なき数にいる名をぞとどむる
エンリ隊とシンカ隊は静まり返った廊下を駆け抜けていた。
先行するエンリ隊の双子の兄スイハが弟スイホの肩を蹴って飛び上がり、天井に飛び付いた。天井はただの石組みで掴まる物など無かった。
だがスイハの指は石材に沈み込み身体の向きを変えて天井を這うように進み始めた。弟のスイホはそのまま床に減り込み沈んで行く。
スイ家は土行に極めて優れる家系だ。
その分家から生まれた双子は生まれつき口がきけなかった。何か特別な力を得た者はその分何かを失う事がある。
双子は声帯が生まれつき萎縮し、声を発する事が出来なかった。
代わりに土行に異常な程親和性があり、粘土細工を弄るように岩や土を操る事が出来た。
兄スイハは家守の様に天井を這い、弟は蚯蚓の様に床に沈んで姿を隠した。
総勢15名が音も無く駆ける。
暫し進むと曲がり角の向こうで増援に向かうべく隊を整える3小隊を音で認識する事が出来た。
奇襲、先、スイハ。
エンリが合図を出した。
衣擦れの音すら立てずスイハは天井を這い廊下の角を曲がって行く。
「今この王城が何者かに襲撃されている!我々も合流し陛下を御守りするのだ!」
緊張した面持ちの兵卒達は頭上から落下した人の頭大の岩石をなんとなしに眺めていた。
岩石は床に落ちて大きな音を立てると激しい音を立てて爆散した。
スイハが頭上から行った土行法 火栗だ。
撒き散らかされた礫と爆風が敵兵を嬲り、阿鼻叫喚の巷と化した。
無事な者が剣を抜く頃には棍を構えた大柄な女が目前に現れていた。
呻いていた隊長の頭が先ず叩き潰され、目にも留まらぬ速さで棍を回転させ、剣を抜いた兵士の腕を打つと返す手で頭を冑の上から叩き潰した。
「伏せ!」
経を練り終えたフウイが合図を出す。
エンリが後退し身を低くさせた頭上を廊下の壁まで削りながら大きな風の刃が吹き抜けた。
風行法 大断ち風だった。
全てが斬り刻まれた後に吹き飛ばされ、廊下は朱に染まった。
そして何もなかったかの様に侵攻は再開された。
散発的に遭遇する兵達を葬り進み軈て広間へと続くであろう大きな扉の前に辿り着いた。
エンリ隊が扉を破壊し、シンカ隊が突入する。
エンリが合図を出した。
空かさずカヤテが炎剣で扉を斬り裂き、ナウラが斧頭で殴り飛ばした。
内側へ吹き飛ぶ鉄扉を追う様にシンカとユタが突入した。
突入しながらも周囲を確認し、武器を持つ者、強い経を持つ兵を立て続けに葬った。
着飾った貴族達が慌てふためき悲鳴を上げて逃げ惑った。
恐らく玉座へ続くのであろう階段の前に2人の武人が立っていた。
1人は男。顎を上げ切れ長の目で不敵に此方を眺めている。
背は高く6尺を超えた痩身で、焦茶の波打つ頭髪を背で1つに括っている。
瞳には自信があり溢れていた。
黒衣の装備で槍を床についている。
もう1人は女だ。背の竹は5尺半ほど。同じくシメーリア人で巻き毛を髪留めで全て後ろへ流している。
装備は八目白蛇の蛇革を鞣した白衣で、剣を佩いている。
かなりの手練れだ。
「……あの女、僕が貰ってもいいよね?」
普段よりも更に三白眼が進み、にたりと口角を上げて薄気味悪くユタは笑った。
「あれは白激のアクア。男の方は黒風ルイヒ。この前俺が仕留めた銀剣のロクアの弟子2人だ」
シンカの言葉に2人が反応する。
「師匠を討っただと!?」
「許さない」
2人が即座に武器を構える。
「カヤテ。頼む」
「……ん?カヤテ?……その肌、髪、目の色!赫兵か!?」
ルイヒが目を剥く。
「カヤテ……処されたと聞いたが……」
「クサビナの謀略か!」
「クサビナが本格的に我が国を攻め始めたという事が?!」
「まさか、ベルガナと同盟を結び挟撃するつもりか!?」
ざわりと壁際に逃げた貴族達が恐れを忘れ口々に騒ぎ出す。
「我等は森渡り!この装いに見覚えがあろう!汝等が略取した我等の同胞の身柄を取り返しに来た!」
エンリが声を張った。彼女の声は絢爛な広間に響き、貴族の私語を止ませた。
「然り。その罪、万死に値するもの也」
シンカが低く続ける。
その時、ばたばたと音がして広間の奥から兵士が駆け出て来る。
行兵含めその数100。中隊だ。
対して此方は15。
無理では無い。だが犠牲は免れないだろう。
だが、シンカが1人でケツァルに乗り込んだ時よりは無謀では無い。
「キキキっキッ、キッキッ」
「キキキキッ」
エンリとシンカが合図を送り合った。
敵兵は扇状に展開してシンカ達をじりじりと包囲し始める。
皆、経を練っている。肌のひりつきを感じた。
「ふふあああああはっ!」
緊張の糸を切ったのはユタであった。
ユタは剣を外套に隠したまま真っ直ぐにアクアに向けて突撃した。
「名乗りも上げない。下賎な鈴剣流。師匠の仇、打つ」
アクアは据わった目付きでユタを見やった。
笠から覗く目は焦茶。シメーリア人だろう。鈴剣流を扱うシメーリア人。ランジュー出身の鈴紀社の高弟と思われた。
非常に目付きが悪い。凶相だ。
得物の長さが分からなかった。牽制で一度仕切り直し得物の長さを見極める。
アクアは両手を突き出した。
「瞬光閃」
発光と共に鋭い音波が瞬時に広がる。
目と耳を潰し距離を開け仕切り直すのだ。
だがユタは止まらなかった。
瞬間何かに光が反射し目が眩んだ。
アクアは続け様に手を突き出し風行法 虚千本を行う。
空気の針が前方へ向けて多数射出された。
ユタはアクアが2度目に手を突き出すのを見て取ると手を握りあわせる。
水行法 水張り手。
水の膜が空気の針を薙ぎ払った。
アクアの行法を封じたユタは前転しながら飛び上がった。
アクアは考える。
相手の構えは鈴剣流だった。鈴剣流が飛んだ時は奥義の天誅を警戒する必要があるが飛距離が足りない。別の思惑があるに違いなかった。
アクアは逆に間合いを詰めた。床からの高さ5尺まで飛び上がったユタは近寄ったアクアに対して斬撃を放った。
外套から腕が出され、剣が振られる。
アクアは腕を上げ頭上の高い位置で受けた。
それはただの勘でしか無かった。
剣を掲げて刃を受けた筈だったが、鋒が目の前にあった。
「えへへっ」
粘ついた笑いが目に付いた。
「っ!?」
アクアの白い装備が破られ傍からじくじくと赤い染みが広がった。
初めは何が起きたのか分からなかった。
ユタは一太刀目に湾曲剣を振るった。
半円を描いて湾曲した剣は防御の内側に潜り込んで受け手を傷付ける。
アクアは初見でそれを無傷で防いだ。
だがユタは油断なく二手目を放っていた。左手で握った透明の剣を外套の隙間から突き出していたのだ。
違和感を覚えたアクアは躱そうとしたが間に合わず、脇腹を破られたのだった。
「ひひひひっ、今の、躱すんだ」
距離を取ったアクアを深追いせずユタは剣についた血を眺めた。
アクアはじっとり汗を掻きながら脇腹を押さえた。
「なに、その剣」
ユタの磨き上げられた剣は粘度の高い血液を撥水し視認しにくい透明色へ戻っていった。
アクアは再び両手を突き出した。圧縮された空気が石床を殴りつけた。石材は破壊され絨毯に穴が開く。アクアはその穴に飛び込み逃亡を図ったのだった。
一方ルイヒとカヤテは暫しの間見合っていた。
ルイヒもカヤテも瞬光閃を知っていた。
アクアが法を行った時、ルイヒは目を閉じ耳を塞いで防いだ。
同じくカヤテも目を閉じた。
だが耳は塞がなかった。
耳孔に経を充填させ音波を遮断したのだ。
同時に体から吹き出すように経を放出させた。
その経はカヤテの目となり耳となり、広間の絨毯の毛足から石材の隙間の厚みまで全てをカヤテに知らせた。
カヤテは目を閉じたままルイヒに迫ったのだ。光が落ち着きルイヒが目を開けた時、カヤテは既にルイヒの目前にあり炎揺らめく輝ける劔を大上段に振りかぶっていた。
「な!?」
ルイヒとカヤテでは明らかに役者が異なっていた。
「千剣徳位、カヤテ!」
名乗りと共に斬り伏せるカヤテにルイヒは身を横に投げ出した。
「はっ!」
縦斬りを放った後直ぐに横に薙いだカヤテの剣をルイヒは転がって躱す。
「黒風ルイヒ。お前には我が部下、シャーニの兄の妻の弟、ホルンが討ち取られている。仇を取らせてもらうぞ!」
黒風ルイヒの二つ名は彼の装備とその体捌きを由来とする。
ルイヒは油断無くカヤテを見遣った。
赫兵カヤテはラクサスの人間にとって最も悪名高い人物である。
幼子の頃より戦場に立ち、ラクサスの侵攻をその身をもって食い止めた。
一撃で千を殺し、万の軍勢の士気を削ぐ。
何時も万全の態勢を整えたラクサス軍を打ち破って来たのだ。
この女を必ず殺す。
ルイヒは飄々とした表情の下でそう誓った。
ルイヒは望槍流と春槍流を収めた槍術士だ。
しかし槍は穂先は長いものの張り出してはおらず春槍流の物だ。
ルイヒは他者に望槍流の技を見せない。見せた相手は必ず殺す。
必殺技を見せた相手は必ず殺さなければ次には必殺技では無くなる。
ロクアの教えだ。
しかし此処には人が多い。技の流出は避けられないだろう。
それでもルイヒは躊躇わなかった。
腰を落とし水平に槍を構える。春槍流の構えの一つ、啄木鳥の構えだ。
対してカヤテは赤く赫く剣を正眼に構え、身動ぎせずに静かに此方を見据えていた。
赫兵の炎剣は全てを溶かし断ち切る業火の剣だ。
幾人もの武将が彼女には討ち取られてきた。
ルイヒ自身、愛人であった女傭兵を跡形も無く蒸発させられた事もあった。
憎き相手だった。ここで仕留めると強く誓い人知れず槍の柄を握り締めた。
カヤテは剣先を小刻みに上下させ此方の動きを探っている。
じりじりと足の指、踵を器用に使い少しづつ躙り寄る。
見合ってどれほどか2人の距離はルイヒの槍の間合いまで詰められていた。
カヤテの肩が僅かに下がる。呼吸か。誘いか。
再び肩が上がりルイヒは動いた。
ルイヒの必殺、投槍では無く突き出しからの奥義、落雷。
春槍流に於いて投槍術落雷を放てる者は徳位を得る。
ルイヒは投槍としての落雷は放てない。だが高速の突きはそれに匹敵する威力と速度を持っていた。
ルイヒは正確にカヤテの心臓を突いた。
そして確実に仕留めるべく密かに練っていた経で左方から3筋の氷の爪を走らせ、身体を転じて柄を振るう。
望槍流の奥義旋毛薙ぎである。
刃で首を跳ねる旋毛薙ぎだがルイヒのそれは柄の石突き近くで首をへし折る。
師のロクアに三殺と称された必殺の三連撃だった。瞬き一つの間に行われたこの技で殺せなかった者は居なかった。
ルイヒは技を出し終わり勢いのままカヤテに振り向く。
そして自身の両手が明後日の方向へすっぽ抜けるのを唖然とした表情で見送った。
虚しい響を上げて槍が転がる。
何が起きたかルイヒには分からなかった。
「お前には我が国の町や村を幾つも襲われたな。死した民らに死して償え」
ルイヒはその時自分が何故負けたのか考えていた。
初撃の落雷を剣でいなされて二撃目の氷爪を体を落として躱され、そのまま旋毛薙ぎまで躱されたのだ。
そして振り返ったルイヒの腕を薙ぎ払う。
落雷を躱すなど尋常な力量では無い。
ルイヒは振り下ろされる赤い剣を苦虫を噛み潰した様な表情で見上げ、防ごうと両腕を上げた。
だがルイヒの腕は既にそこには無い。
血の滴る肘だけが挙げられ、直ぐに頭を断ち割られて崩れ落ちた。
二つの一騎打ちを見守っていた両勢力だったが、カヤテがルイヒを斃した事でラクサス側に動揺が広がった。
それを形成悪しと見たのだろう。
一矢、鋭い音と共に兵の合間から矢が放たれた。
矢は経を練るナウラに向けて飛来した。
ヴィダードが笠を素早く脱いで打ち払った。
乾いた音と共に勢いを失った矢が緩く回りながら弾かれ、ヴィダードの麦穂色の髪が晒され波打った。
「おお!貴女はヴィーさん!私に会いに来」
見目の良い貴族が突然前に進み出て声を上げた。
その動きで張り詰めていた緊張の糸が切れ、森渡り達の行法が行われた。
ありとあらゆる強力な法が貴族中心に展開され、彼は一呼吸の後に肉塊へと変じた。
ヴィダードの矢はいの一番に眉間に突き立っていたがその矢さえも粉砕され、周辺の貴族や兵も纏めて薙ぎ倒された。
遅れてラクサスの行兵が手振りを行う。
飛び出たシンカは床に手を突きカヤテとユタを守りに入った。
床が盛り上がり中央で折れ、上に立っていた兵達を文字通り叩き潰した。
敵行兵が放った法は中央に屹立した床石のなれの果てに阻まれてカヤテとユタには届かなかった。
矢を射かけようとする一隊の頭上に岩の塊が三つ降り落ちた。
遮る間も無く石床に落ちたそれらは爆散し耳を劈く様な音を立て周囲の兵士を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた兵士は激しい爆風により四肢が引き千切られる。
「囲め!全方位から押し潰せ!敵は少数!此処より一歩も進ませるな!」
偉丈夫が現れ兵達の鼓舞を始めた。
直ぐ様ヴィダードが矢を射るがその矢も切り払われて落ちる。
「不味いぞシンカ。敵が隊列を整え始めた。誘蛾風情に我等が阻まれるなどあってはならないぞ!」
エンリがシンカの横に来て悪態を吐く。
「俺に怒るな。ヴィー。次は行けるか?」
「勿論よぉ」
ヴィダードが経を練りながら囁く。
「援護する」
シンカは手を突き出す。
十指の先端から波状に細い稲妻が放射される。
風行法 紫扇。威力は弱いが敵の動きを止めるには良い法だ。
絶叫の中ヴィダードが経を練り終えた。
両手を突き出し弦を引く。
番た木製の矢の周りに風が渦巻く。
風はうねり渦巻きヴィダードが放った矢に寄り添う。
矢は飛びながら緩く回転し、その速度を上げていく。
風と共にそれは加速して偉丈夫に迫った。
彼はそれを見とめ打ち払うべく剣を振った。
男が剣を矢に向けて振り終わった時、その剣線は鏃にすら触れることはなかった。時すでに遅く、矢は眉間に吸い込まれ後頭部を破裂させて抜け出て背後の石壁に突き刺さった。
「イスナール様!?」
「将軍が!」
ヴィダードが仕留めた男は将軍ガロ・イスナールであったらしい。
相手がどんな立場の者であったとしても森渡りはもう止まることはない。
薬師の風態である侵入者を阻むべく彼等を押し包むラクサス兵と、仲間を捕えた国家の転覆を目論む森渡りでの激しい攻防が続けられていたが、将軍が討たれた事でラクサス兵に更なる動揺が広がる。
「セキア!ガンコウ!ヨウケン!敵行兵、弓兵を引き付け徹底防御!フウホ!スイハ!スイホ!遊撃に徹しシンカ隊を援護!」
ガンコウが両手を突き出し立風で矢の斉射を防ぐ。
「カヤテ!」
「任せろ!」
「ヴィー!」
「はあい」
動きを止め経を練り始めたカヤテの前にヴィダードが立ち敵の遠距離攻撃を防ぎ始める。
ラクサス兵との接点ではユタ、シンカ、ナウラ、センヒ、ガンレイ、ジュリが剣を振るい防衛戦を築いていた。
シンカは時折後方から正確な矢を射てくる男に目を付けていた。
城門で此方を狙って来た男だ。
槍兵が突き出した槍を握り感電させ、槍を奪い取ると槍を支柱に飛び上がる。体を前転させながら奪った槍を投げ放った。矢を番えていた男は胸を大きく抉られ、床に突き刺さった槍に支えられて立ったまま生き絶えた。
「隊長!このままでは持ちません!」
エンリ隊の若い男の森渡り、セキアが張り叫ぶ。
「黙って戦え!退けば死ぬ!仲間も救えずに!」
隣で奮戦するヨウケンが答えながら手を突き出す。
背を仰け反らせながら息を吸い込み胸が大きく膨らんだ。
そして吐き出された風が太く長く束ねられ敵の鎌鼬を押し退け迫る敵兵達を薙ぎ払った。
その瞬間ヨウケンの腕に2本矢が突き立った。
「己れ!」
僅かな隙が生まれヨウケンの腹に槍が突き立てられた。
「小癪な!斯くなる上は!」
ヨウケンは敵中に踊り出ると更にもう一太刀胸を斬り付けられながらも丹田に急速に経を集中させる。
「よせ!ヨウケン!」
エンリが叫ぶ。
ヨウケンは自爆せんと経を解放する。
その直前影のように滑りよったシンカが拳でヨウケンの腰を突く。
濃縮され制御を失う直前の経が全身に散っていく。
シンカはヨウケンの襟首を掴んで背後のエンリへ向けて投げ捨てた。
押し寄せる敵剣兵の刃を躱し懐に潜り込んで拳を鎧に押し当てた。
爆音を立てて吹き飛ぶ敵を尻目に腰を落とし足の裏、親指の種子骨を使って転じると次の敵に肘を当てる。
またも激しく吹き飛び周囲の敵を巻き込んでラクサス兵の包囲を広げる。
「ガンレイ。ナウラを支援し戦線を維持。ジュリ、ユタを行法で支援。センリ、経の起点がずれ始めている。後退しガンレイ、ジュリを支援、集中力を回復させろ!」
既に手信号を出す余裕すらない。
「シンカ!敵行兵の集中砲火を止められませんか!」
ナウラが叫ぶ。
「カヤテに準備させている。このまま守れ!エンリ!お前の部下達の疲労、負傷が激しい!俺が引き受ける!一度下がらせ回復させよ!」
兵士を1人吹き飛ばしシンカは両手を突き出す。
紫扇がエンリ隊正面の兵士を薙ぎ払い、更に白糸を一閃させる。
「すまん!ガンコウ!ヨウケンとフウイの治療を!スイハ!スイホ!シンカを支援!」
壁からぬるりと突き出た腕が今にも法を行おうとする壁際の行兵の首へ伸びて短剣で脊髄を破壊した。
腕は再び壁に飲み込まれその後壁から石の槍が何本も突き出て十数名を死傷させる。
天井から小石が勢い良く打ち出される。
鎧に当たったそれらは小さく破裂し敵の意識を削いで行った。
「シンカ!行くぞ!」
カヤテが叫んだ。
「来るぞ!全員後退!カヤテの背後まで引け!」
シンカは叫ぶ。
全員が素早く後退するとカヤテが両手を突き出して人差し指と親指の間で起点を定めた。
「桜ヶ丘!」
叫び、右手を振った。
必死の形相で弓を番えるラクサス兵の足元が白く輝いた。
それは小さな豆粒大の光源だった。
その光点を元に床が色を変えていく。
赤く赫き、青へと変じ、最後には同じく白く。
桜の咲き誇った丘の様に。
しかしそれは人の目に留まり美しく輝く命の息吹では無い。
人を焼き殺す灼熱の赫きだ。
阿鼻叫喚となった。
ラクサス兵達は生きながらにして脚から炭化を始め崩れて崩れ落ちる。
人が燃えた時特有の異臭もあまりの高温に発生しない。
ヴィダードが風を吹かせ消し炭さえも散らしてしまった。
「これが、赫兵………」
セキアが浮かされたように呟いた。
「直に増援が来る。進むぞ」
エンリの言葉に皆が粛々と従った。
広間を進むと先には大きく絢爛な扉が立ち塞がっていた。
「あれだけの味方を、この人数で!?」
「落ち着け。この人数しか生き残らなかったのだ」
「此処を通すわけにはいかん!」
「イスナール様も、ルイヒ様もアクア様も、メルヴィル様も、皆討ち取られたというのか!?我が国はこれからどうなるのだ!?」
4人の衛兵が立ち塞がる。
「往ね。さすれば命は取らん」
一命を取り留めたヨウケンが槍を突き付ける。
彼等は動かなかった。
「ならば去ね」
穂先が翻り春槍流の奥義が繰り出され呻き声1つ上げずに彼等は倒れた。
床から浮び出たスイホが扉に手を当てる。
鋼鉄製の巨大な扉が溶けて崩れた。
豪奢な赤い絨毯が伸び、一段高い位置に背の高い玉座が据え付けられている。
顎鬚を蓄えた中年が苦い表情で片肘を手摺について掛けていた。
傍には幾人かの衛兵と若い美貌の男が控えている。
「その出で立ち………」
美貌の男が呟く。
玉座の男、ラクサス国王ローグ三世が口を開く。
「余の前にその様な薄汚い出で立ちでよく姿を現せたものだ、森の苔豚共め」
苔豚とは森の戦争で茸や落下した果実や苔、下草など何でも食う獣の事だ。
時には人の遺骸を喰らうこともあり嫌われている。
「へ、陛下!この者達を刺激してはなりません!」
老人が焦った様子で国王を止める。
「殺せ」
冷たくエンリは告げる。
衛兵に守られた国王の背後から浮き出したスイホが石で作った槍を突き出す。
玉座を貫通し穂先はローグ三世の胸を破った。
豪奢な衣類が突き出た穂先を中心に赤く濡れていく。
「……ば………ばか……な………。……薬師風情が……ラクサスを敵に回す……の……か……?」
「この国からは既に我ら森渡りどころか凡ゆる薬師が退去しているところだ」
冷たくエンリが述べた。
その視線の先には胸を掻き毟り震える哀れな中年の姿がある。
「お前達は我等の同胞を手に掛けた」
「待って下され!直ちに解放する!後生です!」
先程国王に諫言を行った老人が喚いた。
玉座の間に集っていた貴族達が物言わぬ骸となった国王を見て狂乱した。
「あ、貴女は!」
見目の良い男、ルドガー・レジェノが顔を綻ばせて歩み出た。
その視線はナウラに向けられていた。
「良かった!ずっと貴女に逢いたかったのです!」
そうしてその見目を誇示するべく長髪を掻き上げた。
「ナウラさん、でしたね?アゾクでお会いした時から再びと思っていました」
ナウラは彼の事を覚えていた様だった。
「また、私に命乞いをするのですか?」
ナウラは表情を変えずに尋ねた。
シンカにすら彼女が何を考えているのか分からなかった。
「命乞い何て、そんな。私は貴女に会えて喜んでいるだけです!」
敵味方全員がナウラとルドガーの遣り取りを見守っていた。
森渡り達はルドガーとの関係性を推し量って生殺の判断をしあぐねていた。
ラクサス貴族はルドガーが女を誑かす事に自身の命に対し光明を見出していた。
「取り敢えず、目障りなので髪を弄るのを止めて頂けますか?挙動の多い男性はあまり見ていたくありません」
「っ?!」
ルドガーは一瞬顔を引攣らせて直ぐに柔和な表情に戻る。
「それは失礼致しました。改めて、私に貴女の心を射止める機会を頂けないでしょうか?」
会話を聞いていた森渡り達にはこの男が何をしたいのか図りかねていた。
増援の為の時間稼ぎと捉えて周囲を警戒する者が殆どであった。
「あと私は人妻です。 主人を差し置き男の方とお会いする事も、お食事も、お話しする事すらあり得ません」
ナウラの歩み寄りの一切ない言葉にラクサスの老人が蹌踉めき尻餅をついた。
「………また、またお前か!お前が!」
ルドガーは表情を豹変させてシンカを睨みつけた。
「アゾク大要塞、ヴィティア、そしてラクサス。お前が何処で何をしようと勝手だが、ラクサスに我等を略取する様に讒言したのはお前だな。ならば、お前は我らにとって害悪だ。お前は俺の姉を誘拐したのだ」
「まっ」
シンカの言葉にルドガーは何か答えようとした。
しかし言葉を発した時にはその胸に槍を生やしていた。
春槍流奥義落雷がルドガーの心臓を奪った。
「おれ……は………こんな、ところ………で………」
ルドガー・レジェノはこうして命を失った。
ロボクを破滅させ、旧ヴィティア勢力を壊滅させ、ラクサス王国の権威を地に落とした疫霊はこうして何も生み出さずに命を失った。
どうと倒れたルドガーの体から血が広がる。
彼の死を合図として森渡りは動いた。四行ありとあらゆる行法がラクサス貴族と衛兵に殺到した。
「返してもらうぞ!我等の一族を!」
逃げ出そうとした兵士をエンリが棍で弾き飛ばす。
やがて動く物が無くなると皆が手を下ろす。
皆息が荒く目が血走っている。
怒りに突き動かされ加減を失っていた。
彼らにとってこれは売られた喧嘩であり仕掛けられた戦争であった。
「………たった………10人やそこら………拐かした、だけ……で……」
血を流し横たわった兵士の1人が息も絶え絶えに言葉を紡いだ。
たった10人誘拐しただけで数百から1000人近い人間を殺傷した事を責めているのだろう。
「お前は母や子を害した者を憎まんのか?妻を拐かされ復讐せんのか?自分の家族を2度と傷付けられ無い様に徹底的に痛め付けんのか?………我等は行う!それがどんなに側から残虐に見えようと!決して許さぬ!力の限り争い我等の恐怖を刻み込み!2度と同胞、家族に手を出されぬ様に!」
エンリの棍が兵士の首をへし折った。
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