59 ドラゴン講座ん ①
――『ぎゅごごごごおおお』
エリが耳にした腹の鳴りはこんな感じであったろうか。
狩場にいる冒険者達を邪魔者扱いしたアレク。
息巻いてすぐ、やる気が失せたとばかりにその態度をころり。
――『いかんせん。まずはメシのようだな……』
アレクは武器に掛ける手を自身の腹へ変えると、エリに食事の用意をするよう指示した。
適当な場所に、よいしょと降ろされたリュックサック。
中からは火おこしアイテム、水筒、鍋などの調理器具に携帯食料が取り出された。
調理用の炉である簡易コンロの設置が終了。
ボウっと火がつく。
そこに鍋が置かれ、水筒からどばば~と水が注がれた。
水が湯になるまで、エリは携帯食料から適した材料を選別する。
ただし携帯食料が、早くしろと急かすアレクにつまみ食いされるので選べるものも限られていった。
「なんだこの硬いだけの味気ない食い物はっ。石でも食った気分だぞ。ぺっぺ、ぺっ」
「それ乾燥食品だから。ほんとは水で戻して食べるものなんだよ」
「それならそうと、早く言わんか。無駄に不味さを味わったではないか」
文句を垂れるアレク。
エリは嫌な顔――にもならず、軽い笑みを浮かべれば、”とっておき”と横に置いていた物を差し出す。
リュックサックからは調理器具だけでなく、娯楽用の玩具も取り出していた。
手のひらサイズのガラスケースのボードは、右や左、手前や奥に傾けボード上の玉を転がす仕組みで、障害物を躱しながら玉を目的地に運ぶ暇つぶし玩具。
それをアレクに遊んでもらおうとエリは考えていた。
――効果はテキメンであった。
『こんなチマチマした遊びなど面白くもなんとも――』などと吠えていたのも僅かな時。
ボードの玉転がしに夢中のアレクは、手のかからない大人しいアレクへと化けた。
――そうこうして、鍋の中にふつふつ気泡が生まれ始めた頃だ。
膝をつくエリが背後の気配に顔を向ける。
すると、両腕いっぱいに抱え込むココアの姿があった。
「エリのお姉ちゃん、これどーぞ」
にひーと白い歯を披露されれば、肉や野菜といった食材をどばっと溢すようにして渡される。
「どうしたの、これ?」
「ゴハン作るから、ゴハンちょーだいってお願いしたら、たくさんになっちゃった」
詳しく聞いてみると、かくかくしかじか。
まず始めに、ココアは先ほど声を掛けてきた冒険者のパーティのところへ向かった。
ニコニコ元気よく食事の話をしたら、少量ではあったものの食材を分けてもらえたようだ。
これに味をしめたのか、ココアは次に別の冒険者達のもとへお邪魔する。
食材を手にすればまた次のパーティへ。
これを繰り返すことで、両腕で抱えるほどの量の品々を仕入れてきたというわけだ。
「うわあ、なんだか、豪勢なお鍋になりそうだよ。おねだり上手さんなココアちゃんのお陰だね」
『可愛らしい子だから、きっとみんなあげたくなっちゃんうんだろうなあ』と呟きながらに、エリがほくほく顔で、新たに加わった食材を仕分ける。
そして。
「そうなんだ。ココアはおねだり上手なココアだったのだー」
素晴らしいことなのかどうなのかはさておき。
バンザーイな幼女は、自分の才能を誇らしげに自覚するようだった。
イノブタやシカの各部位の肉。
葉菜、根菜、イモなど色とりどりの野菜。
そして、異彩を放つピンク色のキノコが投入された鍋を一行は囲む。
――出来上がりには今しばらくかかる鍋具合。
料理を待つ間、エリが干し葡萄をアレクとココアに配る。
「これを食べるだけで、『魔素』は大丈夫らしいよ」
ちょんと座るエリの膝の上には、”手招きドラゴンの手引き書”。
そこに書かれてある通りなら、リュックサックから見つけたこの葡萄の実を食べることで魔素対策になるようだ。
――魔族特有の魔素。
例えようがないものの、体臭のような――という表現でもいいだろうか。
人間では匂いを知ることもできないそれは、魔族の肉や骨、血液、体液といった身体すべてで分泌される。
そのような魔素であるが、外気の中で”魔素として存在できる期間は極めて少ない”。
つまり魔族の体内以外では、自然と薄れて消えてしまうものなのだ。
ただし、体内外だろうと付着を繰り返すうちに、魔素が自然消滅せず定着する状態が生まれることがある。
――それは、一定の期間、常に魔素にさらされ続けた場所などに起こる。
この狩場などはまさにそうだ。
ドラゴンが棲み着くようになり、次第に魔素が漂う場所へとなった。
また、最たるものと言えば、長年魔王が居を構える場所であろうか。
そしてそこは、人に少なからず影響を与える魔素の濃度も高い。
人間が重度の魔素汚染、中毒ともなれば呼吸すらできないほど簡単に弱る。
よって、魔王が治める領地には近づかないことが賢明だろう。
――しかしながら軽度の魔素に対して、特段危惧することはあまりないのかもしれない。
特異な魔素の報告などもあるが、”なんとなく疲れる”や”妙に体の節々が痛い”などの症状が一般的であるからだ。
ゆえに。
――ぱくり。もぐもぐ。
二、三粒口に放り込めば、魔素対策も万端ということになる。
そうして、さして特別でもない葡萄の実を味わいながらに、エリは読み物を続けた。
――パラパラ。
めくられる、膝の上の手引き書。
「へえ……だから”手招き”ドラゴンなんだあ」
『手招きドラゴンの生態』のページには、その名の由縁が記されていた。
手には三本の鋭い爪が生え、ドラゴンの身体サイズからすればこぢんまりした腕である前足。
直立した体勢でその前足を使い、ちょい、ちょちょい――とまるで手招きするような仕草を見せる時がある。
これはオスが気に入ったメスへ行う求愛行動とされ、その様子から”手招き”を冠して呼ばれるドラゴンとなったようだ。
「手招きドラゴンさんは、花嫁さんを見つけたら、おいでおいで~ってするらしいよ」
エリは脇を締めて手のひらをクイクイ。
ドラゴンのほっこりとした話題として、かじりたての見聞をココアに聞かせる。
「ケッコンをおねだりどらごーん」
ココアはエリを真似てクイクイ。
エリが右手、左手を交互に使いクイクイと応じる。
そうした手招きドラゴンの真似っ子合戦が楽しそうに繰り広げられたところで……。
――ぐつぐつと煮だつ音が耳に、食欲をそそる香りが鼻に。
いい頃合いの鍋。
料理の完成である。




