53 運び舟、ハコブネ ②
「報奨金1億ルネのウサピーがいたとする。するとどうだ、ウサピーにもかかわらず、3000万ルネのドラゴンよりも強そうな気がするだろ」
きかっけはなんだったか。
穏やかに進む舟の上。
皆が腰を下ろすそこでは、アレクが”ルネというもののスゴさ”で始めた講義が繰り広げられていた。
「確かに、すんごく強そうな感じはするね……」
一億ともなれば、何かしら脅威的なウサピーだと想像できる。
ただし現実味は乏しい。
仮に一億匹のウサピーが束になってもドラゴン一匹に勝つのは至難の業……くらいに、エリを含めた世間は、人畜無害のウサピーをそう認識していた。
それはそれとして。
「つまりは、モンスターの強さもルネ次第だというわけだ」
「なるほどお……」
「ゆえにドラゴンが強いのではない。ルネがいっぱいのドラゴンだから強いのだ。そして、そのドラゴンを倒してしまう俺は、3000万ルネよりももっと強い男となるわけだ。くくくっ」
話を合わせるだけのエリ相手に、アレクは饒舌であった。
「んーとね、ルネはね。人間のシャカイにしかないから、人だけの特別なものなんだよ。だから大切なチカラ……ガイネン? なの」
『概念』の言葉は自問自答気味に、難しそうな表情でココアが加わる。
「ほへえ、ココアちゃんは哲学的だね」
「テツガクって何?」
「えーとね……ごめんなさい。エリお姉ちゃんは雰囲気で言ってしまいました。私にもよくわかりません」
赤茶けた頭が、バツも悪そうに掻かれた。
「ふーむ。まさかチビコが”アイツ”ようなことを言うとはな……。クサコよりはそこそこ賢いチビコのようだ」
「あいつって?」
エリがアレクに聞き返す。
「アイツはアイツだ。名前なんぞ知らん。だが、知っているほうのゼニニャンもそれっぽいことを言っていた気がするな」
「ゼニニャンって?」
「クサコのようなルネなしには一生縁のない女の名だ。くわえてゼニニャンは、クサコと違って俺の役に立つ女でもあるな」
「ふーん、そういう人なんだ……」
「なんだ、その日暮れグマをカジったら不味かったみたいな顔は。馬鹿にしているのだから、もっと悔しそうな顔をすればいいだろう」
「いつものことだし、悔しいとかでもなくて……。アレクが自分以外の人を褒めるなんて珍しいなあ……って。しかも女の人なんだなあ……って」
「俺は時にヨイショを使える男だ。これはできる男の嗜みというヤツだが、狡猾という高等戦術だ。覚えておくといい」
「こうかつー。ココア、覚えたー」
どこか澄ました態度のエリに、相も変わらずなアレク、マイペースなココア。
「ま、ともかくは俺のようにルネをいっぱい持つヤツがスゴくて、クサコようなルネなしは目も当てられんという話だな。でだ。それよりも、だっ」
論理と呼べるものはなかった講義は終わりを告げたがしかし、新たな話が持ち出されそうだ。
「もっとこう、グオオオオーと速く進まんのか、このハコブネとやらはっ。ウサピー並のノロさに、いい加減飽き飽きしてきたぞ」
遊覧気分も薄れたアレクには苦痛なのだろう。
不満をぶつけられるように、ロープに繋がる鉄柱がゴンゴンと叩かれた。
『運び舟』は徒歩で山を登るよりは、断然早く鉱山へ着く乗り物ではある。
それでも馬車と比べれば、断然速度の遅い乗り物だ。
「私はこれくらいがいいけどなあ……あんまり速くても危なそうだから」
エリの思いとは裏腹に、『我慢ならんっ』と立ち上がるアレク。
そうして、船尾部の制御装置にて――ガコガコガコ、ガンっ。
大きなレバーを上下移動させたあとに、思い切り押し上げた。
すると。
――ガッ。グオン。ガクン……。
『運び舟』が前後に揺れる挙動を見せてすぐ、静かになった。
宙ぶらりんと停止したまま、うんともすんとも言わない。
「ああっ、アレクが壊したっ」
こうした状況の発端であるアレクの手には、折れたレバーが握られていた。
「――ていやあああっ」
夜空の向こうに、丸ポッチのつくレバーが放り投げられ消えていった。
アレクはすかさず腕を組み素知らぬ顔。
「ふん。馬鹿者クサコめ。壊れたとかどうとか、一体なんの話をしている」
「ま……まさかの、なかったことにしようとしてる。無理だから、見てたんだから。レバー投げ捨てても、壊したことがなかったことにはならないから」
「ええいっ、お前が俺が壊した風にするからいかんのだっ。俺は壊してなどいない。貧弱なコイツが自ら進んで壊れたのだっ」
制御装置がガシガシ蹴られた。
衝撃に耐え兼ね、円筒状の鋼板が少々歪な形になる。
憂さ晴らしの末に、アレクはどうにかしろと言い放つ。
そんなこと言われても、と困るエリ。
そうして、あーだこーだと二人が言い合う。
――その傍ら。
ココアだけが注視するものがあった。




