50 鉱山への道のり ②
アレク曰く、中身は『冒険者セット』。
地図、方位磁針、ランタン、応急手当の道具、簡易的な調理器具、携帯食、水筒に、衣類に、ボードゲームなどなど――を言うらしい。
――『どこぞで油を売っていたお前と違い、冒険玄人の俺はダンジョン攻略に必要な冒険者セットが詰まる、あのリュックを仕入れておいたのだ』
当人からはこのような説明であった。
どうやら、夕方近くエリと合流するまでに調達していた模様。
くわえて、持ち歩かずわざわざ酒樽の山に隠していただけあって、自分で背負うつもりは毛頭ないようだ。
アレクは、付け入る隙を与えない芯の通った眼光を発した。
エリは、高く切り立つ絶壁に挑むような眼光を帯びた。
つまりは、二人の間には言葉など必要としない極地の瞬間――目と目で通じ合った、だった。
――よいしょ。
パンパンに膨れる『大荷物入れ』をエリが背負う。
「見た目よりは……軽いけど……でもどう考えても、軽くはないよお……」
背中から楽にハミ出し、給仕服には不釣り合いな装備品。
それでも茶色い荷物袋はしっかりした作りなうえ、カワウソ~ン鮫のなめし革を使っているので雨にも強い。
品質は、さすが冒険者御用達と言えるものだ。
「これも、あの鎧みたいに盗んだんだよね……きっと」
「聞こえているぞ、クサコ」
ピクリと耳を動かしたアレク。
さあ、ゆくぞ! と踏み出す足を、もたもたする相手のほうへと向け直す。
「ヨーコみたく、しれっと俺を人聞きの悪い俺にするな。お前に預けてやっているそれは、れっきとした戦利品なのだ。つまりは俺に感謝しつつ、大切に扱えということだ」
「戦利品……という盗んだものなんだよね、たぶん」
「見るからに豪快な戦士の俺が、みみっちい盗賊風情のようなことをするわけがなかろう」
盗賊よりタチの悪そうな戦士が胸を張る。
「ちょうど、ドラゴンごときにヤラれた帰りっぽいボロボロの冒険者がいたのでな。お前らには必要のない荷物を俺が活用してやろう! と話を持ちかけてやったのだ」
「ヒドいよお。せめて悪そうな人達に迷惑かければまだいいほうなのに……怪我しているっぽい冒険者さんから奪うなんて」
「ふん。怪我をしていなくとも、ソイツは俺との勝負に負けていたに決まっているだろう。なぜなら俺は、ジャンケンでも強者だからな」
「え、アレク、斬ったり殴ったりしたんじゃなくて、ジャンケンをしたんだ!?」
「なぜだか……あれだ、交渉という駆け引きがまずあってだな。なんだかんだでジャンケンで俺とソイツは勝負することになっていた」
「そっかあ。それならちょっと良かったかも。ジャンケンなら平和的だもんね」
エリは喜んだ。
いつかの時、アレクにこの遊びを教えておいて――。
「そして、ソイツは”パー”を出したのでな、そのまま”グー”で一発だったぞ」
通常のルールなら、”グー”は”パー”に勝てない。
グッと握る拳を自慢げに、アレクは勝者の闊歩を再開した。
物申したいことは多い。
そうした中でエリは、旅の道中でのアレクとのジャンケン勝負を顧みていた。
自分が負け続けたことで、命を拾っていたと悟る。
「アマンテラス様。私をジャンケンの弱い女の子として祝福を与えてくださったことに感謝します」
神に礼を告げれば、蛙の友達と戯れるココアに声を掛けた。
あとは、てくてくアレクに着いてゆく。
※
500m(マーベル)――。
山頂はこの高さにまで及ぶだろうか。
クリスタには、その鉱山とを行き交う索道設備がある。
山間に点々とある強固な支柱。
それらに渡たす空中のロープに吊り下がるようにして、『運び舟』は容易に山を移動した。
いつ頃からか、”ハコブネ”の愛称でも呼ばれた索道設備その用途は、採掘された魔晶石を街へ運ぶためのものであった。
しかし近頃では、もっぱら冒険者達を運搬することのほうが多いだろうか。
山々をほど近くに感じるクリスタの郊外。
原っぱのここには、木材を組み合わせ立つヤグラ――『運び舟』の発着場がある。
遠くからでも確認できるくらいには高い建築物は数箇所。
このうちの一つに向い進む一行があった。
――彼らもまたドラゴンの討伐を夢見る者達なのだろう。
夜道を照らすランタンを手に、アレク、エリ、ココア+一匹がやって来るのだった。
モンスター辞典:「カワウソ~ン鮫」
川や湖で見ることができる動物。
水面から出すその背びれは、伝説の海の生き物サメにそっくりだと言われている。
四肢には水かきがあり泳ぎが得意。またその身体は撥水性に優れた皮に覆われている。




