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8. 病院にいたのは…

 一週間ぶりの教室の扉は雄一にとってよそよそしさを感じさせた。

 中からは他の生徒たちの声が聞こえたが、気後れを感じ扉の前からなかなか進めずにいた。


「なにやってんのよ。早く入りなさいよ」


「……戌井さん」


「ほら、簡単に開くでしょ。……あのときとは違うんだから」


 アッサリと開いた扉の先では、久しぶりに顔を見せた雄一や葉子の顔を驚いた顔をした後に、嬉しそうな笑みをうかべて出迎えた。


「よう、ひさしぶり。どうしたんだ、風邪か?」


「ひさしぶり~、風邪ってきいてたけど狐格子君と同じタイミングで直るなんてね、さては葉子がうつしたんじゃないの」


 チャイムが鳴り教師が入ってくると、生徒たちはおしゃべりをやめて自分たちの席についていった。


「えー、みなさんにお知らせがあります。戌井さんが夏休み前に転校することになりました。それじゃあ、戌井、前にきてみんなに挨拶しなさい」


 ガタリとイスを引き、葉子が黒板の前に立った。教室中の視線を集めた葉子は居心地わるそうに、身をよじり視線をさまよわせた。

 廊下側の席にいた雄一の視線が絡み合うと、ごほんと咳払いをしてから口を開いた。


「えーっと、パパの仕事で長野へ引っ越すことになったのですが、正直行きたくありません。いやだといっても、わたしは子供なのでついていかないといけません。というわけでいってきます。みんな、ありがとうございました」


 棒読みで箇条書きのように話しおわるとペコリと頭を下げた。

 パチパチと拍手の音が響く中、葉子はさっさと自分の席に戻った。

 

 

 衝動的に家を飛び出し行き着いた先で、二人はいままでの生活からかけ離れた生活を続けた。そんな中で過ごした1週間、二人の頭につまっていた不満は冷えて固まり、自分たちの置かれた状況を把握することが出来ていた。

 

 

 家に帰った葉子は、両親から家出について数時間にも渡ってこんこんと説教を受けた。一段落つくと、ようやく引越しの準備を始めていた。

 葉子も自分の部屋の整理をしながら、あの家に着替えを入れていた荷物を置いてきたことを思い出していた。


「取りに行ったとしても、玄関が開かないじゃない。というか、結局、あの子はなんだったのよ。あいつのおばあちゃんは入院中だっていうし……」


 ダンボールに荷物をつめていた手を止めて考え込み始めたところで、家のチャイムが鳴った。


「葉子、おともだちよ~」


 母親の呼び声に応じて玄関に向かうと、そこには雄一が立っていた。


「これ、戌井さんの荷物だよね」


 雄一は肩に背負っていたスポーツバッグを葉子に差し出した。


「そうだけど、取りにいってくれたの?」


「ちがうんだ、えっとさ……、気づいたら玄関の前にボクの荷物と一緒に置かれてたんだ」


「はぁ? なによ、それ。誰かがもってきたっていうの」


「たぶん、ね。もってくるとしたらばあちゃんしかいないと思うんだよ」


「ばあちゃんって、あのミヤって名乗ってた子よね?」


「うん、まあ」


「ふうん……」


 雄一の言葉を聞いたあと葉子は何かを考え込んでいた。


「ねえ、もう一度あそこに行ってみない?」


「そうね。わたしもそれ言おうと思ったところよ」


 葉子はニヤリと笑みを浮かべると、出発の予定を話始めた。


 

 土曜になり朝もやの立ちこめる中、雄一は駅前の待ち合わせ場所で一人立っていた。

 もうそろそろ行かないと、電車の時間に遅れるというところで、一台の車がやってきた。


「パパ、もう時間ないし、それじゃ!!」


 バタバタと走ってやってくるのは葉子の姿であった。


「ごめん、遅れて」


「いいよ、電車出発しちゃうし、急ごう」


 二人は改札を駆け抜けて、ホームに警笛が鳴る中で電車に飛び乗った。

 他に乗客のいない電車内で、二人はシートにもたれかかりながらはあはあと息を切らせた。


「親がなかなか賛成してくれなくて、手間取っちゃった。そっちは?」


「ボクの方はすぐにうんっていってくれたよ」


「そっかー、いいなぁ。雄一のうちは~」


「しょうがないよ、戌井さんは女の子なんだし心配なんでしょ」


 葉子は複雑な顔をしながら、「なんで、こんなときだけ女の子扱いするかな、こいつは」とぶつぶつとつぶやき、雄一は首をかしげていた。


「予定の確認だけど、向こうについたら、まずあんたのおばあちゃんに会いに行くのよね」


「うん、母さんからばあちゃんが入院してる病院きいてきたよ。でも、母さんが変なこといってたんだ……。行くなら覚悟しときなさいよって」


「覚悟って? なんで?」


「わからない、ばあちゃんと最後に会ったのは4年前の父さんの葬式のときなんだ」


「葬式の後、なにかあったの?」


「それも教えてもらえなかったんだ。ばあちゃんに会いに行きたいって言ってもいかせてもらえなかったし」


 二人は首をひねるが結論はでることはなく、どちらにせよ、行けばわかることでそれ以上話は続くことはなかった。



 一週間前に通った道をふたたび通り、二人はまた戻ってきた。

 ビルもなければコンビニもない小さな駅前のバス停で待っていると、やがてロータリーを通ってバスが二人の前に止まった。

 ステップをのぼって入ってきた二人をみて、運転手はまた家出かと心配になり声をかけることにした。


「君たち、今日はどこまでいくんだい?」


「病院です。祖母の見舞いに行こうと思って」


「そうか、えらいね」


 運転手は自分の杞憂だったかと胸を撫で下ろし、バスは定刻どおりにいつものルートを走りだした。

 バスを降りた二人は市営の病院の前に立っていた。

 受付で『狐格子(みや)』の名を告げ、教えられた部屋に向かった。


 リノリウム張りの廊下をスリッパが立てる音を聞きながら、薬くさい病院独特のにおいに鼻をむずむずさせ、やがて二人はたどり着いた。

 部屋に6人部屋で、患者が使っているベッドはカーテンで仕切られていた。


「ばあちゃん……」


 窓際のベッドに座る老人が、窓越しに外の風景を眺めていた。

 雄一の声に反応して振り向いた顔は、白髪頭の年相応のシワの刻まれたものだった。


「ん? だれじゃろうか?」


「ボクだよ、孫の雄一だよ」


 雄一は祖母に近づきその顔をよく見える位置に持っていった。


「んん? お、おお、雄大(たけひろ)じゃないか。元気じゃったかぁ」


 喜びを露わに雄一の手をとりながら祖母が呼ぶその名は、雄一の父のものであった。


「ばあちゃん……、ボクは雄一だよ」


「雄大は今日どこであそんできたんじゃ? また、あの稲荷神社かのう。あそこはお気に入りの場所じゃったからのう。毎日毎日開きもせずに、今日こそ幻の鳥居を見つけてみせるいうて、夕方まで外にいて、今日は見つかったのか?」


 一方的にしゃべる祖母の声を、雄一は痛ましそうな顔をしながら聞くことしかできなかった。



「じゃあね、ばあちゃん」


「ああ、早く帰ってくるんじゃぞ。お前の好物つくっておくからのう」


 病室を出るまでに30分程度だったが、雄一はひどく疲れた顔をしていた。


「雄一、その……」


「ん、ああ、だいじょうぶだよ。ちょっとショックでさ。なんか混乱しちゃって」


 待合室のイスに座る雄一はうなだれながら、頭の中にあった祖母との思い出と、病室で見た祖母の姿をぐるぐるとかき混ぜていた。

 その傍らで葉子は、うまい言葉をかけられないもどかしさを抱え、怒ったように眉根を寄せていた。


「行かなきゃ……」


「雄一? どうしたの?」


「ミヤに、会う」


 ふらりと立ち上がった雄一を見て、葉子は戸惑った表情をしていた。


「会ってどうするの? あの子はたぶん近所の子で、ただのいたずらだったんでしょ」


「それは、たぶん違うと思う。ボクとの昔のことも覚えていたし、なによりもあの姿なんだけどさ。あれは昔のばあちゃんが子供のころとそっくりなんだ」


「えっ、うそ……、だって、あなたのおばあちゃんはさっき会ったじゃない」


「見覚えがあると思って、父さんのアルバムを見てさ。そしたら見つけたんだ」


 雄一が懐から取り出した写真には、不器用な顔で笑顔を浮かべる着物をきた黒髪の少女の姿が映っていた。


「これって、ほんとうに……」


「会ったって、なにか変わるわけじゃない。でも、知っておきたいんだ」


「わかった、付き合うよ。わたしも帰ってからずっと気になってたしね」


 二人は再びバスに乗り、あの家を目指した。 

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