43 大浴場 ②
「あれだね。なんだかんだ言っても、アレクってやっぱり冒険者なんだね。私にはそんな発想なかったから、その、すごいと思います!」
「……わざわざクサコごときから言われんでも、俺は当たり前にすごいわけだが……しかしながらこの場合は、考えなしのお前がただ単に馬鹿なだけだろ?」
「なんでだろう……褒めたつもりだったのに、どうしてなんだろう……」
エリは釈然としないままにつぶやく。
「ともかくだ。今夜中にドラゴンのねぐらを見つけるぞ。罠があればあったで、俺のドラゴン狩りの邪魔になるヤツらがいるということだからな。ソイツらを蹴散らしておく必要がある」
よくよく聞けば、アレクの物騒な考え。
そこに向けられるエリの浮かべる表情は、む~んと同意しかねるものだったが。
「なんだ、まだ言いたいことでもあるのか?」
「他の冒険者さんたちを……のところも気になるんだけど……その……ええと……うーんと……」
「じれったいヤツだなっ。とっとと言え」
「やっぱり、いいです。きっとアレク、ダメだって反対するもん」
聞かずとも、エリの中ではすでに答えが出ていたのだろう。
しかし押し黙ることをほのめかす言い草には、それ相応の反応があった。
――ビシュッ、ビシュッ。
アレクが『デコぴん』と称する、しなる中指の素振りを始めた。
「あ、はいはい! 言います、言いますっ。お風呂っ、せめてお風呂に入りたいなあって」
「うむ。ダメだな」
「ほらーっ」
そう声を荒げてすぐ、エリは『きゃいたっ』と小さな悲鳴をあげた。
アレクの指先によって弾かれたおでこをスリスリ。
「なぜに俺が、”ほらー”などとお前から勝ち誇られねばならん。ドラゴン討伐に風呂なんぞ必要なかろうがっ」
「でもでも、アレクだって前言ってたよ。一流のモンスターハンターは体の匂いを気にするものだって」
胸元できゅっと握られた両拳。
エリは熱意を伝えるその態度で食い下がろうとする。
「時と場合によっていろいろだ。今回の場合、クサコはエサ係なのだから、どちらかと言えば人間臭いクサクサのほうがいいだろう。喜べ。クサコだけにうってつけというヤツだ」
「う、うってつけじゃないもんっ。私クサコだけど、臭くなんかないもんっ――じゃなくて、餌係って!?」
「人を襲うドラゴンのエサといえば、人間に決っているだろう」
エリの顔が青ざめてゆく。
それから、ビシっと挙手をした。
「はいっ。私エリは、つつしんで餌係を辞退したいと思います!」
力強い宣言だった。
更には、その力強く伸ばす腕が、これまた力強くがしりと握り取られてしまう。
「わーわー、ごめんなさい、嘘です。嘘じゃないけど嘘でしたっ。でも、無理だよう。私なんかきっと美味しくないから、絶対ムリムリムリいいいい、痛たたたたたたい」
アレクから腕を掴まれながらに、エリは半べそでわーきゃー騒ぎ立てる。
「おいこら、ちょっとばかり腕を掴まれたくらいで、そんなに騒がしくなるんじゃない……まったく、なにかと世話のやけるヤツだな」
アレクが、パっとエリの腕を離す。
そうして今度は、肩を抱くようにしてエリを抑えつけた。
「クサコよ、落ち着け。そして、しっかり俺の話を聞け」
小柄な肩に乗る大きな手は、がっしりとしていながらどことなく優しくもあった。
「ドラゴンが俺のあまりの強さにビビって逃げ出すやもしれんだろ。エサ係の話はその時の話だ」
グイっと精悍な顔が近づく。
「ゆえに……そうやすやすとドラゴンなんぞに、お前を食わせたりはさせんということだ。わかるな」
有無も言わせぬような真摯な眼。
「……アレク」
正直、エリには言われた理屈がよくわからなかった。
ただそれでも、餌であることはなんら変わらずとも――エリは感じ取ってしまう。
アレクの自信に満ちた言葉に、包まれるような安心感を覚えてしまう。
――じー、と見つめた先。
普段の荒々しさが今はどことなく頼もしい……そのように思えなくもない。
アレクが微笑んだ。
にっ、と牙のような鋭いうわあごの歯を見せてくれる。
「なにせ、お前からはまだルネをいただいていないからな。あっけなく死んでもらっては俺が困るだろ」
「うう~、アレクだよう、やっぱり、いつものアレクだったよう……」
ヘタヘタと脱力するエリ。
そこへココアの小さな手が差し出される。
手のひらに乗るのは、ドラゴンまんじゅう。
幼き少女の気づかいに『ぐすん、ありがとう』とお礼を返せば、エリはハグハグと口にした。
「……だったら、うんん。もしかしたら、私の人生明日までかも知れないから、やっぱりお風呂を、最後の思い出にお風呂を……」
「エリのお姉ちゃんは、お風呂が大好きなの?」
「うーんとね。クリスタには『大浴場』っていう大きくて特別なお風呂があるんだよ。魔晶石板に紹介があったの。プジョーニにはない施設みたいだから、せっかくだし、一度くらいは入ってみたかったなあ……って」
エリは未練たらたらといった具合で、ココアに嘆く。
すると、そばではバサリとマントを翻す音がした。
「そうか。風呂は風呂でも、プジョーニにはないデカくて特別な風呂とな……」
「アレク?」
「少し面白そうではあるな。ドラゴン討伐のついでということで、ヨーコへの自慢話にでもしてやるか」
アレクが生えてもいない髭を擦るようにして、自身の顔をなでた。
「そうと決まれば、クサコっ。まんじゅうなんぞをかじっている場合ではなかろう。さっさとそこへ案内しろ」
「えっ、え!?」
「その大浴場とやらに、これから行ってやろうではないかっ」
「はむはむ……やろうではないかあー」
最後のまんじゅうを食べ終われば、ココアがわーいと両手を上げやる気を見せた。
そして、ささやかな願いが聞き届けられたエリは、その足取りを徐々に軽快にしてゆくのであった。
大陸辞典:「三種の神器」
六合級を超える無限級の武器。
3つほど知られてされているが、名前だけが伝わるのみ。
ムラクモ、ヤタカガミ、マガタマ。