66 手招きドラゴン ⑤
エリが手招きされていた頃だ。
その裏側では――、裏側となる手招きドラゴンの首の後ろでは、アレクがカサカサよじ登りドラゴンの顔まで到達。
さすれば、アレクがズバシャっと引き抜く――つもりのロングソードが、
――すぽん。
軽快に抜けた。
次に、持て余す勢いのお陰で、よれよれっとなる足元が、
――ずりん。
軽快に滑った。
「なぬ!? うぬおおおおおおお――」
体を逆さまにして、アレクが物の見事に落下する。
ドラゴンの喉の高さを通過――――――。
ドラゴンの前足辺りを通過――――。
ドラゴンの腹の位置を通過――。
直立したドラゴンの足元たる地面への激突が待つ。
――ドッダーンっ。
アレクの両足が地面を捉えていた。
着地寸前に身体を上下反転させ、頭からの衝突は避けた。
それでも、痛みが走るようだ。
がに股の足をぷるぷる震わせた。
「ぐぬぬぬぬ……。ビリビリが……ビリビリが……」
身体に走る痺れを堪えるアレクが、くわっと上を睨む。
「おのれ、チョコザイな。俺からの目玉突き攻撃を恐れ、俺を振り落とすとは、なんたる小癪ドラゴンっ」
手招きドラゴンが、アレクを振り落とした事実はない。
強いて言えば、小さなトゲが抜かれて感謝の気持ちはあるかもしれない。
しかしながらある時点を境に、アレクなど意識すらしていなかったはずだ。
――求愛行動たる手招きを始めたその意識は、対象のみに無我夢中であって然るべきだろう。
ドラゴンの求めるような視線は 常にアレクのその後ろに焦点を合わせていた。
「アレク、ダメっ。もう戦っちゃダメなのっ。急いで、今すぐここから逃げてっ」
「くだらんことをホザくなっ」
アレクが怒鳴る。
まだ痺れが残るのか。背後のエリにはそのまま体を向けることもなく口を開く。
「俺は言ったはずだぞっ。俺はお前を、みすみすドラゴンなんぞに食わせてやるつもりはないとっ」
「違うのっ。そうじゃなくて、そのことじゃなくて、きっととんでもなく危ないはずなのっ」
エリは必死の形相だった。
だとしても、寄り添うココアならいざ知らず、先で背中を見せるアレクには抱く焦りの半分も伝わらないだろうか。
「そのちんちくりんの目をよく開けて前を見てみろっ。これから本当の本気を出そうとする俺の殺気にビビり、後ずさりドラゴンしているのが見えんのかっ」
アレクの言うように……であった。
立ち上がる体勢はそのまま。
手招きする前足の仕草も同じく――であるも、手招きドラゴンは、後ろ足を器用に使い後ろへ移動していた。
対峙する手招きドラゴンとの間は、徐々に広がってゆくが。
「それも違うのっ。書いてあったの手引き書にっ。手招きする手招きドラゴンをもし見たら絶対に近づいてはいけないって。なんでかって言うと――」
”手招きドラゴンの手引き書”には、記されていた。
「ドラゴンさんが手招きの最後に、『灼熱の大火炎放射を吐く』からだって!」
エリが言い放つのと同時か。
手招きドラゴンが後退を止めた。
直立に起こしていた巨躯が、ズオンと低くなる。
前足を降ろし、地につく四肢すべてで全身を支える姿勢。
「グゴルル……」
深く吸い込む呼吸……。
そうして、グワパアアアと開いた。
突き出す顎、その口が大きく開かれた。
――ゴゴオオオオオオオオッ。
激しい火炎が手招きドラゴンの口から放射させる。
あっという間だった――。
ドラゴンから最も近かったのはアレク。そして、エリとココアと続くが、それも些細なことだった。
大火炎は一瞬にして全員を、辺り一面を飲み込む威力なのだから。
狩場と呼ばれる鉱山洞窟内が、赤い。
ブレスを吐き続けるドラゴンの頭から先は、紅蓮の世界でしかない。
その中にアレクらの姿は、刹那に掻き消された。
断言できよう。
手引き書の注意は正しかった。
手招きするドラゴンを目撃しようものならば、速やかにそこから遠ざかるべき。
これが出遭った者の唯一の生存方法であったろう……。




