47 ひと時の邂逅 ①
湯上がりには心地よい風がそよぐ。
辺りはやや薄暗さを増しただろうか。
今しがた雲が月を隠してしまう。
それでも、クリスタ大浴場の軒先は宵の暗がりにあっても、並ぶ外灯が人々を導く道を照らす。
その柔らかな明かりの一つが、一人の男を映し出していた。
――ただし、少々不気味に。
闇に紛れそうな漆黒のマントを羽織る体格も良い男が、時に牙のような尖る歯を見せ微笑みたたずんでいるのだから不気味以外の何者でもない。
しかしながら何者でもない何者にも、ちゃんとした名もあり戦士の肩書きすらあったりするのだから……存外、世の中とはいい加減なものなのかもしれない。
「ぬくくく。いやはや、案外バカにできんものだったな、クリスタ大浴場とやらは」
見るからに湯上がりのサッパリ感に包まれるアレク。
ゆえに、ご満悦なのも頷ける……ところではあったが。
「このピッタシ具合。これはまさに、俺のために用意されていたものに違いない」
見るからにウキウキで、その身を包む”鎧”を品定めしていた。
マントに覆われながらも、ライトアーマーはびかびかっと銀の光沢を主張する。
入浴前には装備していなかった装備品。
おおむね碌な経緯でないだろうビフォーアフターを除けば、誰もが気に入るくらいにやや無骨ながらも上等な仕上がりの一級品であった。
「ふむふむ。ではでは、あっちで眺めてみるか」
アレクがトコトコと移動する。
その行き先は……近くで灯る外灯。
強いて言えば、先程の上部で灯る明かりと異なり地面から照らすタイプの魔晶灯であった。
「なるほどなるほど。下からの照明だとこんな感じか……ふむふむ。こっちのほうがますますイケイケな気がするな……」
明かりを足元に、バサり。
マントを大きく後ろへはためかせ、颯爽と振り返る。
むろん誰かに呼び掛けられたからではない。
むしろ大浴場の利用者からは遠巻きにされていたくらいだ。
バサリ。
今度は左からバッバサ。
更には、左と見せかけてからの右からバッ、バサバサ――。
そうやって、アレクがリハーサルを繰り返すことしばし。
ついにその時が訪れたようである。
「あ、あそこに居た」
肌の潤いとともに英気も養えたのだろう。
見慣れた後ろ姿に向かい、エリが足取りも軽く近づく。
「よかったあ、外で待っててくれて。待ち合わせの場所決めてなかったから、アレクが乙女の湯に来るんじゃないかって、途中からソワソワしていた私です」
一言多いも正直な報告をしたエリ。
その呼び掛けは、背中越しにでも届いていた。
しかしながら、相手は振り返る素振りを見せてくれない。
「遅いぞクサコ。クサコのくせに俺を待たせるとはなんたるクサコだっ」
アレクから口調も強く言われてしまう。
エリは『あはは……』と苦々しく笑しかなかった。
そして、動きもなく沈黙したままの物言わぬ背中の言い分を感じ取ったのだろう。
「あの……待たせちゃったのはごめんなさい」
エリは素直に謝ることにした。
「と、普段なら万死に値すると告げ、100万回切り刻むところであるが――」
――バッバサ。
大きく、そして流れるようにはためくマント。
――シュッシュタターン。
大胆かつ舞うように軽やかな一回転半の振り向き。
――でででーん。
腰に両手を当て胸を張る。
そんなアレクがエリの目の前に飛び込んできた。
「どうだ、クサコよっ。すでにカッチョよかった俺が、なにやら一段とカッチョよくなったと思わんか!!」
キリッ、と音がなりそうな面構えでアレクが言い放つ。
魔晶灯の明かりに照らされる、これ見よがしな仁王立ち。
エリは……とにかくは、呆気にとられることに専念した。
「さあ、遠慮はいらん。どこがどんな風にカッチョいいか俺に聞かせろ。散々聞かせろっ」
アレクはキラキラと目を輝かせている。
そうして瞬く間だ。
ギョッ、という擬音とともに今にも眼球が飛び出しそうだった。
――凄まじく一変した表情。
青ざめた顔が見るのは、エリに遅れて姿を見せた黒髪黒い服の少女。
「よくお似合いですわ。やはり騎士に外套は付き物でございますから」
「な、な、なぜに……なぜに、俺のクサコと一緒にお前が現れてくるのだ!?」
パクパク。
続く台詞が出ずともアレクの口はパクパク、あわあわ。
驚愕を体現中のアレクに、ハッと呆然中を取りやめエリが反応した。
「その……もしかしてアレクってば、ラティさんとすでに顔見知りだったりするの!? だったら……ええと紹介したりするのはヘンな感じになるのかなあ……。あ、でもでも、アレクは知らないよね。ほら、私が並木道でモンスターに襲われていた時、ノブナガさんだけじゃなくてこちらのラティさんも近くにいらっしゃったんだよ。あとあの――」
「黙れっ!!」
アレクの手が空を薙ぎ払う。
「こんな気持ち悪いヤツなんぞ、俺は断じて知らん!!」
アレクはぷいっと顔と身体を背け、あらぬ方向へズンズン歩く。
それから数歩目でビタっと止まり、振り向けざまにエリを睨んだ。
「お前はそこで何をしているっ。とっととゆくぞっ」
「えー、でもでも……」
エリはアレクの険悪な雰囲気におろおろ。
アレクを見て、ラティスを見てを繰り返す。
「並木の時もそうでした……。また……また私からお逃げになるのですか」
「おいこらっ。俺がなんだか意気地なしみたいな風で話しかけてくるなっ。がるるるー」
牽制するようにアレクが唸る。
しかしその威圧にめげることなく、ラティスがゆっくりと前へ。
くわえて相手のほうをたじろかせるような、ただ一点の視線――アレクの目をひたすらに見つめ近づく。
「だ、だいたい、そもそもの思い違いをするなっ。あの時のアレは、アレでアレだったのだ。俺は一刻も早くドラゴンの待つクリスタへ行きたかっただけだっ」
「でしたら今は、今だけでもラティとお話してくださってもよろしいではありませんか。ここはもうクリスタなのですから」
「ぬぐっ……」
アレクを言葉に詰まらせれば、歩みを止めたラティスは改めて、すい、と姿勢を正す。
両の手でスカートを軽くつまみ上げ、腰を落とす。
「ご健勝のようで何よりです……アレックスお兄様」
「……へ!?」
エリが再び呆気にとらわれる。
今度は間抜けな声を添えた。
そうしてから、ちょうど雲から顔を見せた満月のごとくであろうか――。
「お、お兄様? 今、ラティさんがアレクにお兄様って言ったよね? それって……え、え!? えええええええ」
エリは絶賛驚きに満ち満ちた。




