黄昏に叫ぶ
昨日も投稿しておりますので御注意頂ければと存じます。
リンレイ家を出ると、カヤテが大きく息を吐き胸を撫で下ろした。
「いや、緊張したぞ。戦の前と変わらぬ緊張であった」
「言い過ぎじゃないのか?母達が認めようと認めまいと、俺達は支え合ってこれからを生きる」
「それはそうかもしれんが、出来れば其方の母君には認めて貰いたいでは無いか。姑にいびられて心を壊す嫁の話は度々聞くからな。しかしヴィーはどこに行っても評価が悪いな」
「諦めるべきだろうな」
当のヴィダードは何も気にしていないのかシンカと手を繋ぎ西の空を見上げている。
「それよりシンカ。貴方の従罔にはまだ会えないのですか?結局教えては頂けていないので私も諦めてここに来るまで敢えて尋ねることを止めたのですが」
ナウラが激しくシンカの裾を引く。
ナウラの足元でバラカが飛び跳ねて自分の存在を主張した。
「ああ。そう言えばそうだったな。ウルク山遺跡での話だったか?興奮して忘れていた」
「私もそうでした。その後も伺う時期を逸しておりました」
「……え………2人とも興奮してたの?……何時もと全然変わらなかったけど……」
「そういえばユタ。お前、きちんと家事はできるのか?」
「どうして?僕だって鈴紀社にいた時は一人暮らししてたよ?」
ユタは不思議そうな顔で尋ねた。
「よくそんな不思議な顔が出来るな。夜凪亭での自堕落な己の生活を忘れたのか?」
夜凪亭でユタは最もだらし無い生活態度であった。
料理を作れないカヤテを凌ぐだらしなさであった。
「……でも僕よりも出来る人がいるし……」
「お前が料理を出来る事は認める。だが、本当に家事をしていたのか?」
「………えっと、そういえば良くナスが家に来てくれてたかも」
「………」
どうやら妹弟子か何かがユタの家事をしに頻繁に訪れていた事をシンカは察した。
「分かったよ………僕、シンカのお嫁さんとして頑張るよ?」
何故疑問形なのかは分からないが漸く努力をする気になった様だ。
「……お前は人目を気にしなさすぎる。コブシなら俺たちしか居なかったが此処は周りの目がある。妻の1人が家事を疎かにしているなどと他人から聞きたくはないからな。頼むぞ」
「うーん、僕、なんかちょっと屑っぽいね」
「何故頬を染めた」
ユタと問答をしているとナウラが苛ついた様子を無表情の下に浮かべて割り込む。
「ユタ。私は従罔に会いにこの里まで来たのです。邪魔をしないで下さい」
従罔の存在が無ければ里には来なかったのか?という疑問は覚えたがシンカは賢いので口には出さない。
ナウラに余計な事を言っても面倒な返し方をされるだけだ。
「わ、分かったよ……怒んないでよ……」
ナウラの剣幕に押されてユタは大人しくなった。
「分かればいいです。それで?」
梟の様にぐるりととシンカに顔を向けてナウラは問う。
恐らく興奮しているのだろう。
勢いに内心怖気付きながらも口を開く。
「うん。蟲の……」
「蟲っ!?私は蟲は苦手だぞ!ぎちぎちぬめぬめした魍魎を従えているのか!?」
カヤテが即座に反応した。
「………」
ナウラの眦がやや下がり、なんとなくな悲しみの表情を見せた。
カヤテは恐らく出会って間もない頃に見た茶鯨天牛が心に傷を残しているのかも知れない。
「あそこだ」
丁度、シンカの生家が視界に映る。
他の家屋と同様山の際、剥き出しの岩壁にそれはある。崖を切り出して造った階段をうねうねと登っていく。
無数の穴が開く森渡り達の棲む余りにも巨大な崖は千穴壁と呼ばれている。
穴の数は数百に及び、其処には都合千人以上が暮らしていた。
「美しい里だな……」
カヤテが呟いた。
ヴィダードも他の街にいる時よりも安らいでいる様に見受けられる。
竹林に囲まれた森渡りの里。
竹林との境目には魍魎除けの砦柵がぐるりと、半円に張り巡らされ、直ぐ内側は鍛錬場となっている。型を練習する子供達や盛土に向けて行法を放つ青年達が豆粒大ではあるが、ここからでも見渡せる。
その内側は段々畑が広がり、多様な作物や薬草が育てられている。
畑地ではあるが、樹々は多く生え残っており、所々広葉樹の林を形成しており紅葉で彩られている。背後の山から流れ出る小川は川幅10尺程度で、里の中をうねりながら走っている。
所々用水路が引かれ、段々畑周りに引き込まれていた。
また遊水池、溜池が造られており、時折穏やかな類いの魚が水面に背中を見せている。
あちこちに粉挽き小屋や炭焼き小屋などの小屋も見られる。
特に存在感があるのが山の近くに立つ大きな施設で、鍛冶場と魍魎の解体小屋、薬廬が隣接して、半ば地中に埋まる様にして立っている。
煙や臭いが周囲に漏れない様に工夫が凝らされているのだ。
切り立った崖にいくつも穿たれた穴には戸や窓が嵌められ、斜面を彩っている。
台地と家々を繋ぐ階段がそこら中に走っている。
リンレイ一家の家は向かって左側の中段。
シンカの生家は中央の上段に位置する。
最も高い位置に長老が集う横穴があり、その上部に生える巨大な樹々にイーヴァルン様式の見張り小屋が築かれている。
崖上には緩やかな山の斜面が続き、銀杏の黄や紅葉の赤をはじめとした紅葉真っ盛りの森の木々が見て取れた。
山の魍魎は強力な個体は軒並み森渡り達に狩られ、穏やかな生態系が築かれている。
強力な個体は高台から降りた先で狩る必要がある。
「シンカ。其方の家は随分と高い所にあるが、もしや里の中で高い身分にあるのか?」
カヤテが怪訝な表情でシンカを見上げた。
「そんな事はない。古ヴァルド王族の末裔ではあるが、血筋の話で形骸化したものだ」
「其方、王族なのか!?」
体を前のめりにさせる。
細い階段で非常に危ない。
「おや。これでは本当にカヤの王子さ」
「やめろおおおおおおおっ!んあああああああああああああっ!?」
意地悪をするナウラにカヤテが叫んだ。
とてもやめて欲しいとシンカは思った。
「いや。何千年も里に王政は存在していない」
騒ぎを無視してシンカは答える。
「族長の様なものですか?」
ナウラはきょろきょろと周囲を見回し心ここに在らずと言った様子だったが儀礼的に疑問を口にした。
「族長というものは無い。里は経験や知識に秀で、里の民が選んだ5人の指導者により方向性が定められる。強権というものは存在しない。血を残しておけば特に役割も無い」
直系にのみ残す知識や技があるにはあるが、大したものでも無い。
階段を登り切り、灰色の斜面から空へと向かって生える楓の幹に手を触れた。
鮮やかな赤い、幼子の手のひらの様な葉が風にそよいでいる。
「家の扉の前に立つ木組みは何でしょうか?」
「知らないのぉ?藤棚よぉ。素敵ねぇ」
珍しくヴィダードが口を開いた。
ヴィダードは藤の花が好きな様で、細い幹を柔らかく指でなぞる。
他にも今は葉しか付けていないが、桜の木と木瓜が岩盤の隙間に根を張って伸びていた。
「ヴィーはコブシではなくても、此処でもいいです!」
傾いた西日を眺めながらヴィダードは燥ぐ。
「それは追々考えればいい。取り敢えず荷を解くぞ」
シンカは藤棚の下を通り11年ぶりの生家の扉を開いた。
扉は軋んだが、力を入れずとも開いた。油は差さなくとも良さそうだ。
家の中は少し埃が溜まっていたが、思ったよりも綺麗だった。
岩を行法で加工した床と壁で、質素な家だ。
リンレイ一家は物が多く雑多な印象があるが、元々暮らしていなかったシンカの生家は殆ど物がない。
部屋は窓がある部屋が4部屋、窓の無い部屋が7部屋。どの部屋も木製の寝台は置いてあるが寝具は埃だらけで直ぐには使えそうに無い。
元々シンカが物置にしていた部屋にのみ物があったが、そもそもこの家で生活などしていなかったので全体的に殆ど何も無い有様だった。
各自に部屋を割り当て、シンカの部屋に居座ろうとするヴィダードを追いやると漸く荷を解いた。
荷を床に置くと埃が舞った。
寝具を干して埃を叩く役割をナウラとカヤテに与える。家屋の埃を清める役割はヴィダードだ。
ユタとシンカは家にある物品の確認を始めた。
父と母が死に、リンレイ一家と暮らし始めてからこの家の物は徐々に捨てていった。
此処には自分の家族も居場所も無かった。
その為に不要な物品は捨て去っていた。
備蓄庫に幾らかの酒が残っているのと、調理器具、森渡りの道具、武器が倉庫から見つかった。これらはまだ使えるだろう。
父と母を亡くし、シンラ家を出たシンカが自分の伴侶を連れて此処に戻ってきた。
その事実はシンカを不思議な気分にさせた。
家の奥には浴室がある。水は伏流水が引き込まれており、仕掛けを操作すれば浴槽に流し込む事が出来るが火行法で温める必要はある。
排泄も便器があり、常時水が流れている為に汲み出す必要が無い。
山中を管路が走っており、排水は里のある高台から西の沼に流れ込んでいる。
この沼に森渡りは汚物を好む魚や蟲を住まわせて浄化させていた。
「カヤテっ!ちょっと来て!」
ユタが叫んでかけ出て行った。
溜まった埃を洗い流して水を張っていると、ぞろぞろと女達が浴室にやって来た。
「何だこれは!?水浴びができるのかっ!?」
「500年程前にリク家のある一家が子供の誕生を機に家を増床した際に水脈に当たった。先祖達は総出で全ての家屋に水脈を引き込み、上下水道を整えた。全ての工事を一月で終えたそうだ」
「全ての家屋に!?そこらの貴族よりも優れた設備ではないか!」
「湯槽というものに入れるということでしょうか?」
「カヤテかナウラが温めさえすればな」
「待て。上水道といったか?」
「うん。山の土砂で濾過された上質な水だな。水も柔らかい」
流れている水を無言で掬い指先から滴る水滴をナウラがヴィダードに飛ばし、ヴィダードが仕返しに弱い風咳でナウラとユタを水浸しにした。
さらにその仕返しでユタが水噴で2人を吹き飛ばす。
「シンカよ。其方、何故コブシに拘ったのだ?これ程良い里を何故出た?」
「俺はお前と違って矮小だ。器が小さいのだ。側から見ればさも下らない出来事で、里に戻りたくないと考えたのだ。だがお前達と出会って、自分が人に恥じる事はないと教えられた。それに俺が見つけた伴侶は人に誇れる程良い女であるとも思った。里に帰っても良いと考えられた」
「僕分かっちゃった。女絡みでしょ」
「鋭いな」
「……あっ!僕分かっちゃった!」
「何だ?」
「シンカ、昔リンファと何かあったんでしょ。……うーん、そうなるとシンカが振られちゃったんだね?」
「………鋭いな」
シンカは恥ずかしい気持ちとなり頸を掻いた。
きっと彼女達は異性に振られた事など無いだろう。
シンカは恥じた。
己の矮小さを恥じたのだ。
女に振られた情け無い男の姿を見せたく無かった。
だがそんな些細な過去など彼女らには関係が無いのだ。
他の雑多な要素など端から眼中に無くシンカを慕ってくれる。
「何となくね。だって少し見てれば分かるよ。リンファとシンカは弟姉だって言うけど、なんだかもにょもにょするもん」
もにょもにょというユタの独自の表現が一体どの様なものなのかは分からないが感性の鋭いユタらしい。
「貴方様を手放すなんて、ヴィーには理解できません。でもそのお陰で出会えたと言うのなら、あの蚰蜒眉女に感謝しないとねぇ」
ヴィダードは結局リンファを蚰蜒眉女と呼ぶことにした様だ。
確かにリンファの眉は濃いしやや太いがシンカは魅力的だと思っていた。
「ヴィダードの言いはただの悪口ですが、確かに私もそのような過去が無ければ狩幡の磯で息絶えていたでしょう」
「私もだぞっ!」
「僕……僕は?」
ヴィダードの鼻をつまんでいると玄関の扉が大きな音を立てた。
「何だ!」
剣にカヤテが手をかける。
それを手で制すると扉へ向かった。
立て続けに衝撃が与えられる扉へ向かい取っ手を握る。
「従罔だ。声を聞き分けたのだろう。お前達の嫌う虫だ」
戸を開けると白い塊が突撃して来た。
シンカは為す術もなく塊に吹き飛ばされた。
翅や腹を小刻みに震わせながら倒れたシンカに巨体でのし掛かる。
「ぐおおぉ!」
大きな腹、3対の脚、分厚い翅、全身を覆う白い体毛。
櫛の様な触覚に黒々とした複眼。
「な、何これっ!可愛い!僕、抱き着きたい!」
シンカに太い脚でしがみつく蟲を見てユタが声をあげた。ナウラも目が輝いている。
「八咫山蚕。名前はハナ」
押し潰されながら紹介した。
「蚕!蟲には見えないが」
ヴィダードがハナをシンカから引き剥がそうと小刻みに羽搏く翅を掴んで引っ張る。
「や、止めろ!前にもげた事がある!」
ユタ、カヤテ、ナウラの3人が巨大な蚕蛾にしがみ付き戯れ始めた。
「シンカ。この蟲、ハナは何が出来る魍魎なのですか?」
柔らかい白い毛に埋もれながら怜悧な眼差しでナウラが問うた。
「何も」
ハナの巨大な腹部に圧迫され呻きながらシンカは端的に答えた。
「何も?よく分かりませんがそんな事があるものなのですか?信じ難いですね」
微動する翅に頬を打たれながらもナウラは抱き着くのを止めない。
ユタとカヤテも巨大な串の様な触覚を其々掴んでいる。
「何も出来ない。飛べないし走る事も出来ない。繁殖も出来ない。身体も柔らかいしな」
貶されているのを理解したのか、太い前脚でシンカを叩く。
洒落にならない衝撃が何度も与えられた。
「絹を生成出来るのでは?」
「絹は蚕が蛾になる時、繭を作る。その繭を解すと絹糸になる。此奴は成虫だから繭は作れない」
「………」
考えるのを止めたナウラはふかふかの白い体毛に顔を埋めた。
従罔と関わる機会の少ないユタとカヤテは興奮してハナの至る所に触れていた。
「お前、また太ったな?」
ハナの下から這い出て弾力のある腹を叩く。
「シンカ。この子は戦えないのか?今度の旅には連れていけないのか?」
円らな黒い複眼を覗き込みながらカヤテが尋ねる。
「自衛の手段はあるが、この重たい身体だぞ。腹も引きずっているからな」
「この子に包まれて寝たら熟睡できそうだ」
幼児の縫いぐるみ扱いをされるハナであった。
「そんな事より湯を沸かしてくれカヤテ。宴に間に合わんとぶち切れられる」
「分かった」
シンカはハナを引っ張り一度玄関から出ると隣の扉から中に入る。従罔用の納屋だ。
「シンカ。シンカは何体の従罔と縁を結んだのですか」
「4体だな」
ナウラが抜けたハナの体毛を摘みながら尋ね、それに答える。
「4体?!後の3体には会えないのですか!」
「何を言っている。後一体だろう?」
シンカは眉を顰めた。
「ハナ以外に知りませんが」
「そこに貼り付いているだろうが」
家の外に出て指を指す。藤棚の上の岩肌だ。
「何もいませんが。どう言う事ですか?」
「精進が必要だな。そこに爬がいる」
「………あっ!」
ナウラが声を上げると岩肌に異変が起こる。
盛り上がっていた岩肌の一部が薄く2つに割れて金色の眼と縦長の瞳孔が現れる。
「大角家守。名前はミネ」
「素晴らしいです。周囲の景色と同化できるのですか。ヴィーの様にいつのまにか背後に潜んでいるのですね」
さらりと意地の悪い事を言う。
ミネはハナよりも更に大きい。
ハナの全長は15尺、体高は5尺。羽を広げると幅は12尺、高さも12尺となる。
ミネは屈んだシンカを丸呑みに出来るほどの頭を持つ。体長は尾の先まで含めると40尺にも及ぶ。
その巨体がずるりと動き、分厚い舌でシンカを舐めた。
「大角家守は爬の蜥蜴に類する。素早く動体視力に優れる。しかし特筆すべきは変色だ。今は岩肌だが、落ち葉、苔、砂地と体色をその場に合わせて変える事ができ、擬態する」
「まるで気付きませんでした。ヴィ、あっ!?」
更に意地悪を続けようとするナウラの背中に氷を沢山作って入れた。
じたばたと暴れ始めるナウラにシンカは懇々と説教を垂れた。虐めは格好悪いのだ。
暫くして全ての氷を排出したナウラはなんの躊躇いもなくミネの肌に触れ、西陽に照らされ温まった滑らかな鱗を撫でた。
「擬態能力のある魍魎はその能力を最大限に活用する為、動きも止める。ぴくりとも動かない。だが、強くは無いが独特な体臭を持つ。それをかぎとる事だ」
「確かに干し草の様な匂いがします。ですが、なかなか気づけるとは……」
「確かにな。だが分かりやすい手立てがある。爬は肉食だ。従い糞が臭い。糞で見極めが付く」
シンカもミネの耳穴周辺を強く撫でると心地よいのか口を半開きにさせた。
「成る程。ミネは何を食べるのですか?」
「中型の鬼程度まで何でも」
「ハナは何を食べるのでしょうか?」
「広葉樹の葉なら何でも食す。だが本来蚕は幼虫が桑を食すが、成虫は摂食能力が無い」
「何も食べないのですか?」
「うん」
「ではどうやって生きていくのですか?」
「生きない。幼虫の頃に蓄えた養分で過ごし、卵を産み死ぬ。良い絹を取るために人間は蚕を交配し改良し過ぎた。彼等は人の手なしでは生きていくことすらできない。共依存といったところか」
「………」
「一方で人間が手をつけていないのが山蚕だ。見た目は普通の蛾だ。八咫山蚕は人の頭程の成虫になるが、彼奴は食い過ぎて巨大化してしまった。幼虫まではぶりぶりした気色の悪い姿だったが繭から出ると何故か家蚕の様な見た目になっていた」
ハナは山蚕から繭を作る研究をしていたジュロウからシンカが引き取った。
本来蚕蛾は餌を食べる事はないが、ハナは何故か摂取した。或いは新種なのかもしれない。
「成る程。シンカ。残りの従罔は」
「キッキッキッ」
鳥の声音を真似ると1羽の鳥が舞い降りてシンカの肩に止まった。
「森鶫ですか?」
「うん。ヤカという。ずっと一緒に旅してきたが」
「確かに森鶫はよく見かけましたが。え?」
肩に止まったヤカの頬をかいてやる。鳥はここをかかれるのが好きだ。
「危うい時に知らせてくれる俺の大切な友人だ」
ヤカはまるで言葉を理解しているかの様にキイキイと高い声で鳴いた。
「もしや、私が旅先で見てきた森鶫は皆ヤカだったのですか?」
「本来、鶫は渡り鳥だ。越冬の為に冬に南下する。名の由来はある季節になると鶫の鳴き声がしなくなる事から、口を噤む。から来ている様だ」
「成る程。あの、私の肩にも止まってくれますか?」
シンカは肩に手を差し出すとヤカが手に移る。それを今度はナウラの肩に差し出した。
「ナウラです。今まで私達を守ってくれていたのですね」
ナウラの口角がやや上がっていた。
相当楽しんでいる様だったが側から見ると鳥の食べ方を思案しているかの如く無表情だ。
「イラでもスライでもヤカが危機を教えてくれた」
「……通りで。イラでのシンカの察知はどう考えても人間業ではありませんでした」
「怪しいとヤカが鳴いてそれを俺が調べる」
ナウラはふんふんと頷く。
笠山では目の前で呼び出し、足に文を括り付けたのに気付いていなかったらしい。
「ハナとミネとヤカ。後一体は?」
シンカの一風変わった従罔を目の当たりにして興奮が続いているのか普段より砂一粒分大きく目を開き期待を膨らませてシンカに尋ねる。
「彼奴は気位が高いから俺が迎えに行かなければ駄目だろうな」
「そうですか。では迎えにいって来て下さい。待っているのでしょう?」
「うん」
歩き始めるとヴィダードが付いて来ようとしたがユタが捕まえて引きずって家に引き込んだ。
シンカは階段を降りて合同罔舎に向かう。
歩いて行くと石組みの大きな舎が見えてくる。
その入り口に黒い獣が一体座っていた。
黒い美しい毛並みの狐だ。
大きさは人の膝程度の体高にその倍の体長。
細められた吊り目がシンカを見る事はない。
顔をつんと背けている。
不貞腐れている様だが三角の大きな耳はしっかりとシンカを向いている。
ふさふさの太すぎる2本の尾が緩く揺れ地を打っていた。
「アギ。帰って来たぞ」
近寄ろうとすると口を大きく開けて牙を剥き威嚇の声を上げた。
「態々待っていてくれたのだろう?4年半ぶりか」
家に戻る道を歩み始めると静々と後ろを付いてくる。
立ち止まり振り返るとそっぽを向く。
恐らく長らく帰ってこなかった事と、帰って直ぐに自分に会いに来なかった事を怒っているのだろう。
「アギ。俺もとうとう所帯を持つ事になった。俺の家族と仲良くしてくれ」
斜面の階段を登り家に戻る。
戻ると少し目を離しただけで口論が勃発していた。
「偉そうにしないでくれるかしらぁ?私はここで寝るの。そう決めたのよぉ」
「貴女の魂胆は分かっています。私がそれを許すと思ったのですか。頭が悪いのですか?おや。脳が萎縮してしまった様ですね」
「言うじゃないのぉ?でもそれを決めるのは貴女じゃないでしょぉ?」
「2人とも言い争いはよせ。シンカの部屋には私が寝る」
「カヤテ。巫山戯て火に油を注がないでよ……。君まで2人の喧嘩に割り込んだら収拾がつかなくなるでしょ……」
「私だって冗談くらい言いたい」
喧しいとは正にこの事。
森でも宿でも無い環境に安心したのか4人が好き放題に騒ぎ立てている。女が3人揃えば何とやら。
「あ、シンカ。わ、綺麗な狐だね。なんて名前なの?」
シンカとその足元でそっぽを向く黒狐を見とめてユタが顔を輝かせた。
「なんだこの尻尾は!?凄く柔らかそうだぞ!」
「尾裂黒狐のアギ。人の言葉を解する。気位も高い。挨拶をしてやってくれ」
明後日の方向を向いたまま身動ぎしないアギに4人が名を告げた。
居丈高な狐である。
「尾裂黒狐は大陸東側の北方に生息する獣だ。耳が大きく聴力に優れる。また夜目が利くため優秀な狩の腕を持つ。夜闇の中では森渡りでも戦闘を避ける。怒らせるなよ?」
因みにナウラとカヤテは自慢げに従罔を紹介するシンカの笑顔を見て可愛いと思っていた。
1人ずつ湯浴みを済ませて旅の垢を落とす頃には日も傾き始めていた。
5人は夕飯の為リンレイ家へ赴くと、そこでは大層豪勢な宴会の準備が為されていた。
その脇にはちゃっかりアギと子狼バラカが連れ立っている。
バラカはアギとあまり大きさは変わらなかったが怯えてナウラの足に擦り寄っていた。
リンレイ家では宴の支度中にも関わらず既に3人の男が席についていた。
クウロウ、センテツ、サンカイ。
皆シンカの同年代である。
「三馬鹿!あんた達人の家に勝手に上り込むとはどういう了見よ!?」
3人の男に気付いたクウルが切れ散らかす。
「久々に親戚が帰って来たって聞いたから来たよ。叔母さんご飯まだ?」
垂れ目のぽんやりした男クウロウが卓を両手で叩きながら口火を切った。
「けちだなおばさん。祝いの日じゃないか」
にやついた表情の男センテツが茶化す。
「センテツ。あんたにおばさんとは言われたく無いのよ!」
腰の入った拳が唸りを上げた。
「痛え!何すんだ糞婆!」
痛え、で済む威力とは考え難い空気の唸りが聞こえていたがセンテツは殴られた頭を数度撫でて終わった。
「死ね!クウロウ。あんたただじゃおかないよ。第一あんた達が座ったら席が足りなくなるでしょ!」
「えー。いっぱい空いてるじゃないか」
「あんたの脳髄には本当にふやけた麺でも詰まってるんじゃない?それかツルツルの鞠かどっちかだね。一度割って確めて見る?今は皆んな働いてるの。席はギリギリ。あんたらの座る席はないよ」
「じゃあおばさん、椅子を持って来ればいいのか?」
短髪ののほほんとした男サンカイが尋ねる。
「サンカイ。馬鹿言ってないで出て行きなさい。一体何をどう間違えば家族の祝いに参加できると思い込んだのやら。あんたら馬鹿の相手をしてる余裕は無いの」
「えー。そんなー。あ、シンカだ。ねーシンカ。叔母さんが意地悪して僕たち仲間外れにするんだ」
「仲間ではねーだろ。クウロウは馬鹿だな」
「お前が言うなセンテツ」
3人で勝手に口論が始まった。
「いや、俺はあわよくばと思ってさ。お前こそ人の事言えねーぜサンカイ」
「俺は食い物よりシンカの女を見に来た。飯はついでだ。シンカの伴侶が10歳位の幼女だった場合、俺はシンカを殺す」
サンカイは8から12歳までの女が自身の伴侶として相応しいと考える屑だ。
里の親達はサンカイが通れば武器を抜いて娘を護るべく構える。
「煩い馬鹿ども!シンカ。此奴ら追い払っておきなさい」
クウルはシンカに丸投げすると厨房に向かっていった。
リンレイ家の居間は広い。
40人は収まるであろう大きな部屋だ。
そこに丸い木製の卓が並べられ、忙しなく皆が支度をしている。
「お前!やると思ったぜ。後ろの4人が嫁か?」
「お前の趣味は分からん。皆年増ではないどぅわっ?!」
ヴィダードがサンカイ目掛けて月鎚を放った。
躱したサンカイではあるが余波で吹き飛び壁にぶつかった。
「糞馬鹿!何やってんのよ!?刺し殺すわよ!」
顔だけ覗かせたクウルが倒れたサンカイに調理刀を投げつけた。
真っ直ぐ切っ尖を向けて飛ぶそれをサンカイは指で白羽取る。
「ふーん。シンカって若い女が好きなんだね。女は乳が垂れて萎んでからが食べどきだよ。干し柿みたいにさ」
最後に会った時、クウロウが懸想していたのは長老の妻であった。
クウロウが好む女は50を超えている事が最低条件だ。
「お前の好みは熟し過ぎてほぼ腐ってるんだよ!随分な別嬪を見つけて来たじゃねーか。俺もそろそろ嫁を探さねーとな」
シンカはクウロウとサンカイの襟を掴んで家から引きずり出すと崖から放り投げた。
「悪いなセンテツ。これ以上は刃傷沙汰になる」
「いや、もうなってるだろ。まあいいさ。またな。ヨウキもそろそろ里に帰ってくるはずだぜ」
「うん」
小さな樽に詰められている果実の中から林檎を1つ取り上げて齧りながらリンレイ家を出て行った。
「シンカの里は皆賑やかで心が落ち着きます」
「ああ。富んでいる証だな。グレンデーラにも劣らぬ」
「カヤテ。負け惜しみは良くない。世の中にこんなに豊かな村や町は無いよ」
「喧しい!放っておいてくれ!」
何をもって豊かと判断したかは甚だ疑問が残った。
幼女や超熟女を伴侶に求む男がいる事が豊かさに繋がるのだろうか?
隅の円卓に5人で腰掛け里のあれこれを説明していると徐々に弟、妹達が集まり出す。
所帯を持った者はその伴侶、子がいれば子を連れて続々と集まり出す。
皆一様に11年姿を見せなかったシンカを見つけては喧々と文句を告げ、連れた女を見ては驚いた。
カヤテとナウラは律儀に全員と挨拶を交わし、ヴィダードは川の中州の様にじっと動かず喧騒や他所に壁に飾られたいくつかの弓を見つめていた。
元々口数の少ないユタは途中で脱落して隅に縮こまった。
相変わらず賑やかで騒々しい、暖かい家族だ。
だがやはりと言うべきか、逃げ続けたシンカはその皺寄せを被る定めにあった。
口を噤み、見たくない物から目を逸らして放浪し続けていたのだ。
「帰ってきたのか。話したいことがある」
「シンカ兄さん。私達に付いて来てくれる?」
シンカの前に2人の男女が立った。
「リンブとリンスイか。大きくなったな。子供もいるのか」
少し離れて立つ男女は2人の伴侶か。女はリンブによく似た鼻と口元の幼子の手を引いている。
男の方はリンスイと同じ髪色の赤子を抱いていた。
リンブとリンスイから立ち上るのは険悪な空気だ。
リンブは養父リンレイの長男。シンカの四つ下だ。
リンスイはセンコウの長女。家では次女に当たる。彼女は5つ下だ。
「構わない。人気の無いところに行こうか。母達の苦労に水を差したくは無い」
「………」
リンブがじろりとシンカを睨みつけ身を翻した。
2人の後を追って家を出る。岩壁に刻み込まれた階段を上ると水場に出る。
日は殆ど落ち長炎石に灯されて朧げに影が浮き出している。
「よくも抜け抜けと顔を見せられたな!」
リンブが唸る様に、絞り出す様に声を出すとシンカの襟元を掴み締め上げた。
「姉さんを捨てて、新しい女を連れて帰ってきて。姉さんがどんな気持ちで兄さんを待っていたか……それなのに!」
事情を知らなければシンカがリンファを捨てて別の女を連れ帰った様に見えるだろう。
シンカは誰にも告げずに里を出た。リンファがセキムと添い遂げず1人でいたというのなら、さぞや今のシンカが悪人に見えていることだろう。
「何故姉さんを捨てた!?あれ程あんたを好いていた!今も好いている姉さんを!」
リンブとリンスイは姉の事を思い自分の結婚を手放しには喜べなかったのだろう。
それは申し訳ない事をしたと感じた。
だがシンカには何も答えられなかった。
シンカとリンファはもう終わったのだ。今更敢えて事実を伝える必要は無い。
「どうして答えないの?!兄さん!なんとか言ってよ!」
5歳の時から可愛がっていた兄弟に悪感情を向けられるのはとても辛かった。
「俺とリンファは、俺が旅立つ前夜に終わっていた」
答えたシンカに苛ついてリンブがさらに襟を締め上げた。
「あんたがそんな屑だとは思わなかったぞ!一方的に別れを告げただけだろう!それを……それをそんな言い方!もういい。あんたはもう……」
「その辺りにしておきなさい」
リンブが決定的な一言を口に出す間際、低く穏やかな声が黄昏のなかに滑り込んだ。
彼が近付いていることは分かっていたが、見られたくは無い一幕だった。
「父さん!なんで止めるんだ!こいつは姉さんを!」
「リンブ。兄に向かってこいつとはなんだ。シンカはお前を育てた1人だよ。お前のおしめも変えているし、夜泣きすれば背負ってあやした。リンブは子供が出来たけどその辛さも分からないのかい?」
養父リンレイが穏やかな口調でリンブを諭した。
リンブは悔しげに歯噛みする。
リンレイは今年48になるがまだ若々しい優男だ。
痩身に見えるが充分に鍛えられている。
「シンカ。久しぶりだね。立派になった」
切れ長の目が細まり笑みを形作った。
「久しぶりだ。父さん。変わりはないか?」
「うん。怪我も病も無いよ。僕はもうシンカとは逢えないと思ってたんだけどね。身を固める報告をしに態々帰ってきてくれたんだね」
「……父さん。どうして……?姉さんは……」
「リンブ。リンスイ。僕達はどうしてシンカが1人で里を出たか知っているんだ。シンカは何も悪くない。この子がそんな男じゃないことは君達だってよく分かってるだろう?」
「兄さんが、悪く………え、でも」
「少し成り行きを見守っていたけど、シンカは事情を話す気は無いみたいだね。シンカが話さないのなら聞く相手は1人しかいない」
「知っていたんだな」
シンカは小さく呟く。荒い弟の鼻息に訳もなく意識を集中させた。
「姉さんが、悪い……?」
「リンスイ。男女の縺れに良い悪いをすぐ判断するのはやめなさい。何も聞かずにシンカを責め立てたから悪くないシンカを責めることになった。反省しなさい」
「………」
リンレイは騒がしい母達とは対照的に物静かで穏やかだがその意思は非常に強い。
息子と娘の目を見据える瞳の光は力強い。
シンカの襟を掴んだままのリンブの手がゆっくりと解けていく。
「リンブ、リンスイ。君達の兄にしっかり謝罪をしなさい。理由も知らずに責め立てて、手を挙げる。僕は君達をそんな大人に育てたつもりはない。況してやあれ程世話になった家族を君達は……どうしようとしたのかな?」
「………」
「兄さん、ごめんなさい。私……」
「構わない」
元より弟達に責められることを悲しみはしたが怒りなど抱いてはいない。
「父さん。俺は、自分が悪かったと思っている。俺が足りていなかった。リンファに愛想を尽かされたのは彼女のせいではない。俺のせいだ」
「……そうか。シンカはそう思ってるんだね。うん。そうだった」
「まさか……」
リンブが呟く。
驚き見開いた目でシンカを凝視した。
「……すっ、すまない兄さん!俺は!勘違いを!」
「構わん。お前の姉を思う気持ちを無下にできるものか。が、お前の考えるそれが事実であるかは定かでない。俺からは話さんが」
「今度こそ間違わない。帰ってきた姉さんに怒りは無かった。そんなっ、姉さんはどうして……」
「それは里を出てからずっと考えていたが、俺にも分からなかった。リンファが悪いと考えるのはよせ。お前達の姉はいつだってお前達を愛してきた。何も知らずに姉を悪く言うな」
「………」
リンブとリンスイは2人で一度視線を合わせると押し黙った。
リンブは鼻を一度擦り、リンスイは自身の鎖骨を指で撫でた。
2人が落ち込んでいる時の仕草だった。大人になり所帯を持ち、子を作っても所作は変わらないらしい。それを愛らしく思った。
徐々に暗くなる中、リンレイが石段に腰掛けて口を開く。
「シンカ。君はリンファの事は嫌いかい?」
「そんな訳はない。リンファは家族だ。落ち込む事はあったが人の心の移り変わりは常だ。たったそれだけで家族との絆は失われない」
「異性としてはどうかな?」
シンカにはリンレイの意図が分からなかった。
「里を出る前は愛していた。深く。里から出ても忘れる事は出来なかった。旅をして周り、何人かの女と深い仲になって忘れようとした。難しかったが。当時の女達には悪い事をした。思えば俺の気持ちが彼女達に無いことを気付かれていたのかもしれない。だから付いて来てくれなかったのだろうな」
「兄さん。今は?」
リンスイが尋ねる。
「……無いな。俺ももう伴侶を持つ。昔の事は引きずっていてはならない」
胸の痛みを無視して無理矢理言葉を紡いだ。
「………」
「シンカ。例えばずっとリンファが君を異性として愛し続けていたとしたら。君はどうする?もう一度あの子と共に歩めるかい?」
先程からどうにも疑問が尽きなかった。
話がうまく噛み合っていないのだ。
「父さん。待ってくれ。よく分からないな。リンファは俺に異性としての興味は無いはずだ。リンブもリンスイも。あいつが俺を異性として好意を抱いている筈が無い」
「そんな事ないっ!姉さんは!」
リンスイが叫んだ。
「10年も、来る日も来る日も村の入り口に佇んでた!兄さんがいなくなってから毎日だぞ!10年、里に帰らなかったのは兄さんだけだ!」
「分からないな。お前達が嘘を吐いていない事は分かる。だが、いや………分からんな。そうなら、何故あいつはあんな事を俺に?」
「シンカ。それはリンファに聞きなさい」
「………聞く事はない。俺とあいつはもう終わった!俺は終わらせたくなどなかった!どれ程苦しんだか!皆訳のわからない事を言う!折角乗り越えて心許せる伴侶を得たと言うのに、俺にどうしろと言うんだ!?」
誰も口を開かなかった。
シンカの叫びは村を渡り森に吸い込まれていった。
黄昏て紫がかった空が哀愁の念を強く持たせた。
子供達が遠くで騒ぐ喧騒にそれはすぐかき消されてしまう。
「シンカ。済まない。僕の言い方が悪かった。僕も人の親だ。君の幸せと同時に娘の、行き遅れたリンファの幸せも望んでいるんだ。それだけなんだよ。口を挟むつもりは無い。ただ、一度だけリンファの話を聞いて欲しい。怒ってもいい。嫌ってもいい。最後まで聞いて、理解だけしてやって欲しい」
「……父さん。俺は長く悩んだ。自分の何が悪かったのか何年も考え続けた。どれだけ惨めだったか。夜陰に紛れて1人里を去る俺の心情は、父さんにはきっと分からない」
「シンカ。すまない。落ち着いてくれ」
「………。もうあの時の事を思い出したくない。自分が男として劣っているとまざまざと見せつけられたのだ。そっとしておいてくれ。俺の結婚は祝って貰わなくてもいい。里にいるのが目障りならすぐに出て行く」
「……兄さん。御免なさい。本当に」
リンスイは涙を流していた。
自身の心情をここまで吐露したのは初めてだった。
誰かに理解して貰いたいと思った事はなかった。況してや父や弟妹に。
シンカは自身の顔が赤らんでいる事を自覚した。顔が熱い。
「俺は何も話さなかった。リンファはお前達にとって大切な姉だ。いいな?」
「あ、ああ」
「……分かりました」
2人は大人しく頷いた。
「シンカ。余計な事を話してしまったけど、お帰り。目障りなんて思うものか。結婚おめでとう」
父はシンカを祝ってくれる。
複雑な想いは胸にあったがそれでもシンカは嬉しかった。
家族が自分の幸せを祝ってくれる事にどうして喜ばずにいられようものか
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