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Living...  作者: 名前記入欄
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六話『旧友』

笹幹太一は俺の保育園からの友達だった。彼と友達になる以前は、別の俺に対していじめをしてくる奴がいたが、太一が近くに来てからは、それは少し静かになったのである。彼には、そこそこの恩があった。


 たしか、彼には妹が二人いた。当時、俺が8歳になるかならないかの時だったので、あれからも、8年経つわけか。それはさておき、妹、一人は忘れたが、たしか、太一が先ほど言っていた実。『まこと』と呼んで実であったか。その名前を聞いて、その事を少しばかり思い出した。彼女について思い出したのは、名前。それと。


 どうも、俺の中の実という4歳児の女の子は、他人よりも自分優先。人よりも、自分が褒められることを目指しているようだった。まぁ、それ自体は普通の幼少期の子供によくある、他人が褒められていると、なんとなく嫉妬してしまう物だから、そんな事は問題ない。そして、数年が経ち。俺が掛けた電話に先の彼女が出た訳だ。


 先ほどの電話からして、何とも人に対し、礼儀がなんている一方、俺の事を知っているかどうかは置いておくとして、知らぬ人に対して無礼極まりないらしい。太一の先ほどの言葉を信じるならば、流ちょうに電話を置く見せかけて、聞せかけて、勝手に切ろうという行動は、もはや詐欺の電話に対応しているのではないかと、後になって感じる程であった。


 しかし、どのように育てば、あんな失礼な子供に育つのか、不思議でならなかったのだ。

 人は、育って変わるもの。そういう風に思うしかないのだろうか。


 そして、もう一人の妹。上の妹の三つ下であったか。当時俺や太一が8歳で、上の妹、実が6歳であるならば、4歳。他人に当たり散らしてのおてんば娘という想像が俺の中で働くが、どうだろうか、実際の所、彼女についての記憶なんて、ほんとに、僅か、それだけしか知らない。


 それ踏まえて、笹幹太一という男は、とても寛容で、優しい男であったという風に、俺は記憶していた。妹が二人いるのだから、それは大変な事であろう。親も手をこまねいた筈であった。だが、俺の知る彼は、どうも、二人を上手くあやしていたように感じられたのである。


『僕が、しっかりしなくちゃ』


 何時だったか、彼はそんなことを言っていた気がする。今思えば、小学生のくせに。いや、当時もそんなことを思っていたのかもしれない。どちらにせよ、俺は、太一の事を軽く、真面目で、世間一般に言う妹思いの優しいお兄さんというイメージを持っていた。


 というのも、太一は、何をしても怒らなかった。泣かなかった。喜びはしても、楽しいという顔はしていなかった。口は笑っても、目は変わっていなかった。どうして彼は、そんな顔をしているのだろうと、当時の俺は、不思議でならなかった。寂しそうな顔つきだった。何処か、4歳児の妹が、キャッキャと騒いで、それを宥めている姿を、まるで、どうしてだろう俺は、二人の間に何か見えない壁が隔てているように見えた。


 だが、違った。隔てているのは、その妹と彼だけではなかった。今思えば、彼と、その周りに存在する何者もすべてを、彼は拒んでいた。多分、きっと、俺もその一つだのだろう。

 だとしたら、どうして彼は、俺を助けたのだろうか。分からない。当初、一緒に居てくれた時は何も気が付かなかった。別に嫌われているわけでも無い、だが、どうしてか感じる、距離感。

 結局、そのことに俺は木が付くことなく、保育園から、小学校に上がり、そのまま俺は、数年間、物理的な意味で、彼と距離をとることになった。


 実際、彼と久しく再開したのは、受験日の時だった。その時、太一は風邪を引いていたらしく、普通に元気な受験生が受ける教室とは別の部屋で受けていたらしかった。そして俺は、高校にて、廊下に迷っていた時に、ふと何となく再開したのだった。

 運命的とは思わなかった。ただ、なんとなく。


「おおう」


 と、一言。珍しい人と会った程度の驚きだった。


 少なくとも、俺はそういう風に受け止めたが、どうも、向こう、太一は他の受験生と隔離させられるほど風邪がひどかったらしく、ひどく不調であったらしかった。

 それでも、マスクと熱さまシートの間の瞼は、何となく大きく開いたような気がした。

 それは、俺の気のせいだったのか。


 いや、そんな事は、さておいて。その後、すべてのテストが終わった夕方。トイレに向かう廊下で、もう一度、太一と会うと、電話番号が書かれた紙を貰ったのだった。

 何とも、これが男×男ではなく、男×女だったなら、なんとも心がときめくような場面だっただろうに。そんなことを思いながら、その時は俺も何ともいわずに、受け取ったのだった。


 その時は、太一も、風邪だったこともあったのか、口数も少なくというか、全く話せる様子でなかった気がする。口を開けば、咳かくしゃみか。まるで、俺に移す気なのかと思わんばかりだった。


 それは、まぁ。それとして。


 結果的に、その時は、彼を数年前の太一というイメージで見ていたから。静かで、特に自分から口を開くような人間。その時も、俺は、そういう風に太一を見て、何も変わっていないのだと思っていた。


 だが、どうだろうか。

 あの一言で、俺の中の笹幹太一というイメージは変わってしまった。


 人は、成長する。

 そう、思わざるを得なかった。


 ◎


「いや、俺の知ってる太一って、」


 時間は、その時から始まる。


「明人の知ってる僕?っか。んーーー、何を言ってるのか、よく分かんないけど。それよりもさ、さっきの話の続きなんだけどよ。お前、唐突に電話してきてどうしたんだ?」


「あ、いや。なんだ。今日、ここに引っ越してきてな」


「そうか!、受かったんだな。それは良かった。元気してるか?受験の時は悪かったな」


「別に大丈夫。そっちこそ、体調悪かった時によく受験受けれたな。ん?この感じだと、太一も受かったのかな?」


「そりゃ、もちろんの事よ」


 まぁ、何にしても。あの時からの妙な性格の変わりように戸惑いを感じられずにはいられないが、向こうはそれはそれで元気そうだった。


「それで、どうした?まさかとは思うけど、道分からなくなったか?」


「あーー、いやーー。・・・・・・まぁ、はい」


「ふっくっくっくっくっく」


「おい、笑うなよ。これでも少しずつは思い出してきてんだ」


「んじゃ、もっと歩いとけば、もっと思い出すんじゃないか?」


「ひどい事を言うなー」


「なんだ。自分は、思いも知らずに来てしまった、記憶喪失の主人公って感じか?」


「記憶喪失なら、知らん名前の所に電話かけねーよ」


「それはそうだ」


 ふと、堤防の間に流れる、清爽な川を見た。


 夏だというのに、いや、夏ではなかったか。春だ春。全く、この暑さにやられたせいで、感覚が―――あぁ、いやいや。そうじゃなくて。夏。そう、逆に夏じゃないせいか、むしろ、その川が触ってもいないのに冷たく感じた。

 次々と上流から攻めてくる水共が、壁や石に当たり、弾かれ、水しぶきを上げる。

 それ自体は、何ら不思議なものではない。


 ただ、それを見ていると、ふと、その水しぶきが自分にまで届いているような気がして、錯覚何だろうけど、それが冷たく感じた。


「記憶喪失といえば、あぁいったドラマを見て思うんだけどさ」


「ん、何さ」


「ほら、記憶喪失ってさ。過去の記憶は無くすくせに、学習した記憶っていうか、言葉は忘れねーのなって」


「あー、たしかに」


「つまりさ、記憶喪失っていうのは、創作的錯誤みたいなモンなんじゃないかと、思ったりするんだけど」


「いや、そんなことはないぞ?」


「ん?どういうことだ?」


 俺は、川から電話に意識を変える。


「いや、何さ。記憶喪失っていうのは、本当にあるって話だよ。」


「ほー」


「明人ってテレビやネットとか見てるか?」


「いや、あんまり見たりしないね。特に最近は。てか何だよ。テレビでやってたから信じてるなんて言うつもりはないだろうな」


「ゔ・・・」


おい、嘘だろ。

まさか、メディア信者とか。もっとマシで、面白い話を聞けるものだと思ってたのに。


「例えば、太一の、とは言わないが、知り合いの体験談とか期待したんだが」


「いやいや、そんな滅多な話があれば、テレビとか持ち出したりないって」


「はーーー。あのなー、テレビネタなんざ。せいぜいちょっと楽しむ程度で見とけばいいんだよ。ニュースでも信じられない部分があるっていうのに。記憶喪失なんてオカルトなモン。UFOと同等に見れば、無いようなもんだ」


「そっちが持ち出しといて、いい思いだな」


「んあ?」


「そんなことで、マウントを取って楽しいかって話だよ」


「あぁ、それはすまない事を言った」


「要件がないなら、電話を切るぞ」


 要件?

 あぁ!そうだった!そうだった。


「いや、そうだった!ごめんごめん!そんでだな。」


「あ?」


 怒らせたようだ。

 電話を持つ手の逆の手で、頭を軽く掻きながら、どうしたものかと、どう話題を変えた物かと悩んでしまった。


 そう、思ったとき。ふと、右後ろ方向にある例の家を思い出した。オカルトという言葉が引っかかったのだろう。

 自分で言っておいて、何だという話だ。オカルトはオカルトだ。あぁいう物は、体験するものではない。そんなものに関わってまともな目に遭ったためしはないと聞く。が、いや、それも聞き話だ。


いや、どうだろう。やはり、あぁいう類は聞いて楽しむものなんだ。


幽霊なんて。いるはずないんだ。

あの、体操座りした、フードを被ったアレは、ただの幻想だった。


そういう事にしておこう。


「あ、えーっとだな。話を戻そう。道に困ってるんだ」


「ググれ」


 ひどッ


「いやー、そこは旧友として。な?それに、ここ数年の話を聞きたいしさ」


「んーーー。そうだな。ん?あ、そういや、頭大丈夫か?」


「いきなりキチガイ疑念か?!」


「あぁ、そうじゃなくて」


「んあ?」


「え、なに。明人、君。憶えてないのか?」


「は?あー、そういえば、先週、頭打ったのは憶えてるけど。それの事か?それなら別の大した事じゃないな。え、太一、どうしてそれを知ってるんだ」


「は?全然違うし。というか、え?」


「何を言いたいんだよ?」


「つまりだな・・・・・・あ、そう、これが記憶喪失って奴だ!」


「いや、ほんとに何が言いたいんだよ」


 ちょっと、太一の言いたいことがよく分からなかった。


「いや、何でもない。だいぶ前の話だ。今でも普通に元気なら、何ともないんだろ」


「何でもない、か」


 そういう大事なことは、教えてくれてもいいと思うんだがな。姉貴だって、何か口つぐんでしまったし。親父だって。


 ・・・・・・・・・。


まぁ、いいか。こんなこと。誰かに隠されたようじゃ、一人で考えても分からなことだ。考えれば今は、正直どうでもいい事だ。口つぐまれたから気になったことであっただけ。


「あぁ、そうだ。家に来いよ。こんな昼間っから電話してくるんだ、暇しているんだろ」


 一瞬、あの家の事が脳裏に過ぎたが、件の出来事を思い出した。

 まぁ、連絡が来ない限り、暇だし。


 こういうことを考えるのは不躾かもしれないが、菓子くらいは出てくるんじゃないだろうか。


「そうだな。それじゃぁ、そっちの妹にも言いたいことがあるんで。少し上がらせてもらおうか」


「おう、そうしてくれ。実、アイツは丁寧だが、礼儀がなってないからな」


 二人で、軽く笑っていると、電話の向こうから、

「痛い痛いって。何するんだ」

 と、太一の声で、聞こえた。


 状況から察するに、実に頭でも叩かれたのだろうか。妹のいないものからすれば、少し羨ましいような気がした。

 さて。


「じゃぁ、明人。何処にいるの?目印になる場所くらいあるでしょ」


「お、来てくれるのか」


「まぁ、2度も、道に迷ってると言われればね。困ってるのに無視しないわけにもいかないし」


 さっき、ググれとか言ったくせに、よく言ったものだ。


「それは、ありがとう」


「どういたしまして」


「・・・・・・それじゃぁ、『西 後田橋』って橋の近くにいるから」


「おう、分かった。んじゃまた後で」


「また、後で」


 そう言って、切った。


 ありがとう、どういたしまして。そんな二言の会話がなんとなく気恥ずかしく、懐かしく感じた。


 小学生の頃は、何となくやり取ったものだったが、中学生に上がってから、どういう心変わりだったか、自分でも分からないけど。恥ずかしくて言えなくなっていた。


 ありがとう。は言っても、どういたしましてを言い返せるものも、そうそういないと思う。

 そう、思えば、太一という奴は、口調は変わろうとも、中身はそう変わっていないのかもしれない。


 そんなことを思ったのだった。


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