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6. 幻想の日常

 田んぼのあぜ道に3人の子供が丸く並んで地面を見ていた。その中心には黄色がかかった茶色いぬめりとした皮膚をもつガマガエルが、地べたに手をついていた。

 人間の手の平よりも大きなガマガエルは、頭部の二つの目玉をどこともなく向けながらジッとしていた。


「ふむ、うごかんのう」


 山吹色の着物をきた黒髪の少女が困ったように、他の二人の顔を見た。


 二人のうち少女はしかめっ面をしていた。


「きもいし、こんな遊びがほんとに流行ってたの?」


「もちろんじゃ。一番遠くまでカエルを跳ねさせるという遊びじゃったが、勝つためににはよりよいカエルを見つけてくるのに子供たちは躍起になっていたものじゃ」


 着物の少女・美弥がカエルの後ろで足踏みをして音をたてるが、カエルはじっとするばかりで動きそうものなかった。


「父さんとやったときは、ちっちゃいアマガエルだったな。でも、一緒にいた狐にたべられちゃってさ」


「きつね?」


「うん、いつも後からついてきてるやつでさ。ぴょんってとんだカエルにとびついて、そのまま口にいれちゃったんだ」


「変なやつね。それにしても狐って飼えるんだ」


「ああ、あやつは飼ってたわけじゃなくて、勝手にいついていただけじゃ。気が向けば家にいて、ひょいと姿を消してのう。今ごろ、その辺りにでもいるんじゃなかろうか」


「そっか、あいつにも会いたかったんだけどなぁ」

 

 

 雄一が7歳になり小学校に入ったばかりの頃、暗い顔をする母に連れこられた。

 何度もきていたことのあった祖母の家であったが、自分を置いていずこかに去ってしまった母を求めて、雄一は不安で泣いていた。


 そんな雄一のそばにいて、ずっとなぐさめていたのは祖母と、一匹の子狐であった。

 祖母が家にいないときは、子狐が雄一の周りをうろちょろとまとわりつき決して一人にさせようとはしなかった。

 雄一も、狐の山吹色のやわらかな毛並みに触れながら安心感をもらっていた。

 やがて、元気を取り戻した雄一は村の中を遊びまわるようになった。その傍らにはいつも子狐の姿があった。

 

 

 動こうとしないガマガエルを田んぼの泥中に返してやると、3人は次はどこに行こうかと話しながら歩いた。

 陽炎にゆれる道路の先から軽トラが走ってくるのが見え、狭い道なため3人は脇に寄って軽トラが通り過ぎるのをまった。

 しかし、エンジン音が遠ざかっていくことはなく、雄一たちの前で止まった。


「雄一君たちじゃあねか、これからどこいくんだべか?。よかったら、後ろのっかってくか」


 運転席の窓からひょいと日に焼けた男が顔をだし、人好きのしそうな笑顔を浮かべていた。若いものが都市部にでて、ほとんど年寄りだけの村であったせいか、子供である二人は村の住人たちによく声をかけられた。


「ありがとうございます。でも、これから川に行くのでちょうど方角逆なんですよ」


「そうか~、だけんども、川には十分にきいつけるだぞ。どれ、後でおらも見にいくべか」


「大丈夫じゃ。わしがいるからのう」


「んん? みねえ顔だな。雄一君たちのお友達だべか? どっかで見た覚えがあるような……」


 美弥がずいと前にでるが、男は不思議そうに首をかしげた。子供のいたずらだと笑い飛ばされるだろうと、雄一と葉子は苦笑しながらみていた。


 しかし、男は目をこらしながら美弥を見ていると、急にスイッチが切り替わるようにうなずき始めた。


「そうかそうか。ばあさまがついてるなら、安心だな」


 そんじゃあなと、と手を振り男はエンジン音を残して去っていった


「まったくあやつも年のようじゃな。わしのことを忘れてしまうとはのう」


「いや、おかしいでしょ。なんであんた見てばあさん呼ばわりしてるのよ」


「なんでじゃろうなぁ。きっと、わしからあふれ出る威厳に気づいたのじゃろう」


 葉子にとって、美弥は言動と見た目が一致しない存在だったが、葉子はまあいいかと思いながらカラカラと笑う美弥の隣を歩き出した。

 

 

 雄一と葉子の二人が田舎にやってきてから、一週間がたとうとしていた。

 二人は田舎を満喫していた。朝起きて虫をとり、昼間の暑い時間は川原で水遊びを楽しんだ。どこからかともなく現れる美弥と一緒になることもあったが、二人でいることが多かった。

 

 ジリジリと照りつける夏の日差しの中、麦藁帽子を被った小さな姿が、田んぼのあぜ道の上でひょこひょこと動いていた。畑でクワを振るっていた男が、日に焼けた顔でシワをのばすように笑いながら声をかけてきた。


「お二人さん、今日も元気がええのう」


「おじさん、こんにちは」


「こげん暑いと倒れてしまうじゃろう。冷やしといたトマトがあるから、ほれ、もってけ」


 用水路の透明な水の流れから真っ赤に熟れたトマトが姿を現し、山なりに投げられ水滴をまきながら二人の手に収まった。

 二人はお礼をいって、トマトをかじりながら歩き出した。


「トマトって、こんなに味濃かったんだね」


「ここでつくった野菜はおいしいからね。ばあちゃんが作ってくれる料理もここの野菜を使ってるんだってさ」


「へえ、だからあんなにおいしいのか」


 二人は野山を駆け回り、家に帰ると美弥のつくる料理を味わう毎日を満喫していた。そこには、日常的なわずらわしさは存在しない、まるでお伽話の国のようだった。


「わたしたちって今、家出してるんだよね」


「うん」


「なんかあんまり実感わかないよね。毎日が楽しくってさ……。家出っていったら、もっときついものだと思ってたのに」


「そっか」


 葉子がそこまで覚悟していたことを意外に思いながらも、雄一はうなずいた。

 出発したころの心に溜め込んでいた毒が抜け切り、二人は穏やかな顔をしながら、草木を揺らす風の音を聞いていた。


「……ねえ、このままここに住んじゃおうよ」


「えっ?」


「みんな優しいし、ごはんはおいしいし、うるさいパパやママもいない」


 青い空を見上げながら遠いどこかに思いを向けている葉子を見ながら、雄一は何を話せばいいかわからず黙っていた。


「なーんてねっ。この生活もいつまで続けられるかわかんないけど、それまで思いっきり遊ぼっか」


「ボクは……、戌井さんが良かったらいくらでも付き合うよ。どうせ、帰る場所なんてないんだから」


 自分を追い込むように話す雄一に、葉子はなぐさめの言葉をかけようとはしなかった。

 二人にとって、お互いの事情は聞かないというのが暗黙の了解になっていた。ただ、お互いに道連れを求め、偶然出会った二人だったのだから。

 

 それでも、こんな日々がずっと続けばいいと願っていた。しかし、変化のない日々などないということは、二人とも嫌というほど知っていた。

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