74 竜王ヴァルヘルム ③
ありがとうございます。
今回「注釈」の表記がありますが、環境によってはこちらの意図通りに反映されないかもしれません。
表記のアイデアはこちらから。
『駄菓子屋さま式ルビ』
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竜王の傍ら――。
飛竜から押さえつけられた手招きドラゴンが、抗えない力にもがき苦しむ。
「もはや此奴には、儂の言葉も通じぬ……」
憐れむようなそれを送れば、ヴァルヘルムはゆるりと向き直り、正面のアーサーを見据える。
「嘆かわしくはあるも、己が意思で戦い敗れ去ることに、悔いて嘆く者など儂の眷属にはおらぬ。……じゃがの、その敗北すらも知ることなく命脈が絶たれるは憐れでしかない」
す、とローブの袖が上がる。
構える片方の手、その狙いはアーサーに差し向けられた。
「ましてそれが、神の力を宿し者の手によるものであれば、戦英の墓標に名を刻むことも叶わぬ。忌まわしき神が儂らに課したこれこそは、何ものにも代え難き恥辱っ」
――ビギュン。
閃光が走る。
ヴァルヘルムが放つ、槍のような魔力弾。
むろん刹那に直撃するが、アーサーに直接当たることなく霧散する。
それは、”神の加護”の所業……。
「やはり、小手先程度の攻撃では無駄であったの」
不満そうなヴァルヘルムではあるが、どこか高揚感を覚えるようにも聞こえた。
そして無傷とはいえ、歩みを制止させられたアーサーであるが……。
――数手前よりも好転する可能性を大きく感じさせた、竜王からの攻撃とみたようだ。
怯むことなく詰め寄ったかいもあったというもの。
止めさせられた足は、自らも止めた足。
魔障壁にも似た力を発揮する”神の加護”の効力を、ヴァルヘルムはすでに知る。
にもかかわらず、様子見程度の威力で攻撃に及ぶ……紛れもなく”威嚇”にしか過ぎなかったと分かる。
――つまり、このまま話し合う余地を残した。
そこに、アーサーは手応えを得た。
”自分から引き出したい情報が相手にもある”と。
「手招きドラゴン……そちらの貴殿の眷属がなぜ自我を失っているのか、僕は知る。そして、その自我を取り戻す方法も知る」
『月たる鵺』による傀儡の術。
施したマジックアイテムさえ除去、もしくは破壊してしまえば正気を取り戻す。
そして、そのマジックアイテムの回収こそがアーサーの目的であった。
なかなか尻尾をつかめない『月たる鵺』への手掛かりとするためだ。
――ただし、そこには懸念材料もあった。
このような事態に陥る部分がはらんでいた。
”人の意思の象徴たる勇者アーサーが、竜王の眷属であるドラゴンを討つ”――これは竜王側からすると、人族からの宣戦布告とみなされる恐れがある。
ゆえに手招きドラゴンがクリスタに棲み着いてからも、しばらくは行動を起こせずにいた。
竜王ヴァルヘルムに敵対するものではないと、誤解を解くための確かな情報をつかむまでは。
「人と貴殿ら魔族との対立を望んでる組織があります。名は”月たる鵺”。その者達が用いるマジックアイテムによって、そちらの者は自我を失う羽目になった」
「皆まで申すな」
煩らしいとばかりに、ヴァルヘルムはアーサーから話を奪い取る。
「つまりは、その魔法具を彼奴から取り除けば良い。そして、主は言うのだろう。それは儂の眷属を救う行為であり、魔王ヴァルヘルムとの争いを望むものではないと」
「ええ。それを僕がこれから証明してみせます」
アーサーは力強く断言した。
それでも心中では、苦渋の選択だったはず。
竜王を説得させるには、行動で示すしかない。
それは手招きドラゴンの持つ、元凶のマジックアイテムを見つけてみせること。
――しかし、その在り処はまだ不明だ。
”生け捕り”の手はずは、調査も含めたものだった。
そして、その手はず通りに事を進めるのであれば、手招きドラゴンの腹の中にある”人命の救出”――それ自体を諦めるしかない。
眷属のドラゴンを命を奪うことが、すべての人々の命を危機に晒すことに等しい。
今となっては、のちに対策を講じるなどといった”後がない”。
「儂に証明……とな。勇者よ、お主はそこから何を導く……」
ヴァルヘルムは世迷い言にでも付き合うような態度だろうか。
「その口が真実を語るとして、人族の謀り事に儂の眷属が堕ち、人族を率いる者がそこに刃を向けたが事実。人族の内幕を明かそうと、所詮は魔族に対する仕打ちに変わりようもあるまい」
その言動は、相手の口をつぐませる。
アーサーは、雲行きの怪しさをひしひしと感じる。
文献などから知るヴァルヘルムの人物像であれば、十分に話し合える相手だった。
その性格は、たとえ異種族だろうと寛容に物事の本質、道理を考慮するものだったはずだが。
「目を見開け、勇者よ。その眼をとくと開けよ。主の対者たる儂は人族ではなく、魔族の王ヴァルヘルムなるぞっ」
「くっ……」
アーサーが下唇を噛む。
根本的な間違いを犯したと気づかされた。
竜王を説くテーブルで、人間側の事情を持ち出したことがすでに――魔族側の道理から外れていた。
「傲慢にも、人族が儂を掌のうちにせしめんとする。そう申したのは主であった」
「竜王ヴァルヘルム……僕は貴殿との争いを望まない。これは本心だ。そして、貴殿も望むべきではない。それによって起こる大きな戦いで傷つくのは、僕らの側だけでは済まない」
「どこまでも愚鈍……否、どこまでも純朴な者であったな、勇者よ。……主は、儂との交渉の席に座るつもりでいたようであるも、そのようなものは元から在りはしない」
眷属が異変をきたし棲み着く洞窟。
そこに勇者と名乗る者が踏み入った。
その知らせが届いた時から、ヴァルヘルムは決断していた。
魔王を討つと謳う人族の象徴。
その存在には理解を示すとしても、すべてを許容するわけではない。
「先に申したであろう。儂は告げに来たのだと。人族との戦いの始まりを。それを蔑ろにするは、儂の決意を戯れに興じると愚弄するもの……心せよ」
ヴァルヘルムが、怒りをあらわにすることはない。
しかし放たれる圧力は、それを隠そうとはしない。
魔王たる威厳が押し留めてのその様子に、アーサーは無言のまま失望を抱く。
――自分自身に……。
竜王ヴァルヘルムとの対話は、振り出し戻る。
いいや。
もう戻れぬ結果とするのが正しい。
アーサーは駆け引きに失敗した。
それだけでなく、竜王の意志を頑なにし、覆らないものだと明言させた。
――人魔大戦の再来。
大陸にそれを呼び込んでしまったのは、誰でもない――人々の希望であるアーサーだった。
王都の有力者らの影にも潜む『月たる鵺』。
その現状から、自ら行動しなくてはならないほど、打てる手立ても限られている。
――だがそれでも、である。
見込んだ竜王の性質を前提に、最悪の事態はまぬがれると踏んだ、見立ての甘さがすべてだったと言わざるを得ない……。
大陸辞典:「英雄王ルネスブルグ――その1」
王暦を作った人物でもあるルネスブルグ。
魔族の地脈の周期による一年と異なり、移り変わる四季を一年とし、定めた。
王暦だと七年分が魔族の一周期に相当する。




