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『ルッケル・ファウターシュ男爵。
この者、金銭の為に貴族の名誉を著しく貶めたる。
ファウターシュ男爵に貴族たる資格なし。
皇帝陛下の裁きを願う』
そんな願い出を帝都に送ったのは、ファウターシュ男爵領の近くに領地を持つ複数の貴族だった。
どの貴族もあの冷害の際に民を奴隷に売り過ぎて、未だに立て直しが終わっていない領地を持つ貴族達。
どうやら彼等はいち早く立て直しを終えて、尚且つ僕の悪名と言う弱みのあるファウターシュ男爵領を食い物にする事を思い付いたらしい。
実に面倒な事態である。
こんな事態を恐れたからこそ僕はコラッドに家督を譲って追放され、ファウターシュ男爵領と無縁になりたかったのだけれど、今となってはもう遅い。
勿論僕がファウターシュ男爵家から追放されていても、幼い弟や後見人となった妹を侮り、他の貴族が手を伸ばした可能性だってあるから、何が正しかったかなんてわからないけれども……。
目の前に居たら名誉を傷付けられたと怒ったフリをして、どさくさで全員ぶった切ってやるのだが、遠い地から皇帝に裁きを求められたのではそれも到底出来やしなかった。
全く以って、……一体どうしよう。
僕が何と弁解を口にしようか迷っていると、けれどもそれより先に皇帝が言葉を続ける。
「いや、既に貴様がアラーザミアで何をしていたかの調べは付いている。何故そうせざる得なくなったのかも含めてな。個人的には愉快な話だと思っておるし、やり遂げた貴様を褒めてやりたい気持ちもある」
皇帝の言葉は優しいが、でもそれは個人としての感想だ。
訴えに正当性があったなら、それなりの裁きを下すのは皇帝としての務めだろう。
そこに個人の感情は挟まれない筈。
「領地経営をしくじった貴族どもの思い通りと言うのも業腹な上、ザルクマ伯爵とセルシアン伯爵からは擁護の手紙も届いているから、ファウターシュ男爵家に対しては累は及ぼさぬ。しかしその様な弱みを作った貴様自身は裁きを受ける必要がある。わかるな?」
あぁ、いや、思いっきり個人の感情を挟んだ裁きを下してくれた。
僕は畏まり、皇帝に向かって頭を下げる。
何と言う温情だろうか。
ファウターシュ男爵領に累を及ぼさない為、僕個人への裁きにしてくれると言うのだ。
これ程に有り難い事はない。
「良かろう。ではこれより貴様は、ファウターシュ男爵のままに余の所有する剣奴となれ。剣奴が解放される条件はわかっておるな? それまで一切の特別扱いはない。他の剣奴と同じ飯を食い、同じ訓練を受け、同じ寝床で寝るのだ。貴様が死ねば家督は弟に継がせよう」
そう、裁きは下された。
全く、本当に、この皇帝はなんて裁きを下してくれるのだろうか。
他の貴族にとっては、これ程厳しい裁きはないだろう。
名誉ある貴族が剣奴に成り下がるなんて、素直に死を賜った方がずっと良い。
どうせ闘技場で血と汗と土に塗れて死ぬ事になるのだから。
でも僕は、そう、僕は違う。
何せ元よりその心算で帝都に来たのだ。
悪名を晴らす為に剣を振るか、奴隷から解放される為に剣を振るか、そこに大きな違いはありはしなかった。
剣奴が解放されるには、上級剣闘士にならねばならない。
皇帝の御前試合に出場する為にも、上級剣闘士にならねばならない。
結局の所、目的は一つで同じ。
「これよりこのルッケル・ファウターシュ、剣奴として御身の為に剣を振い、勝利を捧げます」
その言葉と同時に、僕はやって来た兵士達に礼服を剥ぎ取られ、首には鉄の首輪を、手には木製の枷を嵌められる。
そう、これが剣奴としての扱いだった。
しかしこの扱いにも、僕の誇りは傷付かない。
ファウターシュ男爵のままに剣奴となれと言われた以上、誇りを捨ててはならないのだ。
寧ろ他の誰にも成し遂げられ無い事をするのだから、解放された暁には悪名は勇名に変わる。
短い拝謁の時間だったが、僕は確かに皇帝に対しての忠誠心を持った。
自由を勝ち取った暁には、一層の忠勤に励むだろう。
「ルッケル・ファウターシュよ。貴様の活躍、余は楽しみにしているぞ」
そうして、短いけれど内容はあまりに濃かった、拝謁の時間は終了した。