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引潮

ベルガナ軍に襲撃を受けた夜からシンカ達は森に潜み状況の把握に努めていた。


そもそもヴィティアの軍は練度が低く、ベルガナとまともに戦えるべくもなかった。


森渡り達はヴィティア軍には早々に見切りをつけていた。


戦闘が勃発し軍が瓦解するのを切っ掛けにして離脱しようと企んでいたのだ。


だが、ベルガナの策略により森渡りは散り散りになり、合流の機会を逸してしまった。


猛禽が鬱蒼とした森の中に舞い降り、シンカの腕に止まった。

ヨウロの従罔、斑尾鷹だ。


鷹の脚には小さな筒が取り付けられており、そこから文を取り出した。


「なんと?」


ナウラが鷹に鼠を与えながら尋ねた。


「残党と共にポルテに籠もったヨウロ達は脱出する事も出来ずにいるようだ。このままポルテが落とされればヨウロ達も砦と生死を共にすることとなるだろう。それは防がなければならない。一方のソウハ達はあまり心配せずとも良いだろう。ベルガナはこの後ヴィティアを統治する。無益な殺生を行い人民の反感を買う行いは避けるだろう」


「ジュナや若い女薬師が何人か居たはずです。ウルマを占領している第1師団は近隣の町村で略奪を行なった様ですので、楽観は出来ないのではないでしょうか?」


「薬師を襲う事は考え辛いがな。言う通りだとは思う」


身動きの取れない他の森渡り達に代わり、シンカ達は暗躍する山渡りを仕留めてきた。

現在ポルテでは戦死した貴族達に代わり叩き上げの軍人が指揮をとる事でなんとか持ちこたえている。


ヨウロの話では紛れ込んだ山渡りがその指揮官を暗殺しようとしたのを防いだと言う事であった。

一方のシンカ達は一度森に逃れ薬師達を避難させた後に森へ再び潜っていた。


魍魎の気配が薄い朽ちた遺跡の中で4人は顔をつき合わせていた。


「お前達は興味ないかもしれんが、ヨウロ、ソウハ、ジュナは同胞だ。彼等を見捨てると言う選択肢は俺には無い。お前達は俺の弟子であり森渡りと言う事になるが、戦争を無理強いするつもりは俺には無い」


「この間は中々の手練れと鎬を削れたよ。ありがとうシンカ。この調子で名付きと遭遇したら僕に回してよね」


「ヴィーは貴方様と離れる気は無いわぁ。人間風情と戦うのに躊躇する程男に現を抜かしているつもりも無いものぉ」


ユタはともかくとしてヴィダードは元々人間に対して排他的な種族である。


ナウラも人には良い思いを抱いていないし、シンカもそこに変わりはない。


「私はシンカと共に歩み、美しい景色も醜い有様も全て記憶します。そして貴方との間に授かる子に全てを伝えるつもりです」


ナウラに自身の出自を加味し、尊重された発言をされて嬉しく思う。

自然と頬は緩む。


「では3人の協力が有るものとして、これからの取るべき手段を考える」


苔生した遺跡の壁面を中型の蜈蚣が這っていく。


「まずポルテの同胞と合流するのが良いと考えますが」


「うん。その為の下地は整っている」


「あの蟲は本当に……」


「うん。説明した通りだ。山下蚯蚓(さんかみみず)。主な食糧は土だ。あまりの大きさにあらゆる物を呑み込むが、あれの消化器官は土中の養分は消化出来ても何かを溶かす能力は無い」


「糞と一緒に出て来るのでしょうか?」


「糞というより泥に近い。後は地表近くで排出されるのを願うばかりだな」


「内部で圧迫されて死ぬ可能性は?」


「無論、有る。あの道はヴィティアの人間があまり通らない道だ。そういう曰くには必ず意味がある。悪霊だ何だと人々が騒ぐのには必ず理由がある。教訓にしておけ。兵士達に態々知らせてやる義理もない。あの兵士達が山下蚯蚓に飲まれて消えた事実はこれからの計画に大いに役立つ」


「分かっています。分かって」


ナウラは目の前で相対した敵を葬る事に躊躇は無いが、敵意を向けられていないものの死には心を揺さぶられる様であった。


「ヴィー。報告を」


態々シンカにぴたりと張り付きながら首だけ直角に折り曲げてヴィダードがシンカを見た。


ここ数日単独でポルテ近郊を張らせていた反動が出ているらしい。


ヴィダードの表情は頰が赤らみ、心なしか息も荒い。

発情しているらしいが迷惑きわまりなかった。


「ポルテを囲むベルガナ軍に動きは?」


「……砦を囲んでいたベルガナ軍は半数をウルマ方面に割いたみたいねぇ」


「大規模なヴィティア軍が潜んでいると判断したのでしょう」


「……想定通りだね。シンカとナウラはやっぱり頭がいいね」


「山渡りを放置しておけば何れ原因を突き止めてベルガナ軍に報告したでしょう」


「後1人の居場所が掴めないが、仲間の所在を確認するので手一杯で兵の失踪について調べている余裕は無いだろう」


「疑問だけど、倒した山渡りは殺さなくて良かったの?洞穴で土行法で拘束してるけど、それでメイちゃんが殺されたら………。それに僕は闘うのは好きでも決して殺す事が好きなわけじゃないけど、ヴィーを傷付けた彼奴らを許す気にはなれないよ……」


「リンメイは俺の親族の中では極めて優秀な戦士だ。経の気配を見逃しはしない。ヴィーの事は俺も恨みに思っているが……。あれらは直接ヴィーを狙ったわけでもない。殺すのはヨウロ達と合流してからでも遅くはあるまい」


「……うん。でもさ、肝心のヴィーが全く気にしてないのが何だかなあ」


「私、山渡りのお陰でシンカ様と心の奥深くで結ばれる事が出来たから恨んでなんていないわぁ」


「本人が半分感謝しているのですから我々が憎むのは筋違いでしょう」


ナウラは無表情で額に手を当てている。

半ば呆れていた。


「何れにせよこれでポルテの囲みが薄くなったと言う訳だな。ポルテに潜入するぞ」


「ふふ。腕がなるね」


「ユタ。恐らく戦闘に巻き込まれるだろう。俺の指示には従ってもらう。突出するなよ」


「……僕言う事聞くよ?シンカのお陰で前よりも強くなれてる。言う事聞けばもっと強くなれるもん。シンカは間違った事言わないもんね」


「ユタも盲目的になってきましたね。シンカのような男を女誑しと言うのですね」


「人聞きが悪いな。女誑しとは女を騙す男のことだぞ」


「おや。これは失礼しました」


ナウラは微塵も失礼とは思っていないだろう。

シンカには分かる。


「僕もよく分からないけど、シンカは胸の辺りから良い匂いがするんだよね。ずっと嗅ぎたくなる匂い」


「甘い匂いがしますね」


「どう言うことだ?森を渡る為に匂いには気を付けている筈だが」


「特に闘った後はくらくらするくらい匂いが出てるよ」


「成る程。獣の中には異性を惹きつける分泌物を出す種も存在する。その匂いは同種の雌しか嗅ぎとることが出来ない。人だけ特別な生き物と考えるのは傲慢だ。男から女を寄せる何らかの分泌物が出ていたとしてもおかしくは無いな」


「戦う人って、男や女に限らず顔付きが洗練されるから、それ以外の人から見れば魅力的に映るんだよきっと。僕は鈴紀社に10になる前から居たけど、鍛える男の顔立ちは好きだったな。でも彼等は命のやり取りをしていないせいか、こんなにいい匂いはしないんだ」


自分の胸元の匂いを嗅いでみるが特に何も匂わない。

シンカは首を傾げた。


「俺も30が近づいている。この戦の片が付いたら9年ぶりに里に戻って所帯を持つか」


「ヴィーも到頭貴方様のお嫁さんねぇ」


ヴィダードはシンカに張り付いたまましみじみとそんな台詞を吐いた。


「ヴィー。貴女はもう少し瞬きをした方がいいと思います」


「ナウラはもう少し女らしい表情をした方がいいと思うわぁ」


ヴィダードの様子を見ていたナウラが指摘すると彼女は反論した。

どちらの言葉も図星すぎてシンカは否定することが出来ない。

そのせいか2人の口論が激しくなる。


「そう言うヴィーも私からすれば少々、いえ、大分気色の悪い表情をしていると思いますが」


「き、気色!?言っていい事と悪い事があるんじゃないのお?!貴方様!何とかこの牝豚に言って下さい!」


苛立ったのかナウラはヴィダードに痛烈な悪口を放った。

助けを求めるヴィダードに対してシンカは突き放す。


「同意だな。瞬きをせずに俺の顔を凝視するのをやめて欲しい」


ヴィダードの視線は最早物理的刺激を伴っていると言っても過言では無い。


「ヴィーは貴方様に捨てられるのぉ?お願いよぉ。捨てられる位ならその手で絞め殺された方がいいわぁ」


「煩い。行くぞ」


「分かりました。ヴィー。悪口を言って申し訳ありませんでした。まあ、本当に思っている事ですが」


「ナウラ、ヴィーに意地悪するのやめようよ。確かにヴィーは怖いけど……」


「ああああああああああああああああっ!」


「置いて行くぞ。ここは森の中だ。大声を出すな」



2日後の夜間、シンカ達一行はポルテの砦付近まで潜んで近付いていた。

ベルガナ軍は2,000程に数を減らしてはいたが、煌々と松明が焚かれヴィティア軍の些細な動きにも気付ける様に油断なく砦を包囲していた。


ポルテは山脈を背にし、麓に丸太を組んで作られた砦の壁が三重に張り巡らされている。

丸太には多数の矢が刺さり戦闘の激しさを見せつけていた。


大地はがれ場が目立ち、攻城兵器を扱いきれていない様子も見て取れる。

砦からの投石が直撃したのかいくつかの雲梯や破城槌が破壊されてぽつりと両軍の合間に取り残されている。


ヴィティア軍は決死の反撃を行なっているのか、矢や行法に倒れたベルガナ兵の死体が散らばっている。

今は夏だ。このまま死体を放置すれば疫病となる。


「う……」


嗅覚が鋭敏なヴィダードがふらついてシンカにもたれかかった。


「ヴィティア兵も必死だ。彼等は敗れれば虐殺される事が分かっている」


「捕虜にはしないのですか?」


「死にたくないのであれば早期に降伏するべきであった。立て籠もる者達は降る事を良しとしなかったのだ。ここまでお互いに犠牲が出れば後戻りは出来ん」


「そもそもなぜベルガナはヴィティアに侵攻したのですか?」


「どうやらベルガナは国内が安定しているらしい。反面常にベルガナを苦しめて来たメルセテは内乱で外に目を向けられない状況らしい。新女王とやらはその内に地盤を固めるべくヴィティアを得ようとしたのだろうな」


「悍ましいですね」


「うん。ヴィティアや俺たちから見ればそうだ。だが女王のサルマは自国を富ませる事を考えた愛国者のはずだ。メルセテの脅威から脱却し民に平穏な日々を与えるべく腐心している筈だ」


「魍魎も人間も変わりないのですね。生きる為に何かを犠牲にするのですね」


「ナウラとて肉を好んで食すだろう。好みの物を食べる為に生き物を殺す。彼等は何の罪も犯していない。それに耐えられない者はヴィーの様に菜食主義者となる」


「……ヴィーの場合、生き物を殺したくないんじゃなくて、肉が身体に合わないだけだけどね」


ぼそりとユタが訂正した。


ベルガナ軍の斥候に鉢合わせない様に周囲の気配を探りつつ、月光の下砦に近寄った。逆茂木の合間を縫って砦の一重目の壁にたどり着く。


壁の上に松明を持った歩哨が佇んでいる。

土を盛り固めた土台の上に森から切り出された太い丸太が並び壁をなしている。

大の大人6人分の高さがあり、先端は削られて尖っている。

一行は明かりに照らされぬ様に砦を回り込み刺さった矢や枝の跡を足掛かりに1つ目の壁を登り切った。


歩哨に見つかる前に1つ目の壁を飛び降りた。


1つ目と2つ目の壁の間は兵士達が剣を研ぎ直したり盾や弩の調子を確認したりと物々しい雰囲気を醸し出している。人の視線を避けて篝火の少ない場所を抜けて開け放たれた2つ目の門を抜ける。


この区画は投石機が設置されて今も尚行兵が土行で岩を地面から作り出し、それを兵士達が運んでいた。


中年のドルソ人指揮官が周囲に指示を飛ばしている。


「いいか!ベルガナ兵の数が減ったからと油断するな!敵は必ず仕掛けてくる!戦の支度を怠るな!」


何故そう判断出来るのかシンカには分からないが、真実であれば時間が少ない。


この砦と共に心中するわけにはいかない。慌ただしく動き回る兵達はシンカ一行を見咎める事はない。


次の門を抜けると多数の天幕が張られた砦の中央に辿り着いた。


天幕は8人を収容する大型のもので、数百も立ち並ぶそれらは柵で囲まれた要人達の物を除き全て形が同じで、同郷の薬師たちが寝泊まりする天幕を形で判別する事は難しい。


だが目を凝らせば鷹が止まっている天幕が東の中央に確認できた。


「キッ、キッ」


高い音で音を鳴らし鷹の止まる天幕に近づいていった。

首を折り曲げて自身の背に嘴を突っ込んだ状態で目を閉じていた鷹が一度目を開けたが、近づいて来たのが見知ったシンカであった為、再び目を閉じだ。


「入るぞ、ヨウロ」


入口の布を避けて中に入る。

簡易寝台に掛けた森渡り達が此方を見ている。

ヨウロとその弟子のロラン、そしてセンヒだ。


「シンカ。それと弟子達も怪我はない様だな。鷹の文では聞いていたが良かった」


「うん。其方も3人とも無事の様だ。安心した」


「リンメイはどうした?」


「後で説明する。俺のヤカを付けた。万に一つも無いはずだ」


ロランが立ち上がって水を杯に注いだ。

シンカ達は背嚢を降ろして笠と外套を外す。

ナウラ達が水を飲み終わると自身の背嚢に腰掛ける。


「初めに何が起きたか、教えて欲しい」


早々にシンカはヨウロを問いただした。


「初めか。何故第1軍が瓦解する事になったかだな。俺達も軍の後部を行軍していたから直接見たわけではないが、第1軍がマルンに近づいた時、敵の師団が背を向けてベルガナ方面へ向かって行く所を斥候が確認したという話だった」


「それを追ったということでしょうか?」


ナウラがヨウロに相槌を打つ。


「ああ。ヴィティアは幸か不幸か戦争とは程遠い国だったからな。確かに軍は背後からの攻めに弱い。そんな背後を不用意に晒す程ベルガナは考え無しではない。ヴィティア軍はベルガナ軍に追い縋り1と半里を追った」


「愚かな。隊列も伸び、格好の餌食ではないですか」


「ああ。専門外の俺でも分かる。だがヴィティアの将校には分からんかった。恐らくベルガナの首脳はヴィティアが釣られることも分かってたんだろうなぁ」


「確かに危険な策よね。ヴィティア軍が釣られていなければベルガナは籠城戦を前に軍を割ることになっていたものね。抑えの隊を残してマルンを包囲していればヴィティアがマルンを攻め切れなくとも出兵しているベルガナの兵糧が先に尽きるのは目に見えているものね」


ヴィティアの第1軍が釣られずに直ぐさまマルンを包囲していればセンヒの言う通りの結末を迎え、ベルガナはワイリーに引くこととなっただろう。


「隊列が伸びた第1軍の横合いを森に潜ませていた伏兵が襲った。路は細いからな。俺たち薬師や荷駄隊も追従せざるを得なかった。森に魍魎からの犠牲を覚悟でベルガナは兵を置いていた。ま、1里半も周囲の確認なしに突き進めば伏兵も何もない。脇で魍魎と切り結んでいようが気付けんよ」


「滅ぶべくして滅ぶ弱い国って事ですね」


ロランが軽い調子で告げた。

シンカ達にとってもこの地をヴィティアが治めようがベルガナが治めようがどうでも良い事だ。

グレンデルがロボクに狙われていた時の様に失いたく無いと思う誰かがヴィティア軍にいるわけでもない。


傾向を見るにベルガナは民草を害する意図も薄い様に見受けられた。


一部略奪が行われた町村もある様だが規律を犯した者の仕業だろう。


「で、シンカ。お前達はどうだった?」


「似た様なものです。初めベルガナがどういうつもりで居たかは分かりませんが、ヴィティアはマルンから矢が届く範囲に位置どりました。結果むざむざ矢を射られて兵達は錯乱し、森には伏兵も置かれており挟撃までされました」


ヨウロにナウラが答える。


「伏兵か。第1軍が囮に釣られずにマルンに攻めかかっていれば案外直ぐにマルンはおちたかもな」


「恐らくは。当時ワイリーにベルガナの第3師団が常駐し、第1軍がマルンにて立てこもって居た様です。第2軍が伏兵や囮として動いていたと見るべきでしょう。とすれば早々にマルンを囲んでしまい、伏兵や囮を別個撃破すればかなり優位な態勢に持ち込めたのではないでしょうか?」


ナウラの意見にシンカも同意する。但し、それを考えられるほどの将校はヴィティアには存在しないのだ。


「俺達は薬師を連れて森に逃れ、途中でポルテに逃れる部隊に吸収された。俺達だけなら森に潜んでやり過ごせたんだがなぁ」


「仕方ないですよ師匠。僕達スライの薬師と仲良くやってたじゃないですか。見捨てられませんよ」


「まあそうだな」


シンカとて同じ立場の薬師を見捨てる気にはなれない。

最悪の事態ともなれば考えるが、自分に余裕があるうちは様々な柵(しがらみ)を捨てて行きたくはない。

柵を捨てると言うことは人をやめると言うことだ。


魍魎に近付いていくと言うことなのだ。


「王都の様子は?」


「王都もここと同じ様に囲まれています。鼠一匹逃さない厳重な包囲網ですね。ベルガナ軍は坑道を掘り進めている様ですが、スライの行兵が地面を固めており進めていない様です」


「此処も同じよ。土行兵は苦労するわよね」


一息つくと背嚢を漁って食糧を取り出した。ナウラやヴィダード達も遅い夕食を取り始めた。


「山渡りの話になるが」


食べながらシンカは口を開く。


「此方にも現れたぞ。どうやら指揮官を狙っていた様だったな」


「吐かせたのか?」


「いや。俺達は只の薬師でなければならない。大立ち回りは出来ない。殴り倒して兵士に突き出した。この砦は指揮官のラッセル連隊長はヴィティア軍に於いて数少ない実戦経験豊富な指揮官だ。彼を暗殺すればこのポルテは落ちたも同然だからな。フェニク将軍は1番初めの戦闘で呆気なく討ち取られているしな」


ラッセルとはシンカ達が砦に侵入した際に兵達に指示を飛ばしていた中年の男の事だろう。

第2軍の指揮官アドル・オールドーも馬上で全身に矢が突き立って死している。


「俺たちの方は7人を捕えてある。森の中の朽ちた遺跡に拘束してリンメイに見張らせている」


「ヤカを付けたとは言え1人で大丈夫なのか?」


「必要な情報は得た。逃げるなら勝手に逃げれば良い。7人居ようとリンメイが逃げに徹すれば逃げ切れるだろう」


「何か喋ったか?」


「喋りはしなかったが、反応を見れば分かることもある」


「反応?」


「隠したい事を此方が口に出せば心拍や体温に影響があるだろう。外見的にも焦点や発汗などを見れば何が真実か概ね分かる」


「お前っ、言わんとする事は分かる。理屈もな。だが限度があるだろうが。気持ち悪いな」


「奴らもそう言っていたな。化物か……と。7人も居れば真実を探り当てるなど容易い」


「お前に嘘はつかない。今決めた」


木の実を食べて胃を膨らませ終わると干し肉を齧る。

既に自分の干し肉を食べ終わり悲しげに眉尻を下げたユタに自分の残りを放った。


それだけで目が輝くユタ。


「前にヴィダードが負傷した部隊とは別の部隊の様で、特に森渡りに対する害意は抱いていなかったが、返り討ちにした影響で警戒はされているらしい。奴等山渡りがベルガナと協力関係にある事は間違いない。だが何故協力しているのか事情を知る者は捕獲した者の中には居ない」


「矢張りか。ラッセルを暗殺しに来た時点で確信はしていたが」


「奴等の任はヴィティア国内での工作活動だ。敵首脳の暗殺や施設の破壊工作。だが指揮系統はベルガナには無く、存在も周知していない」


「配下に置いているわけでは無く同盟しているのか、秘密部隊なのか」


「他に山渡りはいないのかしら?それで全部とは考えていないわよね?」


少し喧の篭った口調でセンヒが口を挟む。


「うん。奴等の部隊は10人。其方で暗殺を企み捕獲された者が2名。此方で森を彷徨いていたのが7名。1人足らん」


「無能ね。私だったら既に見つけられているわ」


センヒは矢張りシンカに対して悪意を抱いている様だった。

しかし面と向かって悪態を吐く程度、可愛らしいものだとも思っている。

問題はヴィダードだ。

シンカはヴィダードの尻を他の人に見られない様に気を付けながら撫でてセンヒの言葉から意識を逸らしていた。


「やめろセンヒ。シンカがお前に何をしたと言うんだ」


「無能で済まなかった。……これは奴等の長である女から探り出した情報だが、近々もう2部隊がヴィティアに潜り込んでくるらしい。詳細は兎も角として、山渡りはもっと早くにベルガナがスライを囲むと予定していた様であっだ。つまり、山渡りはベルガナのかなり上層部から情報を入手出来る状態であると言う事だ」


シンカが述べるとヨウロは顎に手を当てて考え込む。


「成る程な。今回の侵攻は稲妻のように早く鋭い物だった。事前にきな臭い動きも見られなかったと言うのにここまで深く潜り込んでいると言う事は計画の中枢にあったと考えた方が筋が通る」


「だが、今はスライを囲んだまま直に一月が経つ。予定外の状況である証と考えている。今の状況を打破するために新たに山渡りが2部隊派遣されたのだろう」


「その2部隊、どうするつもりなの?」


「私とシンカは森渡りに干渉してこない様であれば捨て置こうと考えています」


「甘いんじゃないの?もし貴方達が言うように山渡り達が森渡りの知識や戦力を欲しているのであれば数を削っておいた方がいいんじゃないの?」


「今はまだ幸いと言うべきか被害が出ていません。殺生は控えたいと私は考えています。シンカがやれと言うのなら厭は有りませんが」


「仲間が殺されても同じ事が言えるの?あの時殺しておけばって思うわよ。きっとね。私なら殺す」


センヒの言う事は間違っていない。山渡りが森渡りを狙っている事は分かっている。


戦争が終われば山渡り達は動き出すだろう。

それでもシンカが山渡りを殺さないのはナウラの心情を慮ったが故だ。

害意を抱かれていない相手をナウラは害したく無かったのだ。

甘いとも言える。


だがそれは失ってはならない感情だ。


「センヒ。無闇矢鱈と噛み付くな。だが俺も同感だ。生かしておくのは天に向けて唾を吐く行為に思えてならない」


「ならお前達が殺せ。場所は伝える」


「そうですよね。貴方の現地での判断を苦労していない者がとやかく言うのは間違っていますね。ね、師匠。判断は僕達に委ねられたのでこの話は後程にしましょう」


「うむ……そうだな。ここポルテの戦況についてだが、5000で取り囲んでいた兵がここ2、3日で半数に減った。シンカの工作のお陰だ」


「思惑通り山下蚯蚓による被害をヴィティアの遊撃部隊のものと見誤った様だな。それを調査する山渡りも捕獲した」


「ラッセルは今夜夜半から明朝未明に掛けて襲撃が有るものと踏んでいる。あると思うか?」


「戦には詳しくない。分からないが、数が減れば気が緩む。そこを叩こうと考えるのは無い話ではなさそうだが」


「ベルガナの最後の部隊が引き上げたのが今日の正午。未明に襲撃があると踏んだラッセルはさすがと言うべきかしら。抜かりないわね」


「いつこの砦を抜け出すかだな」


「僕達だけならいつでも抜け出せました。でも他の薬師も連れてとなると……」


「人数は何人だ?」


「7人よ」


7人の戦闘技術を持たない薬師達。

気配を殺して砦から抜け出す事も、乱戦の中を切り抜けて逃れる事も難しそうだ。


「………やれやれ」


「土行で地面に穴を掘る事は矢張り難しいのでしょうか?」


「ヴィティアの土行兵が経の感知を熱心にしてるから、直ぐに捕まるわね」


「門には近づけんだろう。穴を掘るか壁を破るかしか無い」


「ただ穴を開けるだけなら俺が出来る。ナウラ、赤釣瓶で壁に穴は開けられるか?」


「壁が丸太なので壁が炎上するでしょう。大分目立ちますが?」


「そんな事は分かっている。丸く焼けないか聞いたのだ」


「紙に火を当てて丸く焼けますか?全て焼けるに決まっておりますが」


「お前になら出来るかと思ったのだが」


「……巫山戯ていますね?」


ナウラが苛立たしげな様子を見せたので冗談は止めて考える。


「ベルガナの攻撃を受けている間に穴を掘り進めるのがいいのでは無いだろうか?」


「おお!確かに籠城戦の最中なら行兵の意識は外に向く。侵攻の最中に掘り進めれば」


「それには砦が落ちてしまえば意味が無い。土行が使えるのは?」


「俺たちの中にはいないな。俺は風行、ロランも同じく。センヒが風、水、火」


「ではナウラにやらせよう。此方は俺が風、水、土。ナウラが火、土。ヴィダードが風、ユタが水だ」


「僕、そんなに強い水行法は使えないよ……」


腹が満ちてうたた寝していたユタがはっと目を覚まして答えた。話はきちんと聞いているらしい。


「ここから外に向けて地下を掘ればいいのですか?」


「掘るというより土を凝縮して岩に変えて欲しい。崩落しないように。人が屈む程度の高さだ」


「距離と方向は如何致しますか?」


「東の森手前まで。必ず火を灯し、火が消えたら直ぐに引きあげろ」


「分かりました。4刻頂きたいです」


「砦が持ち堪えられるかどうかだな。砦の兵数は?」


「1200だな。内負傷による戦力外が400」


「今までは砦の外の遊撃部隊を考慮して5000の兵全軍が攻めてきていたわけじゃ無い。複数いる敵指揮官が連携出来ていない傾向もあったわ。でも今回は違う。全力で来る。保っても半日」


「そうだろうなぁ。敵指揮官はポルテを陥落せしめる戦功を己だけの手にしたい筈だ。半日も保たんだろうな」


「僕達も防衛に協力してナウラさんが逃げ道を作る時間を少しでも稼ぐべきでしょうね」


「止む無しか。ナウラ。頼むぞ。ヴィー。ナウラを任せる。支援してやれ」


ヴィダードは矢を扱う。本数に限りがあるので防衛戦には向かない。

シンカ達は幾らか小さい打ち合わせを終えると身体を休める事とした。


ヨウロ達の天幕に空いた寝台が5つある。

内4つを使って身体を休めた。

ヨウロの弟子ロランが念の為周囲を警戒し、幾許か時間が経った。


シンカは身体を横たえ休ませながら半睡眠半覚醒状態で思考していた。

天幕の外は戦支度もある程度終えたのか物音は少なくなり、代わりに緊張を孕んでひりついた静寂に包まれていた。

夜の帳とそれが混ざり合い不気味な空気を醸し出している。


砦は決して広く無い。

消えようとする命の灯火を少しでも長く保とうと兵士達は決意を固め、緊張に手脚を震えさせているだろう。


恐らく殆どの命が失われる。

分かっていて尚抗うのだ。


シンカ達が幾ら身を粉にして闘ってもこの結末は変わらないだろう。


7人の薬師を救う為にこれから自分達は10倍20倍の敵兵を殺める。

その事実に苦悩は確実に存在した。


だが雑多な敵兵よりも身近な薬師達の方を救いたいという気持ちに変わりはなかった。


7人にはこの戦で森渡り達が殺めた数以上の人を救ってもらう。

そう心の中に落とし込むしか無いのだ。




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