52 運び舟、ハコブネ ①
最上部に三角の屋根を持ち、四面に壁を下ろすヤグラの足元。
「本当に、このヘンテコな塔で間違いないのだろうな」
アレクは固く閉ざされた扉を前に文句を垂れる。
「”鉱山へ行く場合は、安全便利な『運び舟』を利用しましょう!”――の項目に書いてある場所とは合ってるし、塔の絵も一緒だし……ここが運び舟乗り場だと思うよ」
ココアにランタンの明かりを担当してもらい、エリが『手招きドラゴン討伐の手引き書』をパラパラめくる。
――荷物の中にあった商工会発刊のガイド本。
ドラゴン討伐において定番の一冊らしく、ドラゴンの詳しい情報はもちろん、ドラゴンが棲まう鉱山への行き方。目的となる最奥部へのおすすめルート。それから、街の人気グルメ特集など、充実した内容になっている。
役立つ手引き書は、街の商店やギルド会館などにて3000ルネで購入できます。是非お買い求めを――。
喧伝文句はこのような具合だ。
「そうか。ならば、こうするまで」
――バゴンッ。
力強い蹴りが扉を襲う。
バキッと破壊音を鳴らし、バンッと景気よく扉は開いた。
「階段以外なにもなさそうだな」
ドカドカ。
アレクは静まり返る屋内へと踏み入る。
「すみません……お邪魔します……」
「おジャマしまーす」
エリがそろりそろり。
ココアがぴょーんと飛び込む。
それから一行は階段を上った。
――ぴゅ~。
屋根はあるも壁がなくなるここには風が吹き抜けた。
風に髪をなでられるエリが外を望む。
上方のロープは夜空の中、ずうっと向こうまで伸びる。
柵に手を掛けのぞき見た光景は、ぱんだ亭の屋根裏部屋の窓から見る高さよりも高い。
建物だと五、六階の窓からのそれっぽい。
しかしながら、そのような階層の住まいは珍しくもある。
「ノッポさんくらいかなあ……」
プジョーニの街では一際高い建築物のっぽな時計塔、通称ノッポさん。
エリの目測だとそれになるようだ。
「どうやら、このカゴみたいなヤツに乗るみたいだぞ」
物色もほどほどに、アレクが促す。
足場を横断する位置で停まる『運び舟』。
先は船首のように尖るも、平べったい底ののっぺりした姿はカゴの形容が妥当だろうか。
ロープに繋がる鉄柱に、浅い底。頑丈そうな分、乗り口も椅子らしきものもない簡素な乗り物。
重装備の冒険者でも、整列して乗り込めば10~15人程度は運べる大きさ。
そしてこの乗り物は、5000ルネの往復チケットを購入することで利用できた。
本来なら、係員がそれを受付け乗り物に同乗し運用される。
ただし、星々が綺麗に瞬く遅い時刻ともなれば、発着場は利用時間外となっていた……。
「ココアがいっちばーん。とーっ」
「ぬお、こらっ。チビコのくせに、俺を差し置いて勝手に乗り込むなっ。どりゃっ」
ココアとアレクが競って乗り込む。
『運び舟』は少しばかりぐらりぐらりと揺れた。
「ふむふむ。おそらくコイツが出発のレバ―だろう」
船尾部にある制御装置が、わくわく顔のアレクの目に留まる。
魔術回路を組み込む円筒状の鋼板。その脇でニョキリと飛び出す取っ手。
「では、ガコンといってみるか」
「いってみるかー」
愉しげな物言いにココアが輪を掛ける。
宣言通りに、ガコンと上がるレバー。
さすれば、駆動音とともに乗り物がゆっくり動き出す。
「ここ、管理している人とか――!? うわ、うわっ。待って、置いてかないでよっ」
どてんと倒れ込みながらに、エリが慌てて飛び乗った。
――『運び舟』が夜空の航海へと旅立つ。




