58 クリスタ鉱山――ゴール
――『←運搬車両専用通路(左):(右)旧第一採掘場・現ドラゴン狩場→』
案内板に従い、三人と一匹は右の進路へと向かった。
程なくして……。
――彼らの前に姿を現したのは、吊り橋であった。
「これを渡れば、いよいよドラゴンが根城にしている場所なんだよな?」
こくりと頷く応答に、アレクは吊り橋の床板に足を運ぶ。
のしのし。
そして、ギシギシ……。ギシギシ……。
縄と木材で渡す橋はきしむ音を鳴らし揺れる。
「け、結構、揺れるね……」
後から続く、エリはココアの手を引き渡る。
下をのぞくと、暗闇しかない。
どれくらいの深さなのかはっきりと見えないのは、ある意味ありがたくもある……しかし、むしろ恐怖を煽るだろうか。
気がつけば、及び腰になるエリがココアから手を引かれている格好だ。
「いちにー、いちにー、到着うー」
ぴょんっと飛んで、ココアは渡り切る。
エリはふう、と息を吐いて緊張をほぐす。
そこへ注がれるアレクの眼差し。
無い髭をなでるようにして、考える素振り。
「モタモタしているクサコを見ていて俺は思った。吊り橋の縄を切り落とせば、面白そうだな、と。ゆえに、閃いてしまったのだった」
アレクが腰の武器をスラリと抜く。
――バシュっ、バシュっ。
ロングソードの刃が弧を描き一閃。
橋の支柱に繋がる縄がブツンと切断されれば、先ほど渡ってきた吊り橋が崩壊し始めた。
ガラガラと床板は暗闇の谷の中へ。
橋の縄は向こう側の支柱にからダラリと垂れ下がる。
「これでもう橋は使えまい。ということは、この先ドラゴン討伐に来るヤツらはここで立ち往生というわけだ。つまり横取り野郎どものジャマは考えなくて済む。くくくっ。さすがは時に策略家な俺である」
チン、と武器を収めたアレク。
だあははは、と得意げなのは言うまでもない……が。
「ええとお……。帰りはどうするんだろう? と私の素直な今の気持ちです」
所感は、割と大きめの声だったように思う。
ただ、エリを含めて誰も回答しない。
ズンズンと進む大きな背中。てとてと着いてゆく小さな後ろ姿。
エリは振り返り、落ちた吊り橋を眺めた。
それから、向き直り駆けてゆく。
いつもの元気ハツラツな行動。
それを見るに、どうやらあまり深く考えないようにしたようだ。
はたまた、それこそが少女の良き性格、『どうにかなるだろう』の前向きさなのだろうか。
「教会の教えにもあるもんね。”取り越し苦労はおばあちゃんの小じわ”って」
目元のありもしないシワを心配する仕草の少女でもあった。
仰げば、ぽっかり真ん丸く開く天井。
星空をのぞかせる空間はかなり広い。
洞窟の内部という認識が薄れてしまいそうなほどだった。
――それでも、ここは鉱山であることを如実に表す。
高く高く切り立つ岩壁は、あちらこちらとキラキラ輝く。
岩壁に埋もれる無数の魔晶石。
表面に顔を出す鉱石が月明かりに濡れながら、青白く光っているのだ。
「うわ~、綺麗……」
これまで内部にあった魔晶灯の明かりはやや抑えられている。
天井部までは当然明かりは届いていない。
下部から上部へ暗くなる光のコントラストに加えて、星空とはまた異なる鉱石の散りばめられた輝き。
その幻想的な光景にエリが見入ってしまうのも、頷けるところだ。
ぽかんと、口を開けて見上げるエリ。
隣では、蛙を頭に乗せつつココアも同じように。
アレクは側の二人と違い、鋭い眼差しで周囲をうかがう。
――そんな一行へ、ざっ、ざっ、と足音が近づいていた。
大柄な人影は、冒険者然とした出で立ち。
「こがん時間に、こけー来っ人がいるとは思わんかったよ」
熟練の戦士風の雰囲気を携える男は、武器はどこかに預けているのか手ぶらで、その手を『どうもっ』とばかりに挙げていた。
人の良さそうな中年の笑顔に、エリは会釈で返し、ココアは手を上げ、アレクは睨みを利かせた。
「ここにはお前以外にも、ずいぶんと冒険者がいるようだな」
「30人くらいやろうかね。周りもオイどんと一緒で、最後の足掻きで”狩場”に集まったんやろーね」
男の言うように、ドラゴンの狩場であるここには冒険者がひっそりと控えていた。
勇者の参加を考えれば、このあと明朝を迎えるその頃合いが最後の討伐機会ともなろう。
来る戦いへの準備に勤しむ者、心や身体を整える者。
各々岩陰や壁際などに身を置き、それまでの時をくつろぐようだ。
「しっかしまあ、長年冒険者をやっているといろんなパーティを見かけたりするけん、魔法士さんだとしてもそんなに驚かんばってんが……こんクエストじゃ、珍しかー感じやねえ……」
男が対象とするのは、給仕エリと幼女ココア。
むろん、魔法士や僧官などの術士でもなく、男の慧眼を容易く裏切る見た目通りのただのそれら。
「あはは……」
自分が場違いなことを自覚するのだろう。
エリは苦い笑い。
一方、ココアは――。
「おじちゃんはヘンなお話のしかたなのー」
「オイはサガンランドの出身やけんね。お嬢ちゃんの言うごと、クリスタ辺りじゃ珍しか話し方やろうね」
笑ってみせる男に、『珍しかー、珍しか―』とココアがきゃっきゃと応えた。
「それで、田舎地方の男。あそこに見えるやや不自然な岩はトラップか?」
アレクが目を配らせるのは、ほぼほぼ円形状に広がる狩場の中央。
問うたのは、ねぐらだと分かる草木が集まる場所付近に点在にする――ぽこりとした岩。
周囲の鉱山的雰囲気に溶け込むそれも、言われてみれば人工的な配置のように思える。
「そん事で、近寄っちゃいかんけんね――と声を掛けたんやけど、いらん心配やったごたーね。見た目通りの立派な冒険者のあさんには、あんくらいのトラップは簡単に見抜けるものごたったみたいやし」
「当然だろう。俺は立派な格好がよく似合う玄人冒険者なのだからな」
意味もなくバサリとマントが翻り、ライトアーマーがキランと光らせるようにして見せつけられた。
「岩に仕掛けたのは爆弾か?」
「うんにゃ、ドラゴンの鋼のように硬い皮膚にはあんまり効果がなかったけん、近頃は『スギィの花粉弾』を仕込むようになっとるよ。岩は目隠し用やね」
「ほうほう、『スギィの花粉弾』とな」
どこか知ったかぶりに映る、大仰な頷き。
「物理的ダメージは無か。ばってん、ぶわっと散布した花粉が、一時的にドラゴンの視覚と嗅覚を駄目にしてくれるけん、そこを狙って攻撃する寸法やね」
「なるほど、目と鼻を奪ったドラゴン相手に、タコ殴り作戦というわけか」
「オイどんといくつかのパーティはその後も作戦を立てとーけど、ほとんどが総攻撃でドラゴンの首を取りに行く算段ごたるね」
冒険者同士ならではの会話。
男はアレクといくらか言葉を交わすと、一段落ついたのか『そいぎー』と自分の仲間のもとへ戻った。
その去り際である。
”また今度”もしくは”よろしく”の意味のように思えた挨拶のあと、ふと思い出したかのようにしてエリとココアに忠告を残してくれていた。
「若かけん堪えんやろーばってん、”魔素対策”はちゃんとしといたほうが良かよ」
親切心からのそれだと分かる。
しかしながら『魔素』の言葉自体が初耳のエリには、にっこりの笑顔とお辞儀で見送るしかなかった。
なので、尋ねてみることにするようだ。
常々の行動はともかく、冒険者に違いないアレクに。
「ねえ、さっきの親切な人が魔素対策しなさいって教えてくれたんだけど、アレクは魔素対策ってどういうことするか知ってる?」
「さて、30か……」
エリが待ち構えていたものとは明らかに違う返答。
もっと言えば、エリに対するものではないその呟きと重々しい雰囲気。
「駆逐するには面倒な数にも思えるが、何人たりとも俺のドラゴン討伐のジャマは許さん。そもそも、みんなで報奨金を分けるくだらん話をしていたあの男などは、ジャマ者以前にバカ者でしかない」
ギランと眼光を強くしたアレク。
エリの眼前では、腰の武器に手が掛けられていた――。
大陸辞典:「サガンランド」
大陸南東に位置し、大陸では珍しい地域となる海に面する地域でもある。
近年大陸全土で魔王討伐の意識が高まる中、サガンランドに至っては「アイドール」に関心を寄せる。
サガンを救うべく、冒険者はこぞって「アイドール」を目指したり応援したりの活動に励む。
それはもうゾンビのごとく粘り強く。
それがサガンランドに関わる者達の運命、サガンランドで起こる一世風靡なのだ。




