57 クリスタ鉱山――中間…●……到達
天井からは鍾乳石。
つららのような石の棒は土色に碧を混ぜる。
魔晶石の洞窟ならではの色合いは、通路灯の明かりも相まってか、この場所をより神秘的なものにしていた。
「ぬ? あれはもしや……」
アレクが垂れ下がる鍾乳石を興味深く見上げる。
するとどうだろう。
トカゲのごとく壁を這い、天井の鍾乳石へ手を伸ばす。
ガサゴソ。あっちやそっちに身を翻しガサゴソ。
何事か!? とエリとココアが見守る中、ブワっと飛び降りれば、ダンッと地面へ着地。
「まさか、こんな場所でコイツにありつけるとは思わなかった」
ウシシなるニヤけた顔をアレクは向ける。
手には、キノコが数本握られていた。
「あんなところに生えていたキノコ、良く見つけたね……」
「ふむ。酒場で酔っぱらいを見つけたくらいにどうでもいい――、みたいなその反応からすると、どうやらクサコは、これが”マツマツ茸”だというのを知らんようだな」
「え!? それがマツマツ茸なの!?」
「なんだ、知っているではないか」
「名前は知っているよ。貴重でめったに食べられない美味しいキノコで有名だもん。実際に見るのが初めてってだけで」
へえ、これが……とエリは鍾乳石に生えていたキノコを物珍しそうに眺めた。
しっかりとした太い柄に、派手な色のまるっとした傘。
「でもなんだか、思ってたのより毒々しいキノコだなあ……と。ピンク色だったんだね、マツマツ茸って……」
「ウマいキノコの宿命ゆえに、こんな風になったのだろうな」
「どういうこと?」
「キノコ博士の俺からすると、どぎつい色なのは動物から食われないためだとすぐにわかる。そしてそれは、裏を返せば動物共が食いたくてたまらないくらいのウマウマキノコということだ」
じゅるり。
ヨダレを垂らしそうなアレクは、採取したキノコの味を思い出すようだ。
「食欲は湧きそうにない見た目だけど、やっぱり美味しいんだ!」
「ウマい――っ、だけでは足りないほどウマ過ぎるなっ」
「アレクには、具体的な味の説明を足して欲しかったり……」
どんな味わいなのか聞かされないからこそ、かえって唆られることもある。
無自覚だとしても、エリのこれはその欲求の表れだろう。
「ココアはそれいらなーい」
しかめっ面にて、ココアがエリの腰辺りから登場である。
「もしかして、キノコは苦手な食べ物?」
「うん、キノコ苦手。前にお腹が痛くなったから……」
しょんぼり。
空腹時に、道端で生えていたキノコを食べた結果の苦々しい思い出――があるのやも。
「そうなんだあ……でも、マツマツ茸は大丈夫だと思うよ?」
エリの勧めにも、ココアはふるふる~首を横に振る。
『食いしんぼさんの印象なのに、余程辛い経験だったんだろうな……』とエリは気遣うだろうか。
「おい、そこの食いしん坊ども。何を俺のマツマツ茸が食られるつもりで話を進めている」
ちょいと待てとばかりに、アレクが物申す。
「俺が見つけたので、俺だけが食べるに決まっているだろ」
「やっぱり、アレクが独り占めするんだね……それなら、仕方がないのかなあ」
「ココアはやっぱりキノコいらなーい」
エリは興味津々ではあったものの、潔く諦めるようだ。
ココアはキノコに興味そのものが持てない。
そんな二人の反応に、アレクはむず痒いような表情を浮かべた。
「……だが、まあ。お前達がそこまで言うのなら、俺が食べ残したものならくれてやらんでもないな」
果たして、食べ残すつもりがあるのかどうなのか……はさておき。
――話題のキノコが優しくゴシゴシ。
状態は綺麗なものだが、汚れを落とすように、服の袖で一本また一本と軽く磨かれれば……キノコはアレクの懐へと収まってゆく。
それを見て、エリが首をこてり。
「あれ、食べないんだ? アレクのことだから、私達の前でガブり、むしゃむしゃーになるだろうな~って思ってた私です」
「それも一興ではある。だがしかーしなのだ」
「しかーしなのだー」
アレクの隣に、いつの間にやら回り込むココア。
「クサコよ。確かにこのまま食ってもマツマツ茸は美味だ。しかしグルメで通な者はそんな食い方はせん。コイツは煮込むめば煮込むほど、究極にウマウマになる。それからするとナマは不味いとさえいえよう」
「火を通したほうが、味が熟成するってことかあ……」
「そういうことだ。そのジュクセイとやらを考え……そうだな。ドラゴンを待つ間の楽しみに取っておこうというわけだ」
再びウシシとアレク。
キノコを大切に収めた懐を軽く叩いて見せれば、意気揚々と先を急いだ。
こうしたキノコ狩りを経由しつつ、一行は鍾乳石区間も快調に抜けるのであった。




