98 噂の立つところに、ほっかぶり ⑥
男と女の人影が二つ並ぶ、時計塔の見晴台。
片方のそれであるアレックスが、すまなそうに改めて頭を下げた。
「先程は、申し訳ありません……」
「ああ~、いいよいいよ」
相手からの謝罪を遠慮するように、サクラ・ライブラの手が左右に揺れた。
「ウチとしては、”あーあ、この人、ウチを誰かとおもいっきし勘違いしてるよ……クスクス~”くらいにしか思ってなかったから」
フード付きローブを羽織る巫女には、バツが悪そうなはにかみが返ってくる。
初対面時、サクラはアレックスから”件の怪しい輩”と誤解されてしまう。
しかしそれも、素顔をさらし茶目っ気たっぷりに接することで解けた……のだろう、おそらく。
――『そだねえ……怪しい者じゃないからっ、とか言わない代わりに、ウチはハタチ以上ミソジ未満のお姉さん。たぶんキミより、お年上がーるだぜ! と自己紹介しときましょうか、ヘヘイ!』。
そんなこんなの調子で、時計塔の二人は同じ来塔者としての仲を保ちながら、少しばかりのお喋り。
そこそこ心を通わせるようであった。
「ふーん。キミくんはカクカクシカジカで、記憶がなっしんぐ真っ最中なんだあーね……」
「僕自身はいずれは……と、楽観視しています。けど、それでもやはり精神的な余裕が持てていなかった。色違いのローブにもかかわらず、フードで顔を覆っていただけで、貴方を敵視してしまうくらいには……」
「まったく、けしからんね~」
「すみません」
「のんのん。キミくんにちょっかいを出す連中とやらはー、だよ。ただでさえ怪しく見らがちなのに困ったものだよ。フード愛好者のウチとしては、風評被害ものだよ」
ぷんぷん。
怒った態度の巫女サクラ。
一方のアレックスは嬉しそうな表情と――相反する様子となった。
「ふむむ? キミくんは憤慨しているウチのお顔が、そんなに面白いのかい」
アレックスが首を横に振る。
「こうしていられるのが嬉しくてつい。僕は街の人達とは上手く話せなくて……貴方が聞き上手な人で良かった」
街を歩けば、どこか避けられている気がした。
声をかければ、逃げるようにして去ってゆく。
アレックスはここ数日、人とまともな会話をしていない。
「こう見えてもウチは、教会関係者のお姉さんだからね……」
サクラが、ごそごそ。
持参する袋から、食べ物を手に取る。
「迷える子羊ちゃんの秘密とか、愚痴とか、ノロケ話を聞く下積み時代を乗り越えてきましたから~。あ、良かったら、これ食べる?」
店主に頼み込んで、持ち帰り用に包んでもらった『パンぱんだパン』。
3個あるうちの1個を手渡す。
残りはもちろん、これから巫女がいただく。
「そういえば、この夜食ちゃんを仕入れた酒場には魔族がいたのよね~」
「魔――ッ。……あの魔族ですか」
アレックスは一瞬、身体をこわばらせた。
言葉を発してすぐ、めまいに襲われたようだ。
「うん。どの魔族かは知らないけれど、いたね~、一人と一匹。もしかすると、敬虔な教会関係者だと放っておかないだろうけど、ウチは放っておくほうのお姉さんなので、あしからず」
はぐりっとサクラが夜食にかぶりつく。
「つまり、見逃してしまったと……」
アレックスが怪訝になる。
当然だろう。
人間の街に魔族が紛れ込んでいることも驚きだが、その潜在的な脅威を放置するのだ。
まして、教会の教えでは魔族は神に仇なす者。
教会の関係者が、おろそかにしても良いものではないと思えるが……。




