93 噂の立つところに、ほっかぶり ②
酔いしぐれの者達もチラホラ。
そんな宵に、『ふーむふむふむ』と看板を確認中の巫女がいた。
――『ぱんだ亭』。
聞くところによると、『パンぱんだパン』なるものが絶品らしい。
いざ、ゆかん――とばかりに、サクラ・ライブラは酒場に突入。
つかの間、フードの下で訝しげな顔を作った。
「はーて、はてはて。この感じ……魔素っぽいものを感じちゃってるウチだぞ~」
”巫女の勘”としか言いようがないまでも、サクラの感覚が感知する。
店内には『魔素』が漂うようだ。
だとするなら、ここには魔族がいる可能性がある。
「魔族ちゃんが存在しないことには、魔素は発生しないものだからねえ……」
改造巫女服パーカーローブの懐から、アイテムが取り出される。
――手のひらサイズの円盤。
このコンパスは、言わば魔族探知機。
魔族に吸着する”かけら”の性質を応用したもので、『マテリアのかけら』を装着した針先の反応を見るもの。
ただ、微弱な吸着力であるため、このアイテムを使う際には”補助”が必要になる。
それは――神官達が”神の奇跡”と呼ぶ力。世間一般には『魔法』と認知される力。
「ここに神の知恵を授けん。”卓越した職人の教え”」
コンパスに、【一時的に性能を上げる力】が付与される。
針がくるくる。
そして、びいいい~ん、と一方を指し示す。
「奥のほうに居座っているみたいだあねえ……」
賑やかな店内を慎重に進む。
すると、それと思しき存在を視認する。
フードの隙間からのぞき見た巫女の視界には、銀の髪の子ども。
さらには、もう一つの反応も見逃さずに、そばの蛙も捉えた。
そうして、『いらっしゃい』の店主の声にサクラは顔を向ける。
フードで覆うゆえに、店主ヨーコには伝わらないまでも、
――どうしたものだろう。
そのような表情を浮かべて。
しかしながら、すでに答えは決まっていた。
――この子供と蛙が、それらの姿をした魔族である。
これを確かめておかないといけない。
もし怠ることで、何か大きな危険へと繋がるのなら、勇者の仲間としての、巫女としての存在意義が――と、使命感が駆り立てる。
一方で、コンパスの性能を確かめたかったゆえの衝動も強いが。
――サクラ・ライブラは告げるのである。
「キミちゃんってば、魔族だよね。いやいや、そこの蛙くんと合わせて、キミちゃん達って言うべきだったかな」
”してやったり”の表情。
フードの下でそれを浮かべていたことは言うまでもない。
『魔族だよね』との指摘。
それは、ココアにとって突然のものであり、そして、絶対的な危機の瞬間であった。
お付きの蛙の魔族ボルザックから、口を酸っぱくして言われていた。
――人族において、魔族は敵。魔族であることがバレれば、命の危険が生じると。
難題に直面したように、ココアが口を尖らせた。
そして、その口が思わずこぼしてしまう。
「ボルボル……ココアが魔族だって、バレちった……」
ココアの言葉を聞き取る相手――、巫女サクラが一歩前へと身を乗り出す。
同時に、緑色の物体がぴょこん。
蛙がココアの頭の上に乗った。
相手との障害になろうとするように、蛙本来の丸い目を釣り上げ、魔族の蛙ボルザックが見上げる。
――ゲコり。
威嚇めいたひと鳴きのあとである。
「……きさま、何者でござる」
ゆっくりとした口調。
そこからは、殺気とも置き換えられる強い覚悟を感じる。
だとしても、相手を萎縮させるには及ばなかった。
投げかけた声の先では、巫女サクラが平然と佇む。
さらに”喋る蛙”は――、
「な、ななな!? ヨーコちゃん、ヨーコちゃんっ。おチビの蛙が、おチビの蛙ががが――」
関係のない中年の男を驚かせ、葡萄酒を片手に手に持たせたまま固まらせただけであった。
「ボルボル、大きくなっちゃダメだよ。ここは、ヨーコのお姉ちゃんとエリのお姉ちゃんの大切なところなの……」
「御意。しかしながら、相手の出方次第ではそれも難しいかも知れませぬ」
神妙な顔の幼女と蛙。
対峙する巫女といえば、相変わらずその表情が見えない……わけでもなかった。
――後ろへと、白いフードが取り除かれていた。
待っていたのは、青い髪のうら若き乙女の微笑み。
「そうだねえ……何者だい? と問われれば――ウチは、ハタチ以上ミソジ未満のお姉さんだよろピコ~、としか答えられないんだなあ、これが。ゴメンよ、蛙くん」
諜報活動を考慮する身としては、勇者一行として目立つ名は伏せておきたい。
くわえて、『童顔によって幼く見られるのは気に食わない。でも年増にされるのも嫌な乙女心』な心境。
それらを踏まえたサクラ・ライブラの自己紹介であった。




