75 蚊帳の外、竜帳の外 ◆
どうしてだか、同族の者から押さえつけられている。
飛竜との格闘……どうやらそれによって、体力を使い果たしていたらしい――。
――ぐったりするドラゴンに台詞をあてがうなら、そんなところだろうか。
置かれる立場を把握する。
その自覚の芽生えは、自我の目覚めを意味した。
しかし、縦長の瞳孔は虚ろだ。
混濁する意識。
手招きドラゴンのそれが完全に取り払われるには、今しばし待たねばならない。
――ぬぱか……。
大きな口が……開かれる。
大地へと乗せる突き出た顎のそれは、手招きドラゴンの身体の一部で違いない。
しかしながら、自らの意志ではなかった。
そこから飛び出してくる者が、こうのたまうのだから。
「くだらあああああ。やっとこさ、ヌメヌメねとねと地獄から出られたぞ」
手招きドラゴンの口から登場してきたアレク。
その姿には、ぬるりテカテカな液体が散見できたが、おおむね無事な様子での生還を果たす。
「登っていた道が逆になったり平らになったりと、もしや俺はケツの穴方面に進んでいるのでは!? などとヒヤヒヤしたが……まったくもって、杞憂というヤツだったな」
横たわる手招きドラゴンの顎が、ガシっと蹴り飛ばされる。
動いたり倒れたりのドラゴンの体内で、方向感覚を失わずにいれたのは大したものである。
それでもアレクの脱出劇には、”そこにあった他の要素”が必要不可欠だったのでなかろうか。
飲み込まれた体内では、右も左も分からぬ真っ暗な視界。
その状況下で、アレクが真っ先に反応できたものが『ゲロゲロ』と鳴く声だった。
ドラゴンの生命を感じる音とは異なる音。
探るようにして歩けば、視界に明るさを感じ始めた。
――たどり着く場所には、ボワワ~と光る蛙がいた。
蛙違いも無きにしろあらずだろうが、先に飲み込まれたココアの蛙で間違いない。
それから、厳密には蛙が発光していたわけではない。
”発光する物体”に、張り付いていただけであった。
――ドラゴンの体内の肉に埋もれた”発光する物体”。
アレクが掘り出してみると、水晶玉のような大きな球体の綺麗な石であった。
そうして。
――『鳴き声を耳にした時、ガマ油で”蛙ランタン”だなとも思ったが、これなら蛙を握りつぶす手間もいらんな』
などとの呟きとともに、アレクは明かりを手に入れ、蛙は難を逃れた。
それゆえにアレクは今も、抱えあげるようにして持っていた。
蛙がずっと張りついたままの、光る大きな玉。
紅色や山吹色と絶えず変化する色合い。
中央からは、黒い線が稲妻のような形で放射される。
『珠石』と形容しても良い外観のそれはそうとして、外側である周りの者達から見たアレクはどうしたものか……。
「ぬ?」
さすがのこの男も、”ヘンな空気”に違和感を覚えるらしい。
「なんだ、この……いかにも”お前はお呼びじゃない”風の辛気臭い雰囲気は」
集まる視線は多い。
それは、
――『だよね……アレクだもんね……。生きてて良かった』
と目頭を熱くさせるエリら人間達から、戸惑う飛竜を始めとする魔族までに至る。
「おまけに、筋肉ダルマだけでなく、見たことのないヤツらが増えているような……だが、まあ、いい。それよりもだ」
さらりと辺りを見渡したアレクが、輝かせるその眼を一点集中で向ける。
矛先は、エリらのグループ。
「クサコよ、これを見てみろ! 先に言っておくが、これはドラゴンの金玉なんぞではないからな。そうだな……ドラゴンの中から見つけたので、ドラゴンの真珠というヤツだ」
ニヒニヒと嬉しそうに緩む口元。
「しかも、そんなものは聞いたことがないからな。これは俺だけが見つけた、超絶お宝に違いないのだ! どうだスゴイだろ。さらには、この俺が竜真珠と名付けた秘宝はだな、ともすれば――」
「だよね……アレクなんだよね……。今大切なことは、そういうことじゃないと心底思う私です……」
やや呆れた心が涙袋に溜まる潤いをす、と引かせ、はあ、とため息をつかせた。
そんな少女の給仕服を、ココアの小さな手がクイクイ引っ張る。
「ねえ、エリのお姉ちゃん。どらご-んのキンタマー、ってなーに?」
「うう……ココアちゃんまで……」
エリとしては場違いだと思う話の流れ。
さらには、返答にも困るそれ。
そうして。
自慢が止まらないアレク――。
なんだかな~のエリ――。
気になるココア――の一行とは異なる、ノブナガが口を開く。
「どうやってかは分からねえが、まさか、体内にあったとはな……」
アレクからずずずいっと横へとズラして、神妙な顔を向け直すノブナガ。
見る先は、竜王と対峙するアーサーの背中。
「アーサーっ」
「……間違いないだろうね。あれがきっと『歪な賢者の珠石』……」
アーサーもアレクの手にする”光る珠石”に注目していた。
竜王と向き合いながら視線をそらせることができたのは、件のマジックアイテムとするそれが、竜王の関心も集めたからに他ならない。
「なるほどの……すでに事は進めていたか。ただのうつけでは終わらぬと見える」
アーサーにそれだけ伝えれば、ヴェルヘルムは片方の手をかざした。
手の先から見えるのは、そう遠くもないところ。
相対する勇者でもなく、その背後に陣取る者どもでもない。
脇に控える眷属の者達の傍らでウキウキとはしゃぐ様子の――湧いて出た冒険者。
――ビギュン。
アレクに向かって、貫くような魔力弾が放たれる。
刹那、見事なまでに粉々と砕け散った。
これ見よがしに掲げられていた珠石が、バーンと弾け散る。
「忌まわしき神にも劣らぬ、邪悪を迸らせるものであったな……」
砕け散った魔法具に、ヴァルヘルムは憎悪を抱いていたようだ。
そこへ。
――ブチリ。
そのような音が聞こえたかのようにも錯覚する。
さらには、ヌゴゴゴと炎を立ち昇らせているようにすらも。
「キサマ……」
低い声は、一言そう漏らす。
咬みつくような口、突き殺すような視線。
アレクはこれを、相手が竜王ヴァルヘルムだろうと惜しみなくぶつけていた。




