71 急転直下
またしても、エリが一番最初であった。
当然と言えば、当然である。
手招きドラゴンを後ろに、互いを牽制し合う男二人。
それを眺める少女からすると、丸見えなのだ。
隠しきれない大きさの巨躯を起こして忍び寄る姿が――。
――二人のもとへと駆け寄るはずだった足が止まる。
「アレクっ。ノブナガさんっ」
迫る手招きドラゴンに気づいてもらおうと、エリが叫ぶ。
もちろん、ココアの手を引きながらそっと後ろへ下がることも忘れない。
「おっと、もうか……。あの一発で終わりじゃあねえだろうなあ、とは思っていたが。さすがは六つ星ってところか」
ノブナガは向き合うアレクを射殺すような眼光で一睨みすると、その相手を変えた。
「まあ、それだったらそれでよ。立ち上がれなくなるまで、何度でも俺のインパクトショットを叩き込むだけだけどな」
臆することなく歩み出れば、両拳を打ち鳴らし構える。
腹の底までも洗うような深い呼吸。
ドラゴン相手に、堂々と待ち構え対峙するノブナガ。
ただし、『舞闘拳技』の揺らめきは失う身体……。
――よって、再び”舞”が行われた。
が、しかしである。
腰を落とし低くした姿勢。
つま先を伸ばし突き出す片足。
重心を乗せるもう足を軸に、円を描く。
それに合わせ、両の腕を動かす所作。
流れるような一連の動き――のそこに、不穏な戦士の影が急接近であった。
「……舞闘けぐぎらじゃがあああっ――――」
脇腹に飛来した両足蹴りにより、ノブナガが吹っ飛ぶ。
筋肉の塊が、硬い地面の上をニ、三度ゴロゴロ。
それからくるんと跳ね起き、憤慨した。
「て、てめえっ、クソ牙野郎っ。いきなり何しやがるっ」
「キサマこそだっ。いきなりシャシャリ出てきた挙げ句、何をしようとしているっ」
アレクが咬み殺すような勢いで、尖る歯を剥き出しに吠える。
――邪魔者ダルマだと認定した→ならば、即刻蹴り飛ばさなくてはならない。
短絡的な結論であるも、おそらくはこういうことなのだろう。
それによって噴き上がる気持ちからアレクは奮い立つ――のかは定かではないにしろ、ダメージを負う身体を平然と扱い、ノブナガを襲う。
そのような一方で、襲った側のアレクを襲う者もまたいる。
「俺のドラゴン討伐の邪魔をしようとした罪は重い。キサマを本当の筋肉ダル――」
言い放つ最中で、アレクの言葉が断たれた。
そして、周囲のエリ、ココア、並びにノブナガまでもが、
――あ。
と、思わず口を開いたに違いない。
もしかすると、突然暗闇に包まれたアレクの口も一緒だったろうか。
頭からパクリ、であった。
手招きドラゴンが咬みついた。
述べるまでもなく、アレクをだ。
長く伸びた喉が、ゴクンと音を鳴らす。
「きゃあああああ、アレクがああああっ」
「ボルボルと一緒で、アレクもどらごーんに食べられちったー」
「おいおい。何も食われるこたーねえだろう……」
三者三様の反応があるも、事実は一つ。
アレクはその生涯をドラゴンの腹の中で終えるように見えた。
だとしても。
――それを黙って見過ごせない”四人目”がいた。
「諦めるのはまだ早いっ」
純白のマントを揺らし、駆けつけたるは金色の髪の青年。
勇者アーサーは隣のエリら少女に微笑みかければ、少し離れた仲間にはその面立ちを少し硬くした。
「ノブナガ。僕がドラゴンの首を獲る!」
”援護をよろしく頼む”ともうかがえたそのあとには、すう、と鋭利なソード抜かれた。
「おいおいおいおい、アーサー待て待てっ」
距離を置く相手とはいえ、ノブナガは十分過ぎるほどの声量で声を飛ばす。
そして、位置関係も近い手招きドラゴンにではなく、何故か仲間のアーサーに狼狽えた。
「いいや、待てない。彼は噛み砕かれた様子もなく飲み込まれた。だったら、ドラゴンの腹の中から救い出せる可能性がある。僕はそれに賭ける」
「その為にっ、手招きドラゴンの首を今すぐはねて殺そうってか!?」
「そうだ」
「いやいやいやいや。生け捕りにする話はどうなったっ。後々トラブルになるのは目に見ているからって、お前が絶対に殺すなと決めたんだろーがっ」
「ノブナガ!」
アーサーは相手を制するように強く名を呼ぶ。
さすれば、にこっといつもの笑顔を携えた。
「そこは、臨機応変に行こう。一刻を争いそうなんだからさ」
軽い調子で言い放つと、アーサーは純白のマントをはためかせた。
向かう先は、手招きドラゴン――。
「チっ。その言い草だと、まるで俺がウスラトンカチみてーじゃあねえか」
やれやれと額を覆った手をどかすと、ノブナガは一目散に走る。
向かう先は、手招きドラゴンへと進むアーサー。
ズザササ――っと走る勢い抑えたノブナガが、アーサーの前に立ち塞がる。
「本当にいいんだな? お前がドラゴンのあいつを仕留めちまうってことは、何かと厄介な見方をされちまうだろうからよ」
「本当は、良くないよね」
アーサーはそう答える。
都合が悪い手招きドラゴンの死……。
「だよな……。ならよ、こういうのはどうだ。俺のインパクトショットを腹に打ち込んで吐かせるってのは」
「それだと、彼の命を奪ってしまうのが、ドラゴンではなくてノブナガになってしまうね」
アーサーはクスクス笑うと、手袋をはめるその手をノブナガの肩に乗せる。
そうして、すれ違いざまに口を開いた。
「僕らは彼を救わないといけない。そうしないと後悔すると思う。だって彼は、身を挺して大切な仲間である君を守ってくれた人だからね」
爽やかな風が吹く。
それはアーサーが再び駆け出すことで起きた風。
置き去りとなるノブナガが慌てて振り返った。
「まさか、お前――、あの野郎が俺の身代わりになって食われたとか思ってんじゃねえよな!? いや確実にそう勘違いしてやがるよな!? アーサー、お前はっ」
などと、ノブナガが訴えていた時だ。
純白の背中が静止している。
すでにアーサーは、ドラゴンへと進めた足を止めていた。
――そうなる原因は、異変だった。
アーサーやノブナガで言えば、頭上を横切った影に心を引き締めている様子。
そして、エリやココアで言えば。
「はれ!? ど、ドラゴンさん!?」
「おおー。どらごーんが増えたー」
ぽっかり穴を開け空を見せる天井から、降り立つ者がいた。
赤い肌のドラゴン――。
その大きさは手招きドラゴンのと同等であるが、人が飛竜と呼ぶ種のドラゴンは全体的にシュッとした細い身体つきと言えよう。
くわえて、前足に翼を持つのも手招きドラゴンとの相違点だろうか。
――そして。
その赤い飛竜が、洞窟内に降り立つや否やであった。
さらなる影が天井の穴を覆う。
広げる翼はとても大きく、外からの陽の光のほとんどを遮ってしまう。
――そのドラゴンは、黒々とした立派な巨躯の持ち主であった。
比べるまでもなく、他の黄色と赤色のドラゴンよりも一回り大きい……。
「ありゃ……間違いなく、”北の魔王”だな……」
上空の黒竜を仰ぎ見るノブナガが、ツバを飲み込む。
それから覚悟を決めたようにして両拳を打ち鳴らすと、舞闘拳技を”舞う”
「どうやら今回は、何かと僕らの思惑通りにはいかないクエストになるようだね」
どんな時にも微笑みを心掛ける勇者アーサー。
しかしこの時ばかりは、苦い笑いのほかは選べないようである。
なにぶんこれから対峙する相手が、”北の魔王”こと――竜王ヴァルヘルムなのだから。




