88 ハナコとハナゾー ②
「……あのキモキモ魔法女か」
押し黙るエリをさしおき、アレクが話を切り出す。
「え? ラティさんがどうしたの!?」
「お前のその態度に、俺はピーンときたのだ。なるほど……今までしつこくつきまとっていたのも、それが目的だったというわけか」
唐突に働いたらしいその勘は、鋭いようなそうでもないような。
「アイツが俺の3000万ルネを横取りしたんだな。そうだろう」
エリはふるふる、顔を横にふる。
「ラティさんはそんなことしないよお……」
「では、誰が奪った」
会話が詰問に変わっている。
アレクの眉間の渓谷は険しい。
きっと”誰なのかを知る”まで、その険はなくならない。
否が応でも、エリは悟るしかない。
――『Aパターン。今からでも勇者一行を襲う』。
どうやら、これが的中してしまいそうだ。
「……ゆ」
「ゆ?」
「ゆう……夕焼けこやけがきれいだよね。ぐへ」
どん、とエリの頭の上に大きな手が乗る。
ガシっと頭をつかまれたまま、首を回される。
「あの窓からなにが見える?」
「……さわやかな朝日、かな。えへへへ、はあ……」
病室の窓へ向いた首が、ぐりんと戻される。
「俺はこのまま、ガガガと手を小刻みに揺らし、お前の頭の中身をさらにトロトロにしてやらんこともない」
にか、と白い歯を見せてくれようとも、それは脅迫でしかない。
追い詰められるエリは、決めなくても良かった覚悟を決めさせられた。
「アレクのお金は……」
「ふむ。俺の3000万はなんだ」
「……私が受け取りました」
本当のことを伝えると、確実に迷惑をかけてしまう人達がいる。
その耐えかねる気持ちが、エリに嘘をつかせた。
そして、その嘘に嘘を塗り重ねるだろうか。
「そのあと、お金を落としてしまい、失くしてしまいました」
受け取った報奨金が紛失したとして、アレクが諦めるかどうか……。
それでも、存在しないものを取り繕うには、この言い訳しか思いつかなかった。
――やっぱり、誤魔化しは良くないな……。
良心の呵責が、胸の辺りを苦しくさせた。
しかしながら、その代償のかいもあってか。
アレクは疑いを持たずに、エリの嘘を真に受けた模様。
「ほう。お前が俺の3000万ルネを、台無しにしてくれたというわけか」
ぐぬわっ、とまくし立てる恨み節のほうが、エリには幸いだったかもしれない。
冷ややかなそこには、殺意すらにじみ出るのだから。
「ごめんなさい」
謝るエリは、床に両膝を着けた。
それから、胸の前で手を組む。
「なんのつもりだ」
「アマンテラス様への最後のお祈りと懺悔。都合よく剣の贈り物もあったし、これが私の運命だったんだなあ……と、思っている私なのです」
エリが心の中で告げる。
どうやら16年で終わりだった、命への感謝。
そして、嘘をついた私をお許しくださいとの後悔。
「クサコにしては、なかなかの心掛けだ。このままズバンとぶった斬って俺の気分を晴らす――のも悪くはないが、しかーし」
――どかりっ。
アレクが重い体をベットに放った。
その反動でココアと蛙がペットから転げ落ちるが、アレクは構わず口を開く。
「時に沈着冷静な俺だからな、気づいてしまうものなのだ。気分が晴れたからといって、3000万ルネが俺の手に転がってくるわけではない、とな。そうだろう、クサコよ」
「う、うん?」
「かといって、俺に落ちている金なんぞ似つかわしくない。なぜなら、すこぶる偉大な俺はみみっちくないからだ。拾うような金はみみっちい~価値しかないからな、まったく」
「……アレクは、報奨金をあきらめたってこと?」
「こうなっては、仕方がないからな」
「まさかだけど……信じられないことだけれど、それって、アレクが私を許してくれた!? ってことだよね!」
「お前はいつまでもクサコだな。どうしてこの俺が、俺の金を無駄にしたクサコを許さなければならんっ」
「あれ?」
「そもそも、俺の打てる手立ての話にそんなものは関係ないだろ。お前からいただいてやるくらいしかないな、という話だぞ」
「つまり?」
「お前が3000万ルネを、俺に支払うしかないということだ」
エリはきょとんとしながらも理解する。
”責任を取れ”と言われているのだ。
――にか、とアレクは笑う。
相変わらず脅迫的に感じるそれではあった。
けれども、アレクの理不尽な矛先が勇者一行に向くことはない。
これはエリが望んだものだった。
そして、お金を失くしたことにしたのはエリ自身でもあった。
それがあるゆえに、受け入れてしまうようだ。
「うん。分かった。私がどうにかします。……たぶんだけど」
「いいか、クサコ。俺に3000万ルネを払えば、サクッとラクにあの世へ送ってやるぞ。むろん、払わなければ、ザクザクと細切れにして殺してやるだけのことだがな」
「どちらにしろ、私は死んじゃうんだね……」
苦笑も交じる微妙な終着ではあった。
それでも、ひとまずは解決……といったところだろうか――――。
――ぐい、とエリが手綱から引っ張られる。
回想を覚ます合図を送ったのは、鼻息も大きくなる馬達。
慣れ親しんだ香りに、ハナコとハナゾーも理解するのだろう。
帰って来たと。
足を速める馬車からアレクが顔を出す。
エリとアレクの間を縫うように、ココアも小さな体を乗せた。
御者台から、三人と一匹が望む。
夕陽が沈み切るまでもない。
西大陸の街プジョーニへは、すぐそこである。
「さて。まずは、ヨーコのところで腹ごしらえといくか」
「おおー」
アレクの提案に、ココアが腕を上げ賛同した。
大陸辞典:「竜魔」
神は自身と似せた生命を大陸に落とした。
「神子13」と語られるその1番目に挙げられるのが、人がドラゴンと呼ぶ魔族「竜魔」である。
ちなみに、人間は13番目の末っ子だ。




