09 ガンスでざんす ③ ◆
「きゃあ、離してくださいっ。いやああ、ヨーコさんっ」
「待ちなよ、エリーをどこへ連れて行く気だい――っ」
ブショウ髭面の男がエリの腕を取り、追いすがるヨーコを突き飛ばす。
奴隷商ウーシーカンパニーを名乗る他の男達は、手にする武器でぱんだ亭の客を牽制する。
男達の暴挙に店の客達は口を挟めずにいた。
「自社の商品をどこへ連れて行こうと、アナタには関係ない事ざんしょ」
膝をつくヨーコをスーツの男ガンスが見下げる。
すると、ぱんだ亭の客に今までとは違う緊張が走った。
エリを酒場の出口へ引きずるブショウ髭面の男の前に、ぬうっと立ちはだかる影。
ロングソードを腰へ提げる若い男が立っていた。アレクだった。
「おい、邪魔だ若造っ。そこをどきやがれぶふうう」
ブショウ髭面の男が豪快に吹っ飛び、店のテーブルや椅子を散らす。
「キサマが俺の行く手を塞いでいるのだ、馬鹿者めっ」
問答無用で男を殴り飛ばし、一喝したアレク。
事の成り行きを遠巻きに見る客達からは『おおっ』と歓声が湧く。
その声にはウルクウルクとの賞賛が混ざった。
「ヨーコさん、大丈夫ですかっ」
「ああ、平気だよ。まったく、こういう時のあいつは頼もしい限りだねえ」
ブショウ髭面の男から逃れたエリが駆け寄れば、顔を綻ばすヨーコがエリの頭をなでる。
そして、仲間を傷めつけられた男達の敵意がアレクへ注がれる中、その内の一人が何かに気づく様を見せた。
「牙のような歯がある黒髪の若い男でウルク。てめえかっ。てめえがそうかっ」
奴隷商の男が、ぎりりと奥歯を噛みしめる。
「頭っ、きっとこいつですぜ。一週間前に俺らの馬車を襲って奴隷達を逃がしやがったって野郎はっ。はんっ。飛んで火に入るガマトンボとはこのことだっ。おい野郎ども、きっちり落とし前つけてやろうぜっ」
その声に仲間の荒くれ者達が呼応する。
床で転がっていたブショウ髭面の男も加わり、各々の得物を手に殺気立つ五人の男達がアレクを取り囲む。
店内で戦闘が行われようとする様子に、エリとヨーコはカウンターの縁へ身を寄せ、店の客達はテーブルの下や壁際へ避難した。
ぱんだ亭は一触即発の事態。
そこへ、
――パンッ。
と、耳をつんざくような短い音が一つ。
天井を穿つ銃声。
静まり返る店内で、皆の注目を集めるのは、殺気立つ五人の男達を取りまとめる立場にあるガンスであった。
手には装飾された黒光りする長筒。
「本当に無能な社員を持つと苦労するざんすね。少しは切った張ったの事以外も覚えるざんすよ。だからこうしてワタクシが出向くハメになるざんす。それとワタクシの事は社長と呼ぶようにいつも言ってるざんしょ」
そのように愚痴れば、ガンスは側の部下へ武器を預け仕舞わせた。
「かし、社長、あれですかい。このまま見す見す見逃せって言うんですかい!?」
「これだから脳筋は。そうは言ってないざんす。ワタクシは実利を考えなさいと言っているざんす」
「奴隷娘の回収ついでの落とし前。お得じゃあないですか」
「どうやらワタクシの言葉の意味が理解できないようざんすね。いいでしょう。これから『ビジネス』をお見せするざんす。アナタ達はそこで黙って見ているざんす」
自分の部下達を戒めたスーツの男ガンスが、アレクの前へと躍り出た。
アレクはロングソードの握りから、掛けていた手を離す。
「……ソルジャーウルク・アレク」
「なんだ、ヘンな髭の男」
「そう喧嘩腰にならなくても良いざんすよ。こちらは下調べでアナタの事も承知しているざんす。話によれば、アナタはそこの娘に金を貸しているらしい……左様でざんすよね」
「そこの娘とはクサコのことか? うむ。確かにアイツには一万ルネの貸しがあるが」
「ワタクシがその金を、いやいや倍の二万ルネをアナタに支払うざんす。ウルフの異名を持つアナタなら、それで納得して頂けるはず……」
「……なぜヘンな髭のお前が、クサコが俺に払う金を倍にしてまで俺に払おうとする」
「娘は弊社の商品。当然、社長であるワタクシにはその娘が負った借金を支払う責任があるざんす。金額が増すのはワタクシどもからのお詫びの気持ちざんす」
「ふ……む。イマイチしっくりこんな。そもそもお前らはなんなのだ。俺はお前らなんぞ知らんし、クサコの話なんぞどうでもいい。俺は今、腹が減っている。俺はヨーコの店に飯を食いに来た。邪魔をするな」
アレクはおもむろにカウンターへ座ると、周りから寄せられている視線にも素知らぬ顔でエリを呼ぶ。
「おい、ヨーコから金はもらったか」
「えっと、その……お給金はまだだけど」
アレクへの返答するエリは、右手の甲にある猛牛の焼き印をもう片方の手で覆い、その両手を胸の前で抱えていた。
「嘘はついていないだろうな。俺への嘘はためにならんぞ。まあいい。それよりヨーコ、お前はお前で何をしている。ボサっとする暇があるのなら、さっさと俺のメシを作らんか」
「ああ……飯、アタイはあんたに飯を作るのかい」
状況が飲み込めず、気のない口調でアレクの言葉をなぞったヨーコ。
空気が張り詰めていた酒場に、ぽっかりとした穴が開くが、そこに一人だけ、呆気に取られることもなく、油断ない気構えの男がいた。
――自身を社長と謳うガンスだ。
ガンスは自身の指にハマる赤色の宝石の指輪を眺め、すうーと目を細めた。
それから指輪の指でにゅろんっと伸びる口髭を摘む。
さすれば、ひょろりした細身がアレクの背後から慎重に迫るのだった――。