いつかは崩れ落ちて
グレンデーラから東に40里、エリンドゥイルとバラドゥアの戦場に到頭赤鋼軍の増援が到着した。
イブル川支流に添い南にエリンドゥイル、北にバラドゥアが位置取り日夜、血で血を洗う会戦を繰り広げていたが、赤鋼軍はエリンドゥイル軍の南に挟み込む形で展開した。
それはエリンドゥイルにとって致命的な配置であった。
エリンドゥイル軍はすぐに東進し、挟み撃ちを避け南西方向に赤鋼軍、北西方向にバラドゥアを位置取る形となった。
何れにせよ不利には変わりない。
夕刻当主ユーロニモス・バラドゥアの元に赤鋼軍副将であるセオドール・サフォークと参謀のウルリク・ヴィゾブニルが訪れた。
「これはこれは!良くぞお越しくださいました。バラドゥア家当主ユーロニモス・バラドゥアと申します」
「次男のクヌートと申します」
慇懃な態度で王政直轄軍の指揮者に対し、2人は挨拶を行った。
「セオドール・サフォークと申します。侯爵様に直接ご挨拶賜るとは恐悦に御座います」
セオドールは伯爵家の出自ではあるが、次男であり本来であれば侯爵と面と向かって話す程の身分では無い。
「ウルリク・ヴィゾブニルです。伯父が御世話になっております」
ウルリクはウィルフレド・ヴィゾブニル侯の甥にあたる。
ウィルフレドとユーロニモスは比較的交流を持っていた。
ユーロニモスとクヌートは2人を幕舎に通して食事を振る舞った後に別の幕舎に通して軍議を開始した。
「して、状況は如何ですか?」
セオドールが訊ねる。
「エリンドゥイルの攻勢激しく日夜激しい戦闘が続いています」
クヌートが答える。
「解せませんね。この戦闘はエリンドゥイルにとってどの様な意味があるので?」
「我等には分からぬことです。グレンデルの肩を持っているという見方が強いが、一族の進退を賭けてまで肩を持つ理由がわからない」
セオドールの問いにユーロニモスが答えた。
「何れにせよエリンドゥイル軍を討滅せよと言う御下知を陛下から頂いております。挟撃すれば5割増の兵数を持つ我々が敗れることは無いでしょう。バラドゥア軍は北西から、赤鋼軍は南西から攻めればエリンドゥイルは東に引きます。東の深い森まで追い立ててしまえば片がつくでしょう」
ウルリク・ヴィゾブニルが糸目の澄ました表情で告げる。
1万のバラドゥア、5千の赤鋼軍と1万のエリンドゥイル。
会戦が始まれば余程の戦上手でなければ1日で片がつくだろう。
エリンドゥイルが敗れれば、バラドゥアと赤鋼軍は足並み揃えグレンデーラに東から攻めることができる。
ファブニルの黄迫軍の勢いが増強され容易に決着が付くこととなる。
「いやはや、誠、エリンドゥイルには煮湯を飲まされました。落ち目のグレンデルに味方するとは。古くから王族の血を取り入れて来た二公のうちグレンデルが滅び、また近年我等と同じく陞爵し公爵家となったエリンドゥイルも滅びる事となる。そして我が従兄弟は王家直轄軍を率いる将軍位を授かっている。先行き明るいとは正にこの事」
ユーロニモスは非常に機嫌が良かった。
大地に死体が積み重なり夜な夜な獣や鳥が死体を喰らう。鬼は両手に其々死体の脚を掴み森へと引き摺り去って行く。
クサビナが人口の多い国家である事が裏目に出た戦死者の数であった。
軍議は半刻程続いた。
2日後、全勢力をもってエリンドゥイルを打ち破る。
バラドゥアはその後西進しグレンデーラを攻撃、赤鋼軍は南下してエリンドゥイルの本拠地エリンドゥイラを制圧する。
クサビナ全土で繰り広げられるクサビナ内乱の局面がまた一段階進められようとしていた。
セオドール・サフォークは夕刻の空の下ウルリクと護衛と共にバラドゥア本陣から南の赤鋼軍本陣に馬で駆けていた。
セオドールは先の狐男騒動で危うい立場に立たされたが、エメリック第一王子の廃嫡騒動を隠蓑に今の地位を保っていた。
堅実な戦闘指揮を取る男は地位も堅実に保つ事が出来たのだ。
夕暮れの中、朱い夕陽が平野に転がる死体を照らしていた。
大鴉が至る所で死体を啄んでいた。
陣に戻り馬から降りたセオドールは寒空の下でかいた額の嫌な汗を拭った。
「…ウルリク殿。先程通った戦場、この規模の戦争にしてはやけに死体が多くありませんでしたか?」
セオドールは並び歩くウルリクに声をかけた。
「はい。私も疑問に思っていました。エリンドゥイルはこれ程の犠牲を出してまでグレンデルを守りたいという事でしょうか?やはり解せませんね」
ウルリクは暮れ行く空を眺めていた。いつも細く閉じられている目が左だけやや見開かれ、黒い瞳に黄昏を映している。
「……或いはそれ程までしてバラドゥアをこの地に留めておきたい理由があるのか……」
「成る程。その様な見方もありますね。しかし理由が思い浮かびません」
兵士達が陣を張る騒々しい音が響いていた。夕餉の支度をしている薪の燃える匂いに飯の良い香りが混ざる。戦場の匂いの一つだ。
「私にも分かりません。……しかし、カヤテ・グレンデルを捕らえる事で此処までの事態になるとは……」
「そういえばセオドール殿はグレンデーラにカヤテを捕らえに赴かれたのでしたね」
「ええ。エメリック様の命でしたが、必要性を感じられない御下知でした。何故カヤテを?ウルリク殿には分かりますか?」
セオドールは立ち止まりウルリクに向き直った。
「……エメリック様とカヤテ卿は轡を並べてロボクを制しました。赫兵カヤテの才を恐れた、と言うのがよく囁かれている説ではあります」
「赫兵はクサビナのこれからを担う軍人だった。あの狐男事件で忽然と姿を消したが…この度の戦に顔を出さぬ筈がない」
「狐男事件。あれも不可思議な事件です。たった1人で数百の赤鋼軍を打ち破ったと……。何度も聞きますが誠なのですか?」
セオドールは脳裏にこびり着いた光景を忘れる事はできない。
白き城を赤く斑らに染めたあの日の事を。
それを成したのは確かにたった1人の狐面の男だったのだ。
「グレンデルの手の者とは矢張り考え難いです。そこまでして取り返すのであれば初めから渡さなければ良いのですからね」
ウルリクの言葉にセオドールは頷く。
今でも思い出せば背筋が震える。あれは王剣流仁位のセオドールであっても瞬く間に首を落とされる。それ程の手練れであった。
或いはあれがこのクサビナの何処かに潜んでおり、何処かで遭遇する事を考えると足元が覚束なくなる様な気さえした。
「ヴァルプルガー殿の調べでは先のエケベルでの戦いに於いても赫兵特有の行法は確認出来ていないそうです」
そこまで話し2人は歩き出した。
「バラドゥア公をどう思いましたか?」
脚を踏み出しながらウルリクが尋ねた。
「それは此処で話せる様な内容をお伺いで?」
「それでは私の幕舎に向かいましょう」
2人はウルリクの幕舎に向かう。ウルリクは人払いをするとセオドールに席を勧めた。
セオドールが椅子に座るとウルリクは自ら水を2人分注ぎ、己も席に着いた。
「ウルリク殿。先ずは私にバラドゥア公についてお尋ねになる意図を伺わせて頂いても?」
セオドールはウルリクが水を一口飲むのをさり気無く見届けて乾いた喉を潤した。
「今グレンデルを滅ぼすべく国内では内乱が起こっています。ファブニルとバラドゥアが取って代わろうとしている。しかしファブニルは兎も角バラドゥアにその穴を埋める事は難しいのでは。そう思ったのです。無論王命に逆らう気は微塵も有りませんが」
「…成る程。確かにグリシュナク・バラドゥア様はクサビナの三英傑。しかしユーロニモス殿は些か俗物である印象はありましたな」
答えたサオドールの回答にウルリクは片目を僅かに開く。
「深い意味は無いのです。ただ、今この様な形となってはいますが、グレンデルは忠臣でした。それを追いやろうとするバラドゥアが後釜を担う事に不安や違和感があります」
それを言えばファブニルも同じであるとセオドールは考える。
「或いは此処でバラドゥアには領地に戻って貰うのも一つの手なのかもしれませんね」
ウルリクはそう続けた。
「これが政争です。争いの果てに覇権を握った者が必ずしも清く正しいわけでは無い。バラドゥアを止める事は我等にはできません」
「………」
開いていたウルリクの片目が再び糸目に戻った。
セオドールはウルリクの幕舎から出ると自分の幕舎に戻る。
セオドールは今の自分の地位に満足している。
これ以上を望めば己への負担が増すだけと考えていた。
しかし今の地位は守りたい。ウルリクはこの度の戦について思う事も多い様だが、セオドールは王命を遂行する事しか考えていなかった。
幕舎に戻りながら空を見上げる。
夜空は曇っていて星は見えなかった。
グレンデーラでの初戦は日暮と共に一旦終息した。
グレンデルは死に物狂いで防壁を守り、連合軍は死体の山を築きながら街を攻めた。
初戦が終息した後も夜半に連合軍は鬼火の残党やヴァルプルガーから貸与された工作部隊を夜陰に乗じて乗り込ませようとしたが、その後一人として報告を遣したものはいなかった。
悉くが討ち取られたのだ。
翌日、朝靄立ち昇る中、再度火蓋が切って落とされた。
「今こそ!逆臣グレンデルを討ち滅ぼす時ぞ!逆臣を滅ぼせぬ我等では無い!幾多の戦いに於いて敵を打ち倒して来た我等の力をこの地で見せようぞ!」
鋼将ヘルベルト・ハティアが胴間声で赤鋼軍を鼓舞する。
そして軍が割れ、黒駿馬に跨った男が現れる。
怒涛のグリシュナク。グリシュナク・バラドゥアが槍斧を無言で振りかざす。
兵達が歓喜の声を上げた。大気と大地が震え、更には胸当てを籠手で叩き爆音が一体に響き渡る。
対しグレンデーラの防壁にも1人の老人が姿を表す。
風に青い外套をはためかせ、老人は剣を翳す。
豊かな灰色の髭。矍鑠とした風情の大柄な老人である。
マトウダ・グレンデル。青壁のマトウダは赤鋼軍の鬨の声を前にし一片の怯えも見られなかった。
行兵が風行法を行う。
「今日は………死ぬ日ぞ」
拡散された青壁の言葉に青鈴兵達は背筋を泡立たせた。
子を守り死ぬ。妻を守り死ぬ。親を守り死ぬ。友を守り死ぬ。
故郷の為に、己の大切な全ての為に、街を守り死ぬ日。
マトウダの一言に怯えを含む青鈴軍の目の色は変わった。
恐怖に巻かれて目を背ければ、己よりも大切な何かを失う。
鬨の声は上がらなかった。
皆が目を爛々と輝かせて弓を握り、経を練った。
グリシュナクが槍斧を振り翳した。
「進めええええええええええええ!」
赤将ヴェルナー・ヘイズルが吠える。
角笛が高らかに吹かれ、太鼓が打ち鳴らされた。
赤鋼軍が動き出した。
角笛の音を聞き取り東に位置取る黄迫軍も軍を動かす。
ユルゲン・セフリールの重装歩兵が先行しクラウス・ウトガルザの率いる攻城部隊が続く。
ユルゲンの部隊はすぐに猛烈な矢の雨に身を晒される。
「怯むな!我等の鎧と肉体は弓矢程度で止まらぬことを知らしめよ!」
兵達が大楯を掲げ進む。
「…お?」
ユルゲンが掲げる盾を矢が射抜く。
矢は回転しユルゲンの鎧を半ばまで削り止まった。
行法と合わせた特異な弓術だ。
風行法に守られている筈のユルゲンの部隊が次々と削られていく。
「ただ進め!背を向ければ死!歩みを止めず進んだ先に栄光があると知れ!」
部隊を削られながらも進軍は続く。
ユルゲン隊の後方に位置するクラウスの攻城部隊は重量物を数十人で押しながら進み、軈て敵の行法射程内に侵入した。
途端に火行法が雨霰の様に降り注ぎ一つ一つと炎上し始める。
「己!狙いの的では無いか!ヴェルナー様とヘルベルト様からの支援を仰げ!」
角笛が吹かれる。
その角笛の音と共に後方に陣取っていた部隊が動く。
赤鋼軍の弓兵部隊である。
重装歩兵に守られながら進み出た弓兵隊は防壁に向けて矢を射掛け始めた。
敵の弾幕が薄まる。
その隙にクラウス隊は歩みを早める。
ユルゲン隊も歩みを進め防壁に取り付く。防壁の根本に位置取ると盾を掲げ敵の矢と行法から体を守る。其処にヒルデガルトの行兵隊が集う。
盾の隙間や盾を貫く攻撃に数を減らしながらも行兵隊は壁を破壊しようと行法を行う。
「もたもたしないで!行法が遅れれば遅れるほど味方がやられるわよ!」
複数の盾兵に守られたヒルデガルトが兵の尻を叩く。
しかし行兵達の経が浸透する事はない。
当然青鈴軍も土行法で壁を変質される事を警戒している。
だがそれでいい。
此方の攻城部隊が足元から攻撃される事は防げる。
梯子が運ばれて防壁に架けられる。
青鈴軍は梯子の破壊を試みるが、試みる程に弾幕は薄まり攻城部隊への圧が弱まる。
「っ!?」
その時であった。
盾に守られながら攻城の様子を伺っていたヒルデガルトは、グレンデーラを守る青鈴岩の壁が不自然に盛り上がるのを見た。
盛り上がった青白い壁は巨大な人形を型取り、そのままぬるりと壁から抜け出ると巨大な手足を振り回して周囲の赤鋼兵を薙ぎ倒し始めたのだ。
「何?!なんなの?!」
ヒルデガルトは混乱する。未知の行法であった。
彼女は知る由もないが、この行法は土行法・岩着膨れという名であり、森渡りスイ家にて先天的な才覚を持って産まれる者が扱うことができる行法であった。
彼等は岩を体に纏い鎧とし、自在に動かす法であった。
高さ5間もある岩着膨れを纏ったスイト、スイフ、スイキョウの3人は防壁の袂に溜まる赤鋼軍兵士達を巨大な腕と足でなぎ払い始めた。
腕の一振り、足の一振りで10人の兵士が吹き飛ばされる。
地に落ちた兵士は3割が死に、7割は臓器や骨を損傷して再び立ち上がる事はない。
ユルゲン隊の重装はひしゃげていた。
「集団で対応しろ!数で抑え込め!」
「水行法氷系統で動きを抑えなさい!土行法は控えて!利用される恐れがあります!」
暴れ回る岩着膨れに対応するべく兵士たちが割かれると再び攻城兵器への弾幕が厚くなり動きが鈍った。
一方で歩兵達への弾幕は薄く、投石機や散発的な行法しか攻撃が為されないことから防壁前は赤鋼軍兵士達が押し詰めている様子だった。
「攻城塔、衝車、轒轀車が来ないなら梯子を使え!防壁を我等が梯子で埋め尽くせ!」
赤将ヴェルナーが吠える。
歩兵達は梯子を運び、次々に防壁に掛けはじめた。
三体の巨人は兵を蹴散らし梯子を破壊するが三体で全てを破壊する事は敵わない。
その時戦場に立つ皆の頭上に明かりが起こった。
橙色の火球が見る間にその大きさを拡大してまるで太陽の様に辺りに光を放つ。
「いけない!防いで!」
自身も経を練りつつヒルデガルトは叫ぶ。
マトウダが防壁の中央で腕を掲げていた。
その腕が振り下ろされる。余りに巨大な火球は赤鋼軍の中央に向かって放たれた。
赤鋼兵達は防ごうと手を突き出す。
その時グレンデーラ中央の尖塔で両腕を広げる男を赤鋼軍の人間は誰一人として認識していなかった。
大きく腕を開き正面に突き出す。
その合図に合わせて防壁に黒尽くめ達が現れ、狭間の上に四つん這いで張り付くと仮面をずらして口元を曝け出した。
そして赤鋼軍の中心に皆顔を向けて声を上げた。
風行法により拡張した老若男女の様々な声、音が響き渡り兵士達の脳を揺さぶった。
「ぐ、なんだ…。…まずいっ!」
ヴェルナーは呻く。
直後赤鋼軍の中心地にマトウダの巨大な火球が着弾し100人近くを吹き飛ばし、焼いた。
森渡り達は音波で敵の動きを妨げて防御を阻害。マトウダの行法を着弾させたのだ。
中央塔でクウハンが両手を握り合わせ天に突き上げる。
防壁の内側で猛禽の仮面を着けた者達が手を握り合わせた。
曇り気味の朝の空、灰色の雲がみるみる分厚さを増す。
雨が赤鋼軍側にだけ降り始める。
テン家の者は雨雲の操作を得意とする。
防壁に再び黒尽くめが顔を出す。
仮面には皆虫が描かれている。
赤鋼軍の兵士に落ちた雨粒がその大きさを急激に増やして3尺の蛇に形を変えた。
蛇はそのまま兵士の首に絡み付き兵士を絞め殺す。
「何者だあの黒尽くめは!?」
「あの装い!俺は見たことがある!ケツァルを襲った狐男と同じ装いだ!」
だが次々と押し寄せる赤鋼兵達は怖気付く事なく、森渡りの行法で数を減らしながらも押し寄せる。
赤鋼軍は岩着膨れをヒルデガルトが相手し、残りは防壁を攻め落とすべく攻勢を仕掛けていた。
「糞!攻城兵器を近づけるな!」
「デリク様!それでは壁を上がってくる敵を防げません!」
シャーニ・グレンの元副官であったデリクは歯噛みする。
攻城塔が後3、衝車と轒轀車が合わせて6、雲梯が5台。
「うるせぇ!どっちもやらなきゃ俺らの負けだ!なんとしてでも防げ!」
矢がデリクの左肩に刺さる。
引き抜いた矢を登ってきた赤鋼兵の面頬の隙間に突き刺す。
攻城塔が近付いている。矢が射掛けられ同胞が倒れていく。
「仕方ねぇ!お前ら!付いて来い!死ぬ覚悟、できてるか!?」
デリクが15年前から苦楽を共にしている配下の兵に呼びかけた。
全員が力強く吠えた。
「行くぞ!」
デリク・グレンはにやりと笑いながら梯子を登って来た赤鋼軍兵士の首を突き殺し、梯子から落とした。続いていた敵兵が鎧を纏った死体が頭上から降ってきた事により皆落ちていった。
デリクは急角度の梯子を滑り降りる。途中腕を振り梯子に集る赤鋼軍に炎弾を放り込み、開いた隙間に着地した。
デリクに続き麾下の精鋭達が続く。
近場の梯子も同じように利用して赤銅色の鎧の中に銀の鎧、青い外套が僅かに混ざり込む。
「続けええええええええええええ!」
デリクは膨大な数の敵の中に斬り込んだ。
其処に青鈴兵が続く。
多勢に無勢。次々と青鈴兵が倒れていく。
だが。
「デリク様!今までお世話になりました!此処でお別れです!」
胸を貫かれた兵士が最後の力を振り絞り敵の最中に飛び込むと周囲を巻き込んで爆散した。
「…ミリー。……愛してる。さよなら…」
首筋を深く抉られた兵士が血の泡を噴きながら爆散しデリクの進路を開く。
「ああ、立派だ…お前らみたいな立派な部下と戦えた俺は果報者だ。待ってろよ!」
デリクは獰猛に犬歯を剥き出しにして笑いながら兵士を斬って進んでいく。
「ベレン!付いて来てるか!?」
「ええ!デリク様!とても楽しいです!最後までお供しますよ!」
デリクの目に、目を充血させながら顔中に返り血を浴びた乳母兄弟の顔が映る。
デリクは近くの雲梯に炎弾を打ち込んで炎上させ、最初の攻城塔に辿り着く。
「ケイン!此奴頼むぞ!」
声をかけた部下は左腕を失い右目に矢を生やしていた。
「……ええ、デリク様。最後までお付き合い出来なくてすみませんね」
ケインと呼ばれた兵士はゆっくりと動く攻城塔に寄り掛かった。
「……アリス……兄ちゃん、お前の…ぐっ」
攻城塔から出てきた兵士に胸を貫かれ呻き声を上げた後ケインは弾け飛んだ。
ケインの身体は残らない。爆風は攻城塔を傾がせ、飛び散った血肉は塔に付着し炎上させる。
詰めていた多くの兵士が炎に巻かれて絶叫を上げた。
「こいつら…死ぬのが怖くないのか!?」
「青鈴軍…聞きしに勝る野蛮さ!」
赤鋼兵はデリク達のあまりの捨身振りに慄き距離を取る。
その隙を逃す青鈴軍兵士では無い。次の攻城塔に向けて剣を振り足を動かした。
その間も彼等は1人1人と欠けていき、その機会があった者は火行法・槍鶏頭でその命を賭して敵を道連れにした。
2つ目の攻城塔に辿り着いた時、彼等の数は半数を切っていた。
「ベレン!もう指先の感覚がねぇよ!ははははっ!」
獰猛に笑うデリクは既に満身創痍であった。
鎧の隙間からは血が滴り、背中に3本矢が刺さっている。
「これは弱気な事を!未だ半分ですよ?」
返すベレンも酷い有様だった。
全身からの出血に加え脇腹から腸がはみ出している。
「さあ次だ!誰が行く?!」
「デリク様、俺が行きます!死んだ父に勇姿を語りたいので!」
「ふざけるな!俺とて母に土産話をこさえたいわ!」
「では2人で行きなさい。誰もが2度とグレンデーラに近寄りたくなくなる様な最後を頼みます!」
ベレンの言葉に足を引き摺りながら2人の若い兵士が塔へ向かっていく。
攻城塔を押す兵士達が2人に向かうが火達磨にされて転がる。
2人は対角線上に位置取る。
「グレンデルに!栄光あれ!」
「我が命の最後の輝き!篤と見よ!」
攻城塔が爆風に呑まれる。
両側からの凄まじい爆風に攻城塔は倒れるでもなくばらばらに粉砕された。
周囲の兵士を吹き飛ばす炎はまるで花が咲いたかのように広がった。
「おお!凄え!」
デリクは嬉しそうに笑うと最後の攻城塔を目指した。
クラウス・ウトガルザは焦っていた。
己の率いる攻城部隊を蹴散らしながら青鈴軍の特攻部隊が寄ってくるのだ。
雲梯は残り3車、衝車、轒轀車は合わせて3車、攻城塔は残り1機である。
彼等は己の身を犠牲にして道を切り開き赤鋼軍の只中を進んでいた。
夕闇に刹那に浮かび上がった稲妻の様であった。
「おのれ!おのれぇ!おのれおのれおのれえええええ!」
クラウスは此方へ駆け寄る敵将デリク・グレンに雷撃を放つ為、経を蓄え始めた。
デリク・グレンは一見粗暴な外見と言動を取る男だが勇猛であると共に堅実な指揮を取る男である。
そのデリクがこうした暴挙に出るという事は、それだけグレンデルが追い詰められているという事である。後一足の筈なのだ。
しかしクラウスは昨日から今日にかけて多くの攻城兵器を失っていた。
更なる栄誉を求めるクラウスとしては有ってはならない事態であった。
攻城部隊を指揮する自分の部隊が1番に防壁を越えるべきである。
しかしそれは叶わない可能性が高い。
赦されざる事であった。
「死ね!青山猿!」
両手を突き出したクラウスから白い稲妻が駆ける。
風行法・一角である。
一角は瞬時にデリクを目指したが青鈴兵が間に割って入り、絶命してその場に倒れる。
残り10人。彼等を撃退し攻城塔を守れば同時に守り穿つデリクの首級を上げることができる。
「囲め!そいつらを止めろ!仕留めろ!」
クラウス配下の兵士が敵に向けて駆けた。
だが1人の兵士が飛び出て刃が身体に食い込むのも厭わず突進し、血反吐を吐きながら爆散した。
抉れた大地を駆け抜けて敵は更に此方に迫る。
集う配下達がまたしても満身創痍の雑兵に吹き飛ばされた。
「遠巻きに射殺せ!」
命令と共に兵達が動く。
8人を遠巻きに射殺せんと弓を操る。
半数が身を挺してデリクを守り、4人が間近に迫った。
「許さんぞ、俺の兵器を!」
睨み付けたデリクも、その周囲の青鈴兵も倒れれば再び起き上がる事は出来ないだろう程傷に覆われていた。
「雷撃のクラウスか。俺の最期にはいい相手だ」
「……剣狂いのグレンデルめ。誠、狂っている」
クラウスは両手を突き出す。
一角が放たれ、飛び出した青鈴兵がデリクを庇って倒れた。
「炎弾!火綱渡り!」
デリクが腕を振った。
仕草と共に血が振り払われる。
クラウスは躱して駆ける。飛び出して来た1人を袈裟に斬り伏せ、残る2人を相手取る。
クラウスは斬りかかってくる男と正面から打ち合った。
二撃、三撃と打ち合うごとに敵の力が鈍る。
剣を握る力も限界に近いのだろう。
そして四撃めの打ち合いで敵の剣を弾き飛ばし首を撥ねんと横に薙ぐ。
男は腕を挟んで防ぐがその腕も斬り飛ばし、返す刃で深く胴を斬り裂いた。
「がっ!?………」
俯せに倒れ再び動く事はない。
「糞。口惜しい…。この傷じゃ俺は勝てんだろうが……。しかし勝負は勝負。悔いは残さん。千剣礼位、デリク・グレン!」
「王剣礼位、クラウス・ウトガルザ。…死に損ないめ。さっさと往ね」
そうして向き合った。
動いたのは矢張りデリク。
満身創痍とは思えぬ速さで駆けた。
クラウスは深く身体を沈ませる。
打つ手は一手。
正面からの斬撃を剣を上げて打ち払い、そのまま振るう。
頭部を狙った滝割りをデリクは首を傾げて躱した。
しかし肩口から刃は肺まで潜り込む。
クラウスは即座に剣を抜き、丹田を貫いた。
「……駄目か」
「自爆はさせん」
デリクは剣を地に刺し倒れなかった。
驚異的な精神力で立ち続けた。
「…………俺の……負け……だ。…死ぬ時は、立ち往生と、決めてんだ……。だがな、俺達の、勝ちだ……」
最期にデリクは喘ぐ様に言葉にして倒れ伏した。
息はしていなかった。
言葉通りの立ち往生であった。
そして彼が倒れる事によりその背後が見えた。
急速に経の高まりを感じる。
「拙い!?」
倒れ伏した先に斬り伏せた男が嗤っていた。
「……デリク様……我が乳母兄上……お供します……」
クラウスは即座に首を撥ねた。
だが手遅れだった。
首を失った死体が急速に経を発する。
「……此処で終わりか……無念」
クラウスは光に飲み込まれた。
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