70 一方の一行 ②
広い空間は天井を開け、岩壁に多くの魔晶石を埋め込む。
立つ大地は、表面を焦がし異常な熱を帯びている――。
我先にと”狩場”へ踏み込んだノブナガ。
そこで視界に入れる相手となるのは、手招きドラゴンはむろん、見覚えのある二人の後ろ姿だった。
――給仕服の赤毛の少女に、銀青色の服の幼女。
「まさか、嬢ちゃん達とこんな場所で再会することになるとはなあ……とそれよりも、あの時にも増して切迫した状況となりゃ、こうしちゃいられねえ」
モンスターに襲われていた前回と同じく、少女らの目の前には脅威が迫りつつある。
ゆえに、真剣な表情にもなるノブナガは――。
――”舞う”のであった。
腰を落とし低くした姿勢。
つま先を伸ばし突き出す片足。
重心を乗せるもう足を軸に、円を描く。
それに合わせ、両の腕を動かす所作。
流れるような一連の動き、舞踏。
「――舞闘拳技」
低い呟きが演舞の終わりを告げる。
すると、何かの力が働く現象が発生した。
ノブナガと触れる部分の大気が、ゆらゆらと揺らめいている。
その僅かな揺らめきを全身に纏うノブナガが――力強く大地を蹴った。
額のレアアイテム『疾風のハチマキ』の効力もさることながら、”舞闘拳技の基礎効果”身体強化中のノブナガである。
その駆ける速さは、まさに疾風のごとき勢いと素早さ。
――ノブナガが、推して参るっ。
「きゃあああああ、また下敷きになっちゃったよおおおおっ」
「アレク、もう1回ぺったんこー」
エリとココアが声を張り上げていた――ところを、ガタイの良い筋肉質の身体がドヒュンと駆け抜けてゆく。
そして、手招きドラゴンの懐までやすやすと至れば、バシュンッと飛び上がった。
ドラゴンの足元から跳ねたノブナガは、みるみるうちにその高さを増す。
「これから繰り出すのは、巨体のお前さんにおあつらえ向きな技だからよ、あんまナメた気持ちでいねえほうがいいかもな」
忠告が向かう先は、手招きドラゴンであり、首の付根であり――胸部に当たる部分。
「じゃあ、いくぜ。デカさも度外視となる、一個体に見合う衝撃を生み出す拳技――」
ドヒュン。
鋭く短い風切り音を発し、突き出された拳。
「――インパクトショット」
拳技の名を追うようにして、すぐさまそれは起きた。
べコリ、とドラゴンの胸元が大きく湾曲。
衝撃波と呼べるものが、ドラゴンの後ろへと突き抜ける。
ノブナガによる攻撃は凄まじいものだった。
大気を揺るがす波動の余波は、衝撃の中心部から離れるエリやココアの髪をそよがせたほどだ。
「グゴアアアアッ――」
苦痛の声音に聞こえる咆哮とともに、大きな手招きドラゴンが仰け反る。
さらには、地に残す後足さえもその強烈な衝撃に抗えなかったようだ。
――ぐんぶわ、と巨躯そのものが浮かび上がる。
それから、後ろに飛ばされるようにして背中を地面に着けるのだった。
一方のノブナガは、すたんと着地。
ズシシシシーン、と倒れ込むドラゴンの重たい音が響き渡るなか、両拳をぶつけ合う。
お決まりの仕草は、納得のゆく一撃だったことを示すものなのだろう。
――加えて。もう一つお決まりがあったようだ。
背中に投げかけられた『ノ、ノブナガさん!?』の驚くような少女の声。
想定内であろうそれに、待ってましたとばかりのノブナガが振り返る。
口角はむやみに上げず、顔の向きはやや斜め。
長いハチマキの先が風になびくように。
上腕筋を惜しみなく見せる上着が被さる胸を張るも、半身がちでの威風堂々な立ち姿を披露。
「安心しなお嬢ちゃん方。大陸一の武闘家であるこのノブナガさんが来たからには、もう大丈夫だ」
偉丈夫然とした姿で、名乗りを上げる。
すでに自分を知る相手へだろうと、ノブナガにとっての”お約束”は着々と果たされる。
最後はいつも通り、腕を上げグっと親指を立てた――直後だった。
「筋肉ダルマが……なぜここにいる……」
ダメージを負っているのが良く分かる声と有り様……。
見知った男は、ドラゴンが寝転がることでその姿をあらわにした。
自分から最も近い位置となるそこで、息も荒く片膝を立てている。血を流す顔で睨みつけてくる。
「相変わらずてめえは、地ベタが好きなようだな」
笑みを浮かべて、ノブナガは言う。
怪我人だろうと、アレクを労るつもりはないようだ。
それもそうであろう。
何しろ、一番近くに認識しておきながら、あえて素知らぬフリをするくらいなのだから。
そして、ノブナガの肛門――、控えめに言って臀部が疼くくらいには、因縁のある相手であった。
しかしながら……。
「けど、まあよお――、”ここで会ったが100年目っ、今こそ借りを返すっ”て、訳でもねえから、そのまま大人しくオネンネしてな。俺にはやるべき事があって忙しい。こっちとら、てめえにカマってる暇なんてないんだわ」
ひらひらと動く武闘家の掌。
ノブナガは”受けた屈辱を返す、一対一の真剣勝負”のケジメより、ドラゴンの討伐を優先させると言いたいのだろう。
あとは、口は悪いが、遠回しながらにアレクを戦線から離脱させようと促すようなそれは――自称人格者の優しさからだと思えなくもない……。
モンスター辞典:「詐欺駄鳥」
いかにも空を飛びそうな大きな翼をはためかせ、決して空へは舞い上がらない、飛べない鳥型モンスター。
大陸の世間では、あたかも当然といった装いで失敗に終わった時などに「このサギダチョウ野郎!」といって、からかう代名詞モンスターとして用いられる。
対して、いかにも無茶な翼と姿形でありながら、優雅に空を飛ぶ”瞬きペンギー”は、期待もしていない者が大きな成果を上げた時などに用いられる。
巷で流行った「彼って、意外と瞬きペンギー」は、昨年度の王都流行語大賞にノミネートされた。




