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2. 田舎のばあちゃん家

 青い空と一面に広がる緑のコントラストの中でまっすぐに伸びる田舎道を一台の古ぼけたバスが走っていた。

 線路からもはずれた場所にあるこの場所において、唯一の交通機関であったが利用者は少なく、買い物や病院のために年寄りが数人乗り込んでくるのが、この市営バスの現状であった。


 勤続10年となるバスの運転手にとって、乗客の顔ぶれは変わることはなく、それぞれの行き先も把握していた。

 しかし、駅前の停留所で乗せた二人の子供は、運転手にとって記憶にない相手であった。

 運転手はルームミラーでちらりと、最後尾の席に座る二人の様子を見た。

 小学校高学年ほどの少年と少女であり、二人とも大き目のカバンをもちこんでいた。

 兄妹かと考えたが、二人の関係性を示すように距離を離して座っていた。

 

 やがて、田んぼばかりの風景のなかにぽつりとバス停が立っているのが見え、運転手が行き先を告げるとすぐにブザーが鳴った。

 あたりには民家がちらほらある程度の場所で、もしかしたらこの辺りの家の孫か親戚かもしれないと内心で考えながら、運転手は声をかけてみることにした。


「ここ、民家がちょっとあるだけの場所だけど、まちがいはないかい? 次にバス来るのは2時間後だけど大丈夫かな?」


「え、あ、はい。大丈夫だと思います。その、祖母の家に行くところなんです」


 二人のうち、少年のほうがつっかえながらも答えた。そわそわと落ち着かない様子で視線をさまよわせる少年は、早く解放されたいという雰囲気を漂わせていた。

 これ以上プライベートを詮索するわけにもいかず、気をつけてねと、声をかけると運転手はバスから降りる二人を見送った。


 二人を降ろしたバスが走り去っていくのを見送ると、少年はきょろきょろと周囲の光景を確認するように視線を動かした。続いて、バッグから地図帳を取り出し、場所の確認を始めた。


「あっつー、というか、ほんとにここでいいの? 田んぼしかないじゃない」


 冷房の効いていたバスからおりたとたんやってきた熱気に顔をしかめているのは、気の強そうな顔の少女であった。


「ここからもうちょい歩けば、ばあちゃんの家があるはずだよ」


「はずって……、ほんとに大丈夫なの」


 疑わしげに目を細めてにらんでくる少女に、少年は誤魔化すように笑いを浮かべると、大き目のスポーツバッグの紐を肩にかけなおして歩き出した。


「ねー、まだー?」


「うん、もう少しだよ」


「さっきもそういったじゃなーい。というか、田んぼばっかりで全然景色かわらないわね」


 バス停から歩くこと30分、少年は記憶の中の風景と照らし合わせるように周囲に目を走らせていた。

 少年の後ろをついていく少女は、顔に近づいてきた羽虫を手ではらいながら、うんざりした顔をしていた。


「あっ」


「なに、わかったの!?」


「ごめん、行き過ぎたかもしれない……」


「はあぁぁ、もうやだー、つかれたー、のどかわいたー。ちょっと、あんた、バツとして自販機でジュース買ってきなさいよ」


 少女は道路わきの縁石に腰をおろすと足を投げ出し、少年をにらみつけた。あたりは田んぼだらけで、どこにも自販機はなさそうであった。


「ごめん……。でも、だいじょうぶだって、ほらそこの道をいった先だから。まちがいないよ、きっと」


「ほんとでしょうね~? 間違ってたら本当に買いにいかせるからね」


 少女はたちあがると、スカートについたほこりをはたいて歩き出した。

 二人はわき道に入り、地面がむき出しの小路を進み始めた。

 やがて道はゆるやかな坂になり、二人は肩に背負った荷物の重さをよけいにつらく感じていた。


「ここだ、間違いないよ。ばあちゃん家は森の近くにたってたんだよ」


 道は森の端にかかり、二人に容赦のない熱を与えていた日光を木々がさえぎった。

 日陰に入ったおかげで幾分元気をとりもどした少女が、道の先にある赤い屋根の民家を見つけた。


「もしかして、あの家?」


「そうだよ、間違いない!!」


 少年は確信に満ちた目で、記憶と違いがなかったことにホッと胸をなでおろしていた。

 目的の場所がみつかると二人は早足になりながら到着するが、少女は期待から一転して落胆した顔を見せていた。


「えーと、なんていうかおもむきのある家だね」


 屋根に赤茶けた瓦がふかれた木造の平屋建てで、建築材は年季を感じさせる色合いを見せていた。


「まあいいや。ほら、あんたのおばあちゃんの家なんでしょ。堂々と入っていきなさいよ」


「でも、ちっちゃいころに来て以来だから、向こうもボクの顔おぼえてるか不安でさ」


「まったく、めんどくさいわね。あんたがいいところがあるっていうから、こんな田舎までついてきたんじゃない。わたしがいくよ」


 少女はため息をつくと、玄関の戸をノックしごめんくださーいと声をかけた。


「返事ないね。ほんとに人すんでるのかな」


 少女はもう一度ノックしてから戸に手をかけると、あっさりと引けたことに驚いていた。


「無用心ね。って、わっ」


 少女が戸を引いて中の様子を見ようとしたところで、すぐ目の前に人間がいたことに気づいた。

 山吹色を基調とした花菱模様の着物で身をつつみ、肩口で無造作に切りそろえられた黒髪の少女が、玄関に立っていた。少女は突然の来訪者にいぶかしげな目を向けていた。


「おぬし、だれじゃ?」


「えっと……、ちょっと、あんたの出番よ」


 少女は慌てて少年の手を引っ張り、家の中にいた少女の前に誘導した。


「ボクは孫の狐小路(きつねごうし)雄一(ゆういち)だけど、えっと、ミヤばあちゃんいる?」


「ふむ、雄一とな……」


 何かを思い出そうとあごに手をあてる黒髪の少女をよそに、少女は少年の耳元に口を寄せて小声で話しかけた。


「ねえ、もしかして親戚の子とか? わたしたちとたぶん同じぐらいの年だよね」


「いや、見たことないよ。それに親戚づきあいとかあんまりなかったし」


 不安そうな顔をする少年に少女が不満げな顔をしていると、黒髪の少女がハッと思い出したように少年をみた。警戒していた顔から一転して相好を崩しながら、少年に近づいた。


「おお、そうか、思い出したぞ。雄一か、ほんに大きくなったのう。どれ、もう少し顔をみせておくれ」


 黒髪の少女が少年の頬に手をそえると、少年は困惑しながらも頬を赤く染めていた。


「なっ!? ちょっと、なにしてるのよ。というか、あんただれ!!」


「ん? おぬしは雄一の友達かな。挨拶が送れてすまんかったのう。わしは美弥(みや)、雄一の祖母じゃよ」


 にこにこと人のよさそうな笑顔を浮かべる黒髪の少女・美弥を見て少女はイラだちを含んだ高めの声をだした。


「はぁ? あんたわたしと同じぐらいの年でしょ。悪ふざけはやめて、本物のおばあちゃんに会わせてよ」


「こまったのう。雄一、おぬしならわかるじゃろ?」


 急に話を振られた少年は悩みながらも、ごめんと謝った。


「なんと!? ばばあの顔などすぐにわすれてしまうのじゃな。おぬしが5年前にきたときは、あんなに懐いてくれたというのにのう」


 よよよと泣き崩れる美弥を見ながら、少女は少年に耳打ちした。


「とりあえず、話をあわせておこうか。そしてら、そのうちおばあちゃんとも会えるだろうし」


「うーん、まあ、しょうがないよね」


 少年はなんともいえない微妙な顔をしたあと、咳払いをしたあと美弥に話しかけた。


「えっと、ばあちゃん、そのさ、訳あってしばらく泊めてほしいんだけど」


「おお、雄一、ばあちゃんと呼んでくれるか。いいぞいいぞ、いくらでもゆっくりしていけ。その子もいっしょなんじゃろ」


「ああ、うん。ごめんね、突然おしかけちゃって。この子はクラスメイトの戌井(いぬい)さん」


戌井葉子(いぬい ようこ)よ。よろしくね。名前でも名字でも好きなほうで呼んで」


「葉子か、いい名前じゃな。きっと、よいご親御さんなのじゃろうな」


 少女は両親の話を出されると、渋い顔をし、少年も気まずそうな表情をしていた。


「まあ、疲れたじゃろうし、中に入りんさい」


 ようやく休めると二人はホッとしながら、暑い中を歩いて疲れた足を動かして家の中へと入っていった。

 

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