99 噂の立つところに、ほっかぶり ⑦
「なんか、仲良くやってたみたいだしーの、魔素の悪影響もどうにかなるでしょ? な感じだし……」
「魔素……今の僕の知識にあるものだと、冒険者は”レーズン”で魔素対策をします」
「そうそう。その予防効果っぽいのが、葡萄酒を飲む人達やそれを扱う人達にはあるんですわ、これが。あ、これ教会関係者の豆知識ね」
人体に倦怠感などを引き起こすとされる『魔素』。
重度の中毒ともなると死の恐れがあるも、その多くは、”瘴気”と呼ぶ段階の高濃度の魔素である場合に限る。
そのことから、低濃度である魔素はそこまで危惧する必要もないもの。
「もしかしてあの子達……望んであの場所を選んでたり?」
意図的なのか、そうではなのか。
「ともかく、そんな魔族に~、ここには記憶喪失のろんりーぼーいくんでしょ。この街はなかなかどうして、まれな出会いが多いこって」
初日からのこうした体験を、サクラは”出会いの風向き”としてみた。
どうやら良い風向きらしく、『にひひ』と含み笑い。
少ない情報と”占い”によって決めた今回の旅先……。
「それ美味しかったでしょ」
分け与えた夜食を食べる終える相手に、サクラは満足げである。
しかしこの食べ物へのこだわりも日々の努力なしでは成し得ない。
――時折巫女は、『グルメ趣味はふぇいく』と仲間の武道家にのたまう。
『チッ、チッ、チッ。美味しい料理に当たる手応えは、ウチの占いの”風向き”を知るためなんだぜ、ノブっち。食べ歩きは、ちゃんと実益を兼ねているものなのさ~』。
ともあれ。
このように戯れもするサクラが、期待感を膨らましていたところ――に、アレックスが何かを伝えようとして……口ごもる。
「どうかした? ウチのお顔にお弁当ちゃんついているとか?」
「いえ……大丈夫です」
「ま、まさか……この夜食が美味しくなかったとか!? あり得ないんですけど~」
味覚に自信を持つサクラ。
相手の味覚が信じられないと、パンぱんだパンを片手にざわつく。
「とても美味しかったですよ。ごちそうさまでした……さっきのは、お礼を言いたくて」
気持ちに嘘はない。
しかし、アレックスは誤魔化した。
今しがた、本当はサクラを相手に確認しようとしたはず。
己の持つ知識に間違いがないのか――、
――『ダージリン・クロニクル』が、魔王の名で間違いないのかを。
めまいを起こした時だった。
呼び起こされた”記憶”が脳裏に走る。
容貌の整った銀の髪の女。
女は、こちらに名を告げ語りかけてくる……が。
――その”魔王との記憶”について、あれこれ熟慮する余裕は最早ない。
そう、アレックスには思えた。
なぜなら、外をのぞむ眼差しが捉えてしまったのだ。
時計塔を取り囲むように集まってくるローブ姿の集団――。
ざっと数えただけでも、その数は10人以上。
アレックスは穏やかだった雰囲気を急変させた。
「度々、申し訳ない。どうやらこのままだと、僕の問題に貴方を巻き込んでしまうようです」
「おーやおやや。キミくんにとって、招かれざる客の襲来ってとこかしら」
サクラも見晴台から下をのぞき見た。
「ええ、そうなります。貴方はここに隠れていてください。約束します。貴方に危害が及ぶようなことはありません――」
力強い言葉とサクラを残し、アレックスは向かう。
急ぎ階段を降りる音。
戦闘は避けられないであろう敵を、外で待ち構えるようだ。
「あーらあらら。ウチじゃなかったら惚れてしまいそうなセリフ残して、カッコよく去っていっちゃったよ……ウチんとこのアーサーくんもだけど、大陸男児って、みんなそういうものなのかしらん」
戦士の姿を見届けた乙女がつぶやく。
そうして。
「それはそうと――」
ここにきて、サクラは初めての表情を見せるだろうか。
不真面目とも思えるものと嘲笑うものばかりだったそれが、本来の美形がよく伝わる真剣なものへと移り変わる。
「ほんと、この街はなかなかどうして……だね」
――”明確な目的”。
ここを訪れた当初からのそれに向けて、さらに近づこうというのだから……なかなかどうして、”大当たり”であった――――。
大陸辞典:「教会神託名鑑」
数十年に一度、神からの祝福として、教会が輝かしい名を発表する。
それを収めたものが「教会神託名鑑」である。
直近では二十年前に、「アーサー・アレックス・アデル」が英雄神託として特别な名とされた。
ちなみに神託の子と認められるのは、年末の発表時に、その年に生まれ既に名を持つ子だけとなる。
よって、この世代の子らを指すときに、キラキラジェネっ子とも呼んだり呼ばなかったり。
噂ではそろそろ次の神託が告げられるらしく、その噂のおかげで、我が子の名を何にしようかと悩む親が多い近年である。




