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プロローグ

 この世界にある幾つかの大陸の一つ、オストニア大陸。

 この大陸には帝国から公国まで、大小様々な国家が存在しそして対立していた。

 対立の理由は様々だ。領土問題から独立問題、皇位継承問題・・・様々な要因が絡み合い、この大陸から対立と戦争の単語が消えることはなかった。

 そして此処に、今まさに戦争が起ころうとしている一つの国家があった。

 その国名をバルトシュタット王国という。

 国土面積と人口が小さいこの弱小国は周辺を全て大国に囲まれ今まさに亡国の危機にあったのだ。

 物語はこの一つの弱小国から始まる・・・



 ヴァルトシュタット王国首都、バルデンブルク。

 小国の小さな首都の郊外にある宮殿の執務室には重い空気が漂っている。

 重い空気の原因は単純なものだった。戦争だ。戦争が始まるのだ。それも自国よりも強大な大国を相手にする戦争が始まるのだ。

 執務室の上座に座る若き女王、フリーデリケ・メルセン・フォン・ヴァルトシュタットは嘆息しながら言った。

 「・・・宰相、もうどうやってもフランベル王国とコーシェンコ王国との戦争は回避できぬのか・・・?」

 「出来ません」

 王国の宰相、ホーゼンフェルト候ゲオルグは王女の問いかけに対し即答した。

 「先程も申したように両国とも既に大使を通じて我が国に対し正式に宣戦を布告。証書もこちらにあります。密偵からの情報によると両国とも軍を動員、我が国の国境に向かっている模様です・・・」

 もはや完全に戦争は免れることが出来ないという老宰相の言葉に今年17になったばかりの女王は絶望しかけ、そして己に課せられた一国の元首としての責任の重さに押し潰されそうになった。

 そもそも何故この国は戦争に突入しようとしているのか、まずはその説明が必要であろう。

 オストニア大陸の東部に位置する小国、ヴァルトシュタット王国は四方を大国に囲まれ常に危機にあった。

 北西に大陸で最も広大な国土を誇るヴォロディノ帝国。

 北東の新興の大国、ヴェルカ王国。

 南西にはコーシェンコ王国、南東にフランベル王国という具合にだ。

 四大国のちょうど中央に位置する小国であるヴァルトシュタット王国は周辺国に常にその領土を狙われてきた。

 豊かな国土と強大な軍隊を持つ周辺国に対し、国土面積も人口も小さく必然的に国力・兵力共に小さいヴァルトシュタットが戦争になれば、ヴァルトシュタットはひとたまりもなく亡国となることは明白な事実であった。

 そしてこの弱小国は幸運にも、覇権争いをする大国の緩衝地帯として機能したことと先人達の巧みな外交政策によってここ数十年間、何とか平和を保ってきた。

 だが、あるとき事件が二つ起きた。

 一つは南西の国家、コーシェンコ王国で大飢饉が発生したことである。

 元々大陸でも有数の穀倉地帯を持つこの大国は農業を主要産業とし、それで栄えてきたが、数年前から立て続けに大不作とそれに伴う大飢饉、農民反乱が起きた。

 今まで農業でやってきた王国にとっては亡国の危機である。

 このような事態に陥った国家が他国への侵略によって事態の解決を試みようとしたのは当然の成り行きであったろう。 

 コーシェンコ王国はヴァルトシュタット王国に対し領土の割譲を迫ったのである。

 ヴァルトシュタットがこれを拒絶しようとする中二つ目の事件が起きた。

 ヴァルトシュタット王国国王フランツ2世が崩御したのである。

 そして後継者として即位したのが彼の唯一の子息であり現女王であるフリーデリケであった。

 だがこの即位に反対したのが南東の国家フランベル王国であった。

 王女に国家を継がせるなどとんでもない、むしろ即位する権利は我が国の国王にあると――

 フランツ2世の母、フリーデリケの祖母がヴァルトシュタット王国王室からフランベル王国王室に嫁いできた人物でありフランベル王国現国王がその血を引いているが故の主張であった。

 一見すると暴論であるが、かねてよりヴァルトシュタット王国に対して野心を抱いてきたフランベル王国は前国王の崩御により混乱している今がチャンスと考え彼の地を奪い取ろうと考えていたのだ。

 フランベル王国にコーシェンコ王国は接近、同盟を組み共にヴァルトシュタット王国に対し領土の割譲を求めた。そして拒否すると二大国はすぐさま宣戦布告の証書を大使を通じてヴァルトシュタットの外交官に渡し、現在に至るのであった。

 野心を抱くフランベル王国と大飢饉を他国への侵略で解決しようとするコーシェンコ王国。周辺国に常にその国土を狙われ、そして前国王の崩御と若い王女の即位によって混乱するヴァルトシュタット王国。

 あらゆる要因が出現し、揃い、そして二つの大国が連合して小国へ侵略を企てそして戦争が始まろうとしていたのは当然の成り行きであった。

 「どうして・・・私が・・・」

 フリーデリケはドレスの裾を掴み俯いた。

 どうして自分が。どうしてこんな時に。

 彼女は己に課せられた重責にただ戸惑うことしかできなかった。

 「もう・・・もうどうにもならぬのか・・・?」

 二大国の侵略になす術のない、風前の灯火の王国は暗い雰囲気に包まれていた。




 

 2018年 日本 東京 市ヶ谷 

 日本の首都、政治経済の中枢を担う都市、さまざまな官庁街が並ぶこの地域に1つの省庁があった。

 防衛省である。

 日本の国防の中枢を担い、自衛隊をまとめ上げるこの組織には二つの種類の職員がいる。

 1つは背広組。文民統制(シビリアンコントロール)の立場から自衛隊を指揮・監督する。

 そしてもう1つは制服組。有事の際に実際に自衛隊を指揮する者たちである。この制服組のトップに立つのが統合幕僚長である。

 防衛省庁舎A棟の執務室で仮眠をとっていた統合幕僚長、滝慶一郎はブラインドの隙間から差し込む日の光を浴びてゆっくりとその意識を覚醒した。

 「・・・もう、朝か・・・」

 起きたてで、まだ意識と無意識の間でまどろみが彼を支配していたが強い朝日は彼を完全に起こすのに十分だった。

 ソファから起き上がり準備体操をしているところに執務室のドアが開いた。

 「おはようございます、統幕長。昨夜はよく眠れましたか」

 入ってきたのは滝の部下、三橋幸一三等陸佐だった。手にはスケジュール帳や資料の入ったファインダーや紙束が携えられている。これから滝の自衛隊制服組トップとしての今日の職務が始まるのだ。

 「うん、まあなんとかな・・・いや、正直言ってもう少し寝たい気分だ。3時間しか寝ていないんだからな」

 朝食のコンビニのおにぎりを貪りながら滝は着ている制服を整える。

 「幹部自衛官の道を進んだときからずっと忙しかったが、統幕長になってからまともに休んだ覚えがないぞ。いつになったらゆっくり眠れるかな。過労死しなきゃいいんだが・・・」

 「大丈夫ですよ統幕長。そのうち休暇も取れるはずです。第一、自衛官の死因が過労死だなんて笑い話にもなりやしません」

 他愛ない話をしながら滝と三橋は執務室を出て廊下を歩く。

 時折すれ違う自衛官が立ち止まりこちらに敬礼をする。

 「三橋三佐、今日のスケジュールは?」

 敬礼を返しながら滝は三橋に聞いた。

 「はっ、本日のスケジュールは・・・マルハチマルマル(午前8時)に朝霞駐屯地の東部方面総監部で会議、その後部隊の演習の視察、それから首相との会談が・・・」

 眠気から冷め切った頭に今日のスケジュールを叩き込みながら滝は三橋に言った。

 「なぁ三佐、俺は今でも信じられないんだ」

 「はぁ、何がです」

 「俺が統合幕僚長ということだよ。45歳の統合幕僚長なんていくらなんでも若すぎるだろう」

 そう。滝慶一郎は制服組のトップとして統合幕僚長の職を拝命していたが歴代の統合幕僚長と比較して非常に特徴的なことが1つあった。

 年齢が若いということである。彼は45歳だった。

 普通、幕僚長になれる階級である陸将の自衛官の年齢は50歳代が多い。

 実際歴代の統合幕僚長の就任字の年齢は55歳とか56歳とか立派な中年の人物であった。

 組織の法則やこれまでの経験則から考えれば45歳の陸将、統合幕僚長というのは非常に若い。

 実際、滝自身も統幕長の職を拝命されたときは非常に驚いていたし、周囲も驚いていた。

 「俺に才幹がないとは思わんが、こう昇進のスピードが速いといつか足をすくわれるんじゃないかとひやひやしているよ」 

 そんなことを言う滝に三橋は笑いながら応じた。

 「統幕長はそう言いますが、初代統幕議長の林敬三だって就任時は47歳だったはずです。それより2歳若いだけじゃないですか」

 「そりゃ隊の創設に関わった人間だからな」

 「それにその若さで就任したということは本人に資質があった証拠じゃないですか?」

 「そうだといいんだがな・・・」

 雑談をしながら駐車場に向かい公用車に乗る。

 これから滝は会議のために朝霞駐屯地の東部方面総監部に向かうのだ。

 防衛省の門を抜け公用車が都内の道路を走る。

 「それにしても今日は霧がひどいですね」

 ハンドルを握りながら三橋が言った。

 公用車の周囲はこれでもかというぐらいに白い霧がたっていた。

 「おかしいな、今朝のニュースじゃ今日は快晴だっていっていたんだがな・・・」

 霧は都内を完全に覆い尽くしているようで公用車の周囲は全て白いもやがかかってぼやけて見えた。

 霧というより煙といったほうがいいかもしれない。

 視界は最悪だった。

 「事故るなよ、安全運転だ」

 「分かってますよ・・・変だな、GPSの調子も悪いみたいです」

 三橋がハンドルを握りながらコンソールをいじって言った。

 見るとGPSの画面には不調を訴える表示が何度も出ていた。

 「大丈夫か,ちゃんと着きそうか?」

 「まぁ、道は覚えていますから大丈夫です」

 「そうか、着いたら言ってくれ、俺はもう少し寝る」

 まだ睡眠が足りないと感じていた滝はもう少し仮眠をとることにした。

 どうせたいした時間は眠れないだろうが、気分のリフレッシュぐらいにはなるだろう・・・

 そう思いながら滝は再びまどろみの中に飛び込んでいった・・・




 「統幕長、統幕長・・・」

 「ううん・・・」

 「起きてください、統幕長!」

 まどろみの中にいた滝は三橋の声でまた覚醒した。

 しばしばする目をこすりながら意識を完全に覚醒させ前を見ると三橋が困惑した表情でこちらを向いていた。

 「なんだ、もう着いたのか。何深刻そうな顔をしているんだ?」

 「統幕長、周りを見てください・・・」

 三橋の声は上ずっていた。なにかとんでもない事態に遭遇したかのように。

 そんな三橋に対し滝はいったい何なんだと気だるそうに周囲を見たが、すぐに三橋と同じ状態になった。

 「・・・なんだこれは」

 「霧を抜けたと思ったら・・・こうなっていました」

 フロントガラスごしに広がる風景は。

 見慣れた東京の街並みでも、朝霞駐屯地でもなく。

 広い、どこまでも続く緑の草原と、アルプス山脈のような雪山が遠くに幾つも広がっている光景だった。

 「どこなんだここは・・・」

 滝はドアを開け公用車から降り立った。

 革靴がアスファルトの道路ではなく草原の大地を踏む。

 公用車から数歩離れあたりを見渡す。

 眼前に広がるどこまでも続く緑の草原、遥か遠くに連なる雪山の山脈、大空を舞う鳥達、向こうで草を食んでいる野生の羊達・・・

 都会の喧騒は何処へやら、眼前には雄大な大自然が広がっていた。

 自分達は朝霞駐屯地の東部方面総監部に向かっていたはずだった。

 だが眼前に広がっているのは・・・スイスのような広大な草原と山々の光景だ。

 ここが東京では、日本ではないということは確かだった。

 「いったい、どういうことなんだ・・・」

 滝は一人呟くしかなかった。

 この日、自衛隊統合幕僚長滝慶一郎は異世界に迷い込んだ。

 

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