41 露店広場
※
『露店広場』。
街の案内板でそう記載されていたここは、露店と呼ばれる土台と屋根だけといった簡単簡素な建物が、円形の広場を縁取るようにして並ぶ。
ドラゴン焼き、ドラゴン風など、ドラゴンの冠がつく軽食や菓子などを始め、ドラゴンの顔を模した吊るされるお面、ドラゴンを形取る彫刻やぬいぐるみの玩具を売る店などもある。
露店広場は冒険者でひしめくクリスタにあって、子供たちの賑やかな声も多い。
しかしながら、黄昏に濡れる人影からはその姿が減りつつあるようだ。
そんな夕暮れどきの広場の一角に、
――エリとココアの二人を見ることができた。
一風変わった甘味品を売る店先。
店の主人曰く、”ドラゴンのタマゴクリン”は羊のミルクから生成した団子菓子だそうで、卵のように丸く白いクリーム状の冷たく大きな団子が、小麦を焼いた生地のカップに包まれたものらしい。
「こんなこと言っちゃいけないんだろうけどね。勇者様がドラゴンを倒してしまうと、”ドラゴンの”タマゴクリンはなくなっちゃうかも知れません。今買わないと、もう二度と食べられないドラゴンのタマゴクリンですよ~。美味しいですよ~」
店の主人が迷う客相手に話す。
その売り文句に、じゅるりとよだれを垂らす――ことはなかったものの、瞳を輝かせたココア。
お昼寝あともあってか、小腹も空いたらしいその小さな手からは、『はい!』と金色の硬貨がひとつ差し出されていた。
「弱ったなあ……。金貨はさすがに……お釣りがですね……。せめて銀貨なら……できれば、銅貨のほうが助かるんですがね……」
困り顔の店の主人が、もう一方の客をちらり。
つまり、エリは助け舟を求められたわけだ。
しかしながら当人も、見たこともないまさかの金貨のお目見えに声を失うようにして狼狽えていたりする。
それでも。
「コ、ココアちゃん。ひとつ100ルネみたいだから、銅貨を、銅貨を一枚、おじさんに渡してあげてください」
『お買い物を教えて』――。
そんなココアのお願いを叶えてあげるため、エリは絞り出す声を震わせながらに助言するようだ。
「そうなんだ。銅の色のコイン、銅の色のコイン……あった」
ゴソゴソと革袋の中を掻きまわし、ココアはお目当ての硬貨を探し当てた。
取り出した”2枚の銅貨”を改めて手渡す。
「はい! おじさん、タマゴクリン頂だい」
「おやおや、2つも食べてくれるのかい? お嬢さんの小さな胃袋は欲張りだね~」
200ルネを受け取った店の主人は、景気も良い客の胃袋を褒める。
「んーうん。ココアは1つしか食べないよ。もう1個はエリのお姉ちゃんが食べるの」
「お嬢さんは優しいお嬢さんだね~。奴隷の使用人の分も買ってやるなんて。はい、おまたせ。ドラゴンのタマゴクリンですね~」
手早く用意したタマゴクリンを渡し終えれば、店の主人は次の客に声を掛けるようだった。
そんな店先で、なぜか涙ぐむエリがいた。
『はい、どうぞ』と、小さな手で掲げられたタマゴクリン。
「そんな……ココアちゃん。ありがとう……」
自分より遥かに幼い相手からの施しを受ける惨めさ。
自分より遥かに幼い相手からの気づかいその優しさ。
どちらにせよ、心が動かされたようだ。
「じゃあ、向こうで一緒に食べようか!」
「うん。食べよう、食べよう」
すでにペロペロ舐めるココアを引き連れ、エリは人混みから外れる場所へ少し移動した。
「では、ココアちゃん。改めまして、いただきます!」
エリもまたココア同様、露店の食べ物に瞳をキラキラ輝かせていた少女であった。
うきうきな破顔のその口元を、あ~んと開けて手に持つタマゴクリンへ近づけてゆく。
さすれば、冷たくて美味しい甘味が口の中で広がる――はずだった。
「うう、う゛」
エリの頭がガシっと固定されピクリとも動かない。
冷や汗がたらりと流れた背中の向こうからは、『がるるるるるる』と獣のような低い唸り声。
「こんなところにいたのか、キサマはっ」
苛立ちを感じる圧力。
振り返ることもできないエリであったが、自分の後頭部をワシ掴みする背後の相手など考えるまでもなかった。
「散々苦労して俺が面倒なヤツらをまいていた一方で、ノンキに腹ごしらえとは、えらく不届きなクサコだなっ」
「ご、ごめんなさいっ」
すぐさまエリは謝罪を述べた。
みしみしと頭の中に響く音が、”とにかく謝るんだ”を即決させた。
そこへココアがちょこちょこと歩み寄り、アレクを見上げた。
「アレクのお兄ちゃんも食べたい?」
「チビコのくせにキモち悪い呼び方をするなっ。俺はキサマの兄などではないっ。がるるるううう」
銀の髪が吹き荒れるような勢いで唸り返されたが。
「チビコじゃないよ。ココアだよ」
平然と名前を正せば、ココアは腕を伸ばし背伸びをした。
そうすることで、食べかけのタマゴクリンをアレクの口元に近づけた。
「なんだっ、コイツはっ」
「ドラゴンのタマゴクリン。おいしいよ」
にこにこ。
幼き笑顔のあとには、ぐわっと開く大きな口。
ココアの手を丸飲みするような勢いで、アレクがかぶりつく。
「ああー。ココアの食べるトコなくなった」
もぐもぐ、ごくん、とアレクの喉が鳴った。
「……む。アレだな、なかなかに美味だったな。どれ、もう一つ」
その力強い手が、次にわしりと掴んだのはエリの腕。
ばくり、とした噛みつきはそこにあった菓子をまるっと消し去った。
「そんなあ……まだ一口も……私のタマゴクリン……」
悲しそうな声を漏らし、エリはしゅんとなった。
対照的なアレクは、先程のご機嫌ナナメはどこ吹く風であった。
ココアといえば、変わらずにこにこ。
何もかもが楽しいといった様子で、エリの袖を引っ張り次の”お買い物”をねだる。
そうして、露店巡りが始まるのだが。
――つかの間、思い出したかのようにしてアレクが言うのだ。
「よし。そろそろドラゴン退治にゆくとするか」
などと。