87 ハナコとハナゾー ①
その日は、びょうしつで夜をすごしました。
イスに腰かけ、むにゃむにゃ。
いつのまにか眠っていて、太陽がのぼりはじめたころでした。
ちゅんちゅん。
小鳥さんのさえずりで目をさます……こともなく、アレクからむりやり起こされる私でした――――まる。
――寝ぼけ眼が見る……。
ココアはペットの蛙と一緒にベットで寝る。
そして、そのベットで寝ていたはずのアレクは鎧を着込み、マントを羽織り……両手はこっちの両肩をぐわしっ、とつかむ。
体を持ち上げられ、つま先も床から離す自分をガクガク揺さぶっていた。
「ううう~、起きてるから、私、もう起きてますからららら~」
置物のようにして置かれると、足は床に着く。
「ならば、とっとと答えてもらおうか」
「ええと……おはようございます。……何を?」
首をこてり。
「ふん、決まっているだろうが。俺が倒すはずだった手招きドラゴンとその一味が、俺の意識がぶっ飛んでいる間に、どうなったかだ」
「あ……」
エリは口ごもってしまう。
朝から、返答に困る場面に直面した。
アレクはドラゴン退治に意気込んでいて、しかも、自分が倒してしまう結果以外は、微塵も考えていない……。
「おいっ」
「はい!?」
「どうなったと聞いている」
ゴゴゴゴゴ――と迫り来る圧力。
「あのね……ドラゴンさんはね……」
「ふむ、ドラゴンは?」
「洞窟から……お空に飛んでいっちゃった。あはは……」
笑顔を貼りつけた、ぎこちなくもなる声での回答。
それに対して、くわっとアレクが目を見開く。
当然エリのほうは、浴びせられる文句に備え、ぎゅっと目を閉じた。
「そうか。ドラゴンのヤツめ、俺が気を失ったのをイイことに、恐れをなして逃げ出していたのか……」
「へ?」
「この俺としたことが、無駄に獲物を逃してしまうとはな――ちっ」
アレクが、いかにも残念そうに舌打ちした。
その態度にエリは思う。
――アレクの”相手が逃げた”の思い込みは、それはそれで好都合なのかも。
口惜しそうに腕を組んでいる。
けれども、どこか満足もしている。
偏屈者アレクの気持ちを、エリは感じ取ってしまう。
一緒に過ごす時間も多いからこそ、見抜けたそれであったが。
「そんな境遇が、どことなく切ない気もする私です……」
そんなささやく小言とともに、エリの頭はアレクの心理状態を解析した。
――『勝ち誇ってもいいかな?』。
手招きドラゴンが逃げた。その結果に、おそらくこんな気持ち。
いやいや、むしろ。
――『さすが俺、圧倒的勝利! だあははは』
アレクなら、こうだろうか。
だとしても……油断は禁物。
相手がアレクなのだから、念のために聞かないといけない。
それを確かめておかないことには、まだ安心できない。
どきどき、びくびく。恐る恐るではあるも。
「そのお……アレクは、もう洞窟には戻ってこないドラゴンさんを追いかけようかなあ~とか、考えてたりする?」
「バカ者だろうと、バカも休み休み言え。なぜ俺が、尻尾を巻いて逃げたヤツをわざわざ追わねばならん。そんな面倒くさいことをやるヒマなんぞあるかっ」
――やったあ!
エリの心が弾む。
これで連れ回されることもないと、表情を明るくした。
「だよね、そうだよね! ドラゴンさんを追っかけるなんて、大変そうだもんね」
「俺は無駄なことはしない合理的な男だからな。当然だろう。ところで、クサコ」
「なに、アレク」
「俺のルネ、報奨金の3000万はどこにある?」
「かはっ」
見えない何かに殴打されたかのごとく、エリはむせた。
「どうした?」
「え!? へ!? なんでもないよ。うん、なんでもないから、平気だよ」
「ところ構わずクサコだな。お前のことなど今は関係ないだろ。俺のルネは”どうした?”と聞いているのだ」
ドドドドド――と圧迫感が押し迫ってくる。
――”俺のルネ”なんてあるわけがない。
またしてもエリは、困り果てた。
報奨金3000万ルネ。
この手招きドラゴンのクエストは、勇者一行の手によって達成される。
そう冒険者ギルドが判断するように、エリとしても、ドラゴンを追い払えたのは勇者一行のお陰だったと思っている。
そして、勇者一行の魔法士ラティスからは、報奨金の全額寄付の話も聞いている。
――果たしてアレクは、この3000万ルネの行方に、納得してくれるだろうか……。
エリは考えてみた。
そうしたら、手詰まりだった。
【Aパターン】。
納得どころか、『俺のルネを返せっ』と今からでも勇者一行を襲う――予想的中率90%以上。
【Bパターン】。
はたまた、寄付されたと知るなら、『それは俺の金だっ』とクリスタの街を回収騒動に巻き込む――予想的中率90%以上。
なので、エリは黙り続けるしかない――のだが。




