寄せてくる。

「大変だな」

 拓也が唇の端を上げながら言う。

「大変だよ」

 直也は黒城の顔を頭上に浮かばせながら、心の底から思った。

 部屋から出ると、そこは長い廊下だった。壁にいくつもの絵画が飾られており、絵には明るくない直也だったが、それもまたすべて高額なのだろうなと漫然と考えを巡らせた。

「明るいうちで良かったな。夜だったら多分、真っ暗だろうな」

「そういう意味ではラッキーだったな。捜査がはかどりそうだよ」

 廊下の上の方に明かりとりの窓が並んでいるため、電気がついていなくとも家の中は割と明るかった。廊下をしばらく並んで歩いていると、拓也は眉をひそめて疑問を投げかけてきた。

「そういえば、なんでここだって確信したんだよ。なんか根拠があるんだろ?」

「あぁ。別段難しいことじゃない。怪人の足跡をたどっただけだよ」

「足跡?」

あぁ、と直也は頷いた。視界の中に収まる、部屋のドアを片っ端から開けて、1つ1つ室内を確認していく。この部屋は子ども部屋のようだった。薄闇の中にぬいぐるみが散乱している。

「お前と初めて会ったときにいた怪人のこと、覚えてるか? あの腕の長い怪人だよ。あいつは、お前から逃げる時、斜めに跳躍しながら動いていた。建物を蹴って、その反動を使って跳び、さらに反対側にある建物を蹴って……てな具合でな」

「そうだったっけ」

「そうだったんだよ。で、それを見て思ったんだよ。もしかしたら、あの怪人はそうやってあの工場まで来たんじゃないかって。確信したのは、今朝あの場所に行った時、白線の混じったコンクリート片を見つけたときだ。あの場所のアスファルトには白線が1つも引かれてなかった。だから、おかしいと思ったんだ。もしかしたらこれは、怪人が別のところから運んできたもんじゃないのかってな」

 直也はメッセンジャーバッグの前ポケットからコンクリート片を取り出し、拓也に手渡した。何の変哲もないそれを、拓也は物珍しいものでもみるかのように、慎重に裏返したり叩いたりしながら眺めている。

「多分、ここからスタートするときに。最初に地面を蹴って、そのときに砕けた破片を持って行っちゃったんだと思う。移動の最中に外れなかったのは、怪人は踏切のときだけ、移動中とは逆の足を使うからだ。お前から逃げる時も、奴はそうしてたからな。この家の前にあった、道路標識の止まれがちょっと欠けてただろ? そのコンクリート片はあそこのものだよ。お前が来るまでの間に照合させておいたから、間違いない」

「でもあの工場のところまで、10キロ以上はあるんじゃないか? この破片もすごい旅をしてきたもんだな。で、それで?」

 拓也に促されると、直也は自分の耳を指さした。

「それで。俺が工場前で聞いた、でかい音っていうのは。あいつがあそこに着地したときの衝撃音だったんだ。その証拠に工場の壁面に不自然なひびが入ってたからな。だからそこをスタートにした。あとは怪人が進んできたルートを、逆にたどっただけだよ。ご丁寧に、いろいろなものを破壊しながら来てくれたからな。予想以上に分かりやすくて、驚いたぐらいだ」

 壊れたカーブミラー、へこんだ看板、割れた窓ガラス、砕けたブロック塀、折られた大木、そして削り取られたアスファルト。怪人の足跡を探し、それを追う作業は実にスムーズに運ばれていった。上手くいきすぎていて、本当にこれで正しいのか疑いにかかってしまうほどだった。

「あの怪人の何が凄いって。笑っちゃうくらいに、いつも跳躍する角度と距離が同じなんだよな。だから、簡単だった。破壊の跡を背にして左斜めの方向を探せば、絶対に次の破壊されているものを見つけられた。ただそれを繰り返していけば、いいだけの単純作業だったよ。こんなの、推理小説にもならない。あの怪人の移動するときの癖さえ知ってれば、誰でもこの家に何かがあることを導き出せたよ」

「はぁ、なるほどなぁ。言われてみれば、なんで誰も気づかなかったんだよって気はするな」

「そうなんだよ。多分、お前たちが最初から怪人の出所を調べることを優先的にやっていたら、間違いなく俺より先にこの場所にたどり着いてただろうな」

「なんか、面目ないな」

 これで、いくつめになっただろうか。手近のドアを開け、中を覗いてから閉める。幾度もなくそういった手順を繰り返しているうちに、1階にある部屋をすべて調べ終えたことに気が付いた。指を折って数え、全部で8部屋もあったことを知ると、驚嘆のため息がでてきそうだった。実際に直也は、吐息をついてしまった。

家には生活感がなく、誰も住んでいる様子はなかった。食料の気配や、金銭の類が見つからないことから、おそらく家族全員で夜逃げでもしたのだろう。しかしそれにしては、埃が少ないなと思った。各部屋に掛けてあったカレンダーはすべて一律に2007年5月のままだった。つまり、3年前ほど前からここの住人は姿を消しているということになる。その割に、家の中が綺麗すぎる。まるで定期的に掃除されているかのような雰囲気があった。

 何者かが頻繁に出入りしているのではという始めに推測した説が真実味を帯びてくる。何者かとは、むろん怪人を操り、女性たちを誘拐した、連続女性失踪事件の犯人である可能性が高い。

 玄関はまるでホテルのロビーのように、広かった。真紅のカーペットがのべなく敷き詰められている。構造は円状になっており、端には階段があってそこから2階に上がれるようになっていた。

「とりあえず今のところ、変な部屋はないみたいだけど。2階にいくかい?」

 緑の絨毯の敷かれた階段に足をかけ、拓也はこちらを振り返ってきた。そうだな、と返事をして階段に足先を向ける。しかし階段の中腹のあたりまで昇ったとき、突然、前を歩く拓也が立ち止まった。真剣な表情で、きょろきょろと周りを窺っている。

「どうした?」

 直也が訊ねると、彼は階段の手すりから体を半分乗り出し、天井を見上げた。

「いま、声が聞こえなかったか?」

「え」 言われ、直也は耳を澄ますが一向に何も聞こえてはこなかった。ここに入ってから静寂は膨れあがるばかりで、些細な衣ずれの音でさえも気になるくらいなのに、だ。顔をしかめ、拓也を見やる。「いや、何も聞こえなかったけど」

「いいや、絶対に聞こえた。……こっちだ!」

 いま昇ってきたばかりの階段を跳ぶように駆け下り、拓也は玄関を突っ切っていく。たじろぎながら直也もまた、拓也を追いかけた。拓也の走った後のカーペットからは次々と埃が噴き出していたので、彼の姿を見失うということはなかったが、そのあまりの埃の量に直也は走りながら幾度もなく咳きこんだ。鼻と口を手で覆いながら走ると、拓也は右手側にあるドアを開け放ち、部屋に飛び込んだところだった。直也も当然、その室内に踏み込んだ。

 そこはキッチンのようだった。1年分ぐらいの食料が詰め込めことのできそうな、巨大な冷蔵庫が2台並んでいる。中央には8人掛けのテーブルがあり、その上には赤いチェック

柄のテーブルクロスが敷かれていた。カウンターにはガスコンロが2つ並べて備えつけてあり、シンクにはそれだけで値段のかかりそうな金の蛇口がついていた。キッチン周りは整理されており、ざっと目を通してみただけでもカビ1つ見当たらなかった。これだけのものがあるにも関わらず、室内にはまだ広いスペースが残されている。足元の床も染み1つなく小奇麗だった。

「やっぱり食料品はないな。水も出ないし。やっぱり、しばらくここには誰も住んでなさそうだ。それにしては、ここまで綺麗なのが気になるけど」

 直也は冷蔵庫を開き、蛇口をひねって確認する。拓也は室内を、檻の中の熊のように忙しなくぐるぐると回っていた。

「気のせいじゃないのか? さっきもここ入ったけど。別に奇妙なところはなかっただろ」

「まただ!」

 直也がその言葉を言い終えるかどうか、といったタイミングで拓也が大声をあげた。今度こそ聞こえただろう、とでも言いたげな会心の笑みを浮かべて振り返ってくるが、またしても直也の聴覚は声どころか何の音も捉えなかった。

 直也の困惑を置き去りにして、拓也は足の裏で床を何度も踏みつけている。それから壁に拳を打ちつけ、また床に衝撃を加える。その奇行に、直也はただ彼の様子を観察していることしかできない。この男は一体なにをしているのだろう。

それを二度三度と繰り返したあとようやく動作を止め、拓也は顔をあげて興奮気味に声をあげた。

「また聞こえた! やっぱりだ。この下だよ。いま反応があった。誰かが俺たちを呼んでいるんだ」

 拓也は自身のものである黄色いデッキプレートを取り出すと、それを縦に開いた。驚くべきことに、プレートはまるで定期入れのような構造になっており、中には5つの透明なカードポケットがあるのだった。そのポケットは見る限り、しっかりとした作りになっており、やはり財布の定期券を収めるスペースを思い出させる。いま、そのポケットにはプラスチック製のカードが挿入されており、5つ全てがそれと同じもので埋められていた。よく見れば、そのカードはデザインこそ共通だがそこに描かれた絵柄はみな異なっている。

 咲が残したプレートにはそんなものはなかったはずだ、と思っていると、拓也はその直也の思考を読み取ったかのように片眉をあげた。

「ああ。これは、イミシャドにはないんだ。マスカレイダーに付けられた、新機能ってやつさ。戦闘中に俺、耳のダイヤル回してただろ? あの能力源はここに収められたカードに由来してるんだよ」

「なるほどな。装甲着てから、わざわざなんでバックルにプレート入れるのが疑問だったけど。あれには、ちゃんと意味があったのか」

「物事にはちゃんと、そうする意味があるんだよ。そして俺がいま、プレートを開いたことにもね」

 拓也はポケットの一番下のほうにあるポケットからカードを取り出すと、それを足元目がけて叩きつけた。ばしっ、と軽快な音がおき、床にカードが寝ころぶ。

 そして一時の沈黙を挟んだのち、そのカードが強く光を帯び始めた。見る見るうちにその光は浮かび上がり、光に奥行きと高さが生まれた。さらにぐにゃぐにゃと蠢き、姿を変え、鳥の形をした光へと変化する。掌に乗ってしまえるほど小さなその、光輝に満ち溢れた鳥は翼を広げ、直也の腰のあたりの高さを旋回した。

「行けっ!」

 拓也が切り込むような声で叫んだ。すると鳥は嘴を下にし、拓也のつまさきのあたり目がけて一気に急降下を行った。

 衝撃音。破壊音。地面が震え、直也は思わず近くにあったテーブルに手をついた。土埃が舞いあがり、床の破片が飛び散って、灰色の煙が室内を埋め尽くす。呼吸ができなくなり、また視界も不自由になってしまったので、直也はまた手で顔を覆いながら慌てて部屋のドアを開け放した。

「な、あっただろ?」

 ようやく煙が外に出ていき、周囲の状況が視認できるようになる。顔をあげると、頬や鼻の頭を真っ黒にした拓也が微笑んでいた。彼と同じように、キッチンもいたるところが土や埃で真っ黒に汚れている。おそらく直也の顔も、煙突掃除人のように汚れているのだろう。掌で顔を拭うと、指先まで真っ黒に染まった。

 拓也の前には、大きな穴が空いていた。先ほど、鳥がぶつかった箇所だ。覗き込むと下には部屋があって、そこから冷気が漂ってくる。部屋中に霜が降りていることから、どうやら冷凍室らしい。穴の縁には電源コードの切れはしが垂れ下がっていて、一定のペースで火花を弾けさせていた。よく目を凝らせば穴の壁面には、機械の断面が垣間見える。

「こういうことやるなら。先に一言伝えろよ。おかげで、口の中まで土まみれだろうが」

 口の中に残るざらざらとしたものを、唾とともに床に吐きつけながら直也が抗議すると、拓也は歯を見せた。

「ラーメンを食べられなかったお返しだよ。俺の気持ちが分かっただろ」

 地下にみえる部屋は薄暗く、この1階以上に静寂の濃度が高いように感じられた。その険悪な空気を直也は鋭く嗅ぎとる。この世のものではないような。まるで、キッチンに開いたその空洞は地獄に繋がる門のようにも思えた。穴の淵で中腰に立ちながら、直也はその予感に身震いした。瞬きを数度し、自身の意識に鉄の杭を打ち込む。

「それは悪かった。でも、チャーハンも美味かっただろ?」

 首を上向かせて直也が言い返すと、拓也は頬を緩ませた。

「あぁ、美味かった。また連れて行ってくれよ」

「いくらでも連れてってやるよ。その代わり、ここから帰ってきたら、お前のおススメの店も教えてくれ。もう職場の近所の飯屋は飽きてきたんだ」

 分かったよ、と苦笑交じりに拓也が言う。それから程なくして、2人は穴の中に飛び込んでいった。


 地下の室内は、ひどく寒かった。

意識をせずとも全身の震えとともに歯ががちがちと鳴り、少しでも熱を得るために絶えず腕をさすらなくてはいられないほどだった。

 穴を作った一撃で、冷凍装置が破壊されていたのは幸運だった。この低温に加えて冷風を浴びせかけられていたならば、命の危機に瀕していたところだっただろう。ロックを解除し、重たい鉄製のドアを引き開けて、外気を取り込む。生暖かい空気が室内を覆い、体が指先から解凍されていくような気分になる。

 地下ということだけあり、室内は暗かった。直也は普段から常備しているペンライトを取り出すと、周囲を照らした。

「探偵の七道具ってやつか?」

「そんなものねぇよ。それは泥棒だろうが」

 目を輝かす拓也を適当にあしらいながら、壁に丸い光を這わせていく。

 室内には直也たちを挟み込むように、左右に戸棚が設置されていた。3段になっており、横に長く、引き出しはない。まるで小学校のプールにある着替え室のような構造になっていた。いま、その戸棚にはすっぽりと四角いプラスチックのケースがはまっている。視線を運ぶと、すべての棚にそれと同じものが置かれていることが分かった。戸棚は全部で4つあるため、つまりプラスックのケースは12個あるという計算になる。数えてみると、右奥の戸棚の3段目が空になっていたため正確には全部で11個だった。

 11という数に、直也は緊張を隠しえない。心臓が高鳴り、耳の奥で血液が我先にと胸に向かって駆け出す音が聞こえてくる。

「なんだこりゃあ。まるで……棺桶だな」

 ぽつりと拓也が言った。直也は戸棚に近づく。そして唾で喉を湿らし、ゆっくりとケースに手を伸ばした。

掌が汗ばむ。シャツで湿った手を拭いつつ、ケースの角を掴む。怖気が体の芯を揺さぶっているように感じるのは、室温のせいだけではないはずだ。瞼を閉じ、脈拍が鎮まるのを待ってから目を開いた。

躊躇が体をじわじわと蝕んでいく前に、直也は一気にケースを引っ張った。それから片手に持ったペンライトで、素早くその中身を照らす。そして、目を剥いた。

予想していたにも関わらず、吐き気が喉元までこみあげた。胸に黒い大きな塊が圧し掛かる。

直也の異変を察知したのか、拓也が横から覗き込んできた。そして彼はケースの中のものを見るなり絶句した。みるみるうちに顔が青くなり、口を覆う。

「やっぱり、ここで正解だったみたいだな」

透明なガラスで蓋をされたそのケースの中で横たわっていたのは、全裸の女性だった。

20代くらいに見える。ウェーブのかかった長い髪をもち、鼻が高い。深く目を瞑っており、肩を叩けば飛び起きるのではないかと思えてしまうほど、活発とした色に溢れている。その額にはしわが寄り、ルージュの引かれた唇はへの字に曲がっていた。その恐怖に歪んだ形相からして、心身に強い苦痛を強いられ、よほどの屈辱に曝されたのではないかということが窺えた。

彼女には、左足がなかった。膝から上のあたりで切断され、そこから先はビニール袋が被せられ輪ゴムで止められていた。透明の袋だったので、切断面からは骨がむき出しになっているのが見て取れる。

「誰が……誰がこんなことを」

 怒りに声を震わせた拓也の声が、部屋中にこだまする。直也は腹の底から沸き上がる激昂を拳に集め、壁を強く殴りつけた。痛みは感じなかった。代わりに、後頭部でどくどくと血の波打つ音がする。

「犯人だよ。ケースの数は11。失踪した女性の数とぴたり一致している。そいつは死体をここに隠していたんだ。誘拐した女性を弄んで、殺して、ここに保管していたんだ」

 3歳に満たないぐらいの小さな女の子から、乾燥した果実のような肌をした90歳前後の老婆まで、11のプラスチックケースには様々な年齢の女性が遺体の一部を切り取られ、眠りについていた。切断された箇所は様々で、手足や眼球、鼻や耳に至るまで多種多様に及んでいた。そこに共通性は見受けられない。

 一番最近になって失踪した女子高生の前に立つと、拓也は膝をついてむせび泣いた。その肩には黒々とした寂寥が落ちているかのようで、直也は無言で瞳を細くすることしかできなかった。

「俺が、悪いんだ」

 声を上擦らせて、涙をぽろぽろと流しながら拓也はそう零した。直也は眉を寄せる。

「7年前に俺が、みんなを見殺しにしたから。この子が……」

 無論、関係はない。拓也がもし7年前の争いとやらに無関係だったとしても、この少女は死ぬことに変わりはなかったかもしれないのだから。ただ責任の標的を自分に定め、ぶつけどころのない怒りで自身を打ちのめしたいだけなのだ。

 その気持ちを、直也も十分に理解しているつもりだった。咲が死んだときに直也も、自身を死に駆り立てるまでに責め続けていたのだから。

「やめろよ。お前は何も悪くねぇだろ。悪いのは犯人だ。この娘のためにも、俺たちはそいつを許しちゃいけないんだ。そうだろ?」

 ぱき、と骨のしなるような音がした。何かと思えば知らず知らずのうちに、直也は拳を握り締めていたのだった。本当は直也も怒りに喚き散らし、悲しみに叫びをあげたいところだった。少なくとも、以前の、3年前の直也だったらおそらくそうしていただろう。

 だが、いまの直也は違う。憤りや悲愴を覚えながらもそれを制御できる力を持っている。皮肉にもそれは、咲が死んだことにより得た能力だった。自分がしっかりしなくてはいけない。今度こそ、誰かを守ることができるように。

「……ちくしょう」

 壁を再び殴りつける。皮が破け、指から血が滲み出てきた。表に出すまいと心では分かっているのに、憎悪と後悔が気泡のように際限なく浮き上がってくる。

 その時、直也は声を聞いた。

 女性の声だった。何と言っているのかは分からないが、必死に何かを伝えようと足掻いている様子が目の前に浮かんでくるかのようだ。叫喚呼号し、獣の喚き声のようにも聞こえる。

 拓也も聞こえたようで、2人は目配せをし合うと、一斉に部屋の外に飛び出した。

 ドアの外には1階と同様、長い廊下が続いていた。しかし照明も窓もないためか、それともこの地下に漂う不穏な空気のせいなのか、上階の華やかな様子とは相反して薄気味悪く、整備されていない刑務所のような雰囲気があった。

「俺が聞いた声だ」

 赤い目で拓也が言う。直也はあまり清潔とはいえない、埃の積もった床に目を落とした。

「そうみたいだな。さっきは悪かった、気のせいだとか言って。でも、すごい耳してるな」

「だてに、音楽教師はやってないよ」

「そうか。そういうことか」

 2人は押し黙った。哀しみがこのフロア全体に蔓延しているかのようで、意識を拳に持っていかなければ、荒れ狂う心の波を抑えることができなくなりそうだった。そしてもう1度、あの声が聞こえると、足並みを揃えて動き出した。

 今度は夕闇に立つろうそくの灯りのような、いまにも消えてしまいそうな声だった。直也は女性がなんと言ったのか、今度ははっきりと聞きとることができた。

 助けて。

彼女は確かに、そう掠れきった声で叫んでいた。その声は、先ほど2人が出てきた冷凍室から右に3つ行ったところのドアの向こうから発せられている。

 女性の元に走りだそうとしたその時、直也は背後に気配を感じて、足を止めた。同時に薄闇の中で何かがきらりと光り、次の瞬間、拓也の背中目がけて鋭利な刃の切っ先が飛び込んできた。

「速見、伏せろ!」

 直也の切迫した声調から状況を瞬時に判断したのか、速見は振り向くこともなく、そのまま前に倒れこんだ。刃は拓也の頭すれすれを掠めた。しかしその刃は床に落ちることはなく、見えない糸で後ろに引っ張られたかのように直也の胸の前を通過し、背後の暗闇へと消えていった。

 軋んだ足音をたて、ぼんやりとした暗がりから姿を現したのは、装甲服を纏った人間だった。

 額を取り囲むようにして生えた6本の角をもつ仮面が特徴的だ。それはまるで王冠をかぶっているようにも見える。顔面は鉄格子のようになっており、そのいくつもの隙間がそれぞれ目を形成しているようにも見えるため、無表情なロボットじみた顔立ちをしている。

 両肩の装甲は甲殻類の鋏のようになっていた。全身の色はパールホワイトで、仮面の角や胸の装甲板の一部には金色が使われていた。

 その右手には鞭が握られている。先に尖った刃物が取り付けられているもので、先ほど拓也を強襲するのに用いた武器はそれだったのだろう。鞭の色が濃い紫のために、闇と同化して見え辛くなっていたのだ。

「騒がしいと思ったら。鼠が2匹入り込んでいましたか。まったくこんなボロ屋に入るとは、近頃のコソ泥というやつは本当に見境がないですねぇ」

 装甲服の人物が、言う。ねちっこい男の声だった。色っぽいが、この状況で耳にするその声色は、弱者を虐げそれを悦びとするような異常者のものにしか感じられない。直也はペンライトの焦点を、男のバックル部分に合わせた。この男の纏った装甲服が、7年前に作られたイミシャドなのか。それとも最近になって生まれたばかりの“マスカレイダー”なのか。あるいは、その双方以外の存在、例えば先ほど美術館の裏でダンテと拳を交えていた、あの怪物と同類なのか。それを早く確認したかったからだ。

 そして、円状の光によって暴かれた真相を前に直也は目を見張った。

彼のバックルには、翼のマークがあった。そこに刻まれた数字は『4』。直也のいま持っているプレートが『3』だから、1つ数字が進んだものということになる。同時にそれは、男の着ているものがイミシャドであることを示す何よりの証拠だった。

その発見に、直也は喉を鳴らした。汗がじわりと額に浮かぶ。

「お前が、フェンリルってやつなのか?」

 直也がオウガ以外に、唯一知るイミシャドの名前。咲を殺した装甲服の名前。だが拓也は、その発言を言下に否定した。

「違う。……あれはイミシャド4号、“ファルス”だ」

「ファルス? また新しい奴かよ」

「全部でイミシャドは5体作られたんだ。とはいっても7年前に抗争が終わった際、作成者のハクバスに全部回収されたはずだったんだけどな。オウガとフェンリルが出回っているから他のも、もしやとは思ったけど……。なぁ、お前は、誰だ。それを、どこで手に入れたんだ?」

 拓也はファルスを纏った男に訊ねた。詰問するような、切羽詰まった語調だった。しかし男はふてぶてしい態度を崩さない。

「ハンッ。どちらの問いにも、答える必要はありませんね。そんなことより」

 “ファルス”は開け放たれたままの冷凍室を一瞥すると、演技がかった仕草で深く肩を落とした。

「見てしまったんですね。私たちの実験結果を。どうやってここにたどり着いたかは知りませんが、まったく不法侵入とは。最近の警察の無能ぶりも甚だしい。こんなことで、これからの日本は大丈夫なのでしょうかね?」

「犯人は、お前なのか?」

 憤怒を孕ませた声で、直也は言った。冷静さを保ち、落ち着きはらった態度でいられるように努めた。“ファルス”は答えない。その仮面の下でどんな表情を浮かべているのか定かではないが、罪を受け止めている素振りがないことは確かだ。ふてぶてしさが、全身から滲み出ている。そのことがさらに直也の苛立ちに油を注ぐ。

「彼女たちを殺したのは、お前なのかって聞いてんだよ。答えろよ」

 落ち着くことなどできなかった。怒りでいまにも意識がどうにかなってしまいそうなのだ。脳内細胞が膨張し、片っ端から破裂していく気がする。

直也の問いに対し、突然“ファルス”は、笑いだした。あまりの滑稽さに笑いが堪えきれなくなり、ついに噴き出してしまったというような感じだった。腰を折り、甲高い笑い声を地下室に響かせて1人、爆笑している。直也は奥歯を軋むまでに、強く噛みしめた。

「なにがおかしいんだよ。おい。なにを笑ってんだよ!」

 どの怒声は耳障りな笑いをかき消すように、部屋中に反響した。“ファルス”は笑うことをようやく止め、壁に肩で寄りかかると、息を深く吐きだした。

「ふふ……おっと失礼。あなた方はまだ、自分の立場をおわかりでないようだ。安心してください。お二人も彼女たちと同じ目にあわせてあげますよ……。弱者同士、同じ床を舐めていればいい」

 “ファルス”の左腰には小さな箱のようなものが装着されている。色は緑色で、ドロップ缶のような形をしていた。彼は気だるそうにその上蓋を開け、そこから小さな長方形の鏡を1枚取り出した。そしてその鏡を、自分の足元へと投げ捨てた。

 鏡の表面に火花が走り、続けてその鏡面から黒い光の球体が飛び出てくる。その光球は縦横に引き伸ばされ、すぐに大きな絨毯のような形に姿を変えた。まるでそれは空間にトンネルの入り口が生まれたかのようだった。“ファルス”と直也との間を隔てるように、吸い込まれそうな深い黒が佇んでいる。

 その四角い暗闇のなかから、怪人が姿を現した。緑色の体を持ち、顔には4つの切れ長な目がついている。右肩からは蠍の尾のような金色の突起物が伸び、左肩には鋏のようなものが生えていた。腹にはバイクのタイヤが埋め込まれているのがみえる。

“怪人”は出現すると同時に、直也に跳びかかってきた。しかし次の瞬間、直也の体は後ろに突き飛ばされている。その肩を後ろに押しやっていた手は、前に飛び出した拓也のものだった。

「坂井、危ない!」

 拓也は取り出したプレートを腹の前で左右に振ると、淡い光明に身を預け、瞬時にダンテを纏った。

 威勢のよい声をあげた“ダンテ”は、直也に躍りかろうとする“怪人”の胸を正面から殴り付け、後ろに押し返した。だが“怪人”は怯むことなく、片足で着地するとそのまま床を蹴り、前方に飛び込むと“ダンテ”の体を勢いのままに全身で押し倒した。

「速見!」

「おっと、あなたは……私が相手をしましょうか」

 拓也に加勢をしようとした直也の前に“ファルス”が立ちはだかった。“ファルス”は、先端に刃の付いた鞭を直也に向けて打ち放ってくる。

 だが、その攻撃はけして見切れないような速度ではなかった。直也は十分に鞭を引きつけてから横に跳んで、攻撃を回避する。そのまま壁に当たり、その鞭は失速すると直也は思った。ところがその予想に反して、鞭は壁に当たった途端に跳ね返り、さらに直也を追いかけてきた。

 姿勢を崩しながらも、後ろによろけるようにして直也は紙一重でさらに攻撃をかわした。しかし床に当たった鞭は強くバウンドすると天井に突き当たり、その鎌首をもたげて、頭上から追いすがるように直也を急襲した。

「なっ」

 驚愕の叫びをあげたときには、すでに直也の脇腹を鞭の剣先が貫いていた。

裂かれるような痛みとともに、生暖かい感触が腹部全体に広がってくる。ペンライトが手から離れ、床に転がった。

刃は直也の体に深く食い込み、いまの直也はさしずめ釣り針に引っ掛かった魚のようだった。“ファルス”は鞭の柄を釣り竿のように操作し、直也の体を力のままに壁へと叩きつけた。

「坂井!」

 直也は壁に背を向けた状態で、“ダンテ”のほうを窺った。

 “ダンテ”と“怪人”はお互いに組み合ったまま、廊下をぐるぐると回っていた。双方ともに攻撃を繰り出すのだが当たらず、結局いまの状態に持っていったというところだろう。至近距離で組みあいながら、純粋な力比べに達している様子だ。

「くそっ。怪人一匹くらいなら……!」

 “ダンテ”は競いがある声を発しながら“怪人”の腹を膝で打ち、押しのけると、左耳のダイヤルを回した。2目盛り分だ。

“ダンテ”の体は強烈な光に包まれ、彼は“怪人”目がけて飛びこんだ。小さくジャンプし、体を大きく後ろに反らす。それはヘッドバット、つまり頭突きを“怪人”に繰り出そうとしているのが一目で分かる体勢だった。

 しかしその攻撃は、“怪人”に届くことはなかった。“怪人”が体を低くし、“ダンテ”の腹に蹴りを入れたからだ。“ダンテ”は後ろに突き飛ばされ、そのまま仰向けに転げた。

 “怪人”は歪んだバイオリンのような音を口から漏らしながら、“ダンテ”の両肩を掴み、軽々と抱き上げた。

 そして密着された状態から逃れようともがく“ダンテ”の前で、“怪人”の肩を構成していた鋏が動きだした。鋏は肩の上で半回転し、その切っ先を正面に向けたかと思うと、ぐんと“ダンテ”に向かって伸びた。肩から生えた触手に繋がれた鋏は、前方に射出され、そのまま“ダンテ”の首を掴んだ。

“怪人”は両腕と鋏という3つの腕で“ダンテ”を拘束すると、助走もなく膝を若干屈折させただけで、頭上目がけて高く跳びあがった。轟音が地下室内を占拠する。その音に紛れるように“怪人”は“ダンテ”を抱えたまま天井を突き破り、2人は1階に消えていった。

「そっちは頼みましたよ。さて、私の方もさっさと始末することにしましょうかね」

 “ファルス”が鞭を引くと、その先端に繋がれた直也は前のめりに引き倒された。力強く右に振るわれると、直也はその動きに対応して右に引きずられる。今度は左に引っ張られ、宙に浮いた直也の体は背中から床に叩き伏せられた。

 舌を噛んだのか、口内から唇の端を伝って血が流れ出てくる。全身を強く打ちつけたため、体が言うことを効かなかった。息もしづらく、怒りは血液に混じって絶えず駆けまわっているのにもかかわらず、言葉を放つことさえも叶わない。

「ハン。先ほどまでの威勢はどうしたんです? ほら、まだまだいきますよ」

 直也の体は後ろ向きに引っ張られると、頭、胴体、足の順に床から引きはがされ、そのまま頭からドアに叩きつけられた。意識が霞み、爪を立てて抵抗するが、まるで血液とともに筋力まで流れ出ていったかのように、指先の力は失われていた。それから何度も同じ場所に後頭部をぶつけられ、しまいには老朽化していたドアのほうが砕けた。

 部屋の中に投げ込まれた拍子に、直也の体に突き刺さっていた刃がようやくすっぽ抜けた。

そのまま慣性のままに直也は段ボールの山の中に頭から飛び込み、崩れてきたそれらに呑みこまれる。

上階からの光もなく、また電灯もなかったので、中には真の闇が待っていた。意識が飛びそうになる。握りこぶしで床を叩き、そのはずみで頭をあげた。何も見えないので、目に異常があるのかどうかさえも判然としない。

体を起こそうとすると意外にも思い通りにいったので、安心した。段ボール箱を肩で押しのけ、一息に立ち上がると多少視界が揺らいだ、思わずたたらを踏んだが、手に力は入るようになっていたし、足取りも不安定ではない。大丈夫だ、と直也は自分に言い聞かす。こんなところで、倒れているわけにはいかない。

 刃が抜けたため、脇腹からはおびただしいほどの血液が噴き出ていた。1つ深呼吸をして、精神を平坦に保ち、ポケットに突っ込んでおいた黒い布を引っ張り出す。そしてそれを腹周りに巻きつけると、止血の意味も込めて少しきつめに結び目を作った。

 その時、ひゅんと空気を裂くような音がした。鞭の切っ先が飛んでくる音だ。闇の中で銀色の点が動いているのが見えた。直也は足もとにあった段ボールを蹴とばして、その進行方向を無理やりに逸らさせた。

この部屋は物置らしく無造作に積まれた無数の段ボールや、しなびたリネン類であふれかえっているのだ。この暗闇はやっかいだったが、障害物が多いことは、直也にとって有利に働いた。不規則な攻撃を防ぐことが容易いからだ。

 鞭は半円を描くような軌道で、段ボール箱や布団を次々と破壊していく。羽毛が室内に舞いあがり、段ボールの中に収められていたのであろう機械類が破片を散らす。

 羽とネジが飛び交う室内に、入口近くに立っていた“ファルス”がようやく足を踏み込んできた。 そして手元に戻した鞭をしならせると、逼塞した状態の直也に、間髪いれず打ち放ってくる。直也はかわすが、またも鞭は天井を跳ね、壁を蹴って、直也がどこへ逃げようとも執拗に追いかけてくる。先端の刃が直也の靴を削り、皮膚を裂いていく。

 “ファルス”は鞭を戻した側から、またすぐに振るってくる。徹底して直也を痛めつけるつもりなのがその動作から見て取れた。こんな奴に殺されてなるものか、と眼前に迫る剣先に瞳を縫い付ける。その心に灯った炎が、直也の行動を機敏にさせる。

直也は咄嗟にメッセンジャーバッグからプレートを取り出し、鞭の着地点に合わせてそれをかざした。

 このプレートが硬質な素材でできていることは、3年の歳月によってすでに確認済みだ。そして鞭の切っ先は図ったかのように、プレートの中心に当たった。しかしさすがにその硬度を貫通することはできなかったようで、鞭は音をたてて弾き飛ばされ、しゅるしゅると落ち込んだように“ファルス”のもとに帰っていった。

「弾かれた? いや、壁か何かに当たったか。まぁ、いいです。あなたはもはや袋の中の鼠。いたぶらずに、一息で殺してあげますよ」

達観な口ぶりではあるが“ファルス”はやけに潔く戻ってきてしまった自身の武器に、内心で首を傾げているようだった。直也の手元をはっきり見ることが、できなかったからかもしれない。探るような歩き方にその様子が見て取れる。

その恐れが命取りだ。直也は心中で呟くと、メッセンジャーを放り投げ、ポケットに入れたままだったコンクリート片を“ファルス”にかざした。敵の目が捉えないうちに、尻のポケットにプレートは押し込む。

「さっきお前の鞭を弾いたのは、こいつだよ」

 “ファルス”の足音が止んだ。顔を少し前に出し、コンクリート片をまじまじと見つめているような気配がある。しかし彼はまたしてもほくそ笑んだ。

「ハン。でたらめを……ただの石ころじゃないか。そんなことで時間稼ぎをしようとは、子供だましにも程がある。呆れますね」

「あぁ、そうさ。お前には、ただの石ころだ。だがな。俺にとってこれは、真実を歌ってくれた奇跡の石なんだよ。よく見てみろ。きっと今なら、お前にも見えるはずだ。この石の本質ってやつがな」

 直也の意味深な発言に多少なりとも興味をもったのか、“ファルス”はまだ動きを止めている。直也の荒い呼吸音だけが、室内に響いている。やがて、こんなやつ、いつでも殺せるとでも思ったのだろう。“ファルス”は鞭を持った手を下ろしたようだった。

「どういう意味です? 死ぬ前に最後の言葉を、聞いてやってもいい」

「お前にはこいつがただの石ころに見えるかもしれない。だがな、俺にとっては命を救う宝石に見える。そういうことだよ」

直也はそこで言葉を止め、コンクリート片をかざしたまま、視線だけを壁があると思われる方向へそっと移した。もちろんその先は何も見えない。相変わらず、濃い闇がしんしんと佇んでいるだけだ。

しかし、それが直也の計算だった。そしてその計略の成功を示すかのように、目の前の“ファルス”は動いたのだった。ゆっくりと首を捻っていき、直也が凝視している壁のほうに恐る恐るといった様子で顔を向けていく。

そのわずかな隙をついて、直也は右足を前に突き出した。暗がりの中を足で探りながら落ちていたシーツをつまさきに引っ掛けておいたのだ。そしていま、振り出された足からシーツが宙を舞い、“ファルス”の頭に覆いかぶさった。

「上司からの、受け売りだけどな」

突然視界が塞がれたことに慌てふためいている“ファルス”の腹に、直也は体を丸めてタックルをくらわせた。

シーツを頭から被りながらよろめく“ファルス”を背後に、直也は何とかバランスを均衡に保ちながら、隣の部屋に転がりこんだ。その部屋とはつまり、女性の遺体がしまわれた冷凍室のことだ。

装甲とぶつかったためか、肩に激痛が走っていた。折れていないことを願いながら、直也は部屋の奥のほうに歩を進める。

外の喧騒など無関係だと言い張るかのように、室内では物言わぬ女性たちが音もたてずに眠っていた。室温が上昇したためか、ガラスはひどく曇っていて彼女たちの体は外からほとんど見えなくなっている。頭上に空いた穴からは、戦いの音が聞こえていていた。おそらく、ダンテが怪人と戦っているのだろう。

何の予告もなく、壁を粉々に吹き飛ばして、鞭が部屋の中を突っ切ってきた。

のたうちまわる蛇のように動き回る鞭が、死体の入ったプラスチックケースを次々と床にはたき落としていく。上辺を覆っていたガラスが砕け散り、濁った液体とともに女性の冷たい裸体が床に投げ出されていく。直也の目の前で、一瞬して屍の山が築きあがった。そのおぞましさとやるせなさに直也は切歯扼腕し、顔をあげた。

「こざかしい真似を。今度は逃がしませんよ。あなたもこの死体たちの仲間に入れてさしあげましょう」

 水たまりのうえをぴちゃぴちゃと音をたてて、“ファルス”は進んでくる。死体の腕を踏み潰し、体を踏み超え、生気のない頭部を蹴り飛ばしながらやってくる。

 蹂躙されていく女性たちの、ビー玉のような黒々とした瞳を覗き込んでいるうち、直也の頭にゴンザレスの言葉が蘇ってきた。

咲は殺した。イミシャドの力を使って誰かを。それはその力が、殺人を行うために作られたものだからである。殺人兵器は誰が使っても殺人兵器なのだ。

だが同時に、拓也の悲痛の叫びも耳の中にこだましている。彼はこの力で人を殺しているのを黙認していたことに強い後悔を感じていた。そして直也にプレートを託した。君なら大丈夫だ。この戦いを変えてくれると信じている。拓也はそう言って、真摯な瞳を直也に突き付けていた。

「その力は、人を殺すためのものじゃない」

 直也はふと目を落とした。左側にみえる棚の2段目に収納されたプラスチックケースは、部屋の奥にあったのが幸いしたのかまだ破壊されてはいなかった。そこにはあの女子高生が眠っていた。確認されたなかでは最後の犠牲者だ。彼女もまた他の女性たちと同様に、苦しげに表情を歪めたまま固まっている。

 直也はプレートを手に取ると、彼女の体を閉じ込めているぶ厚いガラスにそれを押し当てた。

 鏡面が、震える。

まるで水たまりに小石を投じたときのように、中心から端に向かって衝撃が伝播していき、波紋が生まれていく。

 そしてガラスの中から飛び出した数々の装甲パーツが、直也に躍りかかる“ファルス”の鞭を弾き飛ばした。

直也はゆっくりと息を吐きだしながら、プレートを腹に押し当てた。

その行動をセンサーか何かが感知したのか、まず直也の腰回りにガラスから現れた銀色のベルトが装着された。そのベルトは腹部のプレートに直結されており、プレートはベルトのバックル部分と化している。

 そこから先は、公園の片隅で行ったときと同じことが起こった。違いといえば中が空洞か、人がいるのかという点だけだ。直也の腹や足に次々と装甲が着せられていき、それが終わると今度は腕やつまさきにもそれらが纏われていく。

 最後に仮面がその頭をすっぽりと覆うと、直也はすっかり“オウガ”に全身を包まれてしまった。

「この力は、人を守るためのものだ」

 拳をそっと握り締め、手の感触を確かめる

 体中から、闘志が漲ってくるかのようだった。周囲が途端に明るくなり、暗闇であるにも関わらず、部屋の隅々まで目視することができるようになる。公園で見たとき、片目が潰れていたようなので装着時の視界を心配したが、杞憂であったようだ。右側が多少揺らぐような感じはするものの、戦闘に支障はないように思われた。

直也は地を蹴ると、“ファルス”に急迫した。床を引っ掻いた程度の気持ちだったのに、一瞬のうちに敵と距離を詰めることができていたので、直也は自分で驚いた。身体能力を向上させるパワードスーツというのは、本当らしい。そしてあれだけの数のパーツを身につけているのに、まるで重さを意識させないというのも妙だった。まるで自分の体の一部のように、すでに装甲服は体にフィットしていた。逆に、生身のときよりも体が軽くなったように感じるのは気のせいではないはずだ。

 直也は拳を打ち出した。それは虚を衝かれた“ファルス”の顔面を捉え、そのまま背後にかなぐり倒した。

 ぐあ、とくぐもったうめき声をあげて“ファルス”は冷凍室から弾き出され、廊下の壁に背中をぶつける。直也――“オウガ”は死体をよけながら近づくと、相手が鞭を振るうよりも素早く懐に接近し、ジャブを数度その腹に叩きこんだ。

ショートレンジでは鞭が役に立たないと踏んだのか、“ファルス”は武器の柄を持った手で殴りかかってきた。しかし“オウガ”はそれを片腕で受け止めると、もう片方の手を水平に保ち、“ファルス”の喉元に手刀を打ちこんだ。

ちょうど急所に入ったらしく軽く咳きこみながらも、無我夢中といった様子で“ファルス”はさらに続けて蹴りを放つ。その姿勢はあまりにも弱弱しいものだった。足は上がりきっていないし、鋭さもまったくといっていいほどにない。その動きだけで、この“ファルス”を纏っている中身の人間が格闘に精通していないことが分かってしまうぐらいだった。

そのため先ほどのパンチと同様に、“オウガ”は軽々と蹴りを受け流すと、相手の脇腹を素早く蹴り返した。さらにその攻撃の反動を利用し、その場で一回転すると、回し蹴りの要領でハイキックを繰り出し、“ファルス”の胸元に衝撃を加えた。

吹き飛ばされ、尻もちをつく“ファルス”の喉元に、“オウガ”は鞘から引き抜いた先の折れた刀を突き付ける。武器としての能力はほとんど失われているものの、切り口は錆びたカッターナイフのように尖っており、他者に恐怖を植え付けるのには十分すぎる威力を持ち合わせているようだった。

「貴様……一体、何者だ」

 息絶え絶えに“ファルス”は“オウガ”を見上げて、訊ねる。“オウガ”の仮面の下で、直也は頭の中に浮かんでくる映像たちを錯綜させながら、答えた。いまならば臆面もなく言うことができる気がした。

「俺は、探偵だ」

 生身で殴ったわけではないのに、篭手の下の拳が痛んだまるで暴力を働いたことによって、体が拒絶の悲鳴をあげているかのようだった。直也は男の鞭を掴んだままの手に注意を向けながら、刀の先をさらに相手に近づけた。

「プレートをよこせ。俺はもう、戦いたくない。もうこれ以上、そいつが人殺しに使われないように俺の仲間が回収する。そしてお前は警察に突き出す。それで……罪を償ってもらう」

 そんなまどろっこしいことをせずに、いまその刀で喉を抉ってやればいいのに。胸の奥にいるもう1人の直也が囁く。こいつは何人もの女性を苦しめたうえに、殺したんだぜ? そんな奴を生かしておいて誰が喜ぶっていうんだよ。たとえ刑務所に入ったとしても、時間を積めばまた出てくるだけだ。殺せ。これ以上犠牲者を増やさないためにも、奴を殺せ。

 たしかに殺害された女性たちのことを思うと、怒りが絶え間なく溢れ出してくる。現に刀を握る手にも力がこもっており、気を抜こうものなら、いまにもこの男を八つ裂きにいてしまいそうになるのだ。

 しかしそんな直也の強い衝動を、首の皮1枚で繋ぎ止めてくれているものがある。このオウガで人を殺すことは、ゴンザレスの発言を肯定するのと同じことだ。咲や拓也を裏切る行為だ。その思いが、直也のはやる気持ちを押し留めてくれる。

 そして何よりも、奇妙なことだが。直也は先ほどから咲と一緒に戦っているような気がしていた。そしてそれはけして、幻想などではないと直也は強く信じていた。彼女と1つになり、この装甲服をまとって、拳を振るっている。だからいくら悲憤が体を蝕んだとしても、この刀を喉に突き刺すことができないのだ。いつも突っ走ることしかしらない直也が、一線を越えてしまう前に、咲がなだめてくれるのだ。生前の彼女が直也にそうしてくれたのと同じように。

「早く、装甲服を解けよ。もうこんなこと、終わりにしたいんだ」

 泣きそうな声で直也が言うと、“ファルス”は観念したように深く肩を落とした。

「……分かりました。残念ですが、私の負けのようです。敗者が勝者に物乞いするほど惨めなことはありませんからね。いいでしょう、あなたの言う通り、装甲を解除しましょう」

 男は妙に潔かった。鞭の柄から手を離し、バックルのプレートに触れた。そしてため息を1つつくと、それを横にスライドさせて外そうとする。

 ところが指をかけたまま、彼はそれ以上手を動かすことはしなかった。“ファルス”は直也の顔を仰ぐと、楽しげな声で言った。

「ただし、あなたがね」

 その言葉に反応する前に、“オウガ”は後ろに引きずり倒されていた。あまりに唐突だったので、仰向けに倒れこんで天井を見るまで、一体何が起きたのか分からなかった。身を起こし、違和感のある自分の足に視線を落とすと、その足首に鞭が絡み付いていた。その鞭の出所をたどっていくと、フローリングの下をくぐりぬけ、ファルスの手元にある柄に繋がっていることが判明した。

 そこまで思考を働かせた直後、“オウガ”の体は宙を浮き、続けて高く投げ飛ばされた。天井に頭をぶつけ、背中から床に落ちる。装甲ごしのダメージだったため痛みは少なかったが、あまりの展開の目まぐるしさに意識がついていけなかった。

 手をついて立ち上がると、すでに“ファルス”は姿を消していた。足に巻き付いていたはずの鞭もなくなっている。周囲を確認すると、3つほど前にある、先ほどまで硬く閉ざされていたはずのドアが開いていた。“オウガ”は手から振り落とされていた刀を拾い上げると、よろめきながらその部屋に急いだ。

 室内は殺風景で、汚れた洋式便座と部屋の片隅に浮かぶフロアランプしか見当たらない。もちろん窓もなく、入口も1つだけで、まるでその部屋は独房のようだった。

 いま、その部屋の中心に“ファルス”が立っている。彼は片手に女性を抱えていた。20代後半か30代前半といったところだろうか。手足に手錠を架せられ、輪の形になった布が首をくぐっている。黒い髪は縮れ、その表情はあざや血で歪んでおり、ひどくやつれていた。部屋の位置からして、拓也が聞いた叫び声の持ち主は彼女に違いなかった。女性は“オウガ”がきたのを見つけると、少し瞳を動かしたが、その目にも力はなかった。もしかしたら、仲間だと思われたのかもしれない。同じような装甲服を身にまとっているのだから、それも仕方なかった。

「人質か。どこまでいっても、ゲスはゲスなんだな」

「ハン。誉め言葉として受け取っておきましょう。さて、それでは装甲服を解いていただきましょうかねぇ。もちろん、この要求を無視すれば、彼女の命は保障しませんが?」

 そう言って“ファルス”は彼女の首を腕で軽く絞めつける。仮面の向こうでにやにやと笑んでいるのが見えるようだ。彼からしてみれば、完全なる形勢逆転を果たしたのだから。さぞ気分が良いに違いない。

 直也は女性を見る。女性の憔悴した姿はまず、誘拐された幼い直也自身を思い浮かばせ、その次に病院のベッドで横たわっていた咲を彷彿とさせた。

 刀を収めると、直也はバックルに手をかけた。

「分かった。その前に、彼女を離せ」

「それはできません。せっかくの餌を奪われたあげくに、手痛い反撃をくらうのはごめんです。あなたのプレートと引き替えに、彼女をお返ししましょう」

 たとえオウガを渡したとしても、この男は女性を渡す気などさらさらないだろうな、ということがその声と態度で分かった。慇懃無礼な口調がさらにその不信感を煽っている。しかし、だからといって彼女をこのまま見殺しにするわけにもいかない。あの探偵の大きな手が、頭の中の小さな直也に差し伸べられる。

“オウガ”はプレートを横に滑らせ、バックルから抜き取った。すると身を包んでいた装甲服は剥がれ、床に落としたジグソーパズルのように散り散りになっていき、そのまま空気に溶け込んで消えていった。

「これでいいんだろ。早く、離してやれよ」

「プレートを私に。おっと。妙なことをすればその瞬間、この女性の首をへし折りますよ」

 腕に抱え込んだ女性の首に力をかけながら、“ファルス”はもう一方の手を直也に差し出してくる。女性はすでに抵抗する意思もないようで、死んだような目で俯いている。そんな目をするな、と直也は怒鳴りたくなった。どんな時も、死を思ったらそこで終わりだ。それってすごく損だとは思わねぇか? 太田所長の言葉がふと直也の脳裏に過る。

「妙なことなんてするもんか。お前とは違う」

 直也はプレートを持った手を伸ばす。“ファルス”は小さく笑うと、直也のプレートを指の間に挟みこもうとした。

 この瞬間、“ファルス”は勝利を確信したに違いない。だがそれは、直也も同じだった。

 直也はプレートが相手の指に触れる寸前、それを手から離した。支えを失ったプレートは零れおち、まっさかさまに床目がけて落ちていく。

「お前とは違う。お前のような、行き当たりばったりの奴とは、な」

 先ほどの部屋からこっそり、直也はガラスの破片を1枚拾ってズボンのベルトに挟んでおいたのだ。直也は指でそれを押し出すと、足もとに落とし、つまさきで蹴ってプレートの落下地点にそれを置いた。

 プレートは予測通り、床に寝ころんだガラス片のうえに落ち、装甲服を発生させた。ガラスの片の中から飛び出した装甲服のパーツたちは近くにあった“ファルス”の腕を弾きとばし、プレートを腹に当てた直也の体へ我先にと貼り付いていく。

 直也は“オウガ”の装甲がすべて身に付けられていないままに走りだし、怯んだ“ファルス”の首を素早く掴んだ。そして腕に力をこめると、“ファルス”の後頭部を背後の壁に力強く叩きつける。力の抜けた彼の体から“オウガ”は女性を奪うと、彼女の手を拘束していた鎖を素手で引きちぎった。装甲服を纏っているからこそできる芸当だ。さらに足かせも同じように破壊すると、仮面をかぶった直也は自分の後ろに女性を避難させた。

「どんな時でも、光は射している。生きることをあきらめちゃ駄目だ」

 肩越しに振り返りながら言うと、壁に寄りかかった女性はわずかに顔をあげて、“オウガ”を見た。その目にはわずかではあるが光が宿っており、直也は心から安堵の念を覚えた。 

あの時、探偵が見たのはこの姿だったのだなと、直也はようやく分かった気がした。探偵はあの時、いまの女性と同じように直也の瞳に映った希望の光を見たのだ。だから彼は、あんなに優しい笑みを浮かべることができたのだ。

「もしそれが手の届かない、遠くにあるものなら。俺が代わりに誰かの光になる」

“ファルス”が腰の鞭に手をかけようとしたので、直也は引き抜きざまに刀を投げた。真っ直ぐに飛んだ刀は彼の手から鞭をもぎ取って、壁に深々と突き刺さる。手に痺れが生じたのか、“ファルス”は自身の掌を眺めて低く唸った。

「どんな時でも、俺がみんなを救ってやる」

 “オウガ”は前進すると、刀を壁から引き抜き、再び“ファルス”の首にその切っ先を突きつけた。同じ間違いを犯さないように、鞭を蹴とばして彼の手から遠ざけた。

「くそ、貴様……!」

 歯軋りをして悔しがる“ファルス”に、“オウガ”は強い語調で詰め寄った。刀の柄を、しっかりと握りしめながら。

「今度こそ、逃がさない。装甲服を、解けよ」

「私が負けるなど、そんなことありえない! この“ファルス”が敗北するなど……!」

「ありえるんだよ。俺は1人で戦っていたんじゃない。そんなオウガが、お前なんかに負けるはずがねぇだろ」

 “ファルス”は仮面の中で舌打ちをした。それから女性に視線をやり、“オウガ”にその目を移し、また小さく呻いた。

「……私も、1人で戦っていたわけではない」

「なんだと?」

 意外な男の言葉に尋ね返すと、“ファルス”は鼻から息を吐くように笑った。

「私には、黒い鳥がついている。あの鳥をこの手にする日まで……まだ、私は捕まるわけにはいかないんですよ」

 その“ファルス”の言葉に応じたかのように、入口付近の壁が外側から破壊された。“オウガ”はその衝撃にたまらず吹き飛ばされ、床を転げた。

 体を起こすと、“オウガ”はすぐに女性の元に駆け寄った。彼女は精神的な疲労によるものなのか、気を失っていた。スーツ越しにでも伝わってくるその冷たい体に、胸が痛くなる。“オウガ”は女性の肩を抱きながら、その姿勢のまま首だけで“ファルス”のほうを振り返った。

 砂埃に満たされた室内に、2つの影があった。“ファルス”ともう1つは、あの蠍に似た“怪人”だった。しかしあいつは、拓也と戦っていたはずだ。

 “怪人”は肩の鋏を限界まで広げると、そこから“オウガ”目がけて光弾を発射してきた。ここで直也が避けたならば、女性に攻撃が当たってしまう。おそらく敵もそれが狙いなのだろう。しかしその目論見が分かっていたとしても、回避するという選択肢は直也になかった。

結局、身を呈して“オウガ”は胸で光弾を受け止めた。火花が散り、衝撃が飛び込んできて、“オウガ”は壁際まで押しやられる。

 その隙を縫うようにして、“怪人”は変形を始めた。

腰を360度回転させ、胸のタイヤをせりだし、その後もまるで知恵の輪を解くかのように体の各部を次々と作り変えていく。その変形が進むに従って、“怪人”の体はこれまでの人間じみた、二足歩行の姿から、まったく非なるシルエットと移り変わっていく。その変化が進む先は数十秒とかからぬ間に、明らかになった。

そうやって完成したのは、1台のバイクだった。緑色のカラーリングが美麗なバイクで、その姿に“怪人”の面影はあまり残されていない。ボディに鋏や尻尾の意標がわずかに刻まれているぐらいだ。

「今回は退散しておきます。今度会ったときは、この痛みを何十倍にも増して、返してさしあげますよ」

 “ファルス”は息絶え絶えといった様子で言い残すと、怪人の変形したバイクにまたがった。そしてアクセルを踏みこむと、壁に空いた大きな穴から廊下へと滑りだしていった。

「逃げる気か……くそっ!」

 直也は臍を噛むと部屋の隅に女性を寝かせ、無造作に砕かれた壁の穴から顔を出して、廊下の様子を窺った。

 廊下の果てのほうに、小さくなっていく“ファルス”の姿が見えた。彼はそのまま突き当たりまでいくと、アクセルを一切緩めず、むしろここにきてスピードをぐんと上げたようだった。

 激突する、と思われたとき破砕音が廊下に揺れ渡った。“ファルス”自身が発したものではない。天井がバイクの突進によって、粉々に吹き飛ばされた音だった。“ファルス”はフルスロットルのバイクを壁に当たる寸前で跳びあがらせ、その勢いを使って天井を砕いたのだ。

 同時に、“オウガ”の全身に衝撃が走った。バイクから放たれた、光弾が顔面に直撃したのだ。“オウガ”の両足は床からもぎ取られ、右肩から落下し、壁に全身をしたたか打ちつけた。

「あいつ……!」

 痛みに呻いている場合ではないことは、分かっていた。“オウガ”はよろけながらも立ち上がると追いかけ、天井の穴に跳びあがった。

 穴の上は、ぬいぐるみに溢れているあの子ども部屋になっていた。息を切らせながら室内に目をやると、窓が無残にも破られていた。“オウガ”は窓から外に飛び出し、周囲を見回した。

ところがすでに彼の姿はどこにも見えなくなっていた。バイクの音も聞こえず、タイヤの跡も残されていない。静まり返った街並みだけが淡々と広がっている。家に侵入した時と同様に、周りには人影すらない。塀に身を乗り出し、左右を確認したり耳を澄ませたりしてみるが、“ファルス”の気配は一切なかった。

 逃げられた。あそこまで追い詰めておきながら。直也の心に再び憤怒の炎があがる、他でもない、自分自身に対する怒りだ。叫びながら、目の前にある塀を殴り付ける。強化服を纏った人間に拳を振るわれた塀は砕け散り、コンクリート片を道路にまき散らした。

「お前、坂井……だよな。大丈夫か?」

 声が聞こえたので振り向くと、壁の穴から“ダンテ”が出てくるところだった。その体には多くの傷がこさえてあり、激闘の後が窺える。大分息もあがっているようだった。

 そしてそれ以上に、“ダンテ”は辟易した様子だった。何に怯えているのか。直也は疑問を覚える。仮面越しなので視線の向きは分からなかったが、その顔はしっかりとこちらのほうに向けられているようだった。

直也は冷静さを取り戻すため、仮面の下で唇をなめた。それから「あぁ、俺だよ」と答えると、“ダンテ”はようやく胸をなで下ろしたようだった。

「ごめん。途中であいつを見失ったんだ。今までの怪人とは段違いの強さだった」

「俺もそうだよ。逃げられた。あともうちょっとだったのに。俺は……あいつを」

 そこまで言って、“オウガ”はあっ、と短い声を発するとともに顔をあげた。頭に血が昇っていて、重大なことを失念していた。

「そういえば、あの叫び声の持ち主。無事だぞ。いまは気を失ってるんだ」

「本当か? 早く行ってやるんだ。一度会ってる分、まず坂井だけで行った方が安心するだろ。ファルスの捜索は、俺に任せておいてくれ」

 “オウガ”は彼の提案に1つ頷くと、室内に向けて走り出した。しかし半ばまで来たところで、一旦足を止め、振り返る。自分の壊した塀のことが、なぜだがひどく気にかかった。

 早く行け、と“ダンテ”が腕をぐるぐると回して言う。それを合図にして、“オウガ”は再び前に向けて走った。そして壁の穴から室内飛び込んだところで、ふと気づいた。

 様々なものを壊しながらここまできた、あの怪人が残した足跡。

“オウガ”が壊した塀の跡はそれにそっくりだった。


その後、“ダンテ”は翼を広げて町を空から見下ろしてくれた。しかし、すでに“ファルス”の姿はどこにもなかったという。そもそも直也たちはあの装甲服の中に入っていた人物の顔すら知らないのだから、“ファルス”を解除されるだけでいとも簡単に手がかりを失ってしまうのだった。敵を追いかける足取りを失ったことに、“オウガ”と“ダンテ”は2人して落胆した。

 独房に戻ると、女性はまだ気絶したままだった。その表情に浮かんでいた怯えの色が大分薄くなり、比較的安らかに見える。だが彼女の顔に刻まれた生々しい傷痕は、2人を暗い気持ちにさせるのには十分すぎる要素だった。

「でも、12人目の犠牲者が出るのを防げて良かったじゃないか。それだけでも、喜ぼう」

「だけど、いつ13人目の犠牲がでるか分かったもんじゃないんだ。あいつが逃げた以上、安心はできない。俺があの時、もっとちゃんとしていれば……」

「そんなの、こっちだって同じさ。俺が怪人をちゃんと倒せていれば、あいつは逃げることなんてできなかったんだ」

 悄然と言葉を並べながら、2人は立ち尽くした。こうしていればよかったのに、という後悔だけが次々と互いに口を突いて出てくる。ここでそうしているだけでは、何の進展もないことを直也も頭では分かっていた。しかし、心に残ったしこりを取り除くことは予想以上に困難なことのようだった。

“オウガ”は“ファルス”が置いていった鞭を掴むと、力を込めてその柄をへし折った。さらに紐の部分を引き裂き、先端の刃を踏みつけ砕く。廃棄物と化したそれらを床にばらまくと、最後に蹴とばした。

それらの散らばった破片たちを眺めながら、“ダンテ”がふっと軽い息を吐いた。それから“オウガ”のほうに視線を転じ、それから努めて明るい声を出した。

「とりあえず。自分の責めあいっこは、この辺にしようぜ。次に会ったときは、絶対に捕まえる。命をかけて。ファルスを回収する。それを、代わりにここで誓おう」

「……そうだな。ここで、うじうじしてても始まらないしな。何としてでも、これ以上の犠牲を食い止めよう。それが、先決だよな」

 “オウガ”は手を差し出した。すぐさま、“ダンテ”が握り返してくる。2人は手と手を握り合い、そして仮面越しに顔を突きつけ合った。

「俺たちの、手で。この誓いを、必ず果たそう。どんなことがあっても」

 とりあえず、いまは生き残った女性のことを考えよう。いつまでもこんな不衛生な場所に置いておくのは可哀そうだ。“オウガ”は寝息をたてている女性を抱き上げた。その体はわずかな温かみを取り戻しており、ずっしりと魂の重みを感じた。

 女性を1階にあげると、2人は装甲服を解除した。侵入した窓のある、あの寝室のベッドに彼女を寝かせると直也はその隣に置かれたもう1つのベッドに腰かけた。拓也も座る。直也と拓也は背中合わせの形になって、ほぼ同時に嘆息した。

「あいつ、怪人操ってたよな。ということは、あいつも黄金の鳥関係のやつなのかな」

 拓也が、ぼそりと零す。拓也の知らないことを、直也に答えられるはずもない。それに彼のほうも、別段回答を求めているわけでもないようだった。なので直也は「そうだな」とあいまいな言葉を返した。しかし、内心では、“ファルス”は黄金の鳥の関係者とは無関係なのではと思い込もうとしていた。拓也もおなじことを考えていたようで、「そうかな」と嘆息を漏らしていた。

 騒ぎを聞きつけて誰かがやってくるまでここにいようと決めたが、一向に人の気配は現れなかった。この近隣はすべて空き家なのでないかと疑いたくなってしまう。だが外の寂れた景色を思い出し、それもおかしくないと思った。ここから30分もバイクで移動すれば、すぐに人ごみ溢れる都心にたどり着くというのに、ここまで顕著に人間の数は違うのかと不思議な気持ちを抱いた。そんな僻地だからこそ、遺体の隠し場所として選ばれたのかもしれないが。

 黄金の鳥という発音を、何度も頭の中でリピートしているうちに直也の脳内に何かが炙りでてきた。それは言葉が繰り返されるほどに明瞭としていき、その輪郭が現れてくる。

「黒い鳥」

 脳裏にポっと出現した言葉を、直也は気付くと口にしていた。拓也は目を丸くし、不思議そうな顔をした。直也は腰を捻り、彼の方に体を向けた。

「黒い鳥。そうファルスが言ってた。お前、なにか知らないのか?」

「黄金じゃなくて、黒い、か。黒い鳥……」

 瞳を上向かせて、考えるような仕草をする。まるで頭の上に浮かんだこれまでの知識を、1つずつ検分しているかのように。やがて拓也は顔を、寂しそうな笑いを浮かべた。目を細め、頭を掻く。

「ごめん。分からないや。黒い、って言われるとカラスしか思い浮かばない」そう言って、拓也は力なく笑う。冗談でも吐き出さないとやってられない。そう言いたげな口ぶりだった。「でも、怪人に関係していることは確かかもしれない。ちょっとこれも調べてみるよ」

「悪いな。俺も、俺なりに情報を集めてみるよ」

「頼んだよ、探偵。教師はその辺りは管轄外なんだ。音楽教師はなおさらな」

「教師だって人間なんだろ? 教師なら苦手分野でも、お前ならやってくれると思ってるよ。期待してるぜ、先生」

 声をたてずに、2人は笑い合う。すると少しは気が楽になったような気がした。空元気であることは分かっていたが、そうしなくてはいられなかった。

 黒い鳥。どことなく不吉な印象を直也は受けた。そしてそのイメージを頭の中で具現化させようとすると、過去に目にしたある光景が、すり替わるように導き出されてくる。

 それは咲の首筋にあった、あの鳥型のあざだった。

黒い鳥のあざ。この2つは無関係なのか。ただ直也、無理やり2つを関連づけてしまっているだけなのか。答えは出ない。今はその発想をなくさないように、頭の中へとしまいこんでおくことしかできない。だが、この考えはいつか、再び役に立つことがあるだろう。それを、直也は信じていた。

 咲が一体プレートをどこで手に入れたのか、そして一体何の目的で使用したのか、なぜ、誰に殺害されたのか。それらの疑問を解くカギは、その黒い鳥というワードに秘められている気がしてならなかった。

「警察は、犯人を見つけてくれるかな」

 しばらくして、拓也が言った。もちろんこのことは警察に届けるつもりでいた。警察ではおそらく、異常者の犯行として捜査を進めるだろう。怪人はしょせん、大衆の間では単なる都市伝説に過ぎない。それにおそらく、直也たちが真実を話しても信用してはくれないだろうと思った。

「どうだろうな。あいつが常にあれを着て、この家の中を歩き回っていたんだとしたら、難しいだろうな。最悪俺の仕事場の事件と、まったく同じ結末になるかもしれない」

「悔しいな。俺たちのせいで……。あんなもんが、装甲服さえなければ、こんな事件、すぐに解決できたろうに」

 拓也が歯を食いしばる。直也は彼のそんな姿をちらりと目にしたあと、寝息をたてる女性の首のあたりを見た。

「こういう事件を起こす奴は、そんなもんなくてもやるんだよ。確かにプレートがそういう気持ちを助長したかもしれないけど、それが根本的な原因にはなり得ないと思う」

 逆を言えば、人を殺さない奴は、装甲服があったとしても殺人を犯さないということだ。咲は絶対に無実だ。そして直也も、オウガを使ってそんなことはしない。その誓いが、咲を信用することのできる唯一の証だった。

 直也は窓の方に目をやり、庭の木に止まっている小鳥が飛び立つまで、じっとそれを見つめていた。その一瞬、視界が霞んで、目眩が起こった。頭を軽く振って意識を固定する。頭を強く打ち付けたのと、腹の傷のせいだろう。心配することはない、大丈夫だともう1度自分に言い聞かす。それから拓也の背中に視線を転じた。

「たとえ警察がダメでも。俺たちは絶対探し出さなくちゃな。それが関わった俺たちの、使命だ。取り逃がした罪滅ぼしをしなくちゃいけない」

「あぁ、そうだな。俺たちの力はそのためにある。人殺しの兵器なんてのは、7年前だけで十分だ。俺は、俺たちは、変わらなくちゃいけないんだ」

「誓いか?」

 特に含蓄を込めることなく直也が訊くと、拓也は覇気に満ちた声を発した。

「誓いだよ」

それから拓也は黄色いプレートを取り出すと、それにじっと視線を据えていた。子どもたちに俺たちの罪を残してはいけない、と言っていた拓也のあの時の表情をふと思い出す。あの眼差しの力強さは、いまでも直也の脳裏に焼き付いて、離れない。

そして直也も彼の情意に促されるように、手の中にある自身のプレートに目を落とした。

その表面に刻まれた傷の1つ1つが、今では何よりも愛しく思える。きっとそれらが、咲が生きていた証だと正直に感じることができるようになったからだ。このプレートを通して、彼女のすべてにようやく出会うことができた。そんな気がする。

 音楽が聞こえたので振り向くと、拓也がハーモニカを吹いていた。それが何という名前の曲なのか直也には分からなかったが、とても心地良く耳に届いた。そのメロディーは犠牲者たちを悼むように、ベッドの上で寝息をたてている女性の汚されてしまった魂を癒すように、その音楽は家じゅうに優しく響き渡っていく。

 この家に覆いかぶさっていた暗澹とした空気を剥ぎとり、温もりに似た感情を降らせてくれる。気づけば、直也は涙を流していた。はじめは我慢していたが、反復されるハーモニカの力強い音色を聞いているうちに、億面もなく、泣いていた。

「坂井」

 演奏が止まり、拓也が呼びかけてきたので、直也は顔を伏せたまま小さく頭を揺らした。拓也はしばらく黙った後、改まった口調で言った。

「華永をよろしく頼むよ。あいつを救えるのは、お前だけだ」

 目元を拭い、喉の調子を確かめながら直也は答えた。声が涙で掠れていないか不安だったが、その気持ちを吹き飛ばすように声は真っ直ぐに飛びだした。

「言われなくても、分かってるよ。あきらちゃんの正体を知っても、俺とあの子の気持ちは変わらない。今なら、それを約束できる」

 直也は土ぼこりですすけた腕時計の盤面を指でこすりながら、決然とそう答えた。

 美術館の裏で出会った彼女は、苦しそうだった、哀しそうだった。だから昨日の夕食のときにみせてくれたあの笑顔を、守り抜かなくてはならない。直也は強くそう念じた。過去の自分の轍を踏まないように。今度こそは、光を差し伸べられるように。

 

「そうか。それなら良かった。ありがとう」

 それだけ言うと再び拓也は、演奏を始めた。その鼓膜の上を滑るようなリズムに身を委ねながら、直也はまた庭に目をやる。

 そこにもミミズがいるのだろうかと、直也は考える。人に踏みつけられ、気にも留められないミミズ。何が起きたのか分からぬまま、死んでいき、土に還っていく生き物。

それと同じように、いま巨大な影が直也の上にも、拓也の上にも、そしてこの街で生きるすべての人たちの上にも乗っかっている。それから逃れる術はないとしたら、そこで一体何をすることができるのだろう。

 おじさんと一緒にお家に帰ろうな。どこからか、懐かしい声が聞こえてきた。直也は心の中で頷く。

 窓から差し込む夏の日が、女性を照らしている。その陽だまりのなかに、幼き日の直也が微笑みながら立っているような気がした。

 その少年に向かっていま、直也はようやく自分の手を伸ばす。

 直也はベッドの上に倒れ、目を瞑った。そうしていると全身から力がふっと抜け落ち、窓から吹き込むそよ風に乗って、どこまでもいけるような気がした。


2章 完


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