92 噂の立つところに、ほっかぶり ①
※
ぱんだ亭は、本日も酒飲み達で賑わう。
店のカウンターには、常連客。
そのいつもの顔ぶれに、銀髪の幼き少女の顔があった。
ペットの蛙、並びに恰幅も良い中年の男から視線が注がれるなか、ココアが一心不乱に料理を食す。
――もぐもぐ、んぱんぱ。
ぱんだ亭人気の一品。
絶妙な味付けのジューシーなイノブタ肉を、さくさくふわふわのパンでサンドした『パンぱんだパン』。
「相変わらずの、いい食いっぷりだな。ま、相変わらず、口の周りを汚すけどな」
いつもの顔ぶれの一人であるマサから、おしぼりでほっぺたをゴシゴシされる。
酒場の忙しさもあってか、こうして常連客から面倒をみられながらの晩ごはん。
それも、ココアには日常となっていた。
「ぷはあ。ヨーコのお姉ちゃん、うまうまーのぱんぱんだぱん、おかわりなのだー」
ココアのおねだりに、『はいはい』と店主ヨーコが応じる。
――しかしながら。
「けど、ちょっと待ってなさね。新しいお客さんだ――」
ヨーコの切れ長の目が正面を見た。
愛想良く迎えたそこには、フードを深く被る客。
「いらっしゃい。なんにするんだい?」
白いローブを羽織る。
そのシルエットは丸みを帯び、胸元は膨らむ。
顔は分からずとも女だと分かる。
そのフードの客が、覆う顔の向きを変えた。
――店主ヨーコから、幼女ココアへ。
「なーぜに、こんなところに……と、ウチが考えても仕方がないけど」
すう、と腕を突き出し、指を差す。
そして、フードから見える口元を、
――にひ、と上げた。
「キミちゃんってば、魔族だよね。いやいや、そこの蛙くんと合わせて、キミちゃん達って言うべきだったかな」
それは、フードの女にとって思わぬ出来事。
本日訪れた街での、まさかの遭遇であった――――。
※
大陸の西。
クジラ月らしく、青空も眩しい昼頃。
街道の端から馬車が発つ。
何もない場所のそこには、フードを被る頭を下げる姿がポツンと残る。
乗せてもらったお礼のお辞儀。
束ねる青い髪の毛先を見せてはいるものの、童顔のその素顔はフードで覆ったままに。
そして、彼女は歩き出す。
――おいっちにー、さんっしいー。
ブジョーニの街の停留所で下車しなかったぶん、しばらくはこうして徒歩で向かうしかない。
どうやらあえてのそれは、馬車での出入りは何かと目につくだろうとの判断らしい……。
「東から~西まで~、駆け巡る~のに忙しいサクラちゃんだぜ~。あ、そ~れ、よよいのエンヤコラ~、エンヤコラ~」
のぞかせる口元が、独自の曲調で陽気に口ずさむ。
吟遊詩人や歌手にでも憧れがあるのかはさておき、彼女は神官職の一つ『巫女』を拝命していた。
――巫女の名は、サクラ・ライブラ。
ついでに、即興の歌に登場させているも、あまり公にはしたくない名でもあるようだ。
そんな彼女が身にまとう衣装は、もちろん白を基調とした巫女服。
ただし、正規のモノとはだいぶ異なる装いとなる。
――改造衣装パーカーローブ。
王都の若者が『パーカー』と呼ぶ服を模したそれを、ブカブカサイズで着こなす。
小柄な体ゆえ……でもなく、今も揺らす豊かな胸を理由に。
さらには、正規のズボンも裾丈が長い膨らむものから、バッサリ短くぴっちりしたものにしている。
理由は戦闘時の動きやすさから。
「さーてさてさてサクラちゃんよ~、街で~のランチは、な~ににするのかな~」
セリフ調で続く『べいびい、そこはやっぱりイノブタステーキだぜ!』。
ウキウキな巫女サクラちゃんであった。
”明確な目的”――。
それがあって訪れたプジョーニの街。
サクラ・ライブラは、何かを探るように街中を練り歩く。
そうしながら、遅めのランチを食べ、滞在する宿を決め、そこでおやつタイムを済ませ、早めのディナーを! と外出していたが。
「ウチは今、まさに幸せを噛み締めているっス。いや~お肉がホロホロ~」
煮込み料理を前には、にぱーとした微笑み。
【サクラメモ】
☆☆☆
場所:ブジョーニの北通り
店名:とらとら亭
品名:オヤジの男鍋
備考:ハゲのおっちゃんの店。
手帳を閉じると、巫女サクラは合掌。飲食店をあとにする。
さすれば……。
「さーてさてさて。次は夜食を求めつつ、探索は続くよ、どこまでも~」
情報は自らの足で稼ぐ。
それをモットーに、サクラ・ライブラは再び街中をうろうろするのであった。




