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フレンチブルドッグ アムルと少女

作者: 百矢 一彦


 その犬の名前はアムル、とても甘えん坊のフレンチブルドッグだった。


 彼の飼い主は、20代後半の夫婦で、良くかわいがってくれた、

家には、年配の夫婦もいて、こちらもよくかわいがってくれていたが、

アムルが一番好きだったのは、アムルを一目で気に入り、彼を飼うと決めてくれた若い主婦だった。

アムルという名前も彼女が付けてくれた。


若い夫婦は、よくドライブにも連れてってくれた、海も観たし、枯れ葉が一杯ある森にも行った。

夜には、一緒のベッドにも入れてくれた。

アムルは急ぎ足の時、後ろ脚をスキップの様に跳ねて歩く癖があった、それを見ると声をあげて笑い喜んでくれた。

いつも見ていてくれた、いつも撫でてくれた、いつも笑いかけてくれた、アムルはとても幸せだった。



 ところが、若い主婦のお腹がふくれてくると、前の様にアムルに構ってくれなくなたった。

主人の方も、帰りが遅くなるようになり、そのうち、タマにしか返ってこなくなった。

散歩は、いつの間にか年配夫婦とするようになっていた、年配の男は内緒でビスケットをくれるので、

アムルは嫌いではなかったが、やっぱり、一番好きなのはお腹がふくれてしまった若い主婦だった。


アムルは構って欲しくて、彼女を見つけるとその足にじゃれついた、

なでて欲しいと吠えた、一緒に寝たいと吠えた、もっと自分を見て欲しいと吠えた。

でも、前と違って彼女はアムルを叱る、ダメ、と言ってなかなか構ってくれなかった。


それでもやっぱり、一番好きなのは彼女だった。

そんな彼女が、しばらく家に帰ってこなくなった、アムルは寂しくて仕方なかった、

年配夫婦がなでてくれても、アムルの心は満たされなかった。



 その日、玄関の開く音がした、アムルには彼女の足音が判った、急いで玄関に走っていく、

彼女が返って来た、アムルは嬉しくてたまらない、ぐるぐる円を書いて走り回り、彼女にアピールする、

彼女は笑顔でアムルに声を掛けてくれた、でも、抱き抱える事も、撫でる事もしてくれなかった。

ふくらんだお腹が引っ込んだ代わりに、小さな生き物を大事そうに抱えていたからだ。

アムルは、その小さな生き物が気になった、大好きな彼女が大切そうに抱えてるその生き物が。



 小さな生き物は、木のゲージの中でいつも寝ていた、時々やかましく泣くと彼女がやって来て大切そうに抱える、

アムルは面白くなかった、いつも彼女は、その小さな生き物を一番に見る、アムルはその後だった。

でも、彼女が大切にしてるならと、アムルは我慢していた。


 ある日、木のゲージからアムルをじっと見ている目がった、アムルはそのキラキラしたその目が気になった、

アムルが近づくと、その小さな目の持ち主は「あうあう」と何か言っている、

これが、彼女が大切にしている生き物、とても弱々しい、ちょっといじめたら壊れてしまいそうな、そんな生き物だった。


やがて、その子は、ゲージの中から、アムルに向かって手を伸ばして来るようになった。

アムルが近づくととても喜んだ。大好きなその子の母親も、その子を抱き抱えるとその子の手を取ってアムルを撫でるようにする、

アムルは、悪く無い気がした。


ある日、アムルはその子が初めて立ち上がるのを見た、何度も尻もちをつく、それでもなんとか立ち上がると、アムルの方を見てくる。

アムルは心配で仕方なかった、はやく母親に来て欲しいと吠えた、するとその子は泣きだしてしまった、

彼女があわててやって来る、泣いたのは自分のせいじゃない怒らないで、と思っていると、母親はありがとうと頭をなでてくれた。


アムルはその子を見張るようになっていた。

この子は自分が守る、この子になにかあると、大好きなこの子の母親が心配するから。


その子は歩けるようになると、力の加減なしにアムルに抱き着くようになった、頭もやたらと叩く、

アムルは必死に我慢した、この子が泣くと、大好きなこの子の母親が心配するから。


そしてある日、その子が初めて「あむるる」と呼んだ、その子がしゃべった初めての言葉だった。


ようやく歩いていたその子は、いつのまにかスカートを穿いて走り回るようになっていた、

アムルを追いかけまわし、抱き着き、一緒にお庭で駆けっこをし、散歩も一緒に行くようになった。

何処かに出かけて返ってくると、真っ先に「あむるる」と呼んで抱き着いて来る。

そして疲れてしまうと、一緒に昼寝をした。


アムルが見張っていたその子は、生意気にもアムルに命令するようになっていた、

まて、よし、と母親と同じように言って来る、その後には決まっておやつをくれるので、

黙って言う事をきいてやった、すると満足そうに頭をなでて来る。

やれやれ、と思いながらも、アムルは案外気持ちがいいと思っていた。


少女が母親に叱られて泣いている、アムルは戸惑っていた、

少女が泣くと母親は心配したはず、少女が泣くと母親は困ってたはず、

なのに、母親が泣かしている。

少女は一人になっても泣き続けた、アムルは少女のそばでじっとしていた、

少女が泣き止むまで、ずっとそばでじっとしていた。



 少女がテレビを見るのに座るソファ、その隣がアムルのお気に入りの場所だ、

だが、そのソファに上るのも思うようにいかなくなってきた、

少女に助けてもらってようやくソファに上る。


そして、ある日、アムルの体は痙攣をおこした。

おかげで、大嫌いな医者に連れていかれた。

その日から、とってもまずい薬を無理やり飲まされるようになった、

でも、いつもより、みんなが優しくなったと感じた。


アムルは、体を動かすのが面倒になっていた、

アムルの大好きな少女の母親が、優しくなでてくれる、

まるで、まだ子犬だった頃に戻ったように。

少女の生まれる前、いつも一緒にいてくれた頃の様に。


アムルは、気持ち良くて眠たくなってきた、

母親がいなくなると、今度はそばにいた少女が同じ様に撫でてくれた、

すぐ壊れそうだった小さな手は、今はしっかりとアムルの頭を包んでくれた。

アムルが少し目を開ける、少女の顔は直ぐそばにあった。


少女は、いつまでいつまでも、アムルをなでていてくれた、

そしていつの間にか、アムルと少女は眠っていた、


アムルにはそんな姿が上から見えた、少女が自分の体に寄り添うように寝てる姿が、

アムルは誰かが呼んでいる方に歩き出す。

昔に戻ったような軽い足取りで、時々スキップするような足取りで、

そして、一度だけ振り返り、少し誇らしげに、また空に向かって歩いて行った。






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