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克己

潮風が吹き込み外套を靡かせる。

踏み入った神殿は石質で、天井が高く規則正しく太く長い柱が並び巨大な天井を支えている。

神殿奥へ足を踏み入れる。


祭壇の前で血濡れた半裸のユタが床に転がり、男がユタの下履を脱がそうと苦戦していた。


敵は14人。

全員手練れだ。


特に目立つのは相貌、装備が全く違わぬ20後半ウバルド人の3人の男。酷薄そうな表情で踏み入った此方を見ている。嫌な笑みだ。


三面のオシェという二つ名を聞いたことがある。

三面の意味が漸く分かった。

彼等は三つ子だ。

他にはコブシ風の装束を纏った男。

これも20後半。モールイド人。

ダゴタの民が1人。

この女とは面識がある。ダゴタのシラー。

大柄の自身の身長と同じ長さの分厚い段平を突いている。

行兵と思われる女が1人。肌が白い。頭髪は麦色。イーヴァルンの民だ。

そしてシメーリア人が2人と残る5人は皆ウバルド人の男だが皆腕が立つのが分かる。


「シンカ。あのシメーリア人、右の中年はラクサスの傭兵だ。王剣流仁位のヘルガーという。左の老人の方のシメーリア人はラクサスの元軍人で将軍位に就いていたことがある。歳の為位を退いたが戦場が忘れられず放浪の旅に出たと噂で聞いた。クロード・ダルカンという」


カヤテが耳元で囁く。

シンカは歩み寄りながら背嚢を落とした。

背後のカヤテ、ヴィダード、ナウラがそれに続く。


「なんだお前らは」


ウバルド人の中年男が剣を向けて問う。

シンカは人差し指で笠を僅かに上げる。


「っ、ぐ………おおおぉぉ………」


ユタの衣類を剥ぎ取ろうとしていた男が突如泡を吹き出した。

喉を掻き毟り白目を剥いて床に崩れ落ちるとそのまま動かなくなる。

笠を上げた折に手で隠れた口元から針を吹いたのだ。


「お前は!?」


ダゴタのシラーが声を上げた。


「ファラ!あの男と戦うのは賢く無い!森渡りのシンカだ。ここは手を引く!」


「ええ。同意ね。この経の量。それにあの女、うちの里のヴィダードよ。里でヴィダードに勝てる者は居ないわ」


ダゴタのシラー、イーヴァルンのファラが後方に退いた。


「悪いわね。お金貰ってるから敵対はしないけど、手は貸せないわ」


ファラがウバルド人の男に告げる。


「ほぉ!お前さん、赫兵じゃな?死んだと聞いていたがの。良いぞ。儂にも運が向いて来たのぉ」


爺がうっそりと怪しげに笑った。


「其処の女は俺の弟子なのだが……何故血塗れ半裸で倒れているのか尋ねたい」


ユタは生きている。出血量もそこまで多くは無い。


だが自分の弟子を襤褸布の様に無残にされて許せる程シンカに度量は無い。


ユタは馬鹿で阿保だが歴としたシンカの弟子だ。


「……少しは使える様になったと思えば、師を変えていたか。……この女は俺を殺す為に牙を研いで来た。俺はこの女の親の仇だからな」


ユタが力を求める理由。

薄々気付いていた。この時勢に力を求める理由など高が知れている。


「見たところお前はユタの実力に劣る。……背後から斬らせたか」


「それも鈴剣流の手だ。殺し合いに正邪等存在せん」


ユタが以前言っていた。一度も勝てたことの無い兄弟子がいると。

この男が陰剣のクチェ。クチェ・アイスに違いない。


「無論だ。俺はどの様な時にも周囲に気を払う様教えた。お前に感けるあまり背後が疎かになったユタが未熟なのだ。………だが、嬲られた弟子を前に怒りを我慢する理由も別段無い」


「それを否定する気は無い。……鈴剣徳位、クチェ・アイス」


左手で持った剣を肩に担ぎ右手を前に突き出し、前後に小刻みに動き始めた。


「王剣仁位、ヤニス」


ウバルド人の男が名乗る。

ヤニス。聴いたことのある名だ。大陸東で活動する傭兵団、護岸騎士団の長、護岸のヤニス。

シアス王国とメルセテ東川との戦いにシアス川の傭兵として参加し、ハルス川の戦いでメルセテの猛攻から守り切った王剣流の使い手としてその名は名高い。


ヤニスの隣に佇んでいたウバルド人が口を開こうとした。

しかし彼の名乗りを待つこと無くクチェが進んだ。

自然な動きだった。

小刻みに前後していた体が前に出るのに伴い大きく動いたのだ。


奇襲である。

その剣は腕に振られ、一足跳びにシンカに迫った。幅の狭い曲剣が首を狙って迫っていた。吸い込まれる様に刃が喉に向かい触れる直前、予備動作なしに掌底が突き出された。

クチェは寸でそれを下がって躱した。


「かっ!」


シンカが口腔から吐き出した経が物理的な衝撃を伴って背後に飛び退っていたクチェを吹き飛ばした。


「なっ!?」


飛ばされながらも体勢を整え、着地する。


「やるね」


三つ子の1人が口笛を吹いた。


「ユーリ、キール、3人同時でも厳しそうだ」


「そうだね。ユーリ、ヒーロ」


目線で何を為し、何を狙っているかは理解できた。

だがその通りに動かざるを得なかった。


両手を突き出す。

風行法 雷波紋。

雷が前方へ波紋を広げる様に迸る。


三尺具足に使った行法だ。

あの時は急激に扱い自身の体まで損傷したが今度は十全な練経により放つことができる。


対しウバルド人の槍士が両手を地に突いた。

床の石材が変形し突き出る。

一柱の石質の円錐が雷の波を受け止めると全てが掻き消えた。

防がれることは予想している。シンカはクチェの一振りを左手で持った笠で払い、三つ子の元まで三つ子の間合いまで瞬時に駆けた。


三つ子はそれぞれ鞘から剣を抜き、振りかぶって足元に倒れ臥すユタへ向けて斬りつけた。


彼等が最速で斬りつければシンカと言えど間に合いはしなかったであろう。

彼等は態とシンカが間に合うように斬りつけたのだ。


シンカはその思惑に乗った。

振り下ろされる3本の剣を受けた。

ヒーロという男の剣は右手の翅で受けた。

ユーリという男の剣は左の掌で。

キールという男の剣は折り畳んだ右足で。

無事で済む筈がない。シンカの左手は肘まで竹割りにされ、右脚は脛が経ち割られて骨が断たれた。

大量の血液が庇ったユタに降り掛かる。


激痛であった。

意識を奪われかねない激痛にシンカは表情一つ変えず、呻き声一つ上げずに耐えた。

剣が引かれる前にシンカは仕草による導入すら無く体に紫電を纏わりつかせる。

風行法 感雷を受けぬ様、三つ子は剣から手を離し後退した。

シンカの三歩の距離を三つ子とクチェが取り囲む。


「守ったか」


クチェが呟く。

シンカはだらりと左手を垂らし、左足だけで立つ。

だくだくと血液が流れ出る。

患部を外套で覆いユタを見遣る。

ユタは意識があるのか腫れた瞼の下、薄っすら開いた瞳と目があった。

無言で頷いた。


クチェが動く。

背後から腰を薙ぐような一太刀。

僅かに遅れて三方から息の合った斬撃が放たれる。

三つ子は剣を手放していたが、予備の剣を抜いて斬りかかった。

頭、右腕、左足を狙われている。

シンカはぬるりと身体を動かし隙間に身体を動かす。


すぐ様右側のキールへ斬りつける。彼は半身になってそれを躱す。

間髪入れず四方から斬りつけられる。

残る左足の爪先と踵の動きだけで身体を動かし左のユーリの斬撃を翅で受け、残りを躱す。


「凄い!?手と脚を潰して僕達4人と!」


興奮した様子でキールが叫ぶ。

再度の攻撃。シンカは無動作で自分の血液を凍らせて氷壁とすると。

赤い氷壁がキール、ユーリ、クチェの斬撃を防ぐ。

ヒーロの斬撃を擦り上げて外し、剣を握る腕を狙い小さい動きで狙う。体をずらして避けようとする動きを手首の動きだけで追う。


ヒーロの手の甲が裂けて血が滴る。

直後シンカは潰された左腕を下から上に振るう。

飛び散った血液が氷り、赤い針となって進む。


「ちっ」


奥義逆戸斬りを放とうと死角から迫っていたユーリが舌打ちをしながら引き退る。

続いてシンカは残る片足を曲げて体勢を低く保った。

頭上を剣が通る。

クチェの天誅を躱し鉄砲水を通り過ぎるクチェの背に吐きつけた。

右のキールは塞がる赤い氷を斬りつけて崩している。


「……った」


ヒーロがやや下がって手の甲から流れる血を一舐めした。


「……これは。手足を奪って正解だったね」


ヒーロにより氷は崩され、再度四方を囲まれる。


「でなけれは、やられていたな。これ程とは。これ程強い………」


油断を欠片もせんと再び剣を構える。

シンカは片足立ちで様子を窺った。




シンカの雷波紋を合図としカヤテは爆ぜた。

穴が空くほどカヤテを睨め付ける2人のシメーリア人へ脇目も触れずに突進した。

クロード・ダルカンとヘルガー。クロードが率いる軍とは幾度か当たったことがあるが直接剣を交えるのは初めてだ。

流派からして2人は防御に優れる。


「フン!」


クロードへ向け縦に一太刀。

貴族に名を成していた頃に扱っていた剣よりもシンカが切り出した剣は扱いやすい。

長さがある割に重すぎず、しかし鋒に力が乗る。


「ぐっ」


クロードはカヤテの剣を擦り落とそうとするが思った以上に威力があったのか苦悶の声を上げた。

直ぐに左よりヘルガーが鋒を向ける。

三度の鋭く素早い突き。

だがカヤテは余裕で全てを剣を振るって弾く。

その様な早業は普通の者では行えない。

カヤテの力量あってこそだ。

ヘルガーは苦虫を噛み潰した様な表情をしている。


2人では分が悪いと見てか、護岸のヤニスが右から向かう。

この男も防御が主体となる。


右からの斬りはらいを剣を振って弾く。

続き正面のクロードの兜割りも剣を振って弾く。

背後に回られぬ様巧みに位置調整を行いながら全ての攻撃を強力な斬撃で弾き返した。


強い血の匂いが風に香る。

見遣れば左腕と右脚を激しく損傷したシンカがいた。


だがカヤテは焦らない。

腕を割られ、脚を斬られても呻き声一つ上げていない。

大した男だ。


堂々とした背中、清廉な心根。弛まぬ努力。天性の才能。


この男が女1人を囲んで甚振る者共に遅れを取ろうはずがない。

四肢を捥がれて尚戦ったとしてカヤテは驚かない。


シンカは片足でぬるりと攻撃を躱し、右手一本で剣を防ぎ続けている。


仮令卑劣な行為で力を削がれても抗い続ける。

我が事の様に誇らしい。

いや、既にカヤテは彼の伴侶である。これは我が事に等しいのだ。

尊敬と、自身を捧げるに相応しい。


カヤテと対峙する3人の男は数十合も斬り結ぶうちに徐々に防戦へと傾倒していく。


剣が欠けることを気にも留めず強力な一撃を繰り出し続けるカヤテに対し彼等は王剣の本分を活かしきれず、ただ時折カヤテより放たれようとする奥義だけは体捌きを確認して放たれる前に防いでいた。


甲高い剣同士のぶつかる剣戟の音が景気良く鳴り響き続ける。

余裕はあるが、しかし決定打には欠けていた。


都合110合。111合目は右のヤニスへの薙ぎ払いとなった。

男達にとっては予備動作もなく、カヤテの剣、朱音の鈍い赤の剣身が輝き始める。

振るう度に輝きは増し、軈て刀身を炎が覆い始めた。


「これが、炎剣!」


クロードが眼を見張る。

彼の息は荒い。既に齢は60を超える。

手練れ揃いのグレンデル一族の中にあって尚稀代の剣才を誇るカヤテの苛烈な剣を持て余していた。


「………。っ」


精強なメルセテ東川の兵を少数にて防ぎ切ったヤニスにしてもその剣戟の重さに痺れる手を持て余し始めていた。


尚且つ、何故手振りによる導入無く炎剣を起こしたのか彼には理解できなかった。

その為いつまた無挙動で行法を起こされるかと警戒し、より攻撃の手を減らし防御に回わる事となる。


「糞!女の分際で!」


苦し紛れに吠えたヘルガーも攻撃の手を繰り出せずにいた。

カヤテに斬りかかればそれを激しく打ち払われる。

その衝撃は防御時の比にならない。

そもそも王剣流は防ぎ反撃を行う流派だ。

防ぐ際に巧みに衝撃を逃してこの手の痺れ、痛み。

攻撃を払われた時の衝撃は比にならない。

だが炎剣を起こして尚王剣流の高弟達は防ぎ続けていた。


戦闘開始から既に四半刻。シンカは未だに四方からの攻撃を捌き続けているが手当てもせずに長時間放置すれば失血により死亡しかねない。


幾らシンカが常人離れした能力を持っていても血液量は人並みの筈。

カヤテは焦り始めていた。




シンカの雷波紋、カヤテの速攻に続いたのはウバルド人の4人であった。

対するはナウラとヴィダード。

この配員は計画通りであった。

シンカは行法を起こす直前左手で信号を送っていた。


合図はナウラ、ヴィダード、2人、敵4、カヤテ、1人、敵3。

ナウラとヴィダード2人で敵4人を相手取り、カヤテが1人で3人を相手取る。

残りがシンカ。


ナウラとヴィダードの相手は、2人は知らないが大陸東では名のある武人達であった。

護岸騎士団所属の4人の男。

30代後半の男が春槍流仁位のウゴ。

隼武のウゴと呼ばれている。

素早い動きと攻撃で相手を翻弄し隙を作った瞬間に一撃で仕留める戦い方から付いた二つ名である。

禿頭の大柄な男が望槍流仁位のニコラ・キャバイェ。

この男も名付きで旋風と呼ばれる。

両端に刃を持つ薙槍を低く構えている。

3人目の小柄な男が春槍流、望槍流礼位のギョーム。

二つ名は無いが器用な男で片側が十文字の刃、片側が偃月状の刃の槍を手にしている。

4人目は20歳の若い男で王剣流礼位、千剣流信位を持つキリアン。

この若さにしては充分腕が立つが4人の中ではやや劣る。


名前こそ知らぬものの、ナウラとヴィダードは彼等が油断出来ぬ敵であると看破した。


駆け寄る男達に対しナウラが右手に持つ斧を振る。

横薙ぎにされた斧に釣られて身体が動く。

先頭のギョームが斧を避けて後退し、斧が振られた隙をウゴが突こうとする。


ナウラの一振りには牽制の一撃以外にも意味があった。

右手で武器を振り払うと同時にそれは火行法の導入となる。左から迫ろうとするキリアンに顔は向けられている。火行法息吹が迸る。


咄嗟にキリアンは左手で顔を守る。

斧が振られた慣性に従いナウラの身体は回転し、息吹の炎も左から右へとナウラの眼前を舐めていく。

ウゴは潜り込むように躱しナウラに斬りかかった。


振られた槍はナウラの脚を狙っていたが、それは短剣に止められた。

ヴィダードがナウラの足元にまで進み出て防いだのだ。


右から迫るニコラはナウラの息吹を後退して躱す。

ナウラは身体を1回転させると慣性を利用し前方に身体を回しながら躍り出た。

無防備なナウラの身体を槍で突こうとギョームが構える。


「どわっ!?」


「っ、くっ」


唐突に発生した突風がウゴとギョームを吹き飛ばした。

ヴィダードの衝駆である。


キリアンは腕に移った火を叩いて消しており、2人に相対しているのはニコラだけであった。

ナウラが着地と同時に斧を振り下ろす。

ニコラはナウラの動きを見切っていた。

薙槍を斜めに掲げて攻撃を弾こうと待ち構えた。

弾いた後は直ぐに槍を返して攻撃しようとも考えていた。


だがそれは甘い目論見だった。

とてつもない衝撃がニコラの手を襲った。

槍を返すことなど出来なかった。見れば槍はくの字に曲がっていた。


「は?」


危険を感じ直ぐに身を引いた。

鼻先を斧の斧頭が掠めていった。

ヴィダードが矢をニコラに向けて放った。

ニコラは体勢を崩していたが、矢を受ける程甘くは無い。


矢を斬り払った。

だが実際は振るった槍は空を切った。

槍が曲がっていたからでは無い。

突如矢が加速したのだ。


それでも彼は躱そうと試みた。

急所は避けたものの深く肩に突き刺さった。


「なんだこいつらは!?」


「ニコラ、大丈夫か!?」


鏃は身体を突き抜けており、ウゴが本矧を切って背中側から引き抜いた。

しかしナウラは眼前の4人に興味は無い。

手脚を負傷し片脚立ちで交戦する自らの夫に気を取られていた。


「ナウラ」


ヴィダードがナウラの肩に手を置いた。

視線だけをやるとヴィダードは首を振った。

ここでナウラとヴィダードが下手を打つと更にシンカの情勢が悪化する。

ヴィダードはナウラよりも遥かに戦闘経験がある。

その為最愛の夫の負傷と言えど落ち着いていた。

実際腑は煮え繰り返っていたが、それでも冷静ではあった。


ナウラとヴィダードはユタという人間そのものを比較的好んでいた。

少なくとも仲間であると認識していた。


幾たびも共に死線を潜り抜けていたし、夫に好意を抱き尊敬する姿勢も好ましく感じていた。

普段の穏やかな気性も共に過ごす居心地の良さを覚えている。


ユタの過去に何があったのかは分からない。

だが大雑把に想像できる内容の事が起きたのなら、自分でも同じ行動を取るだろう。


仲間が、或いは家族が打ちのめされたのであれば。

その報いを受けさせるのは自分達の役目である。

2人はそう認識していた。

2人にとってユタは既に家族だったのだ。


シンカがなんだかんだとユタを可愛がっていた事も理解していた。

ユタの復讐は最早ナウラとヴィダードにとっても無関係ではなかったのだ。

だからこそ、2人は刃を敵に向け、殺意を経という形に変えて打ち出した。




4人に囲まれて半刻も打ち合い躱し続けて尚、三つ子とクチェは決定打を与えられていなかった。


シンカは動脈を損傷し半刻立っていたが一向に衰える気配がない。

4人は気付けば巧みにユタの元から引き離され、水中の魚の様に攻撃を退けられ続けていた。


三つ子の連携は芸術的な程であった。

視線や会話の取り交わし無くシンカを追い詰める為の刃を適宜振るう。

時に同時に、時に時間差を置き追い詰める様に。


何度目かの同時の斬撃をシンカは左足で地を蹴り僅かに飛び上がると身体を丸めて躱す。

常人では出来ない芸当だ。


浮いたシンカを斬ろうとクチェが剣を横に薙ぐ。

シンカはそれを零れ落ちる血液を固めて防ぎ、素早く翅を振るう。

クチェは下がって回避し、着地したシンカをユーリが狙う。

ユーリの一撃を翅で防ぐと左右の背後から同時にヒーロとキールが斬りつける。

シンカは柱へ向けて跳躍し柱を片足で蹴ってクチェに飛び掛る。

クチェは受けるべくシンカの斬撃に合わせて剣を振った。


「………む?」


クチェの剣が断ち切られ、鋒が甲高い音を立てて床に転がった。追撃を仕掛ける前に三つ子たちが斬りかかり阻止される。


シンカは床にに広がる自身の血液を凍らせて立ち上げて防ぐ。


「岩断ちか」


態勢を整えたクチェが呟く。


「ユーリ、ヒーロ。此奴本当に強いよ!」


片足立ちのシンカに対し4人は気圧されていた。


「キール。此奴は止血も出来てないし。隠してはいるが確実に弱っている筈だよ」


「でもユーリ。あっちの赫兵も女2人も大分手練れだよ。僕達が早く此奴を倒して加勢しないと」


シンカの視界は霞んでいた。失血の影響だ。

他にも失血により吐き気を堪えて闘っていた。

真面に切り結べば片足の自分が確実に力負けする。

だがそもそも魍魎を倒す事を前提としたシンカ達森渡りは敵の攻撃を受け止める様な戦い方は行わない。


カヤテもナウラとヴィダードも、危なげなく闘っている。

自分が敗れる訳にはいかない。

彼女達とこれからも旅を続けたい。孕ませて子供を産ませ、共に育てたい。


ここで敗れれば自分の命どころか妻達と、救いに来た大切な弟子も不幸な目に合うだろう。


シンカは気力のみで持ち堪えていた。

三つ子の癖もクチェの癖も既に掴んでいた。

だが反撃の隙も作れず、回避に専念せざるを得ない状況で時間が過ぎていた。


ヒーロが背後から斬りかかる。

体を落として躱すと直ぐにユーリの剣が迫る。水噴で体ごと吹き飛ばし、左からのキールの攻撃を翅で防ぐ。

背後のヒーロと左のキールが同時にシンカの首を狙った。

転がり避けると2人の足に斬撃を放つ。

その斬撃は早く鋭い。

2人は跳んで避けた。


間髪入れずクチェが取り換えた剣で斬りかかってくる。

避けることの出来る体勢ではない。

シンカの口腔が膨らんだ。

気の抜けた音と共に水蜘蛛針が立て続けに吐き出された。


3発をクチェに吐き出し、直ぐにその場を後転して着地と共に剣を振るう2人の攻撃範囲から逃れた。

傷口が激しく痛んだ。


「此奴!ちょこまかと!どうして当たらないんだ!?僕達は4人だぞ!」


「……今のは稲刈りだった。鈴剣流も修めているのか……」


扇状にシンカを囲む4人は再度取り囲もうとして来たが、爪先と踵を巧みに使い移動しそれを阻止する。


「この男よりも強い奴には会ったことないよ。本当に五体満足だったらもうとっくに殺されてるかも」


「……悠長にしている場合か。早く仕留めるぞ」


空気がひりついている。

後方よりカヤテ達の戦闘音が聞こえている。


予備動作なく、唐突にクチェが動いた。

シンカの間合い直前で急制動し左手に向かう。

その動きに合わせるようにヒーロとキールが正面から迫る。


ヒーロが屈み、その肩をキールが強く蹴る。ヒーロは力強く立ち上がり反動でキールは高く跳躍した。

右手からはユーリが逆袈裟に剣を振るう。

クチェがシンカの視界から消えた。

唐突に消えた。人の盲点を突く動き。逆戸斬りだ。

初めに刃が届いたのは右方のユーリの物であった。

身体を下げて剣線から逃れ、逆戸斬りで背後から首筋を狙うクチェの剣を翅で防いだ。


「っ、後頭部に目でも付いているのか?!」


次いでユーリの二太刀目と正面から迫るヒーロの一太刀目。

これを這いつくばるように屈んで躱す。

そして飛躍したキールを含めた4人が同時に剣を振るう。

シンカは前方のヒーロ目掛けて片足だけで突進し王剣流の奥義を放つ。

戦陣突破である。


不完全な体勢、片足で放たれた一撃は十全な威力を発揮できず、ヒーロを吹き飛ばすことは叶わない。しかし包囲は抜けた。


「王剣流まで。なんて奴だ!」


「現存する剣士の中で最も腕の立つ男かもしれない。けど僕達も負けるわけにはいかない。況してや4人で囲んで負けるなんて、末代までの恥だよ」


ユーリとキールが会話しつつシンカ目掛けて再度駆ける。


「………どんな手を使ってでも勝てば良い」


「そうだね。女を盾にしておいて本当に良かったよ」


クチェとヒーロも続く。

4人は時間差を置かず2方向より斬りかかって来た。

シンカは戦陣突破の後4人の方向へ向き直っていたが、反応が遅れていた。


右前方のキールの攻撃は退いて躱せた。

右方のユーリの振り下ろしは翅で受け流した。

左前方のヒーロの振り下ろしは回避も防御も間に合わなかった。


辛うじて頭部への攻撃を避けるべく、ユーリの攻撃を受けた右手を頭上に掲げて剣戟を防いだ。

衝撃と同時に肉を斬り骨を断つ鈍い衝撃が体を襲い、身体が壊れる音が耳に届いた。


そして最後に左のクチェが左脇からシンカの体に剣を突き立てた。

鋒は肋を避けて身体の中心を抜けて反対の肋の隙間から突き出た。


両の肺、心臓が体内で串刺しにされる致命的な一撃だった。

シンカは足元に自分の右腕が鈍い音を立てて落ちるのを朦朧とした意識で眺めていた。




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