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 相変わらず対戦相手には恵まれないが、行われる対戦には全て勝利し、僕は中級の上位へと昇格を果たす。

 けれども初戦で『旋風のバストゥール』を倒した事の影響は、そこで終わりではなかった。

 最有力候補だったバストゥールは怪我の治療の為に今年はもう戦えず、上級昇格を巡る争いは、中級上位の間で激化しているらしい。

 但し、僕を除いてはの話である。


 一度一度の対戦に間が空いてしまった為、僕が中級の上位へと昇格したのは、上級昇格者の選考まで後一ヶ月に迫った頃合いだった。

 しかし中級上位の剣闘士を抱える興行師達は、上級昇格争いに僕を加える事を拒む。

 つまり後一ヶ月の間、僕に有名な剣闘士との対戦を組まない様に協定を結んだのだ。

 今の僕は、倒した有名な剣闘士が『旋風のバストゥール』のみである為、このままでは上級昇格の見込みは限りなく薄い。

 手出しをしなければ勝手に選考から漏れる相手と対戦を組んでくれる程、帝都の興行師達は甘くなかった。


 何とか対戦を組もうと、僕の担当興行師であるドランも方々を駆け回ってはくれているが、どうにも分は悪そうだ。

「こんなのはな、興行師として絶対に許せない事なんだ。実力はあるのに、実力があるからこそ上に行けないなんて事はあっちゃならんよ。帝都の恥になる」

 そんな風に言うドランだが、だとしてもどうしようもない物は、どうしようもないだろう。

 せめて皇帝陛下が、自分が観戦しに行ったからだなんて風には、思わないでいてくれたら良いのだけれども……。


 けれども、僕自身もそう、諦めかけていたある日の事だった。

「一つだけ手が見つかった。でもこればっかりは強制出来ない。受けるかどうかは、お前さんが決めてくれ」

 外出先から戻ったドランが、僕を部屋に呼び出しそう言う。

 有名な剣闘士は誰一人僕との対戦を受けないが、でも有名な剣闘士以上に、倒せば実力を証明できる相手がいる。

 確かにそれを倒せば、他の剣闘士なんて問題じゃなく、上級剣闘士への昇格枠を勝ち取れる筈だ。

 何故ならそれは人ならざるモノで、しかし単なる獣とも違う。


「他に手はないな?」

 そう問う僕に、ドランは頷く。

 ならば、そう、仕方がない。

 恐らくきっと、この話はドラン一人で勝ち取った物ではなかった。

 僕の為に、動いて下さった方が居る。


「なら受けるさ。例えそれが『闘魔戦』でもな。確か今、闘技場で確保している魔物は……」

 僕はそれを思い出し、溜息を吐く。

 今闘技場で確保されてる魔物は、人よりも体格の大きな猿、巨大猿を原種とする、森の猿人『トロール』だ。



 その周知には、帝都中が湧き返ったらしい。

『貴族のままに皇帝陛下の意向によって剣奴に落とされ、けれども剣闘士として勝利を重ね、自由を得るまで後少しに迫ったルッケル・ファウターシュ男爵が次に戦うのは、人でなく魔物のトロルだ』

 少しでも多くの観客が入れるように、その対戦は帝都最大の闘技場、中央闘技場で行われる。

 実に大袈裟な話になっていた。


 僕との対戦を避けたとされる剣闘士達には批判が集まり、興行師達はその批判の鎮火に大忙しだとか。

 もし僕がトロルに負けて、別の剣闘士が上級昇格を果たしたとしても、決して歓迎されないであろう空気が出来上がってしまっている。

 だから本当に、皆が僕の勝利を願っているが、でも同時に、皆が人間が単独で、しかも武器で魔物に勝利するのは不可能だと考えていた。

 例外は、皇帝陛下にドラン、後はカィッツにグリーラにスェルの三人と言った、僕を良く知る人のみだろう。

 そう、僕は、勝ち目のない戦いに飛び込む人間ではない。

 僕が戦いの場に立つ時、それは充分な勝算があるからこそ、その勝負に挑むのだ。




 そして戦いの日。

 僕は矢張り挑戦者で、後からの入場だ。

 と言うよりも、トロールが入った檻は、昨日の晩から闘技場の中央に置かれているらしい。

 当然餌は与えられておらず、檻の中のトロールは、観客席の人間達を血走った目で見詰めている。

 仮に今トロールが檻から逃げ出せば、大惨事が起きるだろう。


 僕より先に、兵士達が入場し、ぐるりと武器を構えて壁際に並ぶ。

 最悪の場合は兵士達が壁となって抑える間に、捕獲用の網や縄を投げて捕らえる手筈なんだとか。


 今日の僕の武器は両手持ちの長剣と、腰に吊るした小剣だった。

 流石に魔物の膂力が相手となると、盾を持つ意味は薄い。

 ならば少しでも威力のある武器を、と言う訳である。

 まあ尤も、トロールの毛皮は並の鉄の武器は弾き返してしまうのだけれど。


 しかしそこは僕の実力を、と言うよりも、以前に習ったミルド流剣技の実力を見て驚けと言った所だ。

 貴賓席には、今日はお忍びでなく堂々と、皇帝陛下が座っておられる。

 対戦開始の合図も、皇帝陛下が出されるらしい。

 ならば僕は、あの御方の期待に応え、今日も勝利を捧げよう。


 全身の気を滾らせて、僕は門を潜って闘技場を歩く。

 それを感じ取ったのか、観客の方を見ていたトロールの視線が、大慌てでこちらに向いた。

 流石は魔物だ。

 僕を前にしても油断していたバストゥールよりも、ずっと危機に敏感である。

 観客の歓声を浴びながら、僕は闘技場の中央に立つ。


「ルッケル・ファウターシュ男爵よ。良くぞ再び余の前に立った。貴様に多くの言葉は必要あるまい。戦え! 剣を以って貴様の正しさを証明せよ!」

 皇帝陛下の言葉に、トロールの檻の閂が外され、ロープが引かれて扉が開く。

 さぁ、戦いの始まりだ。



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