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ウルクアレク  作者: かえる
【 Wolfalex―II´ 】……今回の冒険の結末がさらなる冒険を呼ぶ予感パートです。
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74 竜王ヴァルヘルム ③

ありがとうございます。

今回「注釈」の表記がありますが、環境によってはこちらの意図通りに反映されないかもしれません。

表記のアイデアはこちらから。

『駄菓子屋さま式ルビ』

https://ncode.syosetu.com/n2116cz/



 竜王の傍ら――。

 飛竜から押さえつけられた手招きドラゴンが、抗えない力にもがき苦しむ。


「もはや此奴(こやつ)には、儂の言葉も通じぬ……」


 (あわ)れむようなそれを送れば、ヴァルヘルムはゆるりと向き直り、正面のアーサーを見据える。


「嘆かわしくはあるも、己が意思で戦い敗れ去ることに、悔いて嘆く者など儂の眷属にはおらぬ。……じゃがの、その敗北すらも知ることなく命脈が絶たれるは憐れでしかない」


 す、とローブの袖が上がる。

 構える片方の手、その狙いはアーサーに差し向けられた。


「ましてそれが、神の力を宿し者の手によるものであれば、戦英の墓標(ヴァルハーラ)に名を刻むことも叶わぬ。忌まわしき神が儂らに課したこれこそは、何ものにも代え難き恥辱っ」


――ビギュン。


 閃光が走る。

 ヴァルヘルムが放つ、槍のような魔力弾。

 むろん刹那に直撃するが、アーサーに直接当たることなく霧散する。

 それは、”神の加護”の所業(しょぎょう)……。


「やはり、小手先程度の攻撃では無駄であったの」


 不満そうなヴァルヘルムではあるが、どこか高揚感を覚えるようにも聞こえた。

 そして無傷とはいえ、歩みを制止させられたアーサーであるが……。


――数手前よりも好転する可能性を大きく感じさせた、竜王からの攻撃とみたようだ。


 (ひる)むことなく詰め寄ったかいもあったというもの。

 止めさせられた足は、自らも止めた足。

 魔障壁にも似た力を発揮する”神の加護”の効力を、ヴァルヘルムはすでに知る。

 にもかかわらず、様子見程度の威力で攻撃に及ぶ……紛れもなく”威嚇(いかく)”にしか過ぎなかったと分かる。


――つまり、このまま話し合う余地を残した。


 そこに、アーサーは手応えを得た。

 ”自分から引き出したい情報が相手にもある”と。


「手招きドラゴン……そちらの貴殿の眷属がなぜ自我を失っているのか、僕は知る。そして、その自我を取り戻す方法も知る」


 『月たる鵺』による傀儡(くぐつ)の術。

 施したマジックアイテムさえ除去、もしくは破壊してしまえば正気を取り戻す。

 そして、そのマジックアイテムの回収こそがアーサーの目的であった。

 なかなか尻尾をつかめない『月たる鵺』への手掛かりとするためだ。


――ただし、そこには懸念材料もあった。


 このような事態に(おちい)る部分がはらんでいた。

 ”人の意思の象徴たる勇者アーサーが、竜王の眷属であるドラゴンを討つ”――これは竜王側からすると、人族からの宣戦布告とみなされる恐れがある。


 ゆえに手招きドラゴンがクリスタに棲み着いてからも、しばらくは行動を起こせずにいた。

 竜王ヴァルヘルムに敵対するものではないと、誤解を解くための確かな情報をつかむまでは。


「人と貴殿ら魔族との対立を望んでる組織があります。名は”月たる(ヌエ)”。その者達が用いるマジックアイテムによって、そちらの者は自我を失う羽目になった」


(みな)まで申すな」


 (わずわ)らしいとばかりに、ヴァルヘルムはアーサーから話を奪い取る。


「つまりは、その魔法具を彼奴(あやつ)から取り除けば良い。そして、(ぬし)は言うのだろう。それは儂の眷属を救う行為であり、魔王ヴァルヘルムとの争いを望むものではないと」


「ええ。それを僕がこれから証明してみせます」


 アーサーは力強く断言した。

 それでも心中では、苦渋の選択だったはず。


 竜王を説得させるには、行動で示すしかない。

 それは手招きドラゴンの持つ、元凶のマジックアイテムを見つけてみせること。


――しかし、その在り処はまだ不明だ。


 ”生け捕り”の手はずは、調査も含めたものだった。

 そして、その手はず通りに事を進めるのであれば、手招きドラゴンの腹の中にある”人命の救出”――それ自体を諦めるしかない。

 眷属のドラゴンを命を奪うことが、すべての人々の命を危機に晒すことに等しい。

 今となっては、のちに対策を講じるなどといった”後がない”。

 

「儂に証明……とな。勇者よ、お主はそこから何を導く……」


 ヴァルヘルムは世迷い言にでも付き合うような態度だろうか。


「その口が真実を語るとして、人族の謀り事に儂の眷属が()ち、人族を率いる者がそこに刃を向けたが事実。人族の内幕を明かそうと、所詮(しょせん)は魔族に対する仕打ちに変わりようもあるまい」


 その言動は、相手の口をつぐませる。

 アーサーは、雲行きの怪しさをひしひしと感じる。

 文献(ぶんけん)などから知るヴァルヘルムの人物像であれば、十分に話し合える相手だった。

 その性格は、たとえ異種族だろうと寛容に物事の本質、道理を考慮するものだったはずだが。


「目を見開け、勇者よ。その眼をとくと()けよ。主の対者たる儂は人族ではなく、魔族の王ヴァルヘルムなるぞっ」


「くっ……」


 アーサーが下唇を噛む。

 根本的な間違いを犯したと気づかされた。

 竜王を説くテーブル()で、人間側の事情を持ち出したことがすでに――魔族側の道理から外れていた。 


「傲慢にも、人族が儂を掌の(たなごころ*)うちにせしめんとする。そう申したのは主であった」 ((*手の平))


「竜王ヴァルヘルム……僕は貴殿との争いを望まない。これは本心だ。そして、貴殿も望むべきではない。それによって起こる大きな戦いで傷つくのは、僕らの側だけでは済まない」


「どこまでも愚鈍……否、どこまでも純朴な者であったな、勇者よ。……主は、儂との交渉の席に座るつもりでいたようであるも、そのようなものは元から在りはしない」


 眷属が異変をきたし棲み着く洞窟。

 そこに勇者と名乗る者が踏み入った。

 その知らせが届いた時から、ヴァルヘルムは決断していた。

 魔王を討つと(うた)う人族の象徴。

 その存在には理解を示すとしても、すべてを許容するわけではない。


「先に申したであろう。儂は告げに来たのだと。人族との戦いの始まりを。それを(ないがし)ろにするは、儂の決意を戯れに興じると愚弄するもの……心せよ」


 ヴァルヘルムが、怒りをあらわにすることはない。

 しかし放たれる圧力は、それを隠そうとはしない。

 魔王たる威厳が押し留めてのその様子に、アーサーは無言のまま失望を抱く。


――自分自身に……。


 竜王ヴァルヘルムとの対話は、振り出し戻る。

 いいや。

 もう戻れぬ結果とするのが正しい。


 アーサーは駆け引きに失敗した。

 それだけでなく、竜王の意志を(かたく)なにし、覆らないものだと明言させた。


――人魔大戦の再来。


 大陸にそれを呼び込んでしまったのは、誰でもない――人々の希望であるアーサーだった。


 王都の有力者らの影にも潜む『月たる鵺』。

 その現状から、自ら行動しなくてはならないほど、打てる手立ても限られている。


――だがそれでも、である。


 見込んだ竜王の性質を前提に、最悪の事態はまぬがれると踏んだ、見立ての甘さがすべてだったと言わざるを得ない……。





大陸辞典:「英雄王ルネスブルグ――その1」


王暦を作った人物でもあるルネスブルグ。

魔族の地脈の周期による一年と異なり、移り変わる四季を一年とし、定めた。

王暦だと七年分が魔族の一周期に相当する。


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