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4. 千本鳥居

 朝日が山の端を赤く染め、朝露に濡れた草木が輝きだすころ、真っ白な襦袢姿の少女が体を起こした。

 くああとあくびをもらし手の甲で顔を洗うと、山吹色の着物を身にまとい帯を締めた。


「ふむ、朝食はなにがいいかのう」


 布団の上で丸まっている子供たちをみやると、少女は台所に向かった。


 

 すっかり朝日が昇った頃、とんとんという包丁がまな板をリズミカルに叩く音と、味噌汁から香るだしの効いたにおいにつられて、パジャマ姿の雄一が身を起こした。


「ん? あぁ、そっか……、ばあちゃん家にきてたんだ」


 ねぼけ眼で見慣れぬ家の中を見渡した雄一は、台所に立つ美弥に声をかけた。


「ばあちゃん、おはよ~」


「おはよう、雄一。もうすこしで朝ごはんできるからのう。葉子の方も起こしてもらえるかのう」


 雄一は顔を洗ってくると、まだ寝息を立てている葉子の体をゆすった。


「戌井さん、朝だよ」


「んぇ、何よ。あと5分~」


 葉子はむにゃむにゃといいながらまた目を閉じた。


「雄一、そんなときはのう、耳元に息を吹きかけてやると起きるぞ。あやつも年寄りのクセに朝の寝起きが遅いから、よく起こしてやったものじゃ」


 困った顔をする雄一に美弥がいたずらっぽい笑みをうかべながらアドバイスをした。

 話の中に出てきたもう一人について誰だろうかと疑問を感じたが、雄一は言われたとおりに葉子の耳元に口を近づけて、ふうと息を吹きかけた。


「んひゃあっ! な、なにするのよ!」


 突然生暖かい風を感じて飛び起きた葉子が顔を赤くしながら怒鳴り、カラカラと美弥が笑い声を上げた。


「朝ごはんできたから、布団をたたんでくれるかのう」



 朝食が済むと、やることもない二人はどうしようかと互いの顔を横目でチラチラと見ていた。。


「雄一、葉子にこのあたりを案内してやったらどうじゃ。何もない田舎じゃが、見る場所は少しはあるじゃろうから」


「そうね。じっとしてるのももったいないし、いこっか」


 二人が立ち上がり玄関に向かおうとしたところで、美弥が呼び止めた。


「外は暑いじゃろうから、これかぶっていきな」


 頭にかぶせられた麦藁帽子をくすぐったそうに手で抑えながら、葉子はありがとねと笑うと雄一と一緒に玄関をくぐった。

 

 朝方の涼しい風が一面に広がる稲の葉を揺らしていた。風が吹くたびにサアサアと鳴る音を心地よさそうに聞きながら二人は歩いていた。


「ねえ、どこにいくの?」


「えっと、じゃあ、近くの神社があるんだけど、そこでいい?」


「いいよ~。それにしても、ほんとに田んぼと畑ぐらいしかないわね」


 見渡せば起伏の少ない土地に田畑が広がり、小高い丘に森が広がっているのが見えていた。

 家出という緊張感があった昨日とは異なり、葉子は普段住んでいる場所とはまったく異なる風景を、興味深そうにながめていた。


「昨日歩いてたときはあんなにきついと思ってたのに、こうしてみるといいところね」


「うん、ボクもここは好きだよ。前からずっと来たかったんだ」


「じゃあ、雄一、わたしに感謝しなさいよ。こうして来られるチャンスをつくってあげたんだから」


 得意げに胸をはる葉子に雄一は苦笑をもらした。


「ところでさ、えっと、名前で呼んでるけど……、いや別に構わないんだ。でも、なんか気になっちゃって」


「変かな? 今あのうちに同じ名字の人間が二人いるんだから、名前で呼んだほうがいいでしょ。別に、あんたもわたしのことを苗字じゃなくて、名前で呼んでもいいのよ」


「ボクは、いまのままでいいや」


「そう、まあ、あんたの呼びやすいほうでいいわ」


 照れる雄一に葉子は少し残念そうな顔をするが、すぐに元の表情にもどした。


 二人が森の外縁部に沿った道を進んでいくと、やがて森の中への入口を見つけた。

 入口の脇には看板もなく、知らない人間にとってはただの森の中へと続く狭い道にしかなかった。


 雄一が、ここだよといいながら小路に足を踏み入れると、日の光は木々にさえぎられ、さきほどまで感じていた暑さとは別世界のようにあたりはひんやりとした空気につつまれていた。


 森の中をすすんでいくと、丘の頂上に建てられた境内まで続く参道に入った。それまでむき出しだった地面には石段が組まれ、その上をまたぐように朱塗りの鳥居が建てられていた。


「ねえ、なんか鳥居おおくない? 普通、神社の鳥居ってひとつよね」


「あー、うん。ここって千本鳥居って呼ばれてるところらしくて、頂上までずっと続いてるんだ」


 二人の視線の先には石段と一緒に鳥居のトンネルが出来ていた。

 鳥居の中には年季のはいったものが多く、ところどころ色がはげているものもあった。


 二人がいくつもの鳥居をくぐりながら石段を登っていくとやがて開けた場所にたどり着いた。

 石畳の敷かれた境内の先には、賽銭箱が置かれた本殿と、キツネを模した石像が両脇に鎮座していた。


「へぇ、かわいい神社ね。稲荷神社だったのか」


「お祭りとかは、もっと大きな神社でやるらしくて、ここにはあんまり人がこないんだ」


「そうなんだ。あんなに鳥居があったら名物になってもいいのにね」


「いろいろいわくつきの神社らしくて、地元のひとしかしらないんだってさ」


 本殿や稲荷像をおもしろそうに見つめていた葉子が、雄一の「いわくつき」という言葉に反応した。


「なにそれ? おもしろそうじゃない。聞かせてよ」


「なんでも、あの鳥居の数をかぞえちゃいけないらしくて、もしも一本おおかったら、そのままどこかにつれていかれるとか」


「千本もあったら数え間違いとかあるでしょ。でも、おもしろそうね」


 雄一は葉子の反応を半ば予想したいたように、今から数えてみようという提案に乗った。


「じゃあ、わたしはここから数えていくから、あんたは入口の方から数えてきてよ。そしたら数え間違いってこともなくなるでしょ」


 雄一は自分がまた入口にもどらなきゃいけないのかと思うが、楽しそうな顔をする葉子を見てまあいいかと入り口に向かって石段を駆け下りていった。

 ひとつ、ふたつ、みっつと、鳥居にタッチして数えながら参道を登っていくと、途中で葉子とすれ違った。

 数を確認すると、二人とも500と答え途中までは合っていることを知った。


 980…981…982…と、次第に終わりに近づいていることを感じワクワクしながら雄一は進んだ。


 以前、雄一が祖母からこの鳥居について教えてもらったときは、怖くて一人ではできなかったことだった。


 雄一にとっての葉子は最初は苦手な相手であったが、一緒にすごしていくうちに、少し強引なところがあるが一緒にいて楽しい相手となっていた。


 996…997…998…、境内にたどりつき1000本目の鳥居をタッチしたところで、声をかけられた。


「1001本目は見つかったかのう」


「あれ、ばあちゃん?」


 本殿の前には山吹色をした少女がにこにこと笑顔を浮かべて雄一のことを待っていた。


「えっと、あれ? どこから登って来たの? さっき入口にだれもいなかったし、途中ですれ違ったりしなかったよね?」


「さあてなんでじゃろうなあ。そろそろ昼ごはんじゃし、食べてから考えてごらん」


 首をひねりながら石段を降りると、入口で葉子が待っていた。

 葉子も雄一同様に、どこからともなく現れた美弥の姿をみて驚いていた。


「まあ、いいか。どうやったかは後で暴いてみせるわ。それよりも、雄一、鳥居の数はいくつだった?」


「1000本だったよ」


「ふうん、あたしもよ。なんだ、残念ね」


「ふふっ、その言い伝えはのう、大人たちが子供に数の数え方を教えるための方便じゃ。やるなというとやりたくなったじゃろ、おぬしらのように」


 美弥が含み笑いをしながら真実を伝えると、ふたりは顔を見合わせて笑い声を上げた。



 家への帰り道、美弥が二人の手をつなぎ三人は並んで歩いた。それは、まるで仲の良い孫と祖母のような後ろ姿であった。

 

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