54 運び舟、ハコブネ ③
――制御装置の中にある黒ずんだ、物体。
ココアの目の高さ。
円筒状の鋼板にくり抜かれた僅かなのぞき窓がある。
中に設置している”魔晶石”を見る用途のそれ。
動力源である魔晶石が蓄積する魔力を失うと、『運び舟』は動かなくなる。
よって、常時その状態を確認する必要性があった。
青白く光る状態から黒ずむ色合いにて、魔力の蓄積具合を知れる。
明日の運用時には交換予定だったこの魔晶石。
これにはもう、再び『運び舟』を動かすほどの魔力は残っていない。
最後の最後まで魔力放出を頑張っていたが、どうやらそれも操作負荷が増した機にあきらめたようだ。
――ぱしぱし。
ココアが鋼板を叩く。
銀髪の頭から降りた蛙から見守れながらに、再度ぱしぱし……。
「アレクが柱を足に挟んで、あとはロープをグイグイって。それなら……? ココアちゃん、何してるの?」
視界の端で、ふと気づく。
尋ねるまでもなく、見ればわかる制御装置を叩く様子ではあるものの、エリには奇妙に映ったココアの行為。
「んーとね。おまじない」
「ふん。そんなものでどうにかなるのなら、サギダチョウなんぞとっくに空を飛んでいる」
「ごめん、意味がちょっとわかんなかった私です」
「俺ではなく、クサコがグイグイっとやれという話だ。お前が言い出したのだから当然だろう」
無駄口を含む口数も多く、アレクとエリが解決案を模索する。
薄々、事の重大さを受け入れ始めたのだろうか。
エリはともかく、アレクですらその態度からは焦燥感をうかがえた。
前後左右、アレクがどんなに見回すとも行き場はない。
エリが見下ろすここは、目眩がしそうな高さ……。
――ぽつんと宙に留まる、孤立の様相。
「も、もしかせずとも、ヤバいのか? どうなんだ、クサコ」
不安げと言われてもおかしくないほどに、アレクにしては物静かなつぶやき。
そして、それがエリの耳に届こうかという最中だった。
体が大きな揺れを感じれば、周囲の景色が流れた。
駆動音とともに、グググイーンと『運び舟』が進み出したのだ。
「ぬおっ。いきなり動き出したぞ!?」
驚くアレク。
その見開く目が、”ぱしぱし”するココアを凝視した。
「おいコラっ。チビコ」
「なーに?」
「チビコのくせに、でかしたぞ! さすがは俺のチビコだ。クサコとは大違いだな。だあはははっ」
途端に明るくなった雰囲気で、先ほどとは打って変わるココアの評価。
そしてそれが余程嬉しかったのか。
ココアは、にひー、と綺麗な歯並びを披露。
満面の笑みのまま、更にぱしぱし”おまじない”を繰り返すのだった。
道たるロープを上下から挟む駆動部の車輪。
ロープをしっかりと捉えるそれが回ることで、『運び舟』は前後移動が可能になっていた。
そして、車輪の回転が増せば増すほどに移動速度も上がる仕組みなのだが。
――ギュルギュルギュルギュル。
高速回転――。
駆動部の車輪はうねりを上げていた。
「きゃあああああああああ――」
しゃがみ込むエリが右腕で抱くのは必死にしがみつく柱。左腕で抱くのはココアの胴体。
車輪の悲鳴だけではなく、少女のそれも上げ続ける『運び舟』は、ロープを軸に右へ左へ、時にぐるりと一周りして突き進む。
それはそれは、風を切るそのもので、エリの悲鳴を置き去りにした。
「きゃはは、きゃははは、はやい、はやいー」
「だあははははっ、いいぞ、もっとだっ。もっと速く! さらにかっ飛べっ、アレク号っ!!」
どーん、と立っていられるのが不思議なくらいの速さの中で、船首を陣取るアレクが吠えた。
高揚しきりの様子だった。
――異常なほどに、凄まじい勢いで駆ける『運び舟』。
制御装置の中にある魔晶石は、これでもかというほどに青白く光り輝いていた。
安全設計の回路、その速度調整部分はアレクの蹴りの衝撃で狂っていた。
次々と通り過ぎてゆくロープの支柱。
みるみるうちに鉱山が近づく――。
「はっ! 停まる時は!? ねえっ、停まる時はどうするのおおおおおお――」
エリの考察はもっともである。
回路の不具合もさることながら、なにぶん、操作レバーが折れてしまっているのだから。
大陸辞典:「月たる鵺」
千年の時を生きる麗しの魔女との噂もある、盟主メアリー・ヌー率いる宗教団体。
謎多き盟主を始め、謎多き活動内容、謎多き暗躍――。
すなわち謎の組織だ。
大陸の貴族や権力者などにコネクションを持つことも、実態を掴みにくくしている要因に挙げられるだろう。




