42 大浴場 ①
――『いってらっしゃ~い』
そんな言葉とともに、クリスタの宿から見送る。
これが、否応なくドラゴン討伐に同行したエリの心積もりであった。
しかしながら……。
①じき日も暮れるというのに、アレクの背中は宿ではなくドラゴン討伐に行くぞと言わんばかり。
②その背中とともに、一緒に待つはずだったココアがきゃいきゃいと楽しそうにゆく。
③「アレクから逃れる公算」+「ココアを放っておけない気持ち」=「同行するしかない」。
このような解答式をエリは導き出す。
そうこうして。
重い足取りだったにもかかわらず、気がつけば露店広場からだいぶ遠ざかっていた頃だ。
魔晶ランプの外灯が並び、ちらほら灯り始める路地にて――。
「あっ、でもでも」
ぴょん、と跳ねたエリが先ゆく同行者らに声をかけた。
「ドラゴンさんって、夕方から月光浴に出かけていないんじゃなかったけな? だったら、今から行っても会えないと思う私なんですけれど」
「ふん。やはりクサコは、所詮クサコのようだな」
アレクが振り返る。
それから、露店で仕入れていたドラゴンまんじゅうの食べカスをつけながらにその口はこうも続けた。
「たしかに今から鉱山の洞窟に向かったところで、ドラゴンには会えんだろう。だがしかーし。そういった習性ならば、それはそれで打つ手があるだろうが」
「……はっ。もしかしてアレク、そのマントで空を飛んで追いかける気なの!? 本気なの!?」
鉱山の洞窟の奥深く。
そこにはぽっかりと空いた天井の大穴。
月光も射すそこから、シュタアアーッとマントをはためかせ飛び立とうとするアレク。
エリの驚愕といった表情はこのような想像からだろう。
「クサコから俺を馬鹿にしているような気配を感じたが、まあいい。俺がウィザードではないことすら覚えられんヤツのことだからな……」
哀れみにも似た声色で言えば、アレクは隣のココアに手のひらを差し出す。
ぽん、と丸いまんじゅうが一つ乗る。
アレクの大きな口に、幾つ目かのドラゴンまんじゅうがまたバグっと放り込まれた。
「あぐむぐ(わざわざ)魔法なんぞで空を飛ぶ必要もない。いいか。ドラゴンは夜はいなくとも朝になればねぐらに戻ってくる。そこで待ち構えてさえいれば、向こうからやってくることになるだろ」
「はっ。言われてみれば」
「これを先手必勝という。覚えておけ」
「そうだよね……別にドラゴンさんが戻ってきてから探さないといけないってわけでもないだろうし……」
朝から夕方までの間。
この時間帯でしか件のドラゴンとは会えない。
それは間違いなさそうだが、だからといって夜に討伐の準備行動を起こしてはいけないことにはならない。
エリは今更ながらに盲点だったと考えるようだが……。
「あっ、でもでも、アレク」
「なんだ」
「ドラゴンさんが居ないんじゃ、どこに戻ってくるかも分からないんじゃ……。それに、夜だと危ないかもだし、だからやっぱり今日は宿に」
「そんなことか」
「私とココアちゃんにとっては、そんなことじゃないんだけど」
「罠を見つければいいだろ」
「うう、なんとなく分かってはいたけど、肝心の宿の話を聞いてくれてないよう。あと、言われたことの意味が分かりませんよう……」
トホホとエリが落ち込む。
アレクが隣へと手のひらを差し出す。
ココアが楽しげにまんじゅうを乗せる。
「ふぐふぐ……まったく、相変わらず物わかりが鈍いクサコだな」
「アレクは、おまんじゅうをよく食べるアレクだなー」
口調を真似るようにして言えば、ココアもまんじゅうをはみゅっとかじった。
「モンスターハンターたるもの、エモノを狩る時にはねぐらに罠を仕掛けたりするものだ。ドラゴンに手を焼いている連中がいることはわかっているからな。ソイツらの浅知恵を利用する。ソイツらが仕掛けた罠があるところがドラゴンが戻ってくる場所というわけだ」
「はむはむ……というわけだー」
アレク語尾を元気よく追従すれば、ココアは次にまんじゅうを宙に高く放った。
ほいや~、と投げられたまんじゅうが落下し始めたならば、アレクがガブリと食いつく。
対面の曲芸を見やるエリの眼差しは『餌づけされてるような……』と語る。
それでも、その瞳の奥にはちょっとした感心があったようで――。