05 ぱんだ亭・店主ヨーコ ①(画像があり。以降「◆」で表記です)
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大陸の中央には人で栄える王都がある。
ここはそこから西南へたいぶ離れた地域。
手に焼き印を持つ少女と牙を持つ戦士風の男が出会った山道などもあり、その山道を抜けると街が見えてくる。
――街の名はプジョーニ。
近隣の豊かな資源と人間を襲うモンスターの脅威が比較的緩やかなこともあり、王都ほどとはいかないまでも西側街道では屈指の賑いを見せる宿場町だ。
またプジョーニではイノブタの畜産が盛んなこともあり、イノブタ肉料理に定評がある。
そんなイノブタ肉料理の中に、程よい脂身の肉を秘伝のタレをつけながらじっくりローストし、歯ごたえのある黒パンと柔らかい白パンで挟む”パンぱんだパン”なるものがある。
三〇〇ルネの手頃な価格も相まり長らく人気の一品であり、パンぱんだパンを味わいたいなら酒場『ぱんだ亭』を訪れれると良いだろう。
――ぱんだ亭は、街にいくつかある酒場の一つだ。
他の店に比べればこじんまりした装いで、二階造りの建物に使われている木材も随分と古びたもの。
それでも店を切り盛りするヨーコの行き届いた管理によって、今でもしっかりとした見栄えを残す。
ウマさと安さ、それと店主ヨーコの飾らない人柄から、多くの酒飲みから愛されている酒場であった。
その酒場ぱんだ亭のアーチ状の入口をくぐれば、奥にあるカウンターに人影が三つ。
店は空が茜色で染まる少し前から営業するも、早々の客とも呼べない来客であった。
長い髪を後ろで束ねる妙齢の女店主が、カウンターテーブルを挟み対面する。
相手はヨーコの顔見知りである戦士風の男と、ヨーコより一回りは歳が離れているだろう若い奴隷風の見知らぬ少女。
「それで、いくつだい?」
「俺はイケイケのハタチだ」
「はあ……アタイがあんたの歳を知ってなんか得でもあんのかい。知りたいのはそっちのお嬢ちゃんのほうに決まってんだろ」
「ならば、最初からそうだと言え。おい、クサコっ」
「ふへ。ええと、じゅ、十六です」
「念のため聞くけどさ、嘘じゃないだろうね?」
「は、はい、王暦三七〇年ヒツジ月生まれで、誕生年の記念モンスターは噛みつきウサピーです」
「おうこら、ヨーコ。俺のクサコにイチャモンをつける気か。ここで働くのに歳なんぞ関係あるのか。そこの魔晶石板には若い女としか書かれていないぞっ。クサコはお前と比べたら十分若いだろっ」
戦士風の男がヨーコの後ろに掲げてある四角い板を指差し吠える。
一方のヨーコは、エリがあわわと狼狽えた男の失礼な言動にも慣れた態度で澄まし顔。切れ長の目で、『魔晶石板』に表示させていた給仕募集をチラリ一瞥する。
「いつも難癖つけられてんのはアタイのほうさね。それに歳を聞いたのは、最近領主様からお達しがあってね。十五歳以下は夜まで働かせない方針なんだとさ。うちの主な営業は夜なんだ。雇うにしても使いもんにならなきゃ意味ないだろ」
「よくわからんが、クサコなら一日中働らかせてもいいぞ」
「ちょ、ええ!?」
「そんなことするもんかね。それで、クサコちゃんだっけ? 見たところ奴隷のようだけれど……アレク、あんたこの娘どうしたんだい?」
ヨーコはエリの焼き印を見てから、アレクと呼ぶ戦士風の男を冷ややかな視線で刺した。
「クサコは山から拾って来た」
「人の子を山で落ちていたように言うなさね。まさかとは思うけど、あんた、人様のところから無理やり掻っさらって来たとかじゃないだろうね」
「そんなもの、知らん」
「いいかい、奴隷には奴隷誓約ってものがあって……いいや、やっぱりいい。聞く耳を持たないあんたに言っても、どうせいつものように徒労に終わるだけだろさね」
ため息が一つ漏れた。
「そう落ち込むな。ちなみに俺の耳はすこぶる良いぞ。遠くのモンスターの声も聞き分けられる優れた耳だ」
「なんだろうねえ。アタイはその娘のことを詳しく聞きたいだけなんだけど、どうしたらいいもんかね……」
「なんだ。ヨーコはそんなにクサコのことを知りたいのか。いいだろう、他ならぬメシ係の頼みというヤツだ。感謝しろよ。おい、クサコ」
「はい?」
「ヨーコに説明してやれ」
「ふへ? ……え、私がですか!? 私のほうがいろいろ説明して欲しいんですけれど。大体なんで私こんなところで、きゅぴ」
アレクは隣に居たエリの襟首をわしっと掴み、むんずと自分の前で吊り下げる。
「無駄口はいい。とっとと話せ」
つま先立ちのエリは、泣く泣く話し始めるのだった。
自分がさらわれ奴隷商の荷馬車で運ばれていたこと。
自分を運んでいた奴隷商の男達が、全裸のアレクによって倒されたこと。
自分がそのアレクに襲われそうになってあたふたしていると、気がつけば担がれ見知らぬ街の見知らぬ酒場にいること――。
話を聞き届けた店主ヨーコの顔には、憐れみの表情が浮かぶ。
「なるほどね……。同情したいところだけどさ。ま、こいつに出遭ったのは災害みたいなもんだと思って割り切るんだね」
「うう、災害ってことはやっぱり害なんですね、この人」
「ほう、クサコのくせに俺の目の前で俺の悪口とは、なかなかいい度胸だな」
アレクから胸元へ引き寄せられ、ごすっと額に頭突きを食らわされたエリは、『なんで私だけなの』と不平を漏らす。
「ちょいと、およしよアレク。傷物にしたらうちじゃ雇わないよ」
「うぬぬ……それではここにコイツを連れてきた意味がないな。仕方がない。目突きの刑は勘弁してやろう」
「それよりアレク。厄介事を嫌うあんたが、なんでまたわざわざ奴隷商の荷馬車なんてのを襲ったのさ」
「ぬ? 俺はその奴隷商の荷馬車とやらを襲う気なんてなかったぞ。なんだアイツら、面倒臭い連中だったのか」
「いや、あんたがそう思ってなきゃ別にいいんだけどさ」
「心配するな。俺を誰だと思っている。そんじょそこらの素人ではない。後腐れがないよう、きっちり息の根を止めたかどうかの確認はしている」
「あんたの心配なんてするもんかね。襲う気がなかったって言うんなら、大方いつもの腹いせだろう。なんならアタイは奴隷商の野郎共に同情するよ」
「おいこら。腹いせとは人聞き悪いぞ。まるで俺が悪者みたいではないか」
「金も絡んでいないあんたの話に、腹いせ以外の理由なんてあんのかい。ないだろ」
「なんだその言い草は。俺を考えなしの馬鹿者みたいに扱うな。アイツらをぶっ飛ばしたのにはもっともな理由があるのだからな」
アレクが言いがかりだと言わんばかりに、ふん、と鼻を鳴らす。
「だったら試しに、その大層な理由を言ってみなさね。期待しないで聞いたげるよ」