49 鉱山への道のり ①
アレクからは面倒臭そうに、放っておけと言われた。
それでもエリは、ココアの名を呼び辺りを右へ左へ駆けずり回る。
そんなエリは、またアレクから面倒臭そうに言われてしまう。
クンクンと鼻を鳴らして、
――『チビコの匂いは向こうからだ。どうせ探すならあっちにしろっ』
であった。
クリスタ大浴場の裏手にあたるだろうか。
刈り揃えられた茂みがもぞもぞと動く。
自分の名を呼ぶ声に、幼い少女がひょこと顔を出す。
銀髪に草木のくずをつけたココアがのぞく先には、今にも泣いてしまいそうなエリの姿……。
「もう、もうっ。ダメだよ、いきなり居なくなったりしたら。ダメなんだからねっ」
「エリのお姉ちゃん……怒ってる?」
表情は弱々しく。
でも語気も強く咎められてしまう。
ココアには少しばかり考えを必要とした出来事らしい。
どうしたら良いのか答えがないままに、テトテトと歩み出た。
「うーうん……ココアちゃんを怒りたいとかじゃないの」
エリが首を左右に振り膝をつく。
ココアは手繰り寄せられるようにして抱きしめられた。
「そうじゃないの。心配で、ココアちゃんが無事で、それが本当に良かったから……その気持でいっぱいだから、怒っているわけじゃないよ」
感じるのは優しさ。
だから自分も……。
ココアは心の中の感情に従い働く。
「エリのお姉ちゃん、よしよし」
エリの赤色を帯びる頭をぽんぽん、と撫でた。
ぐすんと涙目だったエリが小さく笑う。
抱擁が解れるといつもの明るい顔を向けられた。
「なんだか立場が反対のような……。ところで、ココアちゃんこんな場所で何してたの?」
「んーとね」
「あっ。……もしかしてお花摘みだった? それなら……街中にいる時にお外はあんまり良くないかも……」
何かに気づいた様子と急な小声でひそりとエリが言う。
乙女語録ではトイレの意味もあるらしい”お花摘み”。
それを知らない、お花はお外で摘むのが当然のココアは、”人の街では草花を摘むのは禁止されている”――このような解釈に至る。
また、だからこそ”お花が目当てではない”と釈明したほうが良いのだろうか、と首をひねった。
「うん。わかった。でもね、エリのお姉ちゃん。ココアはここでお花摘みじゃないの」
頭や肩に乗る葉っぱを払われながらに、ココアは自分の足元の隣へ視線を送る。
そこには、ぴょこんと跳ねる生き物が一つ。
ややヌメっとした肌ツヤ。
蛙はつぶらな瞳でエリやココアを見上げている。
「黒のお姉ちゃんがいないところでお話したいって。だから――」
「うわ!? びっくりした。何かずんぐりしたものがあるな~って思ってたら、蛙だったんだあ。ちょっと大きめの蛙……だね」
食卓によく並ぶサイズの卵なら、簡単に丸呑みしそうな体躯。
よく育つ蛙は、エリから恐る恐るといった様子で眺められていた。
男の足はガニ股でドスドス。
これを先頭に夜の街中を練り歩く、三人と一匹。
ドラゴンの棲処である鉱山に立ち入る――前に、寄るところがあるらしいアレクの案内のもと一行は歩を進めていた。
「はい、エリのお姉ちゃん。ボルボルいいよ」
エリに向かって差し出す両手の上には、蛙が鎮座する。
時にチラチラと視線を送るエリに、ココアが気を利かせたのだろう。
どうやら、”蛙が好きで触れたがっている”と思われたようだ。
どちらかと言えばエリはその逆……。
昼間遭遇したモンスターに恐怖を覚えたこともあってか、以前よりも苦手意識が芽生えていた。
「な、名前つけてあげたんだね……へえ……」
エリは話題を逸らしつつ、そこはかとなく申し出を拒否る。
すると、同行することになった生き物は定位置となっているココアの頭の上に戻された。
「蛙さん……ココアちゃんにすんごく懐いているね」
「ボルボルは、ココアとお友達なの」
にか、と蛙の足元で笑顔を作るココア。
一方のエリは、苦々しい笑顔。
はたまた前方からの笑顔は、含みのあるそれか。
「蛙がトモダチとはなんたる哀しいヤツだ。と、クサコは今思ったな」
「ちょ、ちょ、いきなり何を言い出すのアレク!? 私、そんなこと」
「俺くらいの強者になると、否応なしにでも相手の心理を読み解けるようになるからな。ふと目に入ったクサコの引きつる顔は、間違いなくチビコを憐れんでいた」
「チビコじゃないよ、ココアだよ。ココアは牙のお兄ちゃんをアレクって呼ぶようにしたのにー」
エリからのアレクの取扱い注意事項その5。
【”お兄ちゃん”と呼ぶなかれ。過剰反応して噛みつかれちゃいますから】――を、ココアは学んでいた。
「うるさい。チビコはチビコだろうがっ」
アレクが『がるるー』と唸る。
ココアが対抗して『がるるるる~』と唸り返す。
負けじとアレクが『がるるるるるるるるー』と、以下省略。
「動物のお友達でも、アレクにはきっと難しいんだろうなあ……」
憐れむような眼差しを、エリは子供相手にムキになっているアレクに送った。
そして、このような一幕を終えてからしばらくののちだ。
一行は、おそらく目的の場所に到着した。
鉱山を目指す途中であるのだから、ここは当然街の中心から外れる。
そのためか、人通りや建物も寂しい。
「酒場だよね」
ぱんだ亭を彷彿させるような雰囲気の建物。
店の入口にあたる場所の前。エリは看板を見上げていた。
「おい、何をしている。早くこっちに来ぬか」
「あれ。お店に用があったんじゃないの?」
聞いてはみたものの、アレクは構わず建物の脇の路地へ姿を消す。
後を追うようにしてエリとココアが続けば、酒場の裏手に回ることとなった。
「ここが寄りたかったところ? お店の中じゃなくて? なんのために?」
「……ふむ。少し試してやるとするか。この辺り……なにか気づかんかね、クサコよ」
月明かり、建物から漏れる明かりなどからある程度周囲はうかがえる。
それでも殺風景なここに、アレクが言う”なにか”になるような物、もしくは人影も見当たらない
注目できるものといえば、壁側に二段、三段と山形に積まれた酒樽くらいなものである。
「酒樽……お酒の樽……。ああ、そういえば」
ぽん、と一つ柏手が打たれた。
「1マーベルって、酒樽の大きさを基準に決められたって聞いたことがある私なのです」
「そうなんだ」
ココアから相槌が打たれた。
「うんうん、そうらしいよ。きっとマーベルさん家の酒樽を使ったから、単位が”マーベル”になったんだろうね。なんだかすごいよね、マーベルさん」
大陸全般では、マーベルは【m】表記で長さや高さなどに用いられる。
「おい、クサコ」
「何? アレク」
額を打ち抜かれるのも慣れた様子で、エリはぎゃいんと夜空を仰いだ。
デコピンを済ませたアレクが腕を組む。
「まったく相変わらず役立たずなヤツめ。誰が顔も知らんヤツの話をしろなどと言った。どうやらトレジャーな才能が皆無のお前には、宝探し係はムリのようだな……。いいや、むしろ俺の隠し方が素晴らしすぎたか。ならば、仕方がないか」
のしのし。
アレクが酒樽の山へ近づく。
――ガゴンっ。ガゴガゴン。
いくつもの酒樽が蹴り飛ばされてゆく。
「え、え!? アレク何やってるのっ」
唐突な暴挙にエリが慌てふためくも、あちこちに酒樽が散らばる状況が止むことはない。
そうして、すぐに騒がしさも落ち着き払えば。
「あれだ」
に、と口角を上げたアレクが目で指し示す。
積み上げられていた酒樽、その山が崩れた場所。
エリくらいならスッポリ収まりそうな、『大荷物入れ』がお目見えしたのだった。