67 手招きドラゴン ⑥
求愛行為の果てにある手招きドラゴンのブレス――。
『伴侶として相応しいか判断する決め手として、相手の生存力を試す意味合いがある』との説が根強いそれは、手招きドラゴンの生涯で数回訪れるかどうかの出逢いがあってのものだ。
それゆえ、人が拝める機会などそうそうあろうはずもない。
だからこそ、戦えた。
手招きドラゴンの討伐クエストにおいて、”灼熱の大火炎放射”の危険性はないと、冒険者達及び冒険者ギルドは考えていた。
――不運。
そうとしか語ることができない出来事に、エリは遭遇した。
それから、誰もが体験できない光景の中にその身を置いていた。
「はわわわ……」
ぎゅ~と閉じた瞼を開けて見たそこは――、
――計り知れない灼熱が人間など簡単に溶かしてしまうであろう、猛火の海。
右も左も上も、炎が勢い良くうねる。
炎の色以外のもの探そうとするなら、ぺたんと座る地肌の色くらい。
エリやココアを中心として、小さくも円形状の地面が残っていた。
うねる猛火が、エリ達の周りを避けるように流れているわけだが。
「球体状の、何か見えない壁が守って……。これって、ココアちゃんが!?」
「うん。ココアの”ばりあー”」
火炎を防ぐ何かの力を働かせるように、小さな手がかざされていた。
「それって……その不思議な力って……」
出会ってから心の奥底で抱いていた違和感。
『ちょっと妙な、普通の幼い女の子じゃないようなあ……』との懐疑的な気持ち。
それが、”ばりあー”なる力を目の当たりにしたことで、確信めいたものとなった。
「ココアちゃんって……もしかして……」
くりっとした目がさらに見開く。
「可愛いだけじゃなくて、魔法が使える女の子だったんだね! すごい。すごよっ。きっと『天才ちびっこちゃん集まれ~☆』で優勝できちゃうくらいすごいことだよ!」
エリの考えが迷わず行き着くところ、
――摩訶不思議な現象とくれば、それは魔法。
一般的に”魔法士の技”や”神官が行う奇跡”も一緒くたとなる魔法、魔術は、難解な魔導学を解く知能知識を始め、資質も必要だ。
ゆえに、冒険者と呼ばれる者達の間でも、魔法を扱える者は少ない傾向にある。
まして幼い子供ともなると、大陸にどれほど存在しているだろうか。
そして、こんな状況下でも思考が及んだらしい『天才ちびっこちゃん集まれ~☆』は、毎年王都で開かれる催し物である。
参加した子供達が自慢の特技を競う大会は、『シンブン玉』などで大陸各地へ紹介されるほど人気を得ていた。
「エリのお姉ちゃん。チビコじゃないよ……ココアだよ……」
お決まりの台詞を吐くココアの額には、薄っすら汗がにじむ。
それが猛火による暑さからではないことをエリは知る。
現に汗を掻くような暑さを感じていないからだ。
「ココアちゃん、大丈夫?」
「んーとね……。ココアがくたくたーで、ばたんきゅーする前に……どらごーんがやめてくれたら、ダイジョウブなのー」
「ココアちゃん。私は応援しかできないけれど、頑張れ!」
「うん。ココア、がんばるのだー」
ココアの意気込みは、頬をぷうと膨らませた。
そして、それと同時に困った顔にもなった。
「でもね、アレクはダイジョウブじゃないの……。エリのお姉ちゃんはココアと一緒に”ばりあー”だけど……」
「うん……。分かっているよ……」
”ばりあー”は自分を中心とした僅かな範囲しか展開できない。だから、離れるアレクを守れなかった。
エリはそれを理解し、そこにあったココアの気持ちを理解し、その結果も理解し言うのだろう。
責めることなど微塵もない。穏やかな口調で。
そうして、ココアから眼差しを移し向けた。
エリの瞳の色が赤くなる。
猛火を映すそこは、アレクが背中を見せていた場所。
「さすがのアレクも……だよね……」
教会にお世話になっていた頃、シスターも言っていた。
人の命は儚い。
誰しにも命の終わりは突然に訪れます――。
エリは重々承知していた。
「でも、こんなお別れは、寂しい気がする私です……」
エリ自身は教会から学んだ、神から授けられた生を一日一日大切に楽しく暮らしていくことを心掛けていた。
それでも、憂いに顔を沈めた。
――この頃に……ようやくであった。
生きた心地とは無縁の猛火の海が、その荒れ狂ううねりを鎮めてゆく。
存分に放射された手招きドラゴンのブレス。
それを凌ぎ切ったココアの”ばりあー”。
その助けで、命を繋いだエリ。
そして、やはりであった――。




