79 狼と羊ではない者達 ①
――重たい戦士の身体を担当したのは。
渋々といった具合の、一番ガッシリとした武闘家。
この取り合わせと、勇者、魔法士、給仕、頭上に蛙装備の幼女が鉱石運搬車に乗り込んだ。
一気に鉱山洞窟の入り口まで戻ると、さくさくとクリスタの街へ足を運ぶ。
そうこうして。
――集団は、二つに別れることとなる。
病院のロビーでは、給仕の少女がお礼を述べた。
それに見送られ勇者一行が、隣接する冒険者ギルドへ向かう。
むろん、手招きドラゴンの撃退を知らせるためであった――。
昼下がりの病室。
おそらくは”勇者アーサーからご紹介された患者”――としての待遇だろう。
多くはない個人部屋を、割り当ててもらっていた。
ここの患者となるアレクであるが、治療中に一度目を覚ますも、今は包帯を巻かれた姿でベッドで強制的に眠る。
なにぶん、医者を殴りつけたりと治療に際し暴れたゆえの処置であった。
ネムネム茸を配合した医療用睡眠薬により、しばらくは大人しく夢の中である。
そんな部屋の主も静かな病室の扉が、ガラガラ~と引かれ開く。
”お花摘み”から戻ったエリとココアであったが。
――全体的に黒色が目立つ少女と目が合う。
「ええとお……アレクのお見舞いに?」
エリは見知った訪問者に声をかけた。
ただし……入れ違いだったのだろうそこに、疑問符も浮かべてしまう。
病院での見舞いとしては、あまり見ない光景のように思える。
眠りにつく患者――、すなわちアレクの手は羽ペンを持つ。
その手を操るように、ラティスが手を添えている。
ペン先には、文字が並ぶ羊皮紙。
見るからに、何かを書き込んでいたそれであった。
「ええ、そうした類のものではあります」
ラティスが咳払いを一つ。
それから襟を正すようにして、エリ達に挨拶があった。
エリは用意されていた果物を受け取りお礼を言う。
「ギルドの用事は終ったんですね」
「ええ。”北の魔王”の到来は伏せて、手招きドラゴンは鉱山から去ったと報告しております。ギルドの調査隊が鉱山を確認するようですので、それが終わり次第、正式にクエスト終了が受理されるのでないかと」
「お疲れさまでした」
「いえいえ」
「……それで、その……」
『これはなんでしょうか?』とエリは見た。
話題にしようとするのは、アレクの腹の上に置かれたままの羊皮紙について。
「お兄様のお見舞い……がてらのついでのモノですね。こちらは」
す、と伸びた綺麗な手が、羊皮紙を取り上げる。
「もっとも、”魔法誓約書”としては成立しなかった模様のそれですけれども」
「それ、魔法誓約書だったんですか!? あ、だからさっき、アレクに羽ペンを待たせていたんですね」
「はい。はしたない行為だとは存じておりますが、こうして、二人っきりになることもなかなかに無いチャンスでしたので、粛々と。しかし、やはり本人の意志のないサインではその効力は発生しないようで……」
ラティスの黒いポシェットから、ハサミが取り出された。
「このように、ちょきりちょきりと切断できてしまいますし、再生もしないのですから」
成立した”魔法誓約書”ならば、ラティスが行うようなことは起こらない。
仮に破損したとしても修復現象を起こすのが、絶対的な誓約書の効果である。
つまりこの”普通に切れてしまい、普通に紙くずとなる”ことが、誓約不成立の立証となるわけだ。
――ちょきり、ちょきり。
・月のうち最低一日中はラティス・ロイヤールと寝食を共にする。
・そこに第三者との接触があった場合は、条件不成立とし再度一から条件を満たす。
・月のうち最低一日中はラティス・ロイヤールの奉仕を受ける。
・そこに第三者との接触があった場合は、条件不成立とし再度一から条件を満たす。
・月のうち最低一日中はラティス・ロイヤールを愛でる。
・そこに第三者との接触があった場合は、条件不成立とし再度一から条件を満たす。
こうした文言が書き込まれている羊皮紙が、黙々と細かく切られてゆく。
「もしかしたら……魔法誓約書を交わすことで、”アレックス”お兄様の記憶が甦るのでは。そう考えておりました」
「なるほどお……それで……」
と頷くエリであるが、果たして何をもってしてのそれなのか。
おおよそ、魔法的誓約効果で、何かしら魔法的改善が――くらいのものだろう。
ラティスとしては、成約を機にその効力から、誓約対象者となる”アレックス”が確立されるのではと淡い期待を抱いたようだ。
「半分以上は私の願望のようなものでしたから、エリさんがお気になさらくても大丈夫ですよ」
とくに重苦しい顔を見せていたわけでもないエリに、気づかいの言葉が贈られる。
「それはそれと致しまして。お友達のエリさんにはお話がありまして」
「ラティさんが、私にですか?」
「ふふ。とても重要なそれでしょうか。よろしければ、あちらで」
すい、とラティスが歩み出る。
どうやら、ここではない病室の外で話したいようだ。
エリがココアに目を配る。
幼女は、お見舞いとして差し入れられ果物を、頬をいっぱいにしながらむしゃむしゃ。
「お行儀悪いけど、お昼まだだったもんね……。ココアちゃん、アレクをお願いしていい?」
「いいほー」
快諾をもらったエリは、ラティスに連れられるようにして病室から退出する。




