77 ウルクアレクと竜王と――。 ②
ありがとうございます。
今回「注釈=*」の表記がありますが、環境によってはこちらの意図通りに反映されないかもしれません。
表記のアイデアはこちらから。
『駄菓子屋さま式ルビ』
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「……久しく忘るは、この血の滾りであったな」
ヴァルヘルムの喉元で、ピタリと止まる鋭利な切っ先。
ロングソードは、その刀身を掴まれている。
攻撃を止めた手に力が込められば、バキンと砕け折れた。
それと同時に、動きを見せる者がいた。
ただし、攻撃を仕掛けたアレクではない。
「こうなりゃ仕方がねえっ。アーサーっ」
ノブナガがアーサーに告げる。
その意図は、竜王との対話は終了だと。もはや今ここで、戦い倒すしかないと。
しかし、その動きに先手を打つのは、竜王ヴァルヘルムのほうであった。
刀身を砕いた手とは逆の腕が、振り払うように空を薙いだ。
すると、バリバリバキバキ地面が音を立て隆起。
――辺りに二本の腕が生えた。
巨人の大きさ、岩の硬さとなる拳が敵対者を襲う。
――ドゴン、ドガン。
アーサーが華麗に後方へと退く。
ノブナガはエリとココアを両腕に抱え宙へ退いた。
一方でヴァルヘルムは、自身が相手にするアレクとのにらみ合いを続ける。
「万全とは言い難き有り様であるも、その蛮勇に、儂自ら相手となろうぞ」
ヴァルヘルムがのぞく先。
アレクの口からは、ダラダラと血が流れ出ていた。
手招きドラゴンに踏みつけられ、食べられ。
当然の報いであるそのダメージからのそれは、先程の仕掛けた攻撃の反動によるところが大きいが。
「して、どのような死を望む。人族の戦士よ」
冷徹。
相手がどのような状態だろうとも、竜王は与える死を見据える。
「キサぶは……。ちょっぶと、待て」
アレクが自分の腹を殴る。
ぶはっ、ドバドバ~ゲボゲボ~と血を吐き切れば、ゴシゴシと口を拭いた。
「それで……なんだ……。俺はキサマとなんの話をしていた」
「……儂は主にこう問うた。刹那の死か、それとも絶望を悟り殉ずる死か。儂が名誉ある死を主にくれてやろうと言うのだ」
「おお、そうだった、そうだった。何やらキサマ風情が、そんなことをホザいていたようだったな」
キリリと精悍な顔に、あざ笑うような物言い。
「そして、面白くもないが笑えるな。くれてやろうと言うのであれば、そんなものは断るまでもない。この俺は、”くだらんモノをよこそうとするなっ、クソジジイっ”と言い返してやるだけだっ」
「豪胆に振る舞おうとも、死を恐れるは当然。されど、人族の戦士よ。面恥とは思わぬのか。己が前に訪れた死とともに戦いに果てるが戦人の本懐であろう……」
竜王ヴァルヘルムが再び問うた。
それは、相手には聞こえない、ふと湧いた声がそうさせた。
――『そんなもの、断るまでもないだろうさ――』
「何かと難しそうな言葉を使い偉ぶってはいるが、バカ者ジジイなら、バカ者ジジイらしくしておけ。俺がキサマを殺すっ。ゆえに、キサマが俺を殺すなどという話を聞く必要もないということだ。そんな簡単なこともわからぬようでは、クサコ以下の脳たりんジジイになるぞ。あわれ過ぎるジジイになるぞ」
挑発もここに極まれり、といった具合だ。
武器もなく、また思うように身体も動かないことにも薄々気づいたのか。
他にできることもないからこその、”口撃”とするようだ。
しかしながら、厳しくも涼しい顔のヴァルヘルムに効果があるとは思えない――が。
「ならば……、改めて問うてみるも一興か」
微かだが、翁の口元が緩むか……。
「人族の戦士よ。この儂、魔王ヴァルヘルムを討ち果たし、何を望む。人族の安寧か、それとも戦人としての名声か」
「相変わらず、小難しそうなうえに、あれこれと面倒くさそうなどうでも良いことを……」
アレクは舌打ちを鳴らす。
面と向かうヴァルヘルムに辟易するようだ。
しかし、その口は尻込みするどころか、大きく、そして強く開かれる。
『お前が俺の気に食わねーことをするからな。だから、ぶっ殺しに来ただけさ』
「何度も言わせるな。キサマが俺をムカつかせた。だから、ぶっ殺すだけだっ」
『何を望むかだって?』
「俺が何を望むかだと」
『決まっているだろっ。この俺が求めるのは、女だ!』
「決まっているだろっ。この俺が求めるのは、金だ!」
『お前が死のうが生きようが、俺にはなんの価値もない。あえて言うなら、興味ない野郎のお前にうんざりってところだ』
「ゆえに、一ルネの価値もないキサマに興味のない俺は、相手をしてやっているキサマにウンザリ気分しているところだ――」
そこまで言い放つと、アレクが。
――ドバはっ、であった。
噴水のような吐血。
バタンと前のめりに倒れた。
周囲を唖然、呆然とさせたその光景にあって、竜王ヴァルヘルムはささやくように言葉をこぼす。
「……のう、ルネスよ。貴様が戦英の墓標に名を刻み誓約を残した頃より、どれほどの無聊なる年月が流れたであろうな……」
それは、『重なり聞こえた声』へ尋ねるのではなかろうか――――。




