82 狼と羊ではない者達 ④
乙女の秘密の会話。
ひそひそだったり、きゃいきゃいだったりの進行にあって、頼み事をされたエリ。
”白紙の手紙”を大切に仕舞うと、さらにもう一つと手渡される物があった。
ラティスのポシェットから、不釣り合いな質量で出てくるのは男性用の服。
「素晴らしい物を――、と思ってはいましたけれども、あいにくクリスタで調達出来たのはこちらで精一杯でして」
それは一般的な武具屋で――。
☆ 熱さに強く寒さにも強い、あの最強級繊維をふんだんに使用!
☆ 柔軟性はもちろん、痛みやすい関節部にはなんと! あの高級なめし革の補強が!
☆ 冒険者の服ってダサいよね、なんて言わせない! オシャレな冒険者諸君にも配慮されたデザイン性!
などのキャッチコピーで売り出されていた『上級冒険者の服』であった。
「こっちは、アレクにってことですね」
「はい。レジストクロークと同様、私から直接お渡しすると、おそらく受け取ってくださらないので」
いつかの時、プジョーニのぱんだ亭へ送り届けられた小包があった。
ラティが愛を込めて紡ぎあげました――から始まる添えられていた手紙。
それは誰からも読まれずに、はんだ亭の何処かにさまよい忘れさられていたが、その目的である品は、ちゃんと贈るべく相手のもとで愛用されていた。
送り主は、ぱんだ亭の主人が渡してくれた。
受け取り主は、自分が手に入れたお宝――などのくい違いはあるも、『レジストクローク』なるそれは、アレクが着用する黒きマントである。
「今着ていたのが、ボロボロになってたので助かります。本当にありがとうございます!」
ラティスからの気の利いたプレゼントは、エリの一抹の不安を解消させた。
アレクが着ていたのは、奴隷商から剥ぎ取り奪った服。
――また誰かから服を剥ぎ取るかもしれない。
このような心配も無用となった。
それはそれとして。
「いろんな物が出てきますよね」
エリの興味を一身に浴びるのは、ラティスの”ポシェット”。
魔法具だと、ぼちぼち勘づかれたようだ。
「入れる物には準備が必要ですけれども、容量だけでしたら、冒険者リュックほどは収納できるでしょうか」
「うわ、すごい!」
「ふふ。ありがとうございます。やはり、素直なエリさんはどこかの巫女とは大違いですわね」
驚くエリのリアクションに、ラティスは嬉しそうだ。
「それでも、重さは小さく出来ませんので、結局は持ち運ぶ物を選ぶことになってしまうマジックアイテムではございます」
「でもでも、そのポシェットとか、私の”白紙の手紙”とか、もしお店で並んでたりしたら、すんごい人気商品になりそうですよ」
確かに、売れ行きも良い商品にもなれるものかも……だが。
”自作の魔法具”は、おいそれと用意できるものではない。
まして、ラティスの特别製であれば、なおさら商品化は難しいのではなかろうか。
しかしながら、こうした現実的な話は、この会話においては無粋ともなる。
「将来は……雑貨屋などを二人で営む……」
「ラティさんとお店かあ」
ほわわ~と夢見る少女ら。
ともに雑貨屋の舞台は一緒。
ラティスはそこにて、ご近所が羨むほどに仲睦まじい兄妹が営むお店を想像中。
エリの想像には、ぱんだ亭のヨーコのように、雑貨屋を切り盛りする自分とラティスの姿があっただろうか。
「それも悪くないのかも知れませんわね」
「なんだか夢が広がりますよね」
微笑み合う乙女が二人。
そうこうして、密談も終わりとなる頃合いに、ラティスは念を押すように言うのだった。
「それでは、エリさん。くれぐれもご連絡をよろしくお願い致します」
「西の魔王さんに、月の鵺さんですね。了解なのです!」
ピシ、と敬礼をしてみせたエリ。
今回の話のメインであったラティスからのお願いは。
――”報告”。
今後、兄であるアレクが該当の者らに関わるような事態――それらの者らが接触して来るような場合があれば、必ず教えてほしいとのことだった。
ラティスの選考基準をかい潜り、エリは見事その報告者に選ばれたというわけだ。
そして、依頼者が求める迅速な報告を可能にするのが、
――魔法具、”白紙の手紙”。
エリが受け取ったそれは、何も書かれていないまっさらな用紙。
粉末状の魔晶石を練り込む製紙は、そこに書かれた文字をラティスの持つ用紙に送ることができる。
すなわち、『白紙の手紙』とは、”対になる二つの用紙”があり、お互いが一枚を所持することで、どんなに遠く離れていようとも文字が届くという魔法具だ。
――ぱちん。
ラティスが指を鳴られば、盗み聞き対策の魔法陣がシュンと消え失せた。
「それではエリさん、またお会いできればと思います」
「あ、あの、ラティさん」
エリが相手の『ごきげんよう』に待ったをかける。
「ええと、あのですね、ええとですね、私、文字が……汚いと思いますけれど、よろしくお願いします」
もじもじした後に、ペコリとお辞儀。
そんなエリは、”汚い”と少しだけ誤魔化した。
読み書きは教会で教わったが……そもそも難しい文字はまったく書けない。
それを悟られるのが恥ずかしかったのだろう。
そして――。
『お気になさらずに』と返すラティスは、その微笑みの裏では自身を少し責めただろうか。
手紙の魔法具をこしらえた。
そこに傲慢さを覚えた。
誰もが文字を扱えるものと錯覚していたからだ。
知っていたはずだ。
――文字を学べることがどれだけ恵まれていたかを。
「お兄様と私が、子ども達に文字を教える学び舎……。それも素敵ですわね」
ラティス・ロイヤールは、どこまでも一途な少女であった。
その立派な建物は、クリスタの領主が客人を迎える別荘である。
値打ちもありそうな調度品が並ぶ一室。
昼下がりの陽射しに明るいそこでは、 饗されるアーサーが一人、テーブルで羽ペンを動かす。
人を待つ間の時間を惜しみ、用意されていたティーセットには手をつけず、書類作成の事務仕事に手をつけていた。
――かりかり。
紙の上を走るペンの音も心地よい静かな時間。
それが終わりを迎える。
無造作に扉を開き、ノブナガが部屋にやって来たからだ。
「ノックくらいは、あっても良かったんじゃないかな?」
「なんか、やましいことでもしてたのかよ」
にやにやとした笑みを作れば、ノブナガが部屋を見渡す。
「腰巾着のロイヤールはまだか?」
「ラティなら、お見舞いだよ。彼とは昔馴染みなんだそうだ」
「昔馴染みねえ……。まさか昔の男か、なんて野暮なことは言わねえけどよお、あんな野郎の見舞いより、こっちの会議を優先させろって話だな」
ありありとした、ノブナガの”気に食わなさ”。
それをなだめるように、アーサーは紅茶の用意をする。
「それは嫉妬の心なのかもね。だったらそれを抱くのは良くない。教会の教えにもあるだろ。”なんでも食べるイノブタでも、僻みを食べると腹を壊します”ってね」
アーサーが、カップを差し向ける。
よっこら、とソファに腰掛けるノブナガ。
その口は、『そんなんじゃあ、ねえけどな』と異を唱えるも、アーサーの微笑みに無駄だと悟るのか。大人しく紅茶をすすることにしたらしい。




