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3. 懐かしい味

 昼間の暑かった日差しもなりを潜め、夕陽がさしこみ始めていた。

 赤くそまる畳の上に座る雄一と葉子の二人は、湿気を帯びた風を受けて涼んでいたが、その表情には戸惑いが浮かんでいた。


「ねえ、あんたのおばあちゃん帰ってこないんだけど」


「うん、そうだね。どうしたんだろ……」


「まさか、あの子が本当に」


「いやいや、それはいくらなんでも」


 こそこそと小声で話す二人の耳に、台所から美弥の声が届いた。


「おーい、お二人さんや、食べられないものとかはあるかい?」


「えっと、ピーマンはちょっと」


「なによあんたピーマンが食べれないとかお子様ね~。わたしはなんでもいけるわよ」


「おお、よしよし、じゃあピーマンはやめておくかのう。ばあちゃんもなぁ、タマネギとかにんにくはどうしてもだめでのう」


 やがて、台所から包丁のふるう音が響き始めた。

 葉子が台所に向かうと、着物の袖をたくし上げ、白い割烹着になった美弥が、包丁を軽快に振るっていた。


「なんか手伝う?」


「大丈夫じゃ、そこで座って待ってておくれ」


 その慣れた手つきをみて感心しながら、自分の出る幕はなさそうだと元の場所に座りなおした。


「おおそうじゃ、雄一、前みたいに風呂をたいといてもらえるかのう。やり方は、覚えておるじゃろ」


「それなら、わたしも手伝うよ」


 葉子が勇んで風呂場に向かうと、タイルの張られた狭い部屋に風呂桶が置かれているだけだった。


「あれ、スイッチどこ?」


 葉子がガス給湯器の操作盤を探すが見つかるのは、電灯のスイッチだけだった。


「このお風呂は薪でわかすんだよ」


「はぁ!? うそでしょ。今の時代にそんなのあるの」


 驚く葉子をつれて雄一は家の裏手に回った。

 割られた薪がつまれた納屋と、風呂をたくための竈が見え、雄一がなれた手つきで準備を始めた。


「あんた、火なんて起こせるの?」


「うん、前にきたときに、父さんに教えてもらったんだ」


 雄一の手元をのぞいている葉子には、すこしだけ陰りをみせる雄一の表情には気がついていなかった。

 マッチをこすりねじった新聞紙に火をつけ火種にすると、組んでおいた薪の山に火をくべた。

 だんだんと火が回り薪が赤熱する炭に変わっていく様子を、葉子は興味深そうに見ていた。


「へぇ、やるじゃない。アウトドアとか全然できないと思ってたよ」


「キャンプとかはできないけど、火をつけるぐらいなら」


「そのセリフだけ聞くと、放火魔みたいね」


 葉子が楽しげな笑い声を上げていると、家の中から美弥のごはんだよ~という声が聞こえてきた。

 雄一が炭を砕いて火勢を弱めると、二人は台所に向かった。


 居間のちゃぶ台の上には、なすの煮びたしや、きゅうりの酢の物など夏野菜を中心とした皿が並び、中央にはいなりずしが置かれていた。


「ほら、たんとお食べ」


 3人はいただきますと、手を合わせると箸をとった。

 一生懸命に箸を動かす雄一と葉子を、美弥はにこにこと見つめていた。


「ばあちゃん、たべないの?」


 美弥の取り皿にはいなりずしが一つあるだけだった。


「ばあちゃん、もう年寄りじゃから、これだけで十分なのじゃ。それに、二人の食べっぷりをみてればおなかいっぱいでのう」


「もったいないわね、こんなにおいしいのに。あっ、雄一、それわたしが狙ってたのに」


「えっ、ごめん。じゃあ、ほら」


「なんでそのままたべさせようとしてくるの。自分で食べてよ!!」


 わいわいと騒がしい食卓で美弥はほほえみながら、ついばむようにいなりずしに口をつけていた。


「あー、たべたたべた、ごちそうさま。ミヤって料理うまいんだね」


「おいしかったよ、ごちそうさま」


「お粗末様。口にあったようでなによりじゃ」


 腹が膨れた葉子はそのままごろんと畳の上に寝転がった。


「食べてする横になると牛になるぞ。ほらほら、お風呂いってきんさい」


「それなら、雄一、あんた先に入って」


「いいけど?」


 少女の命令口調に疑問を感じながら、まあいいかと雄一は風呂場に向かった。

 風呂場はもくもくと湯気に覆われ、雄一は指の先をつけて湯加減を見ながら水で埋めていった。


「よし、こんなもんかな」


 丁度いい温度になると、雄一はじゃぼんと湯に体を沈めた。

 歩き回って疲れた体をお湯の温かさがほぐしていき、その心地よさに雄一の口からほぅと、緩んだ声がもれた。


「雄一、お湯加減はどうじゃ」


 脱衣所に通じるガラス戸越しに美弥の声が聞こえ、雄一は上機嫌で答えた。


「ちょうどいいよー」


「そうかそうか、それじゃあ、ひさしぶりに背中をながしてやろうかのう」


「えっ?」


 衣擦れの音が聞こえ、ガラス戸が開こうとしたところで、どたどたと別の足音が聞こえてきた。


「ちょっ、あんたなにやってんのよ!!」


「お風呂に一緒に入ろうかとおもってのう。どうじゃ、おぬしも一緒に入らんか? 3人で背中のあらいっこもおもしろそうなのじゃ」


「やるわけないでしょ。ほら、いくのよ!!」


「そんな無体な……、せっかくの孫との肌のふれあいじゃというのに~」


 遠ざかる声を聞きながら、雄一はため息をついて体を湯船に沈め、ぶくぶくと口から泡を吹き出した。



 雄一が風呂から上がると、若干頬を赤く染めながらにらみつけてくる葉子としょぼんと肩を落とす美弥の姿があった。


「えっと、上がったけど、次入る?」


「いくわよ、ほら、あんたも一緒にくるのよ」


「ううぅ、ひどいのう。せっかくの楽しみを奪うとは……」


 葉子にひきづられるように美弥も風呂場に向かっていくのを、雄一はなんでこうなっているのかよくわからないまま見送った。

 

 二人が風呂に入っている間、雄一は一人縁側に座って外の風景を眺めていた。

 坂の上に立てられた家からは、周囲の風景が良く見えていた。ぽつりぽつりと立てられた外灯と月明りのみで照らされた風景は、普段雄一が見ている都会の町並みとは別世界のようであった。


「ひさしぶりだなぁ」


 雄一にとって5年ぶりに見る風景をしみじみとかみ締めていた。

 そして、その5年の間にあった出来事について思いをはせていると、風呂場から二人があがってきた。

 風呂場から時折笑い声が漏れ雄一の耳に届いていて、出てきた二人の間には仲のよさそうな雰囲気が流れていた。


「薪でたいたお風呂なんて初めてだったけど、気持ちよかったよ」


「雄一はほんに風呂焚きがうまくてのう。前にきたときもようやってくれてたのを思い出したわい」


 美弥の柔和な笑みを見ながら、以前に見た祖母の笑みとかぶっていることに気がついた。

 料理の味つけもかつて食べた祖母のものと同じであり、雄一の頭にもしかしたらという思いが浮かび始めていた。


「さて、それじゃあ、そろそろ床の用意をしようかのう」


「え、もう寝るの。まだ8時じゃない」


「長旅でつかれておるじゃろうから、布団に入ればすぐに眠れるじゃろうて」


 ちゃぶ台の足を畳みを壁にたてかけ、布団を3枚並べていくが、葉子が戸惑った様子で部屋を見ていた。


「えっと、同じ部屋で寝るの?」


「そうじゃよ、うちは広くないからのう」


「……雄一、あんたは廊下側ね、わたしは縁側に寝るから」


「それじゃあ、ばあちゃんは真ん中じゃな。特等席じゃのう」


 恥ずかしそうにする葉子、困った顔をする雄一にはさまれた美弥がニコニコと嬉しそうな笑顔をうかべ、川の字になった。

 やがて、数分もしないうちに美弥の両隣からすやすやと寝息が聞こえてきた。



「ほんに大きくなって……、(みや)のヤツにも見せてやりたかったのう」



 つぶやきは闇にとけこみ、虫の音にまぎれて消えていった。

 

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