69 一方の一行 ①
立ち往生する30人余りの冒険者達。
判断を迫られる彼らが囁き合う。
『なんてこったい。これじゃー戻るにも戻れねーじゃないか――』
『運搬車両専用通路を使うのはどうだ?――』
『狩場の奥からとなると、またあいつと一戦交えることになるよな……負傷者もいるってのにまったく――』
手招きドラゴンとの戦いから離脱できたのは良いものの、吊り橋が落ちている。
戻るべく通路が断たれていた。
落ちた吊り橋は、どこかの誰かの故意の仕業である。
よって、支柱に残る縄の鋭利な物で切られたような断面など、気が利いた者が少し調べれば人為的な災難だと分かるだろう。
――しかしそれが判明しようとも、”橋向こうに渡れない”現状は何一つ変わらない。
それゆえ彼らは、犯人探しなど無駄だと知る。
これから取るべき行動――、鉱山洞窟からの安全性も高く確実な撤退を模索するほうが大切だと知るのだった。
そうして今、再び狩場に戻りそこから帰還の手段を得ようとの意見がちらほら挙がる……。
そんな折である。
ここに新たな手段の訪れが”やって来た”だろうか。
――落ちる吊り橋の向こう。
そこで姿を見せるは、アーサーら勇者一行であった。
「30マーベルってところか……」
崖となる深い谷底。
ノブナガの目測であれば、それだけの長さの吊り橋が渡してあったことになる。
「俺なら飛び越せない距離でもないが」
「僕たちは構わなくても、向こう側の彼らには難しいだろうね」
進む道を断つ障害、落ちる吊り橋。
アーサーにとってもそれは大きな問題ではないようであるが、向こう側で立ち往生する冒険者達はそうはいかない。
人々の救いを担う勇者としては、困る彼らの問題も考慮する必要があるのだろう。
――しかして、その解決策もすでに考えつくようだ。
屈託のない眼差しが、黒き魔法士の少女を見た。
アーサーの意志を伝えるそれを、ラティスは速やかに汲み取る。
艷やかな唇の隙間からは、小さな嘆息が漏れた。
「アーサー様。ギルドに登録されている魔法士が少ないのは前提として、このクエストにおいては殊更に魔法士が少ない。その理由をご存知のはずでしょうに」
「魔晶石……正確には、魔晶石の生成が魔術式に影響を及ぼすんだったよね。だから、鉱山洞窟内での魔法は不安定になる可能性が高く、発動後も思うような魔法にならない場合もあるばかりか、最悪魔法が暴発する事態も、ここでは起こるらしいね」
これは、手招きドラゴンのクエストの難易度を高くさせる要因でもあった。
仮に、魔法による攻撃やサポートが通常通り行える場所であったならば、こうして勇者一行を待たずとも、手招きドラゴンの討伐をやり遂げる者が現れる可能性もあったろう。
「ええ。そのように。ですから、今回は『月たる鵺』に際しての知識を働かせる役割だと心得ておりましたけれども……それなのにアーサー様は、私の魔法の力のほうを当てにしようというのですから」
「だって僕は、ラティが普通の魔法士ではないことを知っているからね」
仲間に向けた信頼。
アーサーにそれを譲る気はないようだ。
「もちろん、稀に見る魔法士の実力は、ラティがその為の努力を惜しまず積み重ねてきたから。それも知っているからこそだよ」
「私の努力など、アーサー様のそれに比べたら、世界樹の葉に対してのひょっこりクローバーのようなもの。気恥ずかしさも覚える小さきものですわ」
ラティスの純粋であり不純な努力。
勇者一行に名を連ねる少女ラティスをして魔導学の才女と言わしめるも、アーサーとは異なり、万人や世界を救う気持ちからではない。
愛しき者を取り戻す一心不乱の想い。
アーサーを前にしては、ラティスの絶え間ない努力も利己的なものでしかない。
「んでよ。結局ロイヤールに手はあるのか、ねえのか、どっちなんだ?」
ノブナガが問う。
屈伸運動の様子からすると、飛び越える気満々に思えるが。
「それでも、自分の強さを証明したいだけのノブナガと比べるのでしたら、私の一途な動機は、高尚かつ世界の真理とも言えましょう」
「ああ? 何の話だ?」
「独り言ですので、お気になさらずに。そして、私に手段があるのかとのことですけれども」
すう、とラティスが歩み出る。
その視線は 吊り橋の支柱辺りから向こうの支柱をうかがう。
「手段はいくつかあります。しかし、どれも一度魔法を使用してしまうと、術者である私は身動きが取れなくなるでしょう。通常の術式では安定しないのでしたら、安定させるように修正を加え続ける、常時術式を適度に書き換える必要性がありますので」
「ありがとう、ラティ」
「いえ。それよりも、あちらの冒険者達がこちらへ渡り終わるまで、アーサー様と行動をともに出来ないことをお許しください」
ラティスの事情に、アーサーは笑顔で、ノブナガは『とっとと頼むわ』と託す。
――ブン、と地面に魔法陣が浮かび上がる。
「バインドチェーンを特別仕様に致します」
人を取り囲むには十分すぎるほどの大きな円が、ラティスの前方で、一つまた一つと複数出現した。
「では。拘束の鎖改め、『繋ぎ留める大地の鎖』っ」
マジックスペルがくるくると回る円の中心部。
地面が隆起し、鎖の形状に構築された。
そして、”大地の鎖”として、ギュインと勢い良く伸びてゆく。
それは、相手の動きを封じ込める魔法『拘束の鎖』と同質のものであるも、その鎖の太さが明らかに違った。
巨人でも拘束するような鎖。
それがいくつも魔法陣から一斉に放たれ、谷間を越え冒険者達の足元へ飛来する。
ガシン、ガシンと崖となる向こうの大地へと次々に結合した魔法の鎖。
――ぴーんと張り並ぶ”大地の鎖”は、人を渡す吊り橋代わりとして不足ないだろう。
「じゃ、先に行かしてもらうぜっ」
ノブナガがダシュン――と、底の見えない谷間へ向かって遠慮なく飛び込む。
さすれば、”大地の鎖”を足場に、その上を素早く駆けた。
アーサーもそれに続く。
軽やかな足取りで鎖の橋を渡れば、そこにいた冒険者達にこの即席の橋を使うよう促す。
「冒険者諸君。あとは僕達に任せて欲しい」
本人から言われるまでもなく、冒険者達は皆そのつもりであったようだ。
『よろしく頼む!』や『頑張ってくれ!』との激励がアーサーを迎える。
さらには、ここぞとばかりに握手を求める者もいただろうか。
ともあれ、自分達の仇討ちを求めるような騒がしさに、しばし包まれる勇者アーサーではあった。




