三話『豆腐』
ほら、豆腐ハウスってあるじゃん。真四角な直方体の家。ただ四角い平面の、屋根というのも甚だしいアレ。沖縄なんかにも似たようなものがあるらしいけど。あれはあれで、気候とかその土地に見合ったものであって、そうしなければならない理由があっての事。少なくとも、海も関係ない、嵐や台風がそこまで来ることはないであろう場所に建てる必要はないはずだ。
一言いえば、そんな物をリアルで見るのは初めてだった。正直、こんなところだから、さっきも言ったと思うけど、マンション団地とかアパートなんてないとは思ってた。そうでなくとも一人暮らしというのだらか、もっと予想の斜め上を想像していたんだけど。
結果は、斜め下。いやー、現実って思った以上に現実なんだね。別に豪邸だとかそんなものを願ったわけでも無いけどさ。これは、ある意味の裏切りだといっても差し支えないんじゃないかな。
泣きたくなったわけじゃないけど、何も事情を知らない人に二つや三つは愚痴りたい気分である。
「これは、ないだろ」
有りか無しかで問われれば、質問が終わる前に、多分俺は無しと断言できる自信がある。確かに、一介の学生が一人で住むんだ。豪華な物を欲したら罰当たりになるだろう。普通なら七畳間の一部屋与えられたら、それで満足すべきだ。今どきの大学生だって、それ以上ちょっとで喜ぶくらいだ。都会だったら、ちょっと駅の近くを歩けば、馬鹿みたいにアパートが建っている。それと比べれば、なんてことはないだろう。
考えてたら、マシに思えてきたぞ。あれ?
とりあえず、俺は敷地に足を跨ぐ。思えば、全く道路につっ立っているだけで、家?の横や裏手を見ていなかった。表紙だけで、本の中身を想像できないように、これだって、家全体の漠然とした立体シルエットだけを見たって、分からないのと一緒だ。きっと、意外とよかったりするんじゃないか?
ことによっては、喜ぶべき何かがあるんじゃなかろうか。・・・・・・いや、そういえば、この家って安かったって言ってなかったっけ。普通家って、最低でも安くて100万するよな。内の財政は、100万というお金を安いといえるほど裕福でもないぞ。そんな余裕なんてウチにはないはずだが。あったら、今まで気苦労してないはずなんだが。
うちの財布なんて、吹けば散ってしまうような塵の山みたいなもんだし。簡単に踏んでしまえる豆腐のような物んだし。
はてー、何か裏がありそうで、恐いような気がしてならない。
「ちょっと、明人。あんたって人に手を差し伸べる男気ってモノはないの?」
「知らん、口うるせー姉貴に見せるような男気なんてものは、そこらの川に流したわ」
そんなこんな、躊躇っていたつもりはなかったが、考え事をしているうちに姉貴が復活してきた。結局自力で抜け出せたようだ。どんな風に抜け出したかは容易に想像しがたいが、まともな抜け方は出来なかっただろうな。足と頭を横に倒して抜け出すとか、腰を無理やり上に浮かしてだとか。絶対に人前で平然とさっきみたく顔を赤くせずには出来なさそうだ。
「それはそうと、ここって、裏に山があるだけで何にもないんだね」
「え、嘘」
「いや、嘘じゃねーし。何アンタ、今まで何見てたの?」
「いや、家―――」
「ばっか、見惚れるのも分かるけどさー、周りくらい見ないとどうすんの。ほれ、見てみ。来た道行けば、橋の向こうコンビニあるけど。それまで距離あるし。それ以降だって。ここ一帯、近所なんて全くないよ」
言われて、気が付いた。
そんな事、すぐに気が付くだろうに。一点ばかりに気が逸れて、周り全体を見ていなかった。
そうやって、姉貴に言われたように、来た道、逆の向かいの道。それと、それに沿った山沿いの土地。見れば見るほど、この家が安い理由がなんとなく分かってきた。それと同時に、よく、この家を買おうと思ったものだと呆れてきた。
住むのは俺だっていうのに。
「お父さんも、何を考えて、この家を買ったんだよ」
「そりゃぁ、あれでしょ」
「ん?」
姉貴は、何か、事情を知っているご様子。
「ほら・・・・・・あ。あ、そうだ」
「おい、コラ。言い出したんなら最後まで言えよ」
「言ったってあんた信じないでしょ」
「そりゃ、言葉しだいだろ。なにか、ほら事故があっただとか。ん、そういえば、お父さん何処にいるんだろ」
周りを見ていた時に、ふと、そんなことが口から出てきた。口からできて、思い至る。何処かに出かけているのか。家の中にいるのか。
ようやく、俺はその土地に足を踏み入れる。
とはいっても、壮大な何かが始まるとかじゃあるまいし、そんな大きな事を言うつもりはないけど。まぁ、それはさておき、俺はその家に、玄関に向けて足を運ぶ。まるで横に倒れた直方体の家にも、不格好にも窓は存在していた。左に大窓。人が立って入れるほどの大きさの二枚窓だ。ここからなら楽にモノを運べるだろうな。そして、その右隣り。4、5歩くらいの距離幅に玄関がある。少しばかり古臭そうなスライド式のドアだ。すりガラスに金属の細い柱のようなものが数本、縦に張られている。真ん中にはポストの穴。まさしく予算を安くしようと気を張った結果のような感じだ。見れば見るほど、安く感じる。
何分、生まれて15年と幾らかを何の気なしに生きてきたわけだが、モノ良し悪し、高い安いくらいは人並みに分かっているつもりだ。きっと、この家を歩いて、見て、触れて、聞いて、その何処かに何か良識なものを感じたとしたら、よいと思った。いや、それ以前に、こんなおかしな場所に家を建てようと感じた時点で良識どころか常識知らずなんだろう。
玄関で止まって、そんな事を考えてしまい、行く先々に不安を感じてしまった。いや、どこにも行くつもりなんて到底全くないんだけど。行くとしても、せいぜい近くのスーパーマーケットで、最悪遠出でも隣の市くらいだろう。
いやいやいや、また思考がおかしなことを走らせている。話は何だったか。そう親父は今どこにいるのか、だったか。して、足元を見る。玄関には靴はない。鍵は開いていたのだから、少なくとも一度は玄関に入っているのだろうけど、流石に土足で上がろうというような、いくらこんな家を買おうとも、常識人であるとは思うけども。
「別に、いいでしょ。ほら、どっか買い物にで行ってるんだよ。近くにコンビニとかあったでしょ。ん、あった気がするけど。どうだろ」
姉貴はそう言って、玄関から出る。俺も続いて、外に出て、横の大窓を覗いた。覗きながら、返事する。
「どうだろって。見てもないのに、そういう嘘は言うなよ。」
「ん、知ってるよ」
「は?」
「見てもいるし」
「え?」
この女は何を言っているんだ?
ん?
「あ」
そうか。
やっべー。変なことを考えてた。過去の事だから、それ以前に自分の事だから、自分の事だけを考えてた。少なくとも、姉貴含めたその他の事を考えてなかった。
いや、何。よく考えればの話だった。そんな些細なことを俺は、忘れていたという話だった。多分、これは俺だけが勘違いしていたことであって、それ以外は、分かっていたという事なのだろう。あぁ、なるほど、あまり考えていなかったが、思いの外、俺自身、浮かれていたのか。恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「いや、だから―――」
「あぁぁあああ、分かった。ごめん、忘れて」
「何、いきなり。キモ」
ひどい。
分かってても、面と向かって言われれるのは傷つくものだ。いや、にしてもキモって。それはひどくはないか。心に来てしまう。
まぁ、そんなことを言った俺も悪いんだろうけど。しかし、にしてもキモいはひどい。
別に、仲が悪いという訳じゃないんだけど、やっぱり男女の姉弟というのは相容れないものがあるのだろうな。悲しいような、しっくり来るような。別に、涙が出るほどじゃないから、それ以上に何か感じることはないんだけど、しかし、やっぱり弟の男としては、目上のしかも女に、きつい言葉をを吐かれると、それなりに来るものがあった。
しかも、弟だから、姉に対して言い返すこともできないして、出来たとしても、生意気だと一瞥に睨まれそうで怖い。さっきみたく、「キモい」などと言われれば、クラスメイトの女子ほどではないにしろ、男としては、少しでも考え込むのもやぶさかではないのではないだろうか?
俺の考えすぎか?
と、心に来る言葉と関連づいて来た言葉としては、車で会った茶番が思い出された。
人って、思いがけない言葉で人を傷つけるんだな。
いや、さっきの姉貴の言葉に悪意があったのではないかという疑念は拭えないのだけど。
「にしても、ネーちゃんもお父さんを許してやれよ」
「あんなん、お父さん、どころか家族じゃねーし」
「いや、だから許してやれよ」
言った傍でそんなことを言いやがった。いや、俺がそんなことを持ち出したから、姉貴もそういう事を言ったのかも知れない。にしても、身から出た錆だろうに。それに、あれでも後で親父も悪いと思ってたんだろうから。あぁ、あの時、我関せずわーわー言ってたり、寝てたりしてたな。この人。
・・・・・・。
「別にいいや。んでも。実際、車とか見るに荷物とか入れてないよね。ネーちゃん、お父さん車に来た?」
「知らん。見てない」
「最初のは必要ないだろ」
まぁ、見てないというのだったら、見てないのかもしれないな。何だろうか。今更思えば、そんな必死こいて探すようなものじゃないし。黙って、猫みたいにしていれば、戻ってくるのかもしれない。
ふと、そう腕を組んで、そう行き当たる。それなら、そんな二人して頭を悩ますようなことじゃないし、ん?悩んでないか。
「裏にでもいるのかな」
姉貴は、そんなことを言って、そのまま足早に家の裏に走って行ってしまった。俺としては、別に止めるような理由なんてなかったから、
「そうかも」
と、一言返事したが、姉貴の事、俺がその返事をする頃にはすで俺の後ろにはおらず、返事を聞かず行ってしまっていた。
「・・・・・・」
裏に早歩きに行ってしまう姉貴を見て、何となく、妙に感慨深い何かを感じたところで、俺は家の中に足を運ぶ。
口と行動は早いんだから、もう少しあの性格が何とかなればな、とそんな考えてもしょうがない事を考えながら、靴を脱いでいく。親父も親父で、何処かに行くのだったら、言伝なり、電話なりで、やればいい物を。いや、もしかしたら逆に、連絡するほどでもない、すぐに事が終わるような用事だったりするのかもしれない。だとしたら、どんなようなのか。
まぁ、別に姉貴じゃないけど、ゾンビが出るみたいなパンデミックが起こってるわけじゃないから、焦る必要も、悩む必要もないけど。